2016年12月10日

写真集「オードリーに魅せられて 〜サブリナの日々〜」

 今回は、「Charmed by Audrey : Life on the set of Sabrina」の邦訳版である写真集、「オードリーに魅せられて 〜サブリナの日々〜」の紹介です。

 内容的には英語版も日本語版も同じなので今までほったらかしにしてきましたが、ここできちんと日本語版の紹介を。

 まず「Charmed by Audrey」は今までのオードリー写真集でもトップクラスの出来。2009年のオードリー・ヘプバーン大賞の大賞受賞でもあります。

 この日本語版も同じ2009年には発行されています。10月13日発行になっていますので、9月くらいの発売?
 発行はAC Booksさん。
 後にこの「オードリーに魅せられて」と同じ判型で他社の「So Audrey」も訳出しています。

 出た当時、こういう形態で全作品あるいはオードリーを撮った全カメラマンの写真集が出てくれたらな〜なんて思っていましたが、それは叶いませんでしたね。

 もともともうこれ以上触りようのない完璧さだったので、日本語版でも大方同じ。
 違いはごく一部に限られています。

 日本の本というのは帯を巻くのが普通なので、原書では裏表紙の下部にあるバーコードが、裏表紙の本の上部に変更になっています。
 その代わり原書ではあったこの本のオススメ文みたいなのが無くなっています。

 で、原書ではバーコードだった部分は写真のまま。
 でもこの写真は本文にも収録されているので、日本語版での写真の上部が見れない!ってことはないです。

 あと、原書では表紙カバーは墨とパール・パーブルとパール・ブルーグレーの3色で刷られています。

 そしてタイトル部分と背表紙の白文字、裏表紙の解説は厚塗りのニス引きがなされていて、触ると膨らんでいるのがわかります。
 カバーの折り返しの画像部分もニス引きがなされています。

 これ、パール色も高いし、ニス引きも別に加工料がかかります。経費かかってます。

 対して日本版はお金のかかるパール色はやめて、原書のパール・パープル色に似た紫の特色、そしてブルーの特色と墨の3色で刷られています。
 ニス引きも表紙のパープル部分のみ。
 ブルーは原書とは似てない色になってます。

 そのカバーを外すと、ハードカバーの本体が出てくるのですが、この厚みや紙の素材、色が違います。

 原書は厚みが有り、本当の銀色です。日本版の方が少し薄く、色が青っぽく、ちょっと紙目が目立つ紙質。

 あと、本文は同じコート紙ですが、日本版の方が少しツルツル度が高いです。厚みは同じくらい。

 まあでも問題になるような違いはありません。カバーのパール色以外は、よーく比べると…という範囲内です。
 日本版でも中身はパール色2色(+墨)で刷られており、豪華。原書と同等です。

 写真のページはもうこの時代はPDF入稿だと思うので、寸分の狂い無し。
 写真に付いている英語の文章を日本語に翻訳されているだけです。

 この写真の文章はオードリー自身の言葉や、オードリーを讃える他の人の言葉が載っています。

 本の最初には、この写真を撮ったマーク・ショウの一人息子の奥さんと、「麗しのサブリナ」の原作者の息子さんの前書きが載っていて興味深いです。

 マーク・ショウの息子の奥さんは、50年以上不明だったこれらのネガがいかに発見されたか、ということや、この白黒写真の中で白のシャツと黒のカプリパンツ(サブリナパンツ)に見えるものは、実際はピンクのシャツと赤いパンツである事が当時の注釈で書かれている、と書いてます。

 それ以上に興味深いのは、「麗しのサブリナ」の原作戯曲を書いたサミュエル・テイラーの息子、デヴィッド・テイラーの文章。

 当時ハリウッドは、舞台の製作前からスカウトマンが映画化権を買い付けに来ていた事、原作の「麗しのサブリナ」もそういう経緯を辿って、舞台前からパラマウントが買った事が述べられていました。

 やはりバリー・パリスの伝記や、「永遠のオードリー・ファッション」で書かれてた事(オードリーが舞台を見てパラマウントに買ってもらった)は誤りだとわかりますね。

 既に1953年3月には契約も済んで、サミュエル・テイラーと監督ビリー・ワイルダーは脚本を書き始めています。

 その段階でサブリナはオードリーが演じる事が決まっており、サミュエル・テイラーはオードリーをイメージして脚本を進めていった事も書かれていました。

 舞台の稽古が始まるのは53年8月から。大幅に映画が先行しています。
 この段階では舞台はまだ影も形もないですね。

 サブリナの後、「オンディーヌ」の舞台でオードリーがニューヨークに来た際は、頻繁にサミュエル・テイラーの家に来ていたそうで、奥さんとも仲が良く、幼い息子のデヴィッド・テイラーと弟もオードリーとよく話したとか。

 別の仕事でサミュエル・テイラーがハリウッドに行った際に、母とデヴィッドと弟は春休みにロサンゼルスへ行くと、なんとサミュエル・テイラーはオードリーのアパートを貸してもらっていたそうです。

 さらにわかるのは、この写真集で載っている木戸や部屋(表紙でも採用)が、実はそのオードリーのロサンゼルスでのアパートだという事がわかります。

 住所はウィルシャー大通り10368番。今でも現存しているのでしょうか?
 部屋はチリ一つなく、清潔だったそうです。

 日本語版でももちろんトップクラスの写真集であることは間違いなく、自信を持ってお勧め出来る1冊となっています。

 帯には復活したランテルディを抽選で5名にプレゼント!というのが載っています。もちろん、とっくに期限は過ぎていて、2010年2月15日消印までです。

オススメ度:★★★★★(珍しく、美しい画像がいっぱい!オリジナルネガフィルムからの印刷なので、裏焼きは一切無し!)


  


2016年08月09日

写真集「永遠のオードリー・ファッション」

 ロンドンで開かれたオードリー展の図録、“Audrey Hepburn: Portraits of an Icon” の日本語翻訳版が出ましたので、今回はその評価を。

 なんと偶然にも昨年のちょうど今日、原書の紹介をしていました。
 なので、時間も昨年と会わせて紹介することにしました。

 まず、皆さんに謝らなければ…と思うことがあります。
 というのは、原書で英語がわからないためにこの写真集の評価を高く付けすぎてしまったことです。

 この度翻訳版が出て内容が全て明らかになったので、評価を2つ下げさせていただきます。
 原書でも“なんか微妙だなー”とは思っていて、そう書いていましたが、全てが明らかになってその微妙さ加減がハッキリしました。

 ということで、この写真集の評価は

オススメ度:★★

 です。原書の紹介ページでも評価を2段階下げさせていただきました。
 この本の中の間違いで★1つ減点、さらにこれがロンドンのオードリー展で与えた影響でさらに★1つ減点です。
 また、昨年の“オードリー・ヘプバーン大賞”での第2位も取り消し、他を繰り上げとさせていただきます。

 本の装丁ですが、日本版はサイズが小さくなっています。
 原書が24cm×29.7cmであるのに対して、日本語版は22cm×25.5cm位です。
 きっとこれは日本の書棚事情に考慮した物かと思われます。
 さらに日本の書籍独特の帯が巻かれています。

 まずは日本語翻訳ですが、前半と後半で翻訳者が違うのか、2人の名前がクレジットされています。

 問題なのは前半の本文。
 「戦争と平和」の監督の名前ですが、日本では“キング・ヴィダー” と表記されるのが一般的ですが、ここでは“キング・ヴィドール”となってます。
 さらには「華麗なる相続人」の日本名が “ブラッドライン” のまま。

 これほどインターネットも普及している中で、このあまりにオリジナルな表記はなんでしょう?翻訳者がきちんと調べてないということですね。
 後半の“オードリーの生涯”のページではそれぞれ“キング・ヴィダー” “華麗なる相続人” になってるので、整合性がとれていません。
 これは最終でまとめる時の編集者にも問題があるかと。

 最近はパソコンで文章を打って、そのまま入稿ということが一般的だとは思うので、きちんと確認せずに本にしてしまったのかと。

 でもまあ、こういうのはご愛嬌で済ませることが出来ます。

 問題だと思ったのは、やはり原書に書いてある部分。

 まずこの本の協力者として4つの海外のオードリーサイトとその管理者が紹介されていましたが、そのうち2つのサイトは僕のサイトから無断で画像を掲載するようなサイトでした。主に日本独自のCM「エクスラン・ヴァリーエ」ですが。

 ほとんど文章も無しに画像や動画だけを載せるサイトというのは、だいたい他のサイトから無断でパクって来て許可も得ずに載せていることが多いのですが、それら2つもそういうサイト。

 1つは無断掲載を抗議してもどこ吹く風でいくつもの画像をその後も掲載し続けていました。後にはWOWOW放送の「エクスラン・ヴァリーエ」の映像を無断でアップロード。

 もうひとつは全然知らなかったのですが、やはり僕の「エクスラン・ヴァリーエ」のポスターの画像を無断転載していました。今では消されているようですが、それを元に他の人が拡散してしまってました。

 “オードリーが好き!” とは言っても、これではオードリーの精神とは程遠い所にいると思うので、僕の中ではそれらの人は “オードリーファン” であるとは思いません。
 オードリーが他人から許可無くパクるでしょうか?ちょっと考えればわかりますよね。
 まずここでそんな人達が関わっている本だと思うととてもイヤな気分になりました。
 
 それと原書でも“50年代は詳しいのに、60年代以降がおざなりだなー” と薄々は感じていましたが、翻訳されてそれがハッキリしました。
 60年代以降の内容の薄いこと薄いこと…。「噂の二人」「パリで一緒に」などはほぼ抹殺状態。

 日本では知ることが困難な、オードリーのオランダ時代やイギリス時代の詳しい逸話が載っているのはとてもありがたいことなのですが、これも他の部分で考えるとおそらく何かの丸写しなのだろうと…。

 というのも最後に参考文献が載っているのですが、ただ単にそれらの2次使用、3次使用に過ぎないと思われるものがそのまんま載っていました。しかも間違いのままで。

 わかりやすい完全なる間違いは、「麗しのサブリナ」への出演のくだり。
 これ、元々はオードリーの伝記の中でも信頼の置けるバリー・パリスのに書いていましたが、それでも誤りはあります。

 「麗しのサブリナ」は “オードリーがブロードウェイの舞台を見て、その原作を映画化してもらえるように自分でパラマウントに働きかけた。” と書いてますが、これが大きな間違い。

 「麗しのサブリナ」撮影開始は1953年9月からなのですが、この作品がブロードウェイの舞台にかけられたのは1953年の11月。
 明らかに映画が先行しています。オードリーはまだ上演されてもいない舞台をどこで見たと言うのでしょうか?
 だいたい9月に撮影だと、契約や準備はさらに半年〜1年くらい前になります。オードリーは「ジジ」の地方巡業真っ最中で、そんな余裕は無いと思います。

 このようなことはIBDb(インターネット・ブロードウェイ・データベース)などという英語で便利な物で簡単に確認出来るのに、それすらしないで間違いをそのまま丸写ししたんですね。

 「麗しのサブリナ」のことを書くなら、オードリーだけの伝記を調べればいいってものでもなく、ビリー・ワイルダー監督に関して書かれている物とかもやぱり調べるべきだよなーって思いました。

 こないだもワイルダー監督の作品に関する本を読みましたが、そこではきちんと「麗しのサブリナ」がブロードウェイ上演よりも先に上映権を獲得して、原作の内容を大きく変化させていったことが書かれていました。オードリーが働きかけたなどということも一切書かれていません。

 それと「マイヤーリング」が1957年当時にヨーロッパで上映されたなどというデマもそのまま掲載。
 これは今までいろんなオードリーの伝記に書かれていましたが、誰もどの国だったのかとか、上映されたなら当然あるはずのポスターの証拠の提示も無いただの都市伝説。

 実際日本で2014年に劇場で上映されてわかりましたが、1957年当時は “キネコ”と呼ばれるキネスコープ・レコーディング(当時の小さいブラウン管テレビで放送されている物を、そのままフィルムカメラで撮るもの。画質も落ちるし、モノクロでしか当時は撮れなかった)でしかテレビを保存する方法がなかったのに、その粗い画質での保存の物を、リマスター技術の無い当時で劇場の大スクリーンにかけることは不可能だとわかります。

 最初に伝記に書いた誰かの文章をそのまま他の著者が確認もせずに書き写していっただけで、ショーンが長らく伝記で1月生まれだと書かれていたことと同じ現象(本当は7月生まれ)。誰も何も調べていません。

 さらに、裏表紙にも載っている画像が本文87ページで “「戦争と平和」撮影の合間” で “1955年6月” というキャプション(原語:DURING THE FILMING WAR AND PEACE)が付いていますが、眉毛の描き方が「戦争と平和」の時期ではありません。

 調べれば簡単にわかるのですが、「戦争と平和」の撮影開始は1955年7月です。“合間(DURING)” ではありませんよね。

 これらで著者が独自で調べたりしていないのが露呈しています。
 全体的に、今までの伝記や雑誌で書いてあったことの中で、著者にとって都合のいいような部分のみを再掲しているような感じです。
 ロンドンでのオードリー展もこういう内容だったのかと、ガッカリしました。

 このような文章なので、おそらく他の部分も参考文献の丸写しが多いのでしょう。日本での「ローマの休日」人気も書いてありましたが、それも日本の雑誌に掲載されていたことそのままでした。

 というわけで、こんなオリジナリティーのない内容の写真集を★4つには出来ません。
 二見書房さんにはせっかく日本版も出していただきましたが、残念ながらあまり高く評価出来ませんでした。申し訳有りません。
 まあでもこの本の真価がわかっただけでも、この日本版の意義はあった、ということで。

 僕が「オードリー at Home」と共に勧めた出版社で出版されなくて、本当によかった!というところでしょうか。
 僕が勧めて確認して頂いた時には既に他の出版社が日本版の権利獲得に動いていたということでしたが、このような本を出してもらっていたら、もの凄い責任を感じてしまう所でした。

 何度も書きますが、最終オススメ度は ★★ です。写真はそこそこ良いのに、あ〜、ガッカリ。
 文章があまり良くないということを承知でお買い求めください。


  
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2016年07月14日

オードリーのレシピ本!「オードリー at Home」その2

 ロンドンでのオードリー展の図録である写真集「永遠のオードリーファッション」が7/25に発売されます!

 さて前回に引き続いて「オードリー at Home」についてその2です。
 今回はこの本の “伝記” の部分について。

 オードリーの公式な伝記はショーンの本だけで完結かと思っていましたが、こうしてルカの目から見たオードリーも見させてくれてとても嬉しいです。
 そして思うのは、ルカの父はあくまでもアンドレア・ドッティ氏で、メル・ファーラーは何の接点も無い人だということ。全く出てきません。

 この辺はショーンの本では父メル・ファーラーが出てくるのとは全く違うなあ〜と思います。
 オードリーが離婚後メル・ファーラーとは会わないようにしていたとのことなので、おそらくルカとメルはオードリーのお葬式以外では会ったことも無いのではないかと…。

 そして印象に残ったのは、ドッティ側のお祖母さん(オードリーの姑)の後の旦那で、ルカとは血がつながらないけれども仲の良かったお祖父さんが入院していたとき、お見舞いに行ったルカはその荒れ果てた病院と酷い待遇(お祖父さんと同室の人は亡くなっているのに誰にも気付かれなかった)を見て怒りを覚え、オードリーにその名前を1度だけ使うように頼んだということ。

 ちょっと話が逸れますが、日本で大震災が起こった時−それは阪神大震災でも東北大震災でも熊本地震でもそうなのですが−日本人は無秩序にならず、行列を作って配給を受けるのが当たり前なので、暴動や我れ先に物資を奪い合ったりが起こる海外からは驚嘆されていました。

 オードリーも日本人と同じで、自分の名声を特別待遇に利用するというのは潔しとせず、常に列には並ぶ、規則・法律・慣例は守る、としていたようです。
 ですがさすがにこの時ばかりはお願いしたそうで、それ以来お祖父さんの痛みは和らぎ、もっと良い場所へ移されたそうです。
 でもこれもルカには直接明かさず、ずっと後になってオードリー最後のパートナーであるロバート・ウォルダーズから聞いたそうです。

 日本といえば、短いですが(6ページ分)オードリーの初来日(83年)のことも書かれていました。

 その時は家族総出で来日したので、ルカも一緒に日本を回っていたのですが、オードリーもルカも日本に恋してしまい、家族でいつまでも語り継がれる旅になったと書いてあり、日本人としてはとても嬉しく思いました。

 でも今のように世界で日本食がブーム!ということもないので、当時は欧米人には抵抗があったであろう寿司や刺身にはオードリーは決して手をつけなかったと書かれていました。
 今だったらきっとオードリーも美味しいお寿司やお刺身を喜んで食べてくれただろうな〜と思います。

 ただ当時ルカは13才と幼く記憶がちょっとあやふやなのか、なんでもかんでも写真の場所が金閣寺になっていたらしく、訳者さんの手で修正が入っています。確かに明らかにオードリーのバックは京都御所や宇治の平等院鳳凰堂なのに “金閣寺!” とは日本人としては訳せませんよね。

 それにジバンシィと写っているショーの写真も1983年4月9日になってますけど、ジバンシィのショーは日本では4月13・14(以上東京)・16・17(以上大阪)日だったので、リハーサルで写したのでなければ、全然合わないんですけれども…。

 そうそう、写真では「緑の館」撮影中(1958年)以来25年ぶり2度目の着物を羽織るオードリーが見れます。
 もともとオードリーは日本のことを大好きで、そのために世界中で日本に向けてだけテレビCMに出演しています。しかも2度も!(「エクスラン・ヴァリーエ」と「銀座リザ」)
 実際に日本に来て、オードリーは日本をますます愛してくれて、その後機会のあった87年と90年にも来日をしています。

 「緑の館」と言えば、映画で共演するために一時期一緒に暮らして懐いていた鹿のイップ(ピピン)を手放す際のイップの様子とオードリーの心理が今までわからなかったので気になっていたんですが、それもこの本で明らかになりました。
 オードリーは野生の動物を飼い馴らしてしまった自分をやっぱり許せなかったのですね…。

 あと、おぼこくて幼くておとなしい…と思っていたルカにも反抗期があったということが意外でした。
 あまりにもあまりなので、オードリーがルカを叩く!と言って追いかけ回したこともあるとか(ルカは浴室に逃げた)。

 さらには、ルカのジャケットと住み込みの女性料理長の息子のバイクが突然なくなったので、売り払ってマリファナを吸っているのではないかとオードリーと料理長が心配したことがあったと書かれていました(実際にはごろつきに脅されて取られただけだった)。

 それとこれはルカの本なので、ドッティと暮らしていたローマのことも出てくるのですが、オードリーとローマは必ずしもうまくいっていたわけではないことも書かれていました。

 確かにお堅いオードリーと陽気なローマは実は僕の中でもあまり結びつかないのですよね。「ローマの休日」だけしか知らないとそれはわからないでしょうが、オードリーにはその性格からもむしろパリやスイスの方がずっとずっと向いている、と思います。

 この本に書かれていることで、ローマは表面的にだけ人を迎え入れるそうで、よそ者には厳しく、あまりにも真面目で普通で平凡な主婦のオードリーは摩擦が避けられなかった、ということです。

 今までの伝記でもオードリーはじっと家で庭いじりなどをしてるのが好きだけれど、ローマ人はパーティーが大好き!みたいに書かれていましたし、やはり本質が違うのかなーと思います。

 それとオードリーの親友のコニー・ウォルドやドリス・ブリンナーのことはもちろん、ジュリー・アンドリュースも何度か出てきます。

 オードリーとジュリーは仲が良くて、オードリーのスイスにあるグシュタードの別荘で年末を過ごす時にはジュリー・アンドリュース(とその旦那のブレーク・エドワーズ監督)とよく行き来していたとか。

 ジュリーはルカにもとても親切だったそうですが、2人の “フェア・レディ” と普通の時間を過ごせたなんて、一般人からすると夢のようなお話ですよね。

 そういえばオードリーってスイスにはラ・ペジブル以外に、グシュタードにも別荘を持っていたんですね。
 今度スイスへ行く事があったら、その別荘にも行ってみないと!と思いました。

 さてルカの本で胸が痛むのはオードリーとアンドレアの離婚のこと、そしてオードリーの死について書かれている箇所です。

 ルカは8才くらいの時(ということは1978年)に父アンドレア・ドッティから “ママと私が別れるようなことがあったらどう思う?” と言われて泣き出しています。 

 この段階で夫婦としての二人はかなりダメになっていたのでしょう。
 ルカも父がオードリーとの結婚期間中におびただしい数の不貞を働いたと認めています。
 78年〜79年の冬に撮影の「華麗なる相続人」の共演者ベン・ギャザラとオードリーの恋愛もその後に起こっています。

 そして離婚を完全に決意したのが1980年の夏。モスクワ・オリンピックを見ている最中に告げられたルカは、その後五輪マークにトラウマを抱えるようになったとか…。正式には1982年に離婚しています。

 でもその後オードリーが会おうともしなかったというメル・ファーラーとは違い、アンドレア・ドッティとはお互いに気にかけていたようです。

 精神科医でもあったドッティが、離婚後10年して癌のオードリーのカルテを見た時気を失ってしまったとか…。もはや助からないことが医者であるドッティにはわかってしまったんですね。

 ルカはショーンに休息を取るように言われて映画館で過ごしていた時に、母オードリーの最期を知らせる電話を受けたと書いています。
 きっとオードリーがルカを守るために配慮してくれたのだと良い方に捉えようと書いていますが、母の最期に立ち会えなかったというのは、僕はとても悲しく残念に感じてしまいました。

 実際にはオードリーの死の部分は序章に書いてあって、決して読後が悲しくなるような構成にはなっていません。
 他にも序章にはルカにとっての母は映画用の白黒写真ではなく、家族のカラー写真の中にあることが書いてあります。

 伝記本というにはオードリーが感じていたことが書いてあるわけではなく、なんだかオードリーは脇役のようにも感じますが、これはあくまで息子ルカから見た母の思い出。

 確かにここで読めるオードリーは、決して最近イメージが固定化されそうなモノクロ画像の古いスターではなく、ルカの眼に映る、生きて動く本当のオードリーであることは間違いないです。

オススメ度:★★★★★(オードリーファンならぜひ読んでおきたい1冊!)


  


2016年07月07日

オードリーのレシピ本!「オードリー at Home」その1

 写真集「永遠のオードリーファッション」の発売日が延びています。もともと6/25くらいに発売の予定が、7/11に延び、さらに7/25に延期されています。

 さて、記事をお待たせしてすみませんでした。こちらは念願のオードリー・ヘプバーンのレシピ本「オードリー at Home(オードリーアットホーム)」の日本語版です。

 記事がとても長くなりそうなので、今回と次回、2回に分けて載せようと思います。

 昨年英語版は発売されていましたが、1年経ってようやく日本語版が出ました。

 著者はオードリーの次男であるルカ・ドッティ。
 なんかルカといえば昔のおぼこいイメージが僕の中で取れないので、ルカ・ドッティ氏と改まっては書けません。
 なんせ2004年の大規模な “timeless audrey” 展の来日時でもまだまだ若かったですしね。
 いつまでもかわいいルカ坊や、というイメージです。本当はもういいおじさんになってますけどね。

 ある日本の出版社に昨年 “オードリーのレシピ本があるんですけど、翻訳してくださいませんか?”と希望を述べた所、結構乗ってくださって権利獲得に動いていただいたのですが、先に日本の別の出版社が権利獲得でもう動いていたと返事を頂きました。

 なので日本語版が出るだろうと英版を買わずに我慢していたのですが、待って良かった!もうちょっとで痺れを切らして英語版を買う所でした。

 日本版の出版社はフォーインスクリーンプレイ事業部。
 現在までアマゾンで外国映画部門で何度もベストセラー1位になっています。

 まあ、あのオードリー・ヘプバーンのレシピ本となれば必ず売れますよね。
 これは権利獲得に素早く動いたフォーインさんの大勝利ですね。

 さて、こちらに来ていただいているまるさんから英語版の方のお話は伺ってたのですが、まずは “紙の質がとても悪い!” ということでした。
 これは気になったので、フォーインの担当さんに直接問い合わせてみました。

 かつて写真集「オードリーのローマ」でも、元のイタリア版&英語版がかなり酷い紙(ザラザラの上質紙)を使用していたのですが、日本版ではマットコートという良質な紙に変更されていたので、今回もどうかなーと思ったんです。

 そこで頂いたお返事は、コート紙(ツルツルの紙)ではないですが、やはり日本版では紙が高級な物に変更されているということ。

 実際に買ってみてわかりましたが、確かにコート紙ではないのが残念ですが、これならまだだいぶマシだろう、という紙に変更されています。
 さすが世界最高の日本の印刷業界ですよね!

 表紙は日本の本としては珍しくハードカバーそのままの装丁です。普通はカバーを巻いてさらに帯を付けて…というのが日本の本なんですが、こういうのも新鮮です。
 ただし、こういう装丁の本は傷みやすいので要注意です。

 表紙は画像の部分だけPPコーティングがなされており、そこだけツヤがあります。
 おそらくこの装丁は原書に揃えたんだろうと思われます。

 そしてもうひとつ重大なことをまるさんに伺ってたのですが、このルカの本には兄であるショーンの画像がただの1枚も載っていない!ということ。

 文章には兄のことがたまに出てくるのですが、なぜか一切その兄であるショーンの画像は無し。
 オードリーが1983年に初来日した際も家族で来日しており、ルカはどこに行くにもショーンと一緒だったはずですが、その来日時の家族での画像はなく、オードリー単独のものばかり。

 2004年に日本版が出たショーンによるオードリーの伝記本ではルカが載っていましたから、これはやっぱり…と思ってしまいます。
 昨年ですが、オードリーの遺産をめぐり、ショーンがルカを訴えたと報道されていましたしね。
 実際に自分の目でショーンが載っていないのを確認して、あの報道は本当だったのかなーとまた悲しくなってしまいました。

 さて内容ですが、これはオードリーのレシピ本でもあってそれが最大のウリだとは思うのですが、読んでみて思うのは、これはルカによるオードリーの伝記本だということ。さらには未発表画像を多く含む写真集でもあります。

 今回は上記の “装丁” や “紙質” などの本としての部分と、“写真集” の部分、そして “レシピ本” に関してを書いておきます。
 “伝記” としての部分はまた次回、ということで。

 これは写真集としてみると、やはり家族でないと持っていない貴重な写真が多く掲載されています。
 もちろん今までの写真集で載っていた物もありますが、多くは初収録です。

 最後の方のページの写真の出典を見ると、オードリーの大親友だったコニー・ウォルドやドリス・ブリンナー(男優ユル・ブリンナーの2度目の奥さん)の画像もありました。

 写真家ボブ・ウィロビー氏のものもありましたが、これはよく見る物で有り難み無し。

 他にはルカとは関係なさそうな20代のオードリーの画像もちらほら。これがちょっとこの本の中では浮き気味でした。

 写真家のセシル・ビートン(「マイ・フェア・レディ」の衣装デザイナーでもある)がオードリーが半ば引退状態だった1971年にドッティと撮った写真もあり、本当にビートンはオードリーが好きだったんだねーと思いました。

 ちなみにその時のオードリーは「エクスラン・ヴァリーエ」のCMでも使用したヴァレンティノ・ガラヴァーニの衣装を着ています。
 ローマに住んでいた時代、オードリーが愛用していたデザイナーですね。

 ひとつ、全く同じ画像が2回出てくるのが気になりました。
 章の始めでバックに薄くモノクロで載っている画像を、後でカラーで鮮明に載せるのはかまわないんですが、オードリーがジャック・ラッセル種のジェシーと写っている画像が同じくらいの小ささでどちらもカラーで載っていました。これは…間違えて2回載せたのかな?と思いました。(182と223ページ)

 さて、みんなが一番興味があるであろうレシピに関しては、75種類の料理(+奇跡のレシピ)が載っています。
 が、僕が買う前に思っていた “オードリーが作った料理のレシピ” というよりも、オードリーの家庭で食卓に上った料理、という認識の方が正しいのかもしれません。

 もちろんオードリー自身が作った料理もたくさんあるのですが、オードリーの家に家族同然で住み込みで働いてた女性のレシピや、親友のコニー・ウォルドやドリス・ブリンナーと交換したレシピも含まれています。

 意外なのはオードリーがカレーライスが大好きだったということ!なんとこの本にも2種類ものレシピが載っています。
 もちろん日本のカレーライスとは違い、お米は長粒品種だし、おそらくカレーも日本のようには粘り気はないもの。
 さらにはオードリーの母エラは、オードリー以上にカレーが大好きだった、というのは驚きでした。

 こういうのは身内が書く本だからこそ初めて明らかになる事実ですね。

 それと以前からよく語られていましたが、オードリーのチョコレートとパスタ好きは並じゃないですね(笑)。

 特にスパゲッティ・アル・ポモドーロ(シンプルなトマトソースのスパゲッティ)への愛は凄くて、自分でも作る他、レストランでも頼んでいたとか。

 家族旅行でも、オードリーは2つスーツケースを持って行ってたんですが、1つは衣類が入っている大きくて軽いもの。もう1つは小さいのに重く、ロバート・ウォルダーズがレンガでも入っているのかと訊いたほど。オードリーは微笑みながら “スパゲッティよ” と答えたそうです。
 表紙もこのパスタを取り分けるオードリーになっています。

 もう今では言われることも無くなりましたが、一時期オードリーが拒食症だったとかっていうデマがありましたが、実際は全然違いますね。
 パスタに関してはお皿に溢れんばかりの量をおかわりしていたそうです。

 オードリーの変わらない体型に関しては、やはり戦争中の極端な栄養失調のせいみたいですね。
 オードリーが舞台「ジジ」のためにアメリカに渡った時に太っていたという逸話ですが、アメリカ上陸直後の写真がリチャード・アヴェドンによって残されていますが、実際は一般人と比べると充分に細いです、残念ながら。

 さて、オードリーのレシピに関しては日本では馴染みのない食材もありますが、後ろにまとめて説明が載っていて、代用出来る物とかも書いています。

 中には僕なんかでも作れそうな物もちらほら。
 オードリー自身が簡単でかつ美味しい物を好んだこともあり、比較的実際に作りやすいのではないかと思います。

 (その2に続く)


  


2015年07月24日

写真集「オードリー・ヘプバーン 59のエレガンスルール」

 ここのところ、3冊続けてオードリーの写真集が届いたので、順次紹介していきます。

 まずは7/22に届いたばかりの「So Audrey オードリー・ヘプバーン 59のエレガンスルール」(著:シンディー・デ・ラ・ホズ)から。
 以前紹介した通り、これは2011年に発売された「So Audrey 59 Ways to Put a Little Hepburn in Your Step」の日本語翻訳版。

 ACクリエイトさんに直接伺った通り、以前出版された「オードリーに魅せられて サブリナの日々」と同じサイズに揃えられて日本語版が出ました。
 なので、原書よりもサイズが拡大されています。
 日本語版を2冊並べた時に大きさが揃うのは気持ちがいいですね。

 さて、発売日よりも先に届いた件ですが、これはAmazonで出版されることを見つけた時に、この写真集の欠点(色が悪い・裏焼き・クレジットが間違っている)が日本版でどうなるか担当の方に伺った話は以前書きました。

 その後その担当の方からどこが間違っているのかの問い合わせが来たので、“ここと、ここと…” ってお伝えすると、“ありがとうございます” ということでわざわざ原書の出版社にまで問い合わせていただいて、僕の言うのが全てその通りです、ということで日本版では変更になってクレジットが載っています。

 ただ、問い合わせしていただいたのが突然だったので、細かいのは別として1点だけ伝え漏れがあったんですよね。
 それがp121の、原書では “80s” になってるけど、実際は1979年の「華麗なる相続人」の宣伝写真(↓の写真:裏焼き)。

 これを伝え忘れたのが気になってて、その後もう一度この件で連絡すると、もう刷ってしまったとのことで、ここだけ未訂正のままです。

 でも、その時に “教えていただいたので” ということで、1冊送っていただけることになりました。それで発売前に届いた、ということです。

 内容ですが、以前もお伝えしたように、本のデータは原書のままで文字部分をレイヤーで日本語にしている、ということなので、原書にあった大きな問題であるオードリーの顔がやたらと黄色いとかの色の悪さや裏焼きは変更出来ずそのままです。

 あと、日本版の帯に付いているので、日本全国のジバンシィカウンターでリップスティックを診断してもらえるというチケットが付いてます。今年の12/31まで。

 さて、どこを変更していただいたのか、次々と紹介していきましょう。

 ますは←「シャレード」になってたコレ。どうみても「おしゃれ泥棒」ですよね。

 →続いてはこれまたどう見ても1967年なんですが、元は1963年になってました。

 ←「噂の二人」の宣伝写真として名高いこの写真ですが、元は「パリで一緒に」1964年になってました。(これも裏焼き)

 →これは「いつも2人で」になってましたが、この衣装は「おしゃれ泥棒」のラストシーンのもの。
 なお、帽子は映画では別の紺色の物に変わっており、使われていません。

 ←これが一番かけ離れてたんですが、原書では「モンテカルロ・ベイビー」1951年になってました!

 これって、オードリーが結婚後にメル・ファーラーと一緒に撮影した1956年の一連の画像ですよね。

 髪型もメイクも完全に「パリの恋人」してるんだけど、なんで1951年の画像だと思ったんでしょうねー。

 なお、この一連の画像は日本でも1957年4月号(実際は2月発売)の “映画の友” 誌に掲載されています。

 さて、映画って製作年(リリース)のほぼ1年前に撮影されていますから、例えば「緑の館」だったら製作年(発売)は1959年ですが、実際は1958年の夏から秋にかけて撮影されています。

 なので「緑の館」の宣伝写真とかは1959年と紹介されるんですが、カメラマンが同時期にオードリーのポートレート写真を撮ると、そちらは1958年と紹介されます。

 そういうことがこの写真集でも起こっており、右の2枚の写真はほぼ同時期に撮られているのですが、左は1958年、右は1959年になっています。

 見ていただくとわかるのですが、この2枚は同じ髪型になっています。カチューシャがあるかどうかの違いだけ。
 実際には1958年のオードリーです。

 本当のオードリーの1959年だと、オードリーの髪はもっと伸びており、セミロングとロングヘアの間くらいになっています。

 こういう画像に載っている年度ですが、次に紹介予定の「Audrey Hepburn: Portraits of an Icon」では製作年度とは別に、実際に撮影された年度が掲載されています。

 なお、この本が売れるとACクリエイトさんからは今後もオードリー本が出る可能性があるので、みなさん、頑張って買ってくださいね〜!


  
タグ :★★写真集


2015年06月11日

新しい日本語版写真集が発売予定

 7月に日本語に翻訳された写真集が発売されます。「So Audrey 59 Ways to Put a Little Hepburn in Your Step」からの翻訳で、和名は「So Audrey オードリー・ヘプバーン 59のエレガンスルール」となるようです。

 出版は「オードリーに魅せられて~サブリナの日々~」の日本版を出版したACクリエイトさん。
 発売予定は7/31です。アマゾンなどでは予約が始まっています。

 この写真集は「オードリーに魅せられて~サブリナの日々~ 」 に比べると出来はかなり落ちますが、写真とちょこちょこっと文章がある、というのは似てます。
 それで今回は判型も「オードリーに魅せられて~サブリナの日々~ 」と同じサイズに拡大して出版とのこと。

 ただ、ACクリエイトさんに確認したのですが、もう出来上がっているデータ(PDF?)の文字部分だけを日本語に変更するそうなので、裏焼きやオードリーがやたら黄色くなっているのとかはそのままだそうです。

 また、最後のクレジットで「おしゃれ泥棒」が「シャレード」や「いつも2人で」になってたり、1956年のオードリーが「モンテカルロ・ベイビー」、「噂の二人」が「パリで一緒に」、1967年の画像が1963年とかっていう間違いもおそらくそのまま印刷されるようです。うーん、残念だ!

  

2014年06月17日

写真集「オードリーのローマ プリンセスの素顔」

 いよいよ「いつも2人で」のリバイバルが始まりました!まずは東日本地区。
 「いつも2人で」は12年間で6回同じ場所を旅する物語なのですが、時間軸が複雑に交錯しますので、初鑑賞の方は混乱するかもしれません。
 もしよければ僕のもう1つのブログの記事“74.「いつも2人で」オードリーの髪型による旅の順番の見分け方”を先に見ていただいておくといいかと思います。

「いつも2人で」(イオンシネマ“シネパス”)
 グループ1
 北海道 イオンシネマ江別・イオンシネマ小樽・イオンシネマ北見・イオンシネマ釧路
 宮城 イオンシネマ名取・イオンシネマ石巻
 山形 イオンシネマ天童
 新潟 イオンシネマ県央・イオンシネマ新潟西・イオンシネマ新潟南
 群馬 イオンシネマ太田・イオンシネマ高崎

 各劇場20日まで。次は都心地区と名古屋地区の8月です。お楽しみに!

「マイヤーリング」劇場上映予定。
 下高井戸シネマ 6/28(土)〜7/4(金) 12:25

★第二回・新午前十時の映画祭「シャレード」上映予定
 GROUP Aにて8/23(土)~9/05(金)

 今回は。「AUDREY A ROMA(AUDREY IN ROME)」の翻訳版である、「オードリーのローマ」の紹介です。

 もともとは2011年にイタリアの博物館で開かれた“AUDREY A ROMA(ローマのオードリー)”展で販売された写真集だったんですよね。その辺の事情はこのイタリア語版である「AUDREY A ROMA」 の記事で読んでみてください。

 オードリーの展示会としては、1999年〜2000年の「オードリー・ヘプバーン:私のスタイル」展、2004年からの「timeless audrey 」展、に続く大規模な展示会だったようですね。日本では結局この“AUDREY A ROMA”展はなかったのがとても残念です。

 さて、この写真集はプライベートなオードリーの画像が多く、今までの写真集には載ってない写真ばかりでとても良い物だったんですが、英語版やスペイン語版は出たのに、日本版はずっと出ませんでした。もう出ないのかなー…と思っていたところ、今年六耀社(りくようしゃ)さんから出ました。

 これ、英語版は昨年“世界不思議発見!”と“松下奈緒 永遠のオードリー”のテレビで取り上げられたので、反響が大きかったみたいですね。Amazonの洋書部門でも“人気!”のタグが付いて、売り上げも相当有ったようです。

 でも、まあ僕はイタリア版を持っているし、英語版は見送っていたんですよね〜。なので、今回も日本版が出るにあたって、どうしようかなーと思ってたんです。で、買う前にイタリア語版で気になっていた紙の質を直接六耀社さんに問い合わせました。

 そしたら、担当の方に教えていただいたんですが、“これってイタリア版が最初で、その後英語版とかが出たんですよね。なんかスペイン版もあるそうなんですが、イタリア版はともかく、英語版は紙の質がとても悪くて、これじゃ日本では出せないってことで、紙は変更になりました。マットコートという紙で刷られています。ぜひ書店でご確認ください。”とのこと。やったー!コート紙ではないですが、マットコート!これなら大満足です!

 え?イタリア語版もヒドいけど…英語版はもっとヒドいの?って思いましたが、僕の持っている販売された物と、展示会での図録として販売された物は違うかもしれませんし、まあそれは置いておいて、マットコート!

 僕のイタリア版は紙が上質紙系統なので、紙がちょっとザラザラ。こういう紙は文章には向いてるけど、写真には不向き。紙がインクを吸収してボワッと滲むんですよね。綿の洋服に醤油なんかをこぼすと、じわっと広がるじゃないですか。あんな感じの印刷な訳で、写真がちょっと甘くなる。カラーの場合は、インクが混じる事で色が濁り、色の再現域が狭くなります(発色が悪いってこと)。
 その上、紙自体が凸凹して紙の繊維があるので、写真にその繊維の模様がそのまま影響して、よく見るとムラになってる。

 対して、つるつるの紙であるアート紙・コート紙なんかはその上質紙の表面に凸凹をなくすようにコーティングした紙。なので、インクのにじみも少ないし、画像に深みが出て、画像が鮮明になるという訳です。カラーの場合は、色の再現域も広がって、鮮やかな色彩になります。明らかに写真向き。上質紙よりも紙代も高くなります。
 ところが、アート紙やコート紙は光源が反射してテカってしまうので、見にくいこともあります。その欠点であるテカリをなくしたのが、つや消しのマットコートという訳です。色の再現域は普通のコート紙よりは劣りますけど、モノクロのこの写真集の場合は、マットコートで充分。

 この日本版は、実際イタリア語版と比べるとその差は歴然なんですが、明らかに写真に深みが出て、バックのディテールなどもわかるようになっています。六耀社さん、グッジョブです!

 トリミングが寸分の違いもないところから見て、イタリア版で使った同じPDFのデータから文字の部分を変更して日本で刷った物と思われますが、紙と印刷でここまで差が出るとは!

 本の装丁は、日本らしいものになっています。海外のは直接ハードカバーにそのまま表紙を印刷しているんですが、日本のはハードカバーが有って、その上に表紙カバーを巻いて、さらに帯を巻き付けています。本を傷めないように…という考慮がなされていますね。ちなみに表紙カバーと帯はつるっつるのコート紙になっています。(2枚めの写真参照)
 僕はその表紙のオードリーをさらに傷めないように、ジュンク堂で買った時はそこにさらにカバーを付けてもらいました。(^^;;;

 さて、日本語版になって文章も読めるようになったのですが、写真に付いているキャプションが、わかってみるとちょっとだけ間違いが有りました。

 メル・ファーラーの「エル・グレコ」(日本未公開)の撮影に付いて行っているオードリーの画像ですが(3枚めの写真)、キャプションでは66年になってますけど、66年ってばオードリーは「いつも2人で」を撮影してた年で、髪型がこんなんじゃないですよね。
 明らかにまだロングヘアのアップのオードリーで、これは64年か、65年最初までの髪型。65年夏からは「おしゃれ泥棒」の撮影が始まって、ショートになっていますし、メイクも違います。

 オードリーの伝記(信頼出来るハイアムのとパリスのと)では、「マイ・フェア・レディ」撮影後にオードリーはメル・ファーラーに付いて行ってるみたいですので、おそらく64年なんじゃないでしょうか。「エル・グレコ」は上映は66年なので、撮影は普通に考えると65年。でもこの映画は公開されるのに苦労してたみたいですから、公開まで長い年月がかかったのかもしれないし、64年撮影というのも大いにあり得ると思います。

 それと、60年になっている画像もこれは60年じゃないですね(4枚めの写真)。60年のオードリーは撮影した「ティファニーで朝食を」のような髪型のはずですし、前髪の感じとオードリーの体の太さからいって、61年か62年だと思われます。

 でも本来はカラーだった画像も多かったみたいなので、オールモノクロはちょっと残念ですね。5枚めの写真とかも、本来はカラーだったようなので、カラーで見たかったです…。70年代は、基本カラーが本当のようですね。

 最近円安で、海外版と日本版の値段の差もないようなので、買うなら質のいい日本版をお勧めします!

オススメ度:★★★★★


  


2013年10月09日

オードリー・ヘップバーン 60年代の映画とファッション

 こちらにお越しいただいている、かふぇおれさんからの情報で、今週のTBS系「世界ふしぎ発見!」(10/12、21時から)がオードリー・ヘップバーンだそうです。
 オードリーを取り上げてくださるのは嬉しいんですけど、副題に「二つの手」って…。
 まさかまたサム・レヴェンソンの詩をオードリー作だとか言うんじゃないでしょうねー。見る前から不安が…。
 いったいいつになったら、これはオードリーの作ったものではないと一般に認識されるんでしょうか。あ〜、頭痛い。

 さて、長い間ほったらかしにしていた、東京書籍さん発行の写真集、「オードリー・ヘップバーン 60年代の映画とファッション」の紹介を。

 これも上記とおんなじで、サム・レヴェンソンの詩をオードリー作として載せてます。
 そうか、この著者もその程度のオードリーの認識しかないのか〜、うーん、残念だー。

 なんか、海外版の時は翻訳されてなくて見えなかったアラが見えてしまって、ついでに裏焼きの多さと共に、この著者はいったいどういうオードリーファンなのだろうか…と考えてしまいました。

 別にオードリーの伝記的なことは興味ないよ、オードリーの画像だけ見れればそれでいい、っていうスタンスなら、それはそれでいいんです。映画だけを見てるファン、ってのもきっと多いと思うし。

 でもそしたらデタラメは書かないで欲しいし、オードリーの写真だけに興味があって出版するなら裏焼きとか発色(「いつも2人で」の水色のサテンドレスが銀色になってる)に責任を持って欲しい。

 今回は中の画像は、裏焼きの物から選んで載せました。
ここに載せた画像、表紙以外のオードリーは全部裏焼き!
 →2枚目のこれとか、オードリーの鼻だけじゃなく、男性のジャケットのポケット位置が反対やん!
 ここに載せた以外にも、まだ裏焼きあるんですよ。

 結局この著者は“オードリーのポジを集めるのが趣味”ってだけで、オードリー自身はどうでもいいのかなぁと。

 「Audrey Hepburn: International Cover Girl」の著者が実はあんまりオードリーを知らなくて、オードリーじゃない表紙のを堂々と載せてたり、年代の配列がむちゃくちゃだったりしたのと同じで、「コレクター度>オードリーのファン度」なんだろうなーみたいな。

 そんなことが垣間見えてしまった写真集になってしまったかなーと。

 今回、みなさんは日本版をお買いになりましたか?
 僕は日本版を見た時に、“なんか印刷・製本的に良くないなー”って思ってたんです。

 でも、あんまり気にしないでほったらかしだったんです。
 で、今回ブログに載せるために見直していると、奥付を見たら、印刷は中国になってる。
 そっか、そういうことか。まあそれじゃあ仕方ないよな、って思ったんです。
 海外版の方は印刷は中国じゃないみたいだし。

 でもでも、記事のためにちょっと逸話とか訊いてみようと東京書籍さんに電話。
 いきなり“この写真集のこと色々聞かせてください!”じゃ繋いでくれないかなーと、この印刷ムラや汚れのことを尋ねたんですよね。
 そしたら応対していただいた営業の方が、“ちょっと現物を持ってきますので、お待ちください。”ってことになって、見てもらうと、どうやらこの印刷ムラや断裁ミスで黒いページに白い筋が一部出てしまってるのは僕の買ったのだけらしい…。

 営業の方から、編集の方に電話が代わったんですけど、そしたら、出てこられた方が、とっても丁寧に教えてくださいました。

 これはとても豪華本で、銀刷りだけでなく実は金のインキを混ぜている部分もあるとか。
 銀の箔押しもあるので、もし日本で印刷したら販売価格は倍以上になっていただろう、ということ。

 それで懇意にしている中国の出版社の方と、責任を持って刷る!という約束で任せたとのこと。
 日本でも検品はかなり行なって、相当不良品はハネたとのこと(それでも僕の買ったのみたいなのが混じってましたけど)。

 紙は海外のと同じにしようとしたけど、やはり製紙会社が違うと、やはり少し違うとのこと。
 そう言われて電話の後でチェックしたら、日本版の方がちょっと厚みが薄いです。

 今回オードリーの没後20周年記念で出版したら、他社がほとんど出してなくて、結果としてよく売れたとのこと。実はもう第2刷が出回っているらしいです。

 で、その2刷はカバーが機械折りだそうです。初版はすべて手折り。
 ちょっと製本に関しては詳しくないんですけど、手折りは労力がかかるそうです。対して機械折りは安定しているとのこと。
 あと、2刷りはまた初版と同じ紙が手に入らなくて、1mmほど初版より分厚くなったそうです。

 今回教えていただいた方は、東京書籍で出た4冊のオードリー本を全て担当したとのこと。
 なんか聞き覚えあるなー、と思った声は、おそらく以前吉村英夫氏が監訳したヒドい文章の写真集で文句言った時とかに、出ていただいた方と同じだから。

 でも、今まで東京書籍さんで4冊もオードリー本出てたっけ、今回のと吉村英夫氏のと「華麗なるパラマウント映画時代」はすぐにわかったけど、あと1冊は?と思って調べたら、「オードリーの魅力をさぐる」でした。
 これ、印象薄いもんなー、みたいな。(^^;

 あと、今回印刷するためにポジの現物が来たそうですけど、昔のエクタクローム(コダック社のリバーサル・フィルム)なのに、ものすごい鮮明だったとのこと。
 たぶん、この著者はものすごいお金持ちで、それでこういう原版に近いポジを手に入れられたのだろうとのことでした(まあ、そうでしょうねー)。

 それで、過去に他の写真集で掲載されているものでも、この写真集でのものが格段に良いとも。
 (ただ、これを聞いてた時は、「おしゃれ泥棒」の警備員と写っているカラー画像は「映画の友 オードリイ・ヘップバーン全集」に完全に負けてるよなーって、また思ってました。)

 と言っても、本当のポジは撮影したカメラマンの方が持っているから、これはデュープ(複製)なんじゃないですか?って尋ねたら、それはもちろんそうでしょう!とのこと。
 だから裏焼きが多いのかもね。デュープすると、表か裏かを判断するフィルムの膜面が逆になっちゃうんですよね。

 この写真集のウリが“第1世代のポジ”だったから、1回めのデュープだと、膜面は逆。デュープをさらにデュープするとまた膜面は元に戻るんですけどね。質はもちろんどんどん落ちていきますけど。

 東京書籍さんって、「華麗なるパラマウント映画時代」もそうでしたけど、価格がものすごい良心的なんですよね。
 今回は中国で印刷・製本されてますけど、僕のはともかく、海外版とも遜色ないくらいに刷れてますし。

 ポジは一旦来たのだから、世界一の印刷技術を誇る日本で、しかもFMスクリーンという印刷の網点を見せない方法で刷ってもらえたら…。
 おそらく、海外版よりもさらに凄い写真集になったんだろうな〜と、ちょっと残念。

 みなさんは価格がこの倍(7000円)でさらに高精細なものと、この商品化されたものだったら、どちらがいいですか?
 一度このポジでさらに豪華な印刷ってのも見てみたいんですけど、値段が倍はキツいしな〜…。

オススメ度:★★★★★(写真的には完全に星5つなんだけど、ちょっと著者のことと大量の裏焼きが引っかかって、僕の中では海外版ともども星5つの中では一番下くらい)



  


2013年09月18日

スザンヌ・ランダー著「オードリー・スタイル」

 “間違い多いなー…”

 これはスザンヌ・ランダー、レイチェル・ラニッチ著の「オードリー・スタイル」を読んだ感想。

 やっと出ましたねー。発売日が延期になって、5月発売予定が実際には8月になりました。

 で、英語版のスザンヌ・ランダーの写真集は持っていたので、中を見て、“アレッ!?”。
 判型が英語版と違っているのは見たらわかりますけど、中身、全然違いますやん。(英語版の紹介はこちらこちら

 載っている写真のトリミング違う。画像点数も違う(圧倒的に日本版の数が少ない)。カラーページが無い。

 へーっ。
 もうこれは別の写真集と言っていいでしょうね。というか、英語版のダイジェスト版て感じ。
 英語版のはいろんなオードリーがバラバラに載ってましたけど、これはわりと時系列(だと思っている)順に並べ替えられてます。

 判型がおんなじなので“もしかしてポーランド語版の翻訳?”とか思いながら読みましたけど、読んだら、ちょっと顔がこわばっちゃいました。
 えー、こんな間違いするかなー、みたいなのもあったりして。

 スザンヌ・ランダーの本は本邦初訳だと思うんですけど、“そっか、そっちの人か。”って思っちゃいました。

 正直、今までのオードリーに関する文章で、どこかの編集者だったとか編集長だったとかって人が書いたのってロクな物がないんですけど、スザンヌ・ランダーも経歴見たら編集者って書いてました。

 今までの“編集者”って肩書きがあった人のオードリーの文章とか対談って、だいたいろくすっぽ調べないでしゃあしゃあと書いてることが多いんですよね。
 そのくせ、文章をまとめあげる能力はあると思い込んでるから、ものすごい口調は断定的でめっちゃ押し付けがましい。そんで間違いは垂れ流して平然。あー、やだやだ…。

 オードリーに関する文章だと、バリー・パリスチャールズ・ハイアム、日本だと清藤秀人さん、南俊子さん、林冬子さん、小藤田千栄子さん、小森のおばちゃま、双葉十三郎さんとかはファンも納得の文章が多い“こっちの人”だと僕は思ってます。

 で、イアン・ウッドワードとか、アレクサンダー・ウォーカーとかがまあ真ん中あたりの人。
 淀川長治さんとかはちょっとあっちに入ってるかな。

 ダイアナ・メイチックとか、ベルトラン・メイエ=スタブレとか、吉村英夫氏とか、中川右介氏とかはもう完全に“あちらの人”。

 あちらの人って、別にファンが気に食わないことを書いてるからイヤ、ってんじゃなくって、“よく調べもせずに間違ったことを書いている”か、“自分のねじまげた意見をさもそれが絶対かのように押し付ける”かだからイヤなんですよね。
 一番ヒドいのは“金儲けのためにでっち上げを書く”ってのもありましたけど。

 脱線しましたけど、文章と画像が合ってないとか、間違いが平然と書いてある、とかっていうのがこの本の特徴。

 まあ、昔ながらのファンは純粋に画像を楽しめばいいんですけど、問題は新しいオードリーのファンがこれを見て、間違った情報で覚えてしまうこと。
 手に取り易い、手頃なサイズと値段ですもんね。

 で、明らかな間違いなんですけど、文章で「パリで一緒に」のページで、“「シャレード」のあと、2日間の休みをはさんで、すぐに「パリで一緒に」の撮影が開始。”“35歳”って…。(写真6枚目)

 伝記を読んだファンや昔ながらのファンは、発売(公開)は「シャレード」→「パリで一緒に」だけど、実際の撮影は「パリで一緒に」→「シャレード」だってこと、誰でも知ってる。撮影だってどっちも62年だったとかってね。そしたらオードリーは33才だし。

 こんな基本的なことも調べてないのか?この著者はちゃんとオードリーのことを調べて本を上梓しているのか?だいたいこの著者はそもそもオードリーのファンなのか?

 うーん、もしかして著者は金儲けのためだけに出版しているのかもしれない。でもそれならそれでいいけど、そしたら知ったかの文章はいらない。画像だけで結構。

 ん?でも待てよ。これは日本版。じゃあこれはランダーが書いたものではなく、日本で付け加えられたのかも…。年齢も“age 35”とか“35歳”とかって、おまけみたいな書き方だし。そしたらスザンヌ・ランダーさんにめっちゃ失礼かも…。

 こうなると確かめないと気が済まなくって、出版元の二見書房に電話しました。そしたら回答は、文章は全てスザンヌ・ランダーのものとのこと。年齢も書いてあったので、それを付けたとのこと。

 あっちゃー、やっぱそうでしたか。となると、もうスザンヌ・ランダーは完全にあちらの人。もう二度とこの著者のオードリーに関する文章はいらないです。

 2枚目の写真は21歳のところに登場。でもこれは見ての通り「パリの恋人」(26〜27歳)。
 3枚目は「ジジ」のページに。この画像、たまに「若気のいたり」として出てきますし、英語版でもそこで登場してましたね、でも実際は「初恋」。
 4枚目は「ジジ」プロモーション用って…。これ、衣装からして「ラベンダー・ヒル・モブ」やん。
 5枚目は「麗しのサブリナ」の最初のページにドーンと。これまた「パリの恋人」ですけどね。

 で、日本版ではページ数の大幅削減に伴って、英語版での画像がめっちゃ減らされてるんですけど、残った画像は“日本版に合わせて”若い頃の作品(特に「ローマの休日」「麗しのサブリナ」)が重点的にページを割かれてます。でもこれは日本の編集者の意図ですね。

 それで、もともとのにはそれなりに珍しい画像もあったんですけど、削られた方にその珍しい物が多く、残った方はわりと平凡画像。他の写真集とかとダブっているものが多いです。

 わざわざ日本で1からレイアウトもトリミングもやったらしいんですけど(ポーランド語版ではなく)、カラー写真のわざとのセピア化と、質の低い文章と相まって出来はいまいち。
 発売日が延期されるほど労多かったわりには、たくさんあるオードリーの写真集の中で、残念写真集が追加されただけで終わりました。

オススメ度:★(ランダーの低レベル文章、カラーの単色化、写真の選択ミス、作品によってページ数の差をつけている、それらで大幅減点。印刷はキレイ。)


  
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2011年12月09日

写真集「オードリー物語 100枚の写真に秘められた伝説」

 2年ぶりに「おしゃれ泥棒 オードリー・ヘップバーン!」の記事をアップしました。
 もし良ければ、そちらもご覧になってください。(^^;;;

 これは以前紹介した写真集“AUDREY 100”の日本版です。発売は二見書房。
 「オードリー・ヘプバーンとティファニーで朝食を」と奇しくも同じ2011年10月26日に発売されました。

 “オードリー物語”と日本題名を付けたように、ここに収められた写真それぞれに物語があるのがこの日本版でわかってとてもよかったです。

 この写真集では息子のショーン、ルーカ、それと最後の伴侶であったロバート・ウォルダーズの選んだ100枚(実際は106点ほど)に対する思い入れが語られています。
 これを読んで、“ほー、そうかそうか。”とか思ってました。

 さて、この日本版は原書と仕様が変えられています。
 まずはサイズ。A4の上下が短いサイズに小さくなっています。

→サイズの比較。左が日本版です。

 表紙も原書はハードカバーそのもので、左側にはマゼンタ色の布が貼ってありましたが、日本版はハードカバー本体に紙の表紙カバーが巻かれています。もちろんマゼンタ部も印刷。

 それ以外でも、原書では最後の方のページにまとめて存在していた写真のキャプションを、各写真と同じページに置いています。
 これによっていちいち前の方に載っている画像の掲載ページをひっくり返しながら読まないといけなかったのが、日本版では画像を見ながら読めるようになりました。

 そのため、原書では2点の画像を左右ページのそれぞれ全面を使って載っていた画像が、前後のページに振り分けられたり、縮小して載せられていたりします。

 ということはですね、これは日本でレイアウトを組みなおして、しかも印刷も日本で行ったんちゃうの?って思いますよね!それで実際に二見書房さんに直接問い合わせて、そのとおりだと返事をいただきました。

 大型本の置きにくい日本の住宅事情や、売れやすい・本屋に置きやすいサイズ、読みやすいように変更させて欲しいとお願いして了承を得て、こういう仕様になったそうです。
 もちろん、日本の方が印刷も綺麗に仕上がる、という考えもあったそうですよ。

 原書と本書、両方見比べて思ったのは、画質に関して、意外とモノクロの粒子感は中国で刷った原書と変わらない感じでした。

 ただ、カラーの発色は明らかに違って、原書“AUDREY 100”の記事で書いていた、“妙に黄色に偏った画像や沈んだ色調の画像が多々見受けられます。”ってのがかなり改善されています。

 これは、
・経年やデュープ(複製)の繰り返しで退色が発生しているポジを、中国ではそのまま、日本では肌の色とかが自然になるように画像修正がなされている
 あるいは
・元のフィルム(ポジ)は悪くないが、日本では元のポジどおりに発色できて(もちろんポジどおりになるように修正されている)印刷できたが、中国では元のポジのようには発色できずにカラーバランスが崩れた
 のどちらかであると思います。

 でもどちらにしても、デラックスカラーシネアルバム決定版オードリー・ヘプバーン)ではびっくりするような綺麗なカラーだった“藁にもたれるオードリー”などは白黒で収録されていて、これは日本に送ってもらったのがやっぱりモノクロだったんでしょうね。

 いったい何回目のデュープでモノクロになってしまったんでしょう…。オードリーがめっちゃ活き活きと写っている本来のカラーが、どんどん世の中から失われていくのは悲しいですね。
 でもこれにより、やっぱりデラックスカラーシネアルバムは凄かったんだ!って思いますよね。あの写真集は今でも最高峰!

 僕がもしオードリーの写真集製作に関われるなら、カラー画像満載の、カラーはカラーで収録!を絶対条件にして、“オードリー カラー化計画”を推進します!
 きっとカラー写真集の方が、今となってはめちゃめちゃ新鮮に映ると思いますよ!だって、いまやたいして珍しい画像も無い、モノクロいっぱいの平凡オードリー写真集は掃いて捨てるほどありますもんね。

 おっと、めっちゃ話が逸れてしまいました。(^^;;;
 というわけで、原書と同じレイアウトにもしようとはしてるようですが、版型の違いや、新たにポジからレイアウトし直してるので、小さな違いですが写っている範囲のトリミングが変わっているものがあります。

 ←この「マイ・フェア・レディ」の画像なんかは大きくトリミングが変わっていますね。

 あと、原書ではおまけで付いていた「尼僧物語」のポートレートは日本版には付いていません。ただ、この画像は本文で掲載されている画像なので、画像が1点見れない!ってことはないです。

 原書、日本版、お好みで選んでください。

オススメ度:★★★(原書と同じにしておきますが、やはり買っても良い写真集ではないでしょうか)