2016年09月11日

「シャレード」1973年ちらし下敷き

 今回は「シャレード」のチラシ下敷きの紹介。

 これは僕が中学時代だったかに買ったもの。
 もう買った所も覚えていません。FOXスクリーンフレンドだったか、映通社だったのか、それともクリエイト鷹?

 「シャレード」の1973年リバイバル時のチラシをパウチで挟んで下敷きとして使う物でした。
 同時なのか別々で買ったのか覚えていませんが、他にも「マイ・フェア・レディ」1974年チラシを挟んだもの、「ティファニーで朝食を」のギターを弾くオードリーの宣伝写真を挟んだ物も持っていました。

 僕は実際に学校でこのオードリーの下敷きを使っていたので、どれもかなりボロボロになってしまって、「マイ・フェア・レディ」と「ティファニーで朝食を」は捨てたんじゃないかなー。まあ出て来たらまた紹介するかもですが。

 このパウチ処理って、使ってるうちにだんたんコーナー部分が剥がれてまくれ上がってくるんですよね。
 パウチが何層にもなっているので、剥がすとまた綺麗な状態になるんですが、全体がめくれ上がるともうどうしようもなくって。

 それに「マイ・フェア・レディ」の74年チラシはその後ちゃんとした物が手に入ったし、「ティファニーで朝食を」の画像は平凡な物なので、特に思い入れとかは無かったんですけど、この「シャレード」の73年リバイバルチラシは未だにチラシだけの物は持ってないので、これだけ大事にしまってありました。

 まあ実際にも下敷きとして使ってたのでボロボロになるのは他のと同じで、何回か剥がして今ではペラペラですけどね。

 さてチラシとして見ると、色がめちゃめちゃ悪いのがわかりますか?
 同じ1973年リバイバルのプレスシートポスターパンフレットと比べると発色の違いは一目瞭然。

 1973年当時はチラシの収集という趣味はまだなかったみたいで、チラシの価値が軽んじられていたようです。映画会社も “タダで映画館に置いておくもの” という認識しかないので、マスコミや劇場に配るプレスや販売するパンフと違って、メインの表面もそれらの使い回し。
 当時はアナログ製版なので、1からまたチラシ用のを作るのは面倒くさい&お金がかかるので、ポスターやプレスを写真で撮ってそのまま印刷してたんでしょうね。

 なのでこの時期のチラシは、72年リバイバル「パリで一緒に」・73年リバイバル「戦争と平和」などもプレスの画像の使い回しで、発色がすっごく悪いです。

 数年後にはチラシの大ブームが起こってチラシの重要性が増し、チラシだけのデザインなども出てくるんですけど、この「シャレード」などはギリギリ間に合わなかったみたいですね。

 でも僕がこの下敷きを買った時にはもうチラシブームの真っ只中だったので、チラシをパウチしてあるこの下敷きよりも、チラシ単独の方が値段が高いというおかしなことが起こっていて、僕はなんでやねん!って思っていました。

 販売していた所も、まさかパウチしてしまった後でチラシブームが来るなんて思いもよらなかったでしょうね。
 わかってたら、絶対にパウチなんかしてないはず!

 オードリーでは73年のこの「シャレード」や「戦争と平和」はそれなりの値段でしたが、74年の「マイ・フェア・レディ」チラシは昔からタダ同然の安さだったので、74年くらいからブームになったんでしょうか?
 70年代後半の「スクリーン」や「ロードショー」にはよく複製チラシが付録で付いていたものです。

 ちなみに「シャレード」は1973年のリバイバルで、もう3回目の日本公開になります。63年の初公開に始まって、68年、73年と5年ごとに公開されてきました。

 69年頃の「スクリーン」では、つい前年にリバイバルしたばかりなのにもうリバイバルの候補に挙がっている、という文章がありました(それがこの73年リバイバルになったんでしょうね)。

 それだけオードリー作品の中でも人気が高く、ファンのリクエストが絶えなかったんですね。
 当時はビデオなどは無く、劇場で観るかテレビで放送されるまで待つしかなかった時代だったんですよねー。

 今でもオードリー作品では「ローマの休日」「マイ・フェア・レディ」に次いで日本での劇場公開回数が多いです。(2016年までで6回)

 裏面はモノクロ1色刷り。
 上部の左側は解説、上部右側にジバンシィのことと、アルプスロケのことが書いてあります。下部半分はストーリーです。

 この「シャレード」が日本で初公開された日(1963年12月20日)はちょうど「マイ・フェア・レディ」撮影終了くらい。
 オードリーが「マイ・フェア・レディ」で1作品あたり100万ドル(当時の3億6000万円)の出演料を取るようになったのは周知の事実でした。

 なので、この映画では消えた25万ドル(9000万円)をめぐって争っていますが、オードリーは1本映画に出るだけでその4倍ものお金を稼げるんですよね。
 もちろん交渉したエージェンに渡さないといけないし、全部が全部オードリーの取り分ではないでしょうが。

 1963年(昭和38年)の日本の大卒初任給が18000円〜19000円の時代ですから、今の感覚なら消えた25万ドルは約9億円、オードリーの出演料は1本につき36億円、事務所など無いオードリーは8割くらいが取り分として29億円、という感覚なのだろうと思います。やっぱり凄いですよね〜。

お気に入り度:★★★(作品もこの73年リバイバルデザインも大好きな「シャレード」だけど、色が悪すぎ!)
  


Posted by みつお at 21:00Comments(0)シャレードその他グッズ

2016年09月05日

「AUDREY AND GIVENCHY : A FASHION LOVE AFFAIR」

 この本をひと言で表すなら、ハッキリ言ってってことです。

 今回紹介するのは、CINDY DE LA HOZ 著の「AUDREY AND GIVENCHY : A FASHION LOVE AFFAIR」という写真集。

 著者は「So Audrey(日本語版;「So Audrey オードリー・ヘプバーン 59のエレガンスルール」)を書いたシンディー・デ・ラ・ホズ。

 前回の「So Audrey」でも仕事がかなり雑で、「パリの恋人」の頃の1956年の画像が「モンテカルロ・ベイビー」と書いてたり、「シャレード」と「おしゃれ泥棒」の区別もついてないみたいでキャプションが間違ってたりと、相当数日本版では出版前に訂正を入れてもらいました。

 今回のこの本でも相当数の間違いがあります。今回は裏焼き。
 せっかく本の雰囲気は良かったのに、これで台無し。

 この著者にとって、オードリーってなんなの?と思います。オードリーを研究せずにオードリーのことを書いてるってこと?

 CINDY DE LA HOZ の本をアマゾンで調べると、他にもエリザベス・テイラーやマリリン・モンロー、グレース・ケリーなどの本がヒットしますので、まあおそらくクラシック女優が好きなのかなーとは思いますが、オードリーに関して到底本を出版出来るレベルでオードリーを知っているようには思えません。

 著者にとってオードリーは金儲けの道具でしかないのかなーと思ってしまいます。その程度のオードリー好き、という感じ。

 そしてこれはオードリーとジバンシィに関する本でしょ?そしたら服に関しては間違いがあるなんてもってのほか!
 でも著者は平気でタブーを犯します。よくもまあこれで服に関する本が書けるなーと呆れるばかり。

 だってですねえ、洋服の合わせが反対の裏焼きを堂々と載せてるんですよ!

 裏焼き、めっちゃいっぱいありますけど、見て行きましょうか。

 2枚目の写真は「パリの恋人」で風船を持つオードリーです。美しいですよね。
 でも右側の車のナンバープレートを見る(3枚めの画像)と文字が裏向き。ノーチェックでスルーですね。

 右の鉄兜型帽子の「おしゃれ泥棒」はネットでも写真集でも裏焼き(×)が溢れ返ってますけど、本当は○の方が正解。
 本来の向きだとオードリーの顔も自然になりますし、何より服の合わせを見れば一目瞭然。

 ←左の「パリで一緒に」もオードリーの顔が不自然だし、オードリーの衣装は右前なのに、ジャケットの合わせが左前になってしまってます。



 同じ衣装の別の画像を載せているのに(→)気付かないってのがこの著者のオードリーに対する姿勢を表していますよね。



 ←こちらは「シャレード」から。
 この作品はオードリーが唯一右分けのヘアスタイルを披露した映画。

 なのに逆の左分けで写っていても気付いてない。そして衣装はこれまた左前。おいおい。

 これも同じ衣装の正しい向きが載っています(→)。これを見ても変だと思わなかったのか…。



 ←こちらは数少ない「華麗なる相続人」の画像。これも裏焼き。
 胸の花の位置が左右逆です。

 ジバンシィのことを書いているのに、衣装の確認しないのか?映画を見れば一発でわかるのに。

 →右の「ティファニーで朝食を」は裏焼きの上に本来はカラー写真。ヒドい…。














 ↑全部裏焼き。(左から)
 「おしゃれ泥棒」のオードリーのヘアスタイルの分け方が逆、ジャケットの合わせが左前。
 「パリの恋人」髪型の分け目が逆。
 「ティファニーで朝食を」ジョージ・ペパード髪型の分け目が逆、ペパードのジャケットの合わせが逆で胸ポケットが右にあるぞ!

 どれもこれもオードリーのことを書いて金儲けするなら、せめて映画を見てくれ〜!












 
「ティファニーで朝食を」から3点、(左から)
 裏焼き&色が暗い、裏焼き&画質が汚い、正向きだけど画質が汚い。

 この辺はもうハウエル・コナンの遺族から本来のフィルムポジを借りたらいいのに…。
 特に最近は3枚めの画像が汚すぎます。
 こんなに画質の悪いのしかないなら、載せなきゃいいのに!と思います。

 さて、今までが裏焼きの画像がほとんどだったので、↓ここからの画像は気に入った物を入れています。買う場合の参考にしてください。

 どれもこれも、オードリーが左側からしかほとんど写真を撮らせない、という基本的なことを知っているだけで防げた物ばかり。

 他にもそれぞれの作品でのオードリーの髪型がわかっていれば、洋服を見ればわかったことだと思います。
 ちなみに、裏焼きはここに載せたのが全部ではありません。本にはまだあります。

 著者は画像のチェックすらしていないのでしょうし、オードリーのことなんてなーんにも知らないのでしょう。
 出来上がった物をみると、そう言われても仕方が無いと言わざるを得ません。

 内容はわかりませんが、まあこの著者のオードリーに関する知識からして、どうせたいしたことは書いてないだろうと思います。

 それに、中身は作品別になってるんですが、海外でのオードリー作品の人気に合わせてあるのか、「ティファニーで朝食を」とか「パリの恋人」とかはページ数が多く割かれてるんですけど、「昼下りの情事」とか「パリで一緒に」とか「おしゃれ泥棒」とか、薄い薄い!「華麗なる相続人」なんて、たった4ページですよ!

 映画での衣装の多さで差がつくのならともかく、こういう人気とか好き嫌いでページ数に差をつけるのは僕は大嫌い。
 せっかくオードリーとジバンシィに関する本なのに、映画でのオードリーとジバンシィの全衣装は見れません。

 だいたい、「パリの恋人」の暗室のシーンとか「ティファニーで朝食を」のギターを弾くシーンとかはジバンシィなのか?イディス・ヘッドじゃないの?
 他に載せるべき衣装があるんじゃないの?と思います。

 前回から引き続き海外の写真集の酷評になってしまいました…。本当はこんなことを書きたくないんですが、出来が悪いのに太鼓持ちみたいなことはしたくありません。オードリーのファン歴の浅い人や、あまりオードリーの本を持ってない人が買う時の指針となるように心がけています。

 オードリーの新しい写真集が発売されること自体は嬉しいのですが、付け焼き刃のような知識でオードリーのことを書いたり画像を載せられるとガッカリします。もっとファンをも唸らせる、ちゃんとした本の出版を望みたい所です。

オススメ度:★★(雰囲気はいいんだけど…)


  


Posted by みつお at 15:00Comments(0)海外の写真集

2016年08月09日

写真集「永遠のオードリー・ファッション」

 ロンドンで開かれたオードリー展の図録、“Audrey Hepburn: Portraits of an Icon” の日本語翻訳版が出ましたので、今回はその評価を。

 なんと偶然にも昨年のちょうど今日、原書の紹介をしていました。
 なので、時間も昨年と会わせて紹介することにしました。

 まず、皆さんに謝らなければ…と思うことがあります。
 というのは、原書で英語がわからないためにこの写真集の評価を高く付けすぎてしまったことです。

 この度翻訳版が出て内容が全て明らかになったので、評価を2つ下げさせていただきます。
 原書でも“なんか微妙だなー”とは思っていて、そう書いていましたが、全てが明らかになってその微妙さ加減がハッキリしました。

 ということで、この写真集の評価は

オススメ度:★★

 です。原書の紹介ページでも評価を2段階下げさせていただきました。
 この本の中の間違いで★1つ減点、さらにこれがロンドンのオードリー展で与えた影響でさらに★1つ減点です。
 また、昨年の“オードリー・ヘプバーン大賞”での第2位も取り消し、他を繰り上げとさせていただきます。

 本の装丁ですが、日本版はサイズが小さくなっています。
 原書が24cm×29.7cmであるのに対して、日本語版は22cm×25.5cm位です。
 きっとこれは日本の書棚事情に考慮した物かと思われます。
 さらに日本の書籍独特の帯が巻かれています。

 まずは日本語翻訳ですが、前半と後半で翻訳者が違うのか、2人の名前がクレジットされています。

 問題なのは前半の本文。
 「戦争と平和」の監督の名前ですが、日本では“キング・ヴィダー” と表記されるのが一般的ですが、ここでは“キング・ヴィドール”となってます。
 さらには「華麗なる相続人」の日本名が “ブラッドライン” のまま。

 これほどインターネットも普及している中で、このあまりにオリジナルな表記はなんでしょう?翻訳者がきちんと調べてないということですね。
 後半の“オードリーの生涯”のページではそれぞれ“キング・ヴィダー” “華麗なる相続人” になってるので、整合性がとれていません。
 これは最終でまとめる時の編集者にも問題があるかと。

 最近はパソコンで文章を打って、そのまま入稿ということが一般的だとは思うので、きちんと確認せずに本にしてしまったのかと。

 でもまあ、こういうのはご愛嬌で済ませることが出来ます。

 問題だと思ったのは、やはり原書に書いてある部分。

 まずこの本の協力者として4つの海外のオードリーサイトとその管理者が紹介されていましたが、そのうち2つのサイトは僕のサイトから無断で画像を掲載するようなサイトでした。主に日本独自のCM「エクスラン・ヴァリーエ」ですが。

 ほとんど文章も無しに画像や動画だけを載せるサイトというのは、だいたい他のサイトから無断でパクって来て許可も得ずに載せていることが多いのですが、それら2つもそういうサイト。

 1つは無断掲載を抗議してもどこ吹く風でいくつもの画像をその後も掲載し続けていました。後にはWOWOW放送の「エクスラン・ヴァリーエ」の映像を無断でアップロード。

 もうひとつは全然知らなかったのですが、やはり僕の「エクスラン・ヴァリーエ」のポスターの画像を無断転載していました。今では消されているようですが、それを元に他の人が拡散してしまってました。

 “オードリーが好き!” とは言っても、これではオードリーの精神とは程遠い所にいると思うので、僕の中ではそれらの人は “オードリーファン” であるとは思いません。
 オードリーが他人から許可無くパクるでしょうか?ちょっと考えればわかりますよね。
 まずここでそんな人達が関わっている本だと思うととてもイヤな気分になりました。
 
 それと原書でも“50年代は詳しいのに、60年代以降がおざなりだなー” と薄々は感じていましたが、翻訳されてそれがハッキリしました。
 60年代以降の内容の薄いこと薄いこと…。「噂の二人」「パリで一緒に」などはほぼ抹殺状態。

 日本では知ることが困難な、オードリーのオランダ時代やイギリス時代の詳しい逸話が載っているのはとてもありがたいことなのですが、これも他の部分で考えるとおそらく何かの丸写しなのだろうと…。

 というのも最後に参考文献が載っているのですが、ただ単にそれらの2次使用、3次使用に過ぎないと思われるものがそのまんま載っていました。しかも間違いのままで。

 わかりやすい完全なる間違いは、「麗しのサブリナ」への出演のくだり。
 これ、元々はオードリーの伝記の中でも信頼の置けるバリー・パリスのに書いていましたが、それでも誤りはあります。

 「麗しのサブリナ」は “オードリーがブロードウェイの舞台を見て、その原作を映画化してもらえるように自分でパラマウントに働きかけた。” と書いてますが、これが大きな間違い。

 「麗しのサブリナ」撮影開始は1953年9月からなのですが、この作品がブロードウェイの舞台にかけられたのは1953年の11月。
 明らかに映画が先行しています。オードリーはまだ上演されてもいない舞台をどこで見たと言うのでしょうか?
 だいたい9月に撮影だと、契約や準備はさらに半年〜1年くらい前になります。オードリーは「ジジ」の地方巡業真っ最中で、そんな余裕は無いと思います。

 このようなことはIBDb(インターネット・ブロードウェイ・データベース)などという英語で便利な物で簡単に確認出来るのに、それすらしないで間違いをそのまま丸写ししたんですね。

 「麗しのサブリナ」のことを書くなら、オードリーだけの伝記を調べればいいってものでもなく、ビリー・ワイルダー監督に関して書かれている物とかもやぱり調べるべきだよなーって思いました。

 こないだもワイルダー監督の作品に関する本を読みましたが、そこではきちんと「麗しのサブリナ」がブロードウェイ上演よりも先に上映権を獲得して、原作の内容を大きく変化させていったことが書かれていました。オードリーが働きかけたなどということも一切書かれていません。

 それと「マイヤーリング」が1957年当時にヨーロッパで上映されたなどというデマもそのまま掲載。
 これは今までいろんなオードリーの伝記に書かれていましたが、誰もどの国だったのかとか、上映されたなら当然あるはずのポスターの証拠の提示も無いただの都市伝説。

 実際日本で2014年に劇場で上映されてわかりましたが、1957年当時は “キネコ”と呼ばれるキネスコープ・レコーディング(当時の小さいブラウン管テレビで放送されている物を、そのままフィルムカメラで撮るもの。画質も落ちるし、モノクロでしか当時は撮れなかった)でしかテレビを保存する方法がなかったのに、その粗い画質での保存の物を、リマスター技術の無い当時で劇場の大スクリーンにかけることは不可能だとわかります。

 最初に伝記に書いた誰かの文章をそのまま他の著者が確認もせずに書き写していっただけで、ショーンが長らく伝記で1月生まれだと書かれていたことと同じ現象(本当は7月生まれ)。誰も何も調べていません。

 さらに、裏表紙にも載っている画像が本文87ページで “「戦争と平和」撮影の合間” で “1955年6月” というキャプション(原語:DURING THE FILMING WAR AND PEACE)が付いていますが、眉毛の描き方が「戦争と平和」の時期ではありません。

 調べれば簡単にわかるのですが、「戦争と平和」の撮影開始は1955年7月です。“合間(DURING)” ではありませんよね。

 これらで著者が独自で調べたりしていないのが露呈しています。
 全体的に、今までの伝記や雑誌で書いてあったことの中で、著者にとって都合のいいような部分のみを再掲しているような感じです。
 ロンドンでのオードリー展もこういう内容だったのかと、ガッカリしました。

 このような文章なので、おそらく他の部分も参考文献の丸写しが多いのでしょう。日本での「ローマの休日」人気も書いてありましたが、それも日本の雑誌に掲載されていたことそのままでした。

 というわけで、こんなオリジナリティーのない内容の写真集を★4つには出来ません。
 二見書房さんにはせっかく日本版も出していただきましたが、残念ながらあまり高く評価出来ませんでした。申し訳有りません。
 まあでもこの本の真価がわかっただけでも、この日本版の意義はあった、ということで。

 僕が「オードリー at Home」と共に勧めた出版社で出版されなくて、本当によかった!というところでしょうか。
 僕が勧めて確認して頂いた時には既に他の出版社が日本版の権利獲得に動いていたということでしたが、このような本を出してもらっていたら、もの凄い責任を感じてしまう所でした。

 何度も書きますが、最終オススメ度は ★★ です。写真はそこそこ良いのに、あ〜、ガッカリ。
 文章があまり良くないということを承知でお買い求めください。


  
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2016年07月28日

オードリー・ヘプバーン「麗しのサブリナ」タペストリー

 今回はオードリーの大型タペストリーの紹介。
 サイズは布部分が92cm×92cmくらい、上下の棒は97cmくらいあります。大きいですよね。

 絵柄は「麗しのサブリナ」の宣伝写真のオードリーですね。超有名なもの。

 これは1980年代後半のオードリー再ブームが起こった時に文具店(神戸のPALEXだったかな?)で売っていたと思います。となるともうかれこれ30年経っているわけですね。

 今でもこれを見つけた時のことを覚えています。何かオードリーの物は無いかとふらりと入ると、ありましたありました!でっかいオードリーのタペストリーが!

 このとき実は3種類売っていたんですよね。他は同じく「麗しのサブリナ」のジャンパースカートで寝そべって左手で顎を支えているこれまた超有名な物、そしてあとひとつは「ティファニーで朝食を」の脚立のような椅子に腰掛けてキセルをくわえているこれまた有名なもの。

 どれを買うか悩みましたねー。僕のオードリーの顔の好みだけでいくと「ティファニーで朝食を」。
 有名な画像ばかりで、ちょっと有り難みは薄くって、でも当時はまだオードリーのグッズというだけで嬉しかった時代。
 でもオードリーなら何でも商売になる時期になって来てたんでしょうね。

 超有名な画像でも、巷で氾濫する直前の時期で、まだ僕でも買おうと思えた頃。
 でもさすがにジャンパースカートサブリナは飽きてきてたのか、これか「ティファニーで朝食を」かを迷いました。
 理由はわかりませんが、最終これにしました。今だったら「ティファニーで朝食を」を買うけどなー。

 確か他のはまた買えばいいやとかって自分に納得させましたが、結局この1つしか買ってません。
 値段は全然覚えてないんですよね。3500円くらい?もっとかなー…。

 今はお金さえ出せば、自分の好きな画像でタペストリーやポスターを1枚でも作ることが可能です。印刷する素材も、こういうキャンバス風のやら、街のポスターのようにツルツルのもの、裏からライトを当てて透過するタイプのものなど色々です。
 まあその時はかなり高解像度のデカい画像を用意する必要があります。ネットで載せているような画像では無理ですね。

 なんか画像だとかなり黄ばんでますが、実際はそこまでひどくありません。もともとキャンバス生地も生成り色ですしね。多少経年劣化による黄ばみも有るでしょうが。

 逆に画像ではわかりにくいですが、オードリーの黒の衣装がまだらになってます。
 これは洗濯するとぐしゃぐしゃってなったため。右上のへにゃへにゃってなってるところも、全体のシワも洗濯でこうなりました。

 いつも思いますが、この画像のオードリーってウエストの細さが際立ちますよね。さすが50cmの威力です。しかも普通にしててこれですからね。
 オードリーには胸がほぼ無いので、代わりにウエストの細さでスタイルの良さを強調したわけですよね。

 でもこれくらいが細いねー!って普通に感嘆出来る限界くらいかなーと思います。
 コルセットとかでムリに40cmとかにしてる人をネットで見ますが、もうそれはちょっと普通には見れないです、僕は。
 やっぱり自然体と作られたものの違いですかねー。
  


2016年07月20日

発売予定「マイ・フェア・レディ」2枚組レコード

 「マイ・フェア・レディ」の2枚組LPレコードのサントラが限定版で出るそうです。
 発売は8月5日だか12日だか。どちらにしてももうすぐですね。

 なんだか未発表曲11曲を加えて180g重量盤だそうですが、曲の詳細はまだわかりません。

 アマゾンでも既に注文出来るようになっています。
 2種出てますが、どちらも同じ物かと。
 でも片方はディスク枚数が1になってて、ちょっと怖い。

 しかし…発売自体は嬉しいんですが、なぜにレコード??
 CDの方が扱いが楽でいいんやけどなー…。

 11曲の未収録曲が興味ありますね。
 オードリーの歌うバージョンの全曲が収録されているとか、ジェレミー・ブレットの声での「君住む街で」とかが収録されていれば買い!なんですが、ちょっとわからないのが手を出せないですね。

 あーでも限定だし、ぼやぼやしてると無くなるかも…!悩む〜〜!
 ちなみにカラーレコードで、「マイ・フェア・レディ」らしいピンクですね。


追記:ドイツアマゾンで曲の詳細が出ていました。それによると、全27曲で内容は今までのサントラ新盤CDと全く同じ物。11曲の未発表曲というのは、“今までレコードには収録されていなかったもの” という意味のようです。というわけで、特に買わなければならないものではないみたいです。

  


2016年07月14日

オードリーのレシピ本!「オードリー at Home」その2

 ロンドンでのオードリー展の図録である写真集「永遠のオードリーファッション」が7/25に発売されます!

 さて前回に引き続いて「オードリー at Home」についてその2です。
 今回はこの本の “伝記” の部分について。

 オードリーの公式な伝記はショーンの本だけで完結かと思っていましたが、こうしてルカの目から見たオードリーも見させてくれてとても嬉しいです。
 そして思うのは、ルカの父はあくまでもアンドレア・ドッティ氏で、メル・ファーラーは何の接点も無い人だということ。全く出てきません。

 この辺はショーンの本では父メル・ファーラーが出てくるのとは全く違うなあ〜と思います。
 オードリーが離婚後メル・ファーラーとは会わないようにしていたとのことなので、おそらくルカとメルはオードリーのお葬式以外では会ったことも無いのではないかと…。

 そして印象に残ったのは、ドッティ側のお祖母さん(オードリーの姑)の後の旦那で、ルカとは血がつながらないけれども仲の良かったお祖父さんが入院していたとき、お見舞いに行ったルカはその荒れ果てた病院と酷い待遇(お祖父さんと同室の人は亡くなっているのに誰にも気付かれなかった)を見て怒りを覚え、オードリーにその名前を1度だけ使うように頼んだということ。

 ちょっと話が逸れますが、日本で大震災が起こった時−それは阪神大震災でも東北大震災でも熊本地震でもそうなのですが−日本人は無秩序にならず、行列を作って配給を受けるのが当たり前なので、暴動や我れ先に物資を奪い合ったりが起こる海外からは驚嘆されていました。

 オードリーも日本人と同じで、自分の名声を特別待遇に利用するというのは潔しとせず、常に列には並ぶ、規則・法律・慣例は守る、としていたようです。
 ですがさすがにこの時ばかりはお願いしたそうで、それ以来お祖父さんの痛みは和らぎ、もっと良い場所へ移されたそうです。
 でもこれもルカには直接明かさず、ずっと後になってオードリー最後のパートナーであるロバート・ウォルダーズから聞いたそうです。

 日本といえば、短いですが(6ページ分)オードリーの初来日(83年)のことも書かれていました。

 その時は家族総出で来日したので、ルカも一緒に日本を回っていたのですが、オードリーもルカも日本に恋してしまい、家族でいつまでも語り継がれる旅になったと書いてあり、日本人としてはとても嬉しく思いました。

 でも今のように世界で日本食がブーム!ということもないので、当時は欧米人には抵抗があったであろう寿司や刺身にはオードリーは決して手をつけなかったと書かれていました。
 今だったらきっとオードリーも美味しいお寿司やお刺身を喜んで食べてくれただろうな〜と思います。

 ただ当時ルカは13才と幼く記憶がちょっとあやふやなのか、なんでもかんでも写真の場所が金閣寺になっていたらしく、訳者さんの手で修正が入っています。確かに明らかにオードリーのバックは京都御所や宇治の平等院鳳凰堂なのに “金閣寺!” とは日本人としては訳せませんよね。

 それにジバンシィと写っているショーの写真も1983年4月9日になってますけど、ジバンシィのショーは日本では4月13・14(以上東京)・16・17(以上大阪)日だったので、リハーサルで写したのでなければ、全然合わないんですけれども…。

 そうそう、写真では「緑の館」撮影中(1958年)以来25年ぶり2度目の着物を羽織るオードリーが見れます。
 もともとオードリーは日本のことを大好きで、そのために世界中で日本に向けてだけテレビCMに出演しています。しかも2度も!(「エクスラン・ヴァリーエ」と「銀座リザ」)
 実際に日本に来て、オードリーは日本をますます愛してくれて、その後機会のあった87年と90年にも来日をしています。

 「緑の館」と言えば、映画で共演するために一時期一緒に暮らして懐いていた鹿のイップ(ピピン)を手放す際のイップの様子とオードリーの心理が今までわからなかったので気になっていたんですが、それもこの本で明らかになりました。
 オードリーは野生の動物を飼い馴らしてしまった自分をやっぱり許せなかったのですね…。

 あと、おぼこくて幼くておとなしい…と思っていたルカにも反抗期があったということが意外でした。
 あまりにもあまりなので、オードリーがルカを叩く!と言って追いかけ回したこともあるとか(ルカは浴室に逃げた)。

 さらには、ルカのジャケットと住み込みの女性料理長の息子のバイクが突然なくなったので、売り払ってマリファナを吸っているのではないかとオードリーと料理長が心配したことがあったと書かれていました(実際にはごろつきに脅されて取られただけだった)。

 それとこれはルカの本なので、ドッティと暮らしていたローマのことも出てくるのですが、オードリーとローマは必ずしもうまくいっていたわけではないことも書かれていました。

 確かにお堅いオードリーと陽気なローマは実は僕の中でもあまり結びつかないのですよね。「ローマの休日」だけしか知らないとそれはわからないでしょうが、オードリーにはその性格からもむしろパリやスイスの方がずっとずっと向いている、と思います。

 この本に書かれていることで、ローマは表面的にだけ人を迎え入れるそうで、よそ者には厳しく、あまりにも真面目で普通で平凡な主婦のオードリーは摩擦が避けられなかった、ということです。

 今までの伝記でもオードリーはじっと家で庭いじりなどをしてるのが好きだけれど、ローマ人はパーティーが大好き!みたいに書かれていましたし、やはり本質が違うのかなーと思います。

 それとオードリーの親友のコニー・ウォルドやドリス・ブリンナーのことはもちろん、ジュリー・アンドリュースも何度か出てきます。

 オードリーとジュリーは仲が良くて、オードリーのスイスにあるグシュタードの別荘で年末を過ごす時にはジュリー・アンドリュース(とその旦那のブレーク・エドワーズ監督)とよく行き来していたとか。

 ジュリーはルカにもとても親切だったそうですが、2人の “フェア・レディ” と普通の時間を過ごせたなんて、一般人からすると夢のようなお話ですよね。

 そういえばオードリーってスイスにはラ・ペジブル以外に、グシュタードにも別荘を持っていたんですね。
 今度スイスへ行く事があったら、その別荘にも行ってみないと!と思いました。

 さてルカの本で胸が痛むのはオードリーとアンドレアの離婚のこと、そしてオードリーの死について書かれている箇所です。

 ルカは8才くらいの時(ということは1978年)に父アンドレア・ドッティから “ママと私が別れるようなことがあったらどう思う?” と言われて泣き出しています。 

 この段階で夫婦としての二人はかなりダメになっていたのでしょう。
 ルカも父がオードリーとの結婚期間中におびただしい数の不貞を働いたと認めています。
 78年〜79年の冬に撮影の「華麗なる相続人」の共演者ベン・ギャザラとオードリーの恋愛もその後に起こっています。

 そして離婚を完全に決意したのが1980年の夏。モスクワ・オリンピックを見ている最中に告げられたルカは、その後五輪マークにトラウマを抱えるようになったとか…。正式には1982年に離婚しています。

 でもその後オードリーが会おうともしなかったというメル・ファーラーとは違い、アンドレア・ドッティとはお互いに気にかけていたようです。

 精神科医でもあったドッティが、離婚後10年して癌のオードリーのカルテを見た時気を失ってしまったとか…。もはや助からないことが医者であるドッティにはわかってしまったんですね。

 ルカはショーンに休息を取るように言われて映画館で過ごしていた時に、母オードリーの最期を知らせる電話を受けたと書いています。
 きっとオードリーがルカを守るために配慮してくれたのだと良い方に捉えようと書いていますが、母の最期に立ち会えなかったというのは、僕はとても悲しく残念に感じてしまいました。

 実際にはオードリーの死の部分は序章に書いてあって、決して読後が悲しくなるような構成にはなっていません。
 他にも序章にはルカにとっての母は映画用の白黒写真ではなく、家族のカラー写真の中にあることが書いてあります。

 伝記本というにはオードリーが感じていたことが書いてあるわけではなく、なんだかオードリーは脇役のようにも感じますが、これはあくまで息子ルカから見た母の思い出。

 確かにここで読めるオードリーは、決して最近イメージが固定化されそうなモノクロ画像の古いスターではなく、ルカの眼に映る、生きて動く本当のオードリーであることは間違いないです。

オススメ度:★★★★★(オードリーファンならぜひ読んでおきたい1冊!)


  


2016年07月07日

オードリーのレシピ本!「オードリー at Home」その1

 写真集「永遠のオードリーファッション」の発売日が延びています。もともと6/25くらいに発売の予定が、7/11に延び、さらに7/25に延期されています。

 さて、記事をお待たせしてすみませんでした。こちらは念願のオードリー・ヘプバーンのレシピ本「オードリー at Home(オードリーアットホーム)」の日本語版です。

 記事がとても長くなりそうなので、今回と次回、2回に分けて載せようと思います。

 昨年英語版は発売されていましたが、1年経ってようやく日本語版が出ました。

 著者はオードリーの次男であるルカ・ドッティ。
 なんかルカといえば昔のおぼこいイメージが僕の中で取れないので、ルカ・ドッティ氏と改まっては書けません。
 なんせ2004年の大規模な “timeless audrey” 展の来日時でもまだまだ若かったですしね。
 いつまでもかわいいルカ坊や、というイメージです。本当はもういいおじさんになってますけどね。

 ある日本の出版社に昨年 “オードリーのレシピ本があるんですけど、翻訳してくださいませんか?”と希望を述べた所、結構乗ってくださって権利獲得に動いていただいたのですが、先に日本の別の出版社が権利獲得でもう動いていたと返事を頂きました。

 なので日本語版が出るだろうと英版を買わずに我慢していたのですが、待って良かった!もうちょっとで痺れを切らして英語版を買う所でした。

 日本版の出版社はフォーインスクリーンプレイ事業部。
 現在までアマゾンで外国映画部門で何度もベストセラー1位になっています。

 まあ、あのオードリー・ヘプバーンのレシピ本となれば必ず売れますよね。
 これは権利獲得に素早く動いたフォーインさんの大勝利ですね。

 さて、こちらに来ていただいているまるさんから英語版の方のお話は伺ってたのですが、まずは “紙の質がとても悪い!” ということでした。
 これは気になったので、フォーインの担当さんに直接問い合わせてみました。

 かつて写真集「オードリーのローマ」でも、元のイタリア版&英語版がかなり酷い紙(ザラザラの上質紙)を使用していたのですが、日本版ではマットコートという良質な紙に変更されていたので、今回もどうかなーと思ったんです。

 そこで頂いたお返事は、コート紙(ツルツルの紙)ではないですが、やはり日本版では紙が高級な物に変更されているということ。

 実際に買ってみてわかりましたが、確かにコート紙ではないのが残念ですが、これならまだだいぶマシだろう、という紙に変更されています。
 さすが世界最高の日本の印刷業界ですよね!

 表紙は日本の本としては珍しくハードカバーそのままの装丁です。普通はカバーを巻いてさらに帯を付けて…というのが日本の本なんですが、こういうのも新鮮です。
 ただし、こういう装丁の本は傷みやすいので要注意です。

 表紙は画像の部分だけPPコーティングがなされており、そこだけツヤがあります。
 おそらくこの装丁は原書に揃えたんだろうと思われます。

 そしてもうひとつ重大なことをまるさんに伺ってたのですが、このルカの本には兄であるショーンの画像がただの1枚も載っていない!ということ。

 文章には兄のことがたまに出てくるのですが、なぜか一切その兄であるショーンの画像は無し。
 オードリーが1983年に初来日した際も家族で来日しており、ルカはどこに行くにもショーンと一緒だったはずですが、その来日時の家族での画像はなく、オードリー単独のものばかり。

 2004年に日本版が出たショーンによるオードリーの伝記本ではルカが載っていましたから、これはやっぱり…と思ってしまいます。
 昨年ですが、オードリーの遺産をめぐり、ショーンがルカを訴えたと報道されていましたしね。
 実際に自分の目でショーンが載っていないのを確認して、あの報道は本当だったのかなーとまた悲しくなってしまいました。

 さて内容ですが、これはオードリーのレシピ本でもあってそれが最大のウリだとは思うのですが、読んでみて思うのは、これはルカによるオードリーの伝記本だということ。さらには未発表画像を多く含む写真集でもあります。

 今回は上記の “装丁” や “紙質” などの本としての部分と、“写真集” の部分、そして “レシピ本” に関してを書いておきます。
 “伝記” としての部分はまた次回、ということで。

 これは写真集としてみると、やはり家族でないと持っていない貴重な写真が多く掲載されています。
 もちろん今までの写真集で載っていた物もありますが、多くは初収録です。

 最後の方のページの写真の出典を見ると、オードリーの大親友だったコニー・ウォルドやドリス・ブリンナー(男優ユル・ブリンナーの2度目の奥さん)の画像もありました。

 写真家ボブ・ウィロビー氏のものもありましたが、これはよく見る物で有り難み無し。

 他にはルカとは関係なさそうな20代のオードリーの画像もちらほら。これがちょっとこの本の中では浮き気味でした。

 写真家のセシル・ビートン(「マイ・フェア・レディ」の衣装デザイナーでもある)がオードリーが半ば引退状態だった1971年にドッティと撮った写真もあり、本当にビートンはオードリーが好きだったんだねーと思いました。

 ちなみにその時のオードリーは「エクスラン・ヴァリーエ」のCMでも使用したヴァレンティノ・ガラヴァーニの衣装を着ています。
 ローマに住んでいた時代、オードリーが愛用していたデザイナーですね。

 ひとつ、全く同じ画像が2回出てくるのが気になりました。
 章の始めでバックに薄くモノクロで載っている画像を、後でカラーで鮮明に載せるのはかまわないんですが、オードリーがジャック・ラッセル種のジェシーと写っている画像が同じくらいの小ささでどちらもカラーで載っていました。これは…間違えて2回載せたのかな?と思いました。(182と223ページ)

 さて、みんなが一番興味があるであろうレシピに関しては、75種類の料理(+奇跡のレシピ)が載っています。
 が、僕が買う前に思っていた “オードリーが作った料理のレシピ” というよりも、オードリーの家庭で食卓に上った料理、という認識の方が正しいのかもしれません。

 もちろんオードリー自身が作った料理もたくさんあるのですが、オードリーの家に家族同然で住み込みで働いてた女性のレシピや、親友のコニー・ウォルドやドリス・ブリンナーと交換したレシピも含まれています。

 意外なのはオードリーがカレーライスが大好きだったということ!なんとこの本にも2種類ものレシピが載っています。
 もちろん日本のカレーライスとは違い、お米は長粒品種だし、おそらくカレーも日本のようには粘り気はないもの。
 さらにはオードリーの母エラは、オードリー以上にカレーが大好きだった、というのは驚きでした。

 こういうのは身内が書く本だからこそ初めて明らかになる事実ですね。

 それと以前からよく語られていましたが、オードリーのチョコレートとパスタ好きは並じゃないですね(笑)。

 特にスパゲッティ・アル・ポモドーロ(シンプルなトマトソースのスパゲッティ)への愛は凄くて、自分でも作る他、レストランでも頼んでいたとか。

 家族旅行でも、オードリーは2つスーツケースを持って行ってたんですが、1つは衣類が入っている大きくて軽いもの。もう1つは小さいのに重く、ロバート・ウォルダーズがレンガでも入っているのかと訊いたほど。オードリーは微笑みながら “スパゲッティよ” と答えたそうです。
 表紙もこのパスタを取り分けるオードリーになっています。

 もう今では言われることも無くなりましたが、一時期オードリーが拒食症だったとかっていうデマがありましたが、実際は全然違いますね。
 パスタに関してはお皿に溢れんばかりの量をおかわりしていたそうです。

 オードリーの変わらない体型に関しては、やはり戦争中の極端な栄養失調のせいみたいですね。
 オードリーが舞台「ジジ」のためにアメリカに渡った時に太っていたという逸話ですが、アメリカ上陸直後の写真がリチャード・アヴェドンによって残されていますが、実際は一般人と比べると充分に細いです、残念ながら。

 さて、オードリーのレシピに関しては日本では馴染みのない食材もありますが、後ろにまとめて説明が載っていて、代用出来る物とかも書いています。

 中には僕なんかでも作れそうな物もちらほら。
 オードリー自身が簡単でかつ美味しい物を好んだこともあり、比較的実際に作りやすいのではないかと思います。

 (その2に続く)


  


2016年06月05日

婦人画報2016/7 オードリー・ヘップバーンの料理レシピ

 全国での “午前十時の映画祭7”上映「マイ・フェア・レディ」があとわずかです!
 見逃されている方はお急ぎください!

 ★「マイ・フェア・レディ」
 2016/05/28(土)~2016/06/10(金):GROUP B

 グループ分けなど詳しくはこちらの記事で。
 また、今回の映画祭ではオードリーに出演依頼がなされながらも諸事情で断った「ロシュフォールの恋人たち」(上映中)・「愛と哀しみの果て」もリバイバルされます。

 連続で記事をアップですが、今月は写真集も控えているので次々と紹介しておきます。

 今日は婦人画報の2016年7月号。

 こちらには写真集「オードリーat Home(オードリー アット ホーム)」の日本版発売を記念して「オードリー・ヘップバーンの料理レシピ」ということで特集が組まれています。

 なんと18ページもの大特集!こんなに多くのページを割いてくれてるなんて、最近では雑誌 “スクリーン” でも無いですよね?

 この本を買わなきゃ!と思ったのは、レシピの紹介だけではなくそのレシピ通りにオードリーの料理を再現したものが掲載されているっぽかったため。
 実際買ってみるとその通りでした!

 実際に作られて写真が載っているのは、

 ・チェリージャム
 ・マドレーヌ
 ・スパゲッティ・アル・ポモドーロ
 ・グシュタードのペスト
 ・野菜のクリームスープ
 ・すずきの包み焼き
 ・エッグ・ウィズ・モッツァレラ
 ・トリコローレ・カプレーゼ・サラダ
 ・ライス入りトマト
 ・ノンナ・テのカレー
 ・ホイップクリーム添えチョコレートケーキ
 ・コニーのアップルコンフィ

 がレシピと共に料理の画像も実際に作られて載っています。

 他にアップルクランブルのオードリーの手書きのレシピも最初に掲載されていますが、それは実際に作った写真がありません。

 レシピが載っていても、なかなかその料理を実際に作るってのは面倒臭いですよね。
 なので、それをプロが作って綺麗に盛りつけたものを実際に見せてもらおう!ってことで買ったのですが、買って正解!でした。
 オードリーがこういう料理を得意としていたのか〜と思うと感慨深いですね。
 いつか食べてみたいと思います。

 さらにまだルカの写真集が届いてないので、先に写真の一部を見れるのも嬉しいところ。

 そしておそらくこの婦人画報だけの凄い特典は、今年5月に行なったルカへの特別インタビューが載っていること!
 これは写真集では読めないものですよね。これだけでも大変価値があります。

 ここでのルカへの特別インタビューは

 ・今、ルカさんがいちばん食べたい「母の味」は?
 ・「母の味」をひと言で表現すると?
 ・オードリーの料理は今のルカさんにどんな影響を与えていますか?
 ・子どものころ、食卓で家族のルールはありましたか?
 ・ルカさんがよく作るオードリーのレシピは?
 ・チョコレートケーキとオードリーについて思い出はありますか?
 ・今、オードリーがいたとしたら、どの料理を作ってもらいたいですか?

 という7つの質問に対してルカが答えているのが2ページにわたって掲載されています。

 なおこの号の婦人画報には7種の各地方版の物があります。それぞれで巻頭特集が違うのですが、どの地方版にもオードリーの特集は載っていますので、安心してお買い求めください。

 僕はそれを知らなくてネットで東京版を買ってしまいました。しまったー!そんなことなら近畿版を買えばよかったー!
 (関西版と金沢版は表紙が違うだけで中身は一緒だそうです)

オススメ度:★★★★




  
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Posted by みつお at 21:00Comments(6)日本の雑誌

2016年06月04日

「午前十時の映画祭7」グループB チラシ

 全国での “午前十時の映画祭7”上映「マイ・フェア・レディ」があとわずかです!
 見逃されている方はお急ぎください!

 ★「マイ・フェア・レディ」
 2016/05/28(土)~2016/06/10(金):GROUP B

 グループ分けなど詳しくはこちらの記事で。
 また、今回の映画祭ではオードリーに出演依頼がなされながらも諸事情で断った「ロシュフォールの恋人たち」(上映中)・「愛と哀しみの果て」もリバイバルされます。

 現在 “午前十時の映画祭7” ではグループBにて「マイ・フェア・レディ」が上映中ですが、今回はそのチラシを紹介。

 前に紹介したグループAのものとほぼ同じです。
 表紙は右下の青丸で囲まれているグループAだったものが、緑丸のグループBになっています。

 中身の作品紹介はグループAとBで作品が交互に上映されるので、左の作品と右の作品がA・Bで逆になっています。

 まあこれだけなんですが、このチラシが欲しかったので、本当は施設の新しい大阪ステーションシネマのグループAで観たかったのですが、我慢してグループBのTOHOシネマズなんば別館で観てきました。

 なぜなんば別館を敬遠したのかというとTOHOシネマズ梅田もそうなんですが、別館という劇場は元は違う場所にある違う名前の劇場だった物をくっつけて“別館”と言ってるだけで、施設は古いままだから…なんですよね。

 このTOHOシネマズなんば別館ももとは「敷島シネポップ」という劇場だったもの。僕は初入館でした。
 でも思ってたほど酷くはなく、席が少し狭いの以外はわりと快適でした。

 さて「マイ・フェア・レディ」を観るのは昨年の11月特別リバイバル時以来わずか6ヶ月ぶりなので、大丈夫かな?楽しめるかな?と思いましたが、杞憂でした。いろんな所に注目しながら観たのでとても楽しかったです!それに今回の観客の方が楽しいシーンでは笑い声が絶えなくて、とても嬉しかったです!
 やっぱり映画館の醍醐味はみんなと笑いを共有出来ているところですよね。

 残念なのは、昨年の上映もそうでしたが上下左右に黒枠が出来てしまう所。
 せっかく劇場で観ているのに、サイズが小さいままで上映されています。

 「マイ・フェア・レディ」はもとは70mm映画なので、かつては最も大きなスクリーンサイズだったほど(シネラマは除く)。
 フィルムサイズも一番大きいので、どこの劇場でも上映出来る物ではなく、70mm映画用の劇場が必要でした。
 
 なのでこの黒枠分をいっぱいに引き延ばして上映すればもっとずっと大きなサイズで観れたはずのなのがとても気になりました。
 そう思ってる方はかなりいらっしゃるらしく、“午前十時の映画祭7”の公式サイトの「マイ・フェア・レディ」の所にもかなりのお怒りの声が…。

 この上下左右に黒枠っていうのは昨年リバイバルがそうだったので、僕は上映前に“午前十時の映画祭7”事務局に問い合わせしており、昨年と同じ上映形式の物だという回答も得られていたのですが、そのことをきちんと公式サイトで告知していなかったのが、てっきり画面いっぱいで上映になると思っていた観客の方の怒りの火に油を注いだようです。

 こういう黒枠でのデジタルデータが来た場合は、ちゃんと画面いっぱいまで拡大して上映したらいいのに…と思いますけどねー。
 ことに「マイ・フェア・レディ」なんて4Kなんですから、ちょっとやそっとの拡大くらいなんでもないはずなんですけども。
 ただ、昨年観たTOHOシネマズ梅田での上映と違って、なんば別館ではちょっと画質が劣っていたような…。
 
 全ての歌の部分はそれまでと音質がガラッと変わるので、別録りだとよくわかりますよね。
 オードリーの声とマーニ・ニクソンのところの切り替えも今はすぐにわかります。昔は特に意識もせず、今程音質も良くなかったのでわからなかったんですよね。

 オードリーの声がまともに採用されている “今にみてろ” の歌の部分ですけど、オードリーの声、かなり上手いですよね。音質もいいです。
 やはりオードリーが練習に練習を積んで録音した完成版だけのことはありますよね。

 ブルーレイなどの特典で付いてくる “素敵じゃない?” とか “証拠を見せて” 、またYouTubeで流出しているピアノ伴奏付きの明らかに練習分の “踊り明かそう” や “あなたなしでも” とは明らかに違う出来栄えです。

 “オードリーの歌の部分は全部吹き替え” などと間違ったことをいまだに書く人たちを、これはマーニ・ニクソンの声だと思わせるくらいオードリーは上手い、ということでOKでしょうか?(笑)
 こうなると本当にオードリー自身がインタビューで答えた “全曲完成版を吹き込んであるのです。” というのが聴いてみたいです。
 ワーナーの倉庫に未だに完成版は眠っているのではないでしょうか。

 それと“週刊20世紀シネマ館”の1964年の号に書いてありましたが、オードリーはなんとこの「マイ・フェア・レディ」撮影前からのボイストレーニングで5音分も音域を広げたことが書かれていました。
 本当にオードリーは努力したんだね…。(T T
 まだイライザが洗練されていない時期だから、もう1曲 “素敵じゃない?” くらいはオードリーの声を採用してあげても良かったのに…って思います。

 あと、映画を観て思っていたのはヒギンズ教授はいったい何人の住み込み従業員を雇っているのか??ということ。
 たった教授1人のために執事らしき人が2人、メイドさんたちが5人以上。
 彼らの年収を全部まかなえるくらいヒギンズ教授はお金持ち、ということになりますよね。

 大使館の舞踏会でのシーンは、今度は男性キャストの背の高さが凄いなーと思っていました。
 オードリーは身長170cmで、舞踏会のシーンでは5cmくらいのヒールの靴を履いていました。ということは175cmくらい。
 それにあの高く高く編み上げた髪型ですから、いったい何cmなのかと。

 それがそのオードリーを女王のところまでエスコートする侍従や王子役の男性はそれよりも背が高いわけですから、おそらく彼らは190cm以上の高身長なのだろうなーと感心して見ていました。
 もちろんオードリーにつり合うように高身長の男優さんがキャスティングされたのだと思います。 

 オードリーの美しさはさすがですね!やっぱりアスコット競馬場では絶品です!他の女優さんを圧倒していますね。
 これじゃあイケメンのフレディも一発でメロメロになるはずです。

 「マイ・フェア・レディ」のオードリーのためにと新しくセシル・ビートンがデザインした衣装の数々も、本当にオードリーだから似合ってる!
 ビートンは本当にオードリーを大好きで、そのおかげで生まれた映画史に残る傑作の衣装なんですよね。
 それに家出の際の衣装のウエストの細いこと!

 アスコットや大使館での舞踏会などの、その他の女性たちの衣装はオードリーが宣伝写真で着たものもたくさんあるので、それを見つけるのも楽しかったです。

 オードリー第3期の最後の作品ですけど、美しさが頂点を極めていたこの時期のオードリーで本当に良かった!と思いました。
  


2016年05月30日

オードリーの写真集が6月に2冊発売!

 こちらに来ていただいているFUMIさんに情報を頂きました!

 6月に2冊、オードリーの写真集が発売されるそうです。

 1つは待ってました!「オードリー at Home」。
 とうとう翻訳版が出ますね。
 オードリーの料理のレシピが載っているのはもちろん、来日時のエピソードもあるそうです。

 出版社はフォーイン。公式サイトはこちら

 もう一つは「永遠のオードリーファッション」。
 題名からはわかりませんでしたが、著者と “ロンドンの「ナショナル・ポートレート・ギャラリー」で好評を博したヘプバーン回顧展より” という商品説明からこの写真集の翻訳版かと思われます。

 出版社は二見書房。結構オードリー関連の書籍を出してくださる会社ですね。公式サイトはこちら

 2冊とも、ある出版社の方から “日本の出版社が権利獲得で動いているそうです” と伺ってたので、まだ持ってなかった「オードリー at Home」などは我慢して待ってたのですが、待った甲斐がありました。
 もう我慢も限界で、そろそろ買おうかと思ってましたし。

 近々どちらもこのサイトで紹介出来ると思います。



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Posted by みつお at 09:00Comments(4)オードリー関連情報