2023年08月08日

“スクリーン”1973年10月号 「戦争と平和」リバイバル紹介

 さて、今年は「戦争と平和」1973年リバイバルから50年です。
 上映は松竹系の劇場で最も格の高い丸の内ピカデリーから全国ロードショー。

 当時のもう間もなく、1973年の8月25日から上映開始です。
 今年4K版が公開される「ローマの休日」と日付が当たっちゃいましたね。

 50年前の8月25日は「戦争と平和」、今年の8月25日は「ローマの休日」。そして奇しくもどちらも丸の内ピカデリー!

 1973年リバイバルの「戦争と平和」は、1964年以来の久々のリバイバルだったので、興行成績は好調。9週間続映されました。

 前にも書きましたけど、同じ1973年に公開された、ちょっとリバイバルやりすぎの「ローマの休日」(スバル座、306席5週)、「シャレード」(ニュー東宝シネマ2、396席3週)よりも圧倒的に好成績。

 しかもそれらよりもずっと大きな1500席クラスの丸の内ピカデリーですからね。73年に関しては「戦争と平和」圧勝ですね。
 当時は上映期間4週が普通でしたから、9週というのはいかにヒットしたか、ということですね。

 今では影に隠れがちな「戦争と平和」ですけど、当時はれっきとしたオードリーの代表作の1本でした。

 さて今回はそんな50年前の「戦争と平和」を紹介する雑誌“スクリーン”の1973年10月号の紹介(発売は8月21日)。

 表紙は当時なぜか人気があったナタリー・ドロンです。

 でもこの当時の“スクリーン”はスゴイですね!
 もうオードリーはすっかり引退中。「エクスラン・ヴァリーエ」すら終わってます。

 なのに“スクリーン”は毎号毎号オードリーの昔のカラーグラビアや、最近のプライベート写真を載せてました。
 それ以外にもオードリーの特集があったり。

 僕が70年代後半に“スクリーン”を買ってた頃はライバルの“ロードショー”よりはマシだったとはいえ、やっぱりオードリーの記事とかって少なくて、古本屋さんでこういう70年代前半の“スクリーン”を見るとめっちゃオードリーの記事が充実してたので、羨ましかったものです。
 “なんで最近はオードリーを載せてくれへんねん!”って思ってましたね。

 さて、この号でもまずカラーグラビアでオードリーが登場。
 この号ではキャンディス・バーゲン、カトリーヌ・ドヌーヴに次いで3番目に登場。

 「おしゃれ泥棒」の宣伝写真のオードリーですね。
 でもこの画像、なんか違和感を感じるんですよね。顔が歪んでいるような…。

 というか、この画像裏焼きですね。髪型が逆になってますし、オードリーの鼻の鼻柱と呼ばれる箇所も逆ですね。

 オードリーの鼻柱って、鼻の下に続く部分が、オードリーの左(向かって右)にクルンって巻き込まれるんですけど、この画像ではオードリーの右(向かって左)にクルンってなってますよね。

 写真のキャプションは右ページのカトリーヌ・ドヌーヴの下に書かれています。映画出演に慎重なオードリー、だそうです。

 次は“よく似てるでしょ!スターと子供”っていう特集でショーンと写る最近のオードリー。
 続いて“映画が生んだヤングの流行”ってページになって、「ヘプバーン・カット」と「サブリナ・スタイル」が紹介されてます。

 でも、「ヘプバーン・カット」って、当時は「ヘップバーン刈り」とも呼ばれてたんですよね。
 これも近いうちに当時の雑誌を紹介しますけど、「ヘプバーン・スタイル」だとか、当時は呼び名も定まってなかったようです。

 次のオードリーは、近代映画社の雑誌の紹介で「ジュニア洋画ファン」って雑誌の宣伝で表紙に「暗くなるまで待って」のオードリー。
 70年代前半は近代映画社も“スクリーン”だけじゃなく、いろんな洋画雑誌を出そうとしていたみたいですね。

 でもどれもすぐに廃刊になったみたいで、70年代後半にはどれも生き残っていませんでした。

 次は“ビッグスター・アルバム”っていう特集ページで、今号はウィリアム・ホールデン。

 昔の“スクリーン”は、こういう昔のスターをよく取り上げてくれてたので、自分の知らない過去のスターでも知ったりするきっかけになってたりしてました。それで名画と呼ばれる映画を知ったり、とか。
 こういうのは今の“SCREEN”には全然ありませんね。

 ここでは無論ホールデンなので、「麗しのサブリナ」と「パリで一緒に」が載ってます。
 「パリで一緒に」では “新趣向は面白いが、少々アイデア負けの感あり。”って書かれてます。あちゃー!でも僕は大好きなんですけどね。

 次は “オードリーなど、家庭のことは何もしないお嬢さん女優だろう”などと以前から勝手な決め付けで書いていた津村秀夫氏による、“映画的ムードの世界 「慕情」でジェニファー・ジョーンズを再認識する”ってページで「暗くなるまで待って」宣伝写真のオードリーが載っています。

 何事かと読んでみると、昔のジェニファー・ジョーンズには反感すら抱いていた、あの時代の女優ならマーナ・ロイ、グリア・ガースン、デボラ・カーなどを推賞していた。マリリン・モンローは軽蔑していたし、エリザベス・テイラーなんぞと思っていた、などと津村節全開な自説が語られています。

 今は映画界が味気なくなってしまった。ソフィア・ローレンか少し落ちるカトリーヌ・ドヌーヴくらい。アン・マーグレットもキャンディス・バーゲンも女優1人で1編の映画を背負えるようなムードは持っていない、だんだん育ち損なった感じ。

 キャサリン・ロス、アリ・マッグロー、ドミニク・サンダはチンピラ女優。問題にならない。そこへ行くと、さすがに全盛期は過ぎたがオードリー・ヘプバーンはかつては立派なムードを持っていた、と書いてます。

 うーん、かなり失礼なような、でも合ってもいるような…。
 まあ好き嫌いははっきり分かれるような映画評論家さんですね。

 次は双葉十三郎先生の映画音楽のコーナーで、「マイ・フェア・レディ」の話と画像が載っています。
 と言っても、舞台の「マイ・フェア・レディ」の舞台でお客さんが「踊り明かそう」で湧くという話。映画関係ないやーん!

 他に「ティファニーで朝食を」と「昼下りの情事」も少し語られてます。

 次がお待ちかね、「戦争と平和」の紹介。
 まあ書いてある文章的にはここで書くことは何もないんですが。

 皆さんはオードリー映画それぞれに色って思い浮かびますか?
 僕は各作品に色があって、「戦争と平和」は赤。

 これはもしかしたら中学の時に手に入れた「戦争と平和」の73年リバイバルのプレスシートが印象的な赤バックだったからかもしれませんが。

 でも僕の思う赤は、プレスシートの赤とはちょっと違う。プレスシートのはどちらかというと「紅」っていう少しピンクがかったもの。
 僕の「戦争と平和」の赤は、色の三原色のマゼンタとイエローを100%混ぜた、印刷・デザイン業界の専門用語でいわゆる「金赤」って言われる純粋な赤。

 でも金赤は金赤でも、日本のインクのマゼンタとイエローを混ぜると、ちょっと深い赤が出来上がってしまうんですけど、オードリーの「戦争と平和」には深みがないんですよね。
 なので、僕の「戦争と平和」の金赤は、アメリカのインクのマゼンタとイエローを混ぜ合わせたもの。

 これが日本のインクと違って、ちょっと明るい(深みのない)赤になるんですよね。そんな赤のイメージ。
 アメリカと日本ではインクが違うんです。

 「戦争と平和」って、オードリーが出てくると4社で同時に製作発表がなされて、その全社でオードリーをナターシャに!って争奪戦が始まったんですよね。
 みんなナターシャを演じられる女優が現れた!ナターシャにはオードリーしかいない!って思ったんです。

 確かにオードリーにはスラブ民族の香りはしないけど、アメリカで作るならオードリー以上にナターシャにピッタリな女優はいない!って思いますよね。
 なんせナターシャが最初に出てくるときは14才の設定だそうですから。

 10代と20代を演じられるのが当時のオードリーですよね。しかも実際は既に奥様なのに、どう見ても純粋無垢の少女。さらに貴族の娘と言っても違和感のないノーブルさ!
 そりゃみんな「今」のオードリーでナターシャを演じてもらいたい!と思うはずです。

 マイケル・トッドというプロデューサーも同じ考えで、フレッド・ジンネマン(のちに「尼僧物語」でオードリーを監督する)を監督に、ユーゴスラヴィアの軍隊を借りる許可まで取り付けていたのに、結局メル・ファーラーをアンドレイに配役という搦め手でオードリーを手に入れたディノ・デ・ラウレンティスに負けちゃいました。

 でももし、トッドバージョンで映画化されて、フレッド・ジンネマン監督で「戦争と平和」が作られていたら、もっと重厚な「戦争と平和」になったと思うんです。そしたら赤は赤でも、日本のインクの金赤になっていたかも…と思うんですよね。

 別にキング・ヴィダー監督が悪いとか劣っているとか思っているわけではなくって、充分立派な「戦争と平和」だと思っているんですが、ジンネマン監督だと映画の重みが変わってきただろうなーと思うんです。原作が大部なんで成功したかどうかはわかりませんが。

 あとは宣伝ページでオードリーを見れるだけなんですが、ブロマイド・サービス・センターさんで売ってるオードリーの「パリで一緒に」ポスター!持ってる!

 もちろん後年(2003年ごろ)に手に入れたんですが、確か1972年とかってマークがあったから、きっとこれだと思います。
 よく30年も色褪せせずに保ったなと思いますが、やっぱり飾ってしまうと退色して行ってるんですよね、うーん。

 最後はFOXスクリーンフレンドさん。
 アクリル製の40×53cmのか33×40cmのものと、週刊誌大の写真20枚セットのものの宣伝。オードリーの写真が2種載っています。
 あ、ヴィヴィアン・リーも居るね。

 ちなみに「戦争と平和」は、この次の号くらいで“8月の封切り作品一覧”ってページで採点も載るんですが、その時は☆☆☆★★★(75点)って載るんですよね。

 僕は双葉十三郎さんの採点だと思っていたんで、よしよし、「戦争と平和」も高得点だね!って長い間信じてたんですよね(僕は75点から高得点だと思っていたので)。

 後に「ぼくの採点表」で☆☆☆★★(70点)ってなってたのであれっ?点数変えた??って思ったんですが、実は1973年の段階では「戦争と平和」には採点が無かったんですよね。

 というのも、双葉さんが “スクリーン”で採点してたのは、最初(50年代初期)はB級C級作品のみ。
 A級作品は他の人が評論(採点なし)を書いてたんです。

 「ぼくの採点表」の最初の役割は、映画雑誌でも評論として取り上げられないようなB級C級作品を短評でささっと評価するというもの。

 なので、のちに本としてまとめられた時に、初期のA級作品の採点が無いので、過去の別の雑誌に書いていた双葉さんのA級作品の評論とその時初めてA級作品に採点を付けて載せたんです。

 だからこの“スクリーン”で載ったのはおそらく編集部で付けられたものだったんでしょうね。
 同じように編集部が付けたんだろうな、という作品に「初恋」があります(☆☆☆の60点)。

 双葉さんには「初恋」の評論は無いんですよねー。
  


2022年08月03日

「オードリー・ヘプバーン映画祭2022」チラシ

 はい、引き続き「オードリー・ヘプバーン映画祭2022」関連で。

 最後はこの映画祭全般のチラシですね。2022年6月10日(金)〜12日(日)まで二子玉川での開催。

 正直、“またか!”と思いましたよね。映画祭自体がじゃ無くて、また東京だけ、二子玉川だけなんかい!という。

 しかも期間も短いので、関西にいたら行けませんもんね。

 まあ東京だけ、というのは東京以外では収益を上げられないから、と予測してるのかもしれませんし、スター・チャンネルさんの考えなのでこちらはどうともできないんですけど、ちょっとヒドイな、とは思います。全国横断、とはいかなくても、関西くらいは出来そうやのに…とは思いますね、

 事前にスター・チャンネルさんに問い合わせはしなかったんですけれども、友達に二子玉川まで行ってもらったんですが、前回はあった無料の映画パンフレットみたいなのは今回は無かったようで、2019年に行われたものよりかはお金の掛け方がちょっと縮小されたような気がします。
 やっぱりこれもコロナの影響でしょうか?

 さて、パンフレットがないとすると、このチラシが唯一の今年のオードリー映画祭での記念品となるのでしょうか?

 2019年の映画祭では「若妻物語」とか「ラベンダー・ヒル・モブ」とかレアなものも含めて10作品上映してましたけど、今回は「ローマの休日」「パリの恋人」「シャレード」「マイ・フェア・レディ」「おしゃれ泥棒」とメジャーどころを揃えて5本だけになってます。これも規模の縮小でしょうか?

 チラシ裏面の上半分を使って今回の上映作品を紹介してますけど、上映スケジュールを見ると、10日が「ローマの休日」「シャレード」「パリの恋人」、11日が「パリの恋人」「おしゃれ泥棒」「ローマの休日」「マイ・フェア・レディ」、12日が「マイ・フェア・レディ」「ローマの休日」「シャレード」「おしゃれ泥棒」。

 「ローマの休日」のみ毎日で3回、ほかの作品は2回の上映になっています。

 その次はイベントの情報。トークショーが毎日あったみたいで、清藤秀人さんがナビゲーター、10日には加藤タキさんも出演されてらしたようです。

 11日と12日にはオードリーの映画音楽のアンサンブルの演奏もあったようです。
 僕も1996年にJAL主催のオードリーのイベントが大阪のロイヤル・ホテル(オードリーが83年来日時に宿泊したホテル)で有った際は、音大の先生にオードリー作品の編曲を依頼して、弦楽四重奏でオードリー作品を演奏したのを思い出します。

 自分たちで演奏した時には「許されざる者」はプロローグ(実際はメインタイトル)とエンドタイトルをくっつけてもらったり、「パリで一緒に」の“That Face”も演奏しましたねー。

 「華麗なる相続人」からは“過去の回想”を演奏したかったけど、僕らの演奏には声が入らないので、同じメインタイトルの旋律を使う“別荘への到着”を演奏しました。

 「シャレード」からは“オレンジ・タムレ”(でもこの曲は“オレンジ・タムレ”のシーンでは使われていない)も演奏しましたよー。

 “オレンジ・タムレ”は演奏してくれた仲間にも大好評で、弾いてる方も聴いてる方も楽しいという、稀有な曲です。

 その音大の先生も、その弦楽四重奏に編曲する際にピアノ版を作って、大阪のヒルトン・ホテルでオードリー作品のピアノ演奏をされたんですよ!僕も見にいきました。仕事が終わってからだったので、全部は見れなかった(特に「おしゃれ泥棒」を見逃した!)のが今でも心残りです。

 大きく脱線しましたけど、次は写真パネル展のことが載っています。今回は映画祭で上映される5作品をメインに飾ってあったようです。

 それと次は二子玉川エクセルホテル東急30階でのグルメ案内。6月中はオードリーが大好きだった「スパゲッティ・アル・ポモドーロ」がメニューに加えられていたことと、12日にはアフタヌーン・ティー・サロンとして清藤秀人さんのトークとともにお昼をいただけたことがわかりますね。

 最下段には5月6日から公開されている映画「オードリー・ヘプバーン」のことが載っています。まあ映画もスター・チャンネルの提供だったから当然ですね。

 さて、チラシ全体を見ておおっ!と思うのは、「おしゃれ泥棒」の画像が全てレアもの、だということでしょうか。
 他のは、うーんよく見るよね、っていうものですが、「おしゃれ泥棒」だけはなぜか非常にレアものばっかり!これは嬉しいですね!
 このチラシは「おしゃれ泥棒」で価値が上がっていますね。どれも写真集未収録のものばかり!

 それと、「ローマの休日」の写真には表の写真にも裏の写真にも著作権マークがないんですよね。「ローマの休日」って画像の許可もいらないのかなーと思いました。
 いや、「パリの恋人」にはパラマウントの著作権が書いてありますし、パラマウントもわかってるんでしょうけどね。
  
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2022年02月18日

「オードリー・スペシャル '92」チラシ

 今回は「オードリー・スペシャル ’92」のチラシの紹介。

 これ、1991年に「おしゃれ泥棒」と「いつも2人で」と「暗くなるまで待って」の配給権を、日本ヘラルド(現、KADOKAWA)が手に入れた時の上映のチラシです。

 日本ヘラルドって、メジャーな映画会社が “もう観客動員は見込めないだろう”と放置してきた昔の名作を、1984年から続々とリバイバルしたんですよね。
 そしたらこれがめっちゃ当たって、続々と旧作がリバイバルされて行ったんですよね。

 ヘラルドさんは映画会社ごとに契約をしてて、最初はMGM/UAだったので、ヴィヴィアン・リーの「哀愁」とか、オードリーだと「噂の二人」なんかが上映されたんですよね。次はパラマウントで、「ローマの休日」や「麗しのサブリナ」などがリバイバル。
 そんな旧作の中でも特にオードリーの映画がヒットしたので、だんだん日本ヘラルドさんもオードリー作品に集中していくようになってました。

上記の他に、「ティファニーで朝食を」「パリの恋人」「マイ・フェア・レディ」「シャレード」が86年・87年にリバイバル。それらのリバイバルのおかげで、87年5月号の「スクリーン」の人気投票では、とうとう第7位に入るという、ベスト10にも5年ぶりに復活。

 でも82年5月号での「スクリーン」で人気投票第8位は、マニアックな人の支持で8位というか、落日の8位という感があったのですが、この1987年の第7位は全く別。

 この85年「噂の二人」からのオードリー作品のリバイバルは、往年のファンだけじゃなく、“リアルタイムでオードリー・ファンだったお母さんに連れていかれた娘さん”って若い層にもオードリー・ブームに火がついたんですよね。

 1987年7月号のアサヒグラフにはオードリーの特集が組まれるほど、社会現象になっていくんですよね。
 この日本ヘラルドの好調ぶりを見た本家の映画会社も手元に残っていた「暗くなるまで待って」(ワーナー)、「戦争と平和」(UIP=パラマウント)を87年にリバイバルするという、87年までの3年で9本もの作品がリバイバルされたんですよね。

 だからその後も日本ヘラルドさんによって88年「パリで一緒に」「緑の館」、89年「昼下りの情事」と続々とリバイバルがありました。

 …でも、僕としてはとっても気になる作品がまだリバイバルされてなかったんですよね。「噂の二人」や「パリで一緒に」までリバイバルされているのに、僕の1番好きなオードリー作品の「いつも2人で」がまだ来てない!

 やっぱりこの作品はオードリー作品では毛色が違うからリバイバルしてくれないのかなーとかヤキモキしてました。
 よく考えれば「おしゃれ泥棒」もまだやんか、ってわかるんですけど、なんせ1967年の初公開時の興行成績はそこそこ良かったのに、まだ1度もリバイバルしていない「いつも2人で」ですから、当時の僕は不安で不安でたまらないわけですね。

 それがやっとやっとということで待ちに待った「いつも2人で」と「おしゃれ泥棒」、そして87年にワーナーがリバイバルしたものの、権利を取り直して日本ヘラルドから再度「暗くなるまで待って」の3本が「オードリー・スペシャル '91」としてリバイバルされたのが1991年になります。
 もうもうめっちゃ嬉しかったです!それが全国で上映されるにつれ、年を超えてしまったのが「オードリー・スペシャル '92」になってるこれです。

 オードリーのブームも落ち着いた後、1990年代後半か2000年代初頭に日本ヘラルドさんに直接電話して伺いましたけど、「おしゃれ泥棒」と「いつも2人で」のリバイバルが遅れたのは、別にこの2作をリバイバルする気がなかったからではなく、20世紀フォックスとの契約が取れたのがやっとそこになってからだったそうです。
 じゃあ20世紀フォックスの多いマリリン・モンロー作品もここらに多く出たんでしょうかね。

 20世紀フォックスさん、なかなかしぶとかったんですね。でもそれなら本家で先に「おしゃれ泥棒」や「いつも2人で」を上映してくれても良かったのに…。
 でも、20世紀フォックスさん、ディズニーに吸収合併されしまって、今は20世紀スタジオと名乗ってるんですね。別部門だったらそのままの名前でいいのに…って思います。

 ソニーは自分のところの傘下に置いてもコロンビア ピクチャーズって昔の名前そのままでやっているのに、合併した途端往年のメジャー会社の社名をわざわざなくしてしまうなんて、なんか最近のディズニーって僕の中では悪徳商人みたいにイメージ悪いんですよね。

 さて、このチラシは東京にあった自由ガ丘武蔵野館っていう映画館での上映のもの。
 「おしゃれ泥棒」「いつも2人で」がリバイバル初上映のチラシなのに、「ローマの休日」と「麗しのサブリナ」の間の宣伝写真がメインビジュアルってのが、モノクロ50年代ばっかり推しになってしまった闇を感じますね。

 なお91年の大阪では、87年にもリバイバルしたばっかりのため外されていた「暗くなるまで待って」が、こちらでは入っていますね。
 過去に東京でリバイバルした「麗しのサブリナ」と「パリの恋人」を含めて日本ヘラルドの新しく権利を取った「おしゃれ泥棒」「いつも2人で」「暗くなるまで待って」の計5作品で、各作品上映期間は10日ずつ、「いつも2人で」だけ11日の計51日で組まれています。

 映画館からしたら51日もオードリー作品だけで上映し続けるって、大変なことですよ。普通の作品ならとてもリスキーですけど、オードリーだから信頼されていたんでしょうね。

 上映時期は1月15日から3月6日まで。ちょうど30年前の今頃、自由が丘で上映してたんですね!
 いやいや、僕も30年も経ったかと思うとすごいなーと思いますね。「オードリー・スペシャル」まで生きていた人生よりも、その後の30年の方が長くなってしまいましたもんねー!

 今回は何を書こうかなーと、大阪の「オードリー・スペシャル'91」のチラシを6年前に紹介した自分の記事を読んでいたら、自分でもびっくりするくらい良く書けてあったので、自画自賛でそちらを読んでいただくとして。

 この日本ヘラルドの往年の作品のリバイバルって、ある意味小さな映画館にとっては救いだったんじゃないかなーとも思えるんですよね。

 昔の映画館のシステムの話を高校生の親戚にしていたら、ビックリしてました。昔は映画館って1館で1つしかシアター(スクリーン)は無かったんだよー、1日中同じ映画を何回も掛けてたんだよー、今みたいに全国一斉じゃなくて、まず東京の銀座界隈にある最も格の高いチェーンマスターと呼ばれる映画館で上映してから、大都市、2番館→地方都市→名画座って流れていったんだよー、昔は1500人以上も入れる巨大な映画館が存在したんだよー、って言ったんですが、本当に今のシネコンしか行ったことの無い若い人は全く知らないのでしょうね。

 ちょっと脱線しましたが、昔の小さな映画館って、大きな封切館で上映したものがだいぶ遅れてやっと上映の権利が回ってくるんですよね。
 二番館、三番館、名画座とかって格も決められてたんですよね。
 しかも名画座とか地方の映画館だと2本とか3本の同時上映は当たり前。1つのスクリーンで各作品交互に上映してやりくりしていたんですよね。

 昔映画グッズのお店だったチネアルテさんに教えてもらったのは、「オードリー・ヘプバーン ワンウーマンショー」は「華麗なる相続人」が名画座で上映できるようになったから他の当時まだ権利の残っていたオードリー作品とともに上映した、とのこと。
 いつから上映できるか、とかも厳格に決められていたんですね。

 あと、昔の映画雑誌に、動員数で書けないのは、名画座とかは映画1本いくらで買い切りみたいなシステムだから、動員数がわからないということが書いてました。
 どうりで、日本では歴代の調整ができないわけですよね。

 でもどう考えても、ほとんどの人が月に何回も映画に行くという映画が娯楽の王様だった時代に社会現象になった映画と、今の大ヒットじゃ、本当は昔の映画の方が動員数もインフレ調整したら収入も圧倒的にすごいだろうなーというのはわかりますよね。

 そうそう、今度僕のもうひとつのブログ「おしゃれ泥棒、オードリー・ヘップバーン!」で、“もしインフレ調整したら、オードリー作品は今どれぐらいの興行収入になっていたのか”というのを書こうと思っています。

 …とまたまためっちゃ脱線しましたけど、そういう小さな映画館だったところは、安い値段設定で大劇場の出がらしみたいな作品を周回遅れで上映しなければならなかったわけですね。

 でも日本ヘラルドさんが往年の名画のリバイバルをしてくれたおかげで、大規模なチェーンマスターの映画館では掛けるほどじゃ無いけど、宣伝をしなくてもある程度の集客は見込めるという、リバイバル作品の封切館という受け皿になって行ったと。

 そうするとあまり高い権利金を払わずに、大規模映画館と同じだけの鑑賞料が取れるという、小さな映画館にとっては願ったり叶ったりのことになったわけですね。

 なのでこの時代から昔の安い・2本立てという名画座は急激に数を減らして行くんですよね。二番館、三番館、名画座という格付けが崩壊して、街の代表的な映画館は新作の超話題作、少し小さい映画館が新作の2番手作品、小さな映画館はアート作品やリバイバル作品、という風に往年の上下の関係じゃなく、棲み分けのできた並列の関係になって行くんですよね。

 でもこれもリバイバルが底をつき、さらに映画人口が減っていき、シネコンというものが郊外から出来始めるとさらに崩壊して行くんですけどね。
 80年代後半〜90年代に小さな映画館を支えた日本ヘラルドのオードリーリバイバルでもあったわけですね。

 でも悔しいのは、「おしゃれ泥棒」「いつも2人で」「暗くなるまで待って」がメインのはずなのに、モノクロの50年代オードリー信仰がもう始まっていて、メインで使われていないこと!
 よく見る画像を使ったため、このビジュアルで受ける印象は「平凡」。せめて鉄兜オードリーをメインにして欲しかったです。

 なお、裏面には「パリで一緒に」のことも文章では書いてあるんですが、表面・裏面ともに「パリで一緒に」の画像は一切無し。
 なんでしょうね。企画の段階では上映の予定があったので「パリで一緒に」のことも書いてもらったけれども、「パリで一緒に」は外されてしまったんでしょうかね。
 「パリの恋人」のことも書いてあるので、よくありがちな「パリの恋人」と「パリで一緒に」を混同した、ということでもなさそうです。 

 1992年の今の時期というと、オードリーはもう余命1年もありませんよね。それでもまだオードリー自身ももちろん僕らも、誰一人そんなことは思いもよらなかった時期。
 でもオードリーが亡くなった時に、すぐに追悼上映ができたのは、当時日本ヘラルドさんで働いていて、オードリー作品をいっぱい買い付けてくださった社員さんのおかげです!
  


2021年05月28日

「スクリーン」1966年5月号

 はい、今回は1966年5月号の「スクリーン」の紹介。
 こないだちょうどこれの10年前の1956年の「スクリーン」を紹介しましたけど、そこから10年経って「スクリーン」は、オードリーは、どう変わったんでしょうか。

 「スクリーン」の5月号といえば、昔は人気投票の発表があった号。
 開けて見るまでは本当にドキドキしましたよね。僕も「スクリーン」を買ってた頃はドキドキして開いてました。

 特にこの1966年の発表時はオードリーに投票してた人はみんなドキドキしてたと思います。
 それまでは毎年安心して圧倒的1位だと思われてたはずなんですけど、この1966年は別。
 
 というのも、1965年はオードリーの新作はなく、64年からの「マイ・フェア・レディ」が全国を巡回してたのと、「麗しのサブリナ」「昼下りの情事」リバイバルがあっただけ。
 普通の年ならそれでも1位だったんでしょうが、この年はそうはいかなかったんですよね〜。

 この年の最大のライバルは「サウンド・オブ・ミュージック」と「メリー・ポピンズ」、それと「卑怯者の勲章」もが1965年に公開になったジュリー・アンドリュース!
 かつて「ローマの休日」「麗しのサブリナ」で日本に旋風を巻き起こしていたオードリーのように、ジュリー・アンドリュースもピカピカの清潔感ともちろん歌声でアメリカだけじゃなく、日本にも旋風を巻き起こしていたんですよね。

 そして結果は…ジュリー・アンドリュースが1位、オードリーは3位でした。
 えっ、2位でもないの??と思うでしょうが、たぶんねー、これオードリーファンの一部もジュリーに流れたんだと思います。

 だってどちらも日本人好みの清純派じゃないですか。きっと、これまでずっとオードリーを好きだけど、新しく出てきたジュリーも好き!ってファンがいっぱいいたと思うんですよね。ましてやこの年はオードリーに新作はなかったんで、そしたら「サウンド・オブ・ミュージック」と「メリー・ポピンズ」という2大傑作で頑張ったジュリーに今年は入れてあげよう!って思うファンはいっぱいいたと思います。

 そしたらオードリーとジュリーで票が割れちゃって、2位には当時人気だったアン・マーグレットが入ったと思うんですよね。

 この号で“ジュリー・アンドリュースの新しい作戦”というページの文章を書いている映画評論家の山根祥敬さんがそのページで、“6年間トップを独占したオードリーの王座がついに揺らぎそうだと中間発表で編集部から聞いた時のショック!”と書いておられるように、オードリーがトップから陥落、というのは当時の編集部も映画評論家も大ビックリ!!な出来事だったんでしょうね。

 オードリーの陥落は当時のライバル誌「映画の友」(それまでオードリー7年連続トップ。66年はオードリー2位)でも起こっているので、まさに日本の映画業界全体を揺るがす地殻変動だったんでしょうね。

 でももちろんそんな東方のお国事情など知らないオードリーは「おしゃれ泥棒」を撮影済みで、次作「いつも2人で」出演に備えてゆっくり準備中というわけ。
 ジュリー・アンドリュースの方はアメリカの映画会社で引っ張りだこなので、「ハワイ」が終わって「引き裂かれたカーテン」の撮影に入っており、その後も「モダン・ミリー」「ガートルード・ローレンス物語」(のちの『スター!』)と次々に出演作が決まっている状態。


 でもそれほどまでに人気だったジュリー・アンドリュースですけど、「引き裂かれたカーテン」と「ハワイ」を見たファンはがっかり。翌年には4位に降下。さらに翌年の「モダン・ミリー」ではかろうじて4位に留まるものの、「スター!」が出るとさらに8位に落ちてしまい、結局ベスト1は1回きりでした。

 ジュリーのファンでも“なんであんなつまらない映画にばかり出演するのか…。”とため息をつかせてしまうほどでしたが、息の長いスターですよね。
 僕もジュリーは全部は見てないものの大好きなスターの1人です。「モダン・ミリー」や「スター!」はお勧めできないと言われてて見たからか逆にそんなに悪くも感じなくて、どちらも楽しめましたよ。

 オードリーの方は「おしゃれ泥棒」が好評で大ヒット!翌年には「スクリーン」ではまだ3位だったものの、「映画の友」ではいち早く1位に返り咲き(それが「映画の友」最後の人気投票)、さらに「いつも2人で」が出た翌年は「スクリーン」でも1位に戻っています。それ以降も「スクリーン」では2021年現在に至るまで快進撃を続けているのはご存知の通り。

 さて、前に1956年5月号を紹介したときは「戦争と平和」でまだ出たばかりのオードリーでしたが、10年経つともう「おしゃれ泥棒」でオードリーが全盛期の最後の時期に入ってます。10年て長いようで短いんですね。

 で、この号でも10年経つと人気投票の顔ぶれがガラッと変わっています。男女優合わせてもベスト20に56年66年両方に入っているのはオードリー(16位、3位)とエリザベス・テイラー(12位、14位)、ジェームズ・ディーン(1位、18位)、バート・ランカスター(14位、17位)の4人だけ。
 スターといえども、いかに人気が移ろいやすいかというのを感じますね。

 そんなことを考えると、全盛期は1953年から1967年のわずか14年間だけ、作品はその間に16本、その後の作品を入れてもわずか20本しかないのに、ずっとオードリーを支持してきた日本はもとより、今や全世界で人気の広がったオードリーって本当に凄いですよね!

 この1966年の男優1位はショーン・コネリー。もちろん007人気ですよね。しかもこの号の頃には「007は二度死ぬ」で日本ロケの真っ最中。そりゃあ人気も出ますよね。
 でも僕はそんなシュッとしたコネリーは知らなくて、「ロビンとマリアン」からの枯れたショーン・コネリーの方が印象に強いです。

 2位はスティーブ・マックイーン、3位はデヴィッド・マッカラム、4位がアラン・ドロンです。スティーブ・マックイーンやアラン・ドロンは70年代まで人気でしたけど、デヴィッド・マッカラムは70年代後半には縁遠い人になってましたねー。こういう古本で知った人です。

 他にオードリーと共演した人として、8位にアンソニー・パーキンス、10位にピーター・オトゥール、15位にジョージ・ペパード、17位にバート・ランカスターがいます。女優のシャーリー・マクレーンは既にベスト20にも入ってませんね。

 さて、オードリーですがカラーグラビアの最後の方にやっと出てきます。ていうか、このカラーグラビア、順位順に並んでないのが気を持たせる編集になってますねー。男優がわりと順位通りなのに、女優はまず2位のアン・マーグレットから始まって、5位7位とバラバラ。ジュリーもやっと真ん中で登場ですもんね。

 ちょっとズルいのはほとんどベスト10のメンバーは1人1ページでポートレートが載ってるんですが、オードリーとオトゥールはまとめて2人でカラー1ページ。その後折り込みモノクログラビアを入れて「おしゃれ泥棒」の撮影風景を兼ねてます。

 折り込みの裏の左ページ、オトゥールの肩の後ろで鼻が潰れているようなオードリーが可愛いです。いかにオトゥールと楽しく演じていたのかがわかりますよね。恋愛感情はお互いなかったようなので、舞台裏では兄弟か友達みたいな感覚だったんでしょうね。オードリーも気が楽そうです。

 さて、1956年の「スクリーン」と比べるとだいぶ本が分厚くなってますよね。ページ数は表紙周り込みで306ページで1.5倍(2021年の「SCREEN」の3倍以上)になっているものの、カラーページやグラビアページが多くなり、紙質も良くなったことで厚さだけなら56年の倍になっています。

 そしてカラーの技術も大幅にアップしてきてますね。流石に現在と比べると抜けは悪いし発色も悪いし、ボケた感じはしますが、50年代の着色カラーみたいなのからは脱出しています。

 表紙のオードリーも奥行きが出てていいですよね。これは全「スクリーン」のオードリーの表紙の中でも、「パリで一緒に」と「エクスラン・ヴァリーエ」の表紙のものと並んで、特に好きなものの1つ!中学生の頃から大好きなオードリーの表紙のスクリーンでした。スナップっぽい自然なオードリーの笑顔がとても可愛いです。中学生から見ても可愛かったです。ここでしか見ない画像ですしね。昔の「スクリーン」さん、ありがとうございます!

 そして次に出てくるオードリーは「初恋」の宣伝のオードリー。前に何度か書いてますが、この画像のオードリーは「初恋」ではなく「パリの恋人」のオードリー。しかも着色が露骨にわかりますよね。

 そうそう!この66年初公開の「初恋」って謎。大阪では1966年2月には劇場公開されてるんですけど、66年のいつだったかの「キネマ旬報」には4月東京公開って載ってるんですが、その後東京のどこで公開したのかハッキリしないんです。図書館に調べてもらったんですけど、当時の新聞の映画欄を見てもわからなかったそうで…。もしかして結局東京では公開されなかったのでしょうか。
 地味な小品とかは地方だけで公開されて、東京では公開されずじまいってこともあるみたいですからね。

 次のオードリーは上述した山根祥敬さんの“ジュリー・アンドリュースの新しい作戦”というページ。
 人気投票のことも書いていますが、他にここでわかるのは「ハワイ」「卑怯者の勲章」「公衆の眼」(のちのミア・ファローの「フォロー・ミー」)が「マイ・フェア・レディ」1本に賭けて断ったため、全部ジュリー・アンドリュースに行ったということ。

 こういう元は誰が演じるはずだったとか、監督や共演者の情報や経緯は当時の雑誌だからわかることですよね。
 「ハワイ」はフレッド・ジンネマン監督、「卑怯者の勲章」はウィリアム・ワイラー監督ウィリアム・ホールデン共演、「公衆の眼」はピーター・オトゥール共演で考えられていたそうです。

 やはりウィリアム・ワイラー監督オードリー主演の予定だった「サウンド・オブ・ミュージック」も含めて、これらの作品がオードリー主演だったらどうなっていたでしょうね。「ハワイ」は真面目でちょっと面白くなさそうですが、「尼僧物語」を骨太に仕上げたフレッド・ジンネマン監督だったらもっと違う「ハワイ」が見られたかもしれませんよね。
 ちなみに「ハワイ」は「噂の二人」撮影の頃にはオードリー自身がインタビューで言うほどもう撮影の話は進んでいましたよね。

 結局ミア・ファローにさらに回った「公衆の眼」ですが、監督のマイク・ニコルズが「バージニア・ウルフなんか怖くない」の編集で遅れたため一時延期になったそうで、そのため「モダン・ミリー」が繰り上げで撮影に入ることになったとか。

 さらにジュリーは「スター!」の他にも「キャメロット」やMGMの「音楽で言え」という作品が待機してたようですが、配役が変更になって製作された「キャメロット」はともかく、「音楽で言え」ってどうなったんでしょうね。“結局どうなったんだろう”ってワクワクしながら思うのもこういう昔の雑誌の醍醐味ですよね。

 そう言えば「スクリーン」なのに、ジュリー・アンドリュースのことを“ジュリー・アンドルーズ”って書いてませんね。
 長年出版し続けている「スクリーン」ですけど、表記は変わることがあるんですね。そう言えばオードリーも56年の“オードリイ・ヘプバアン”から“オードリー・ヘプバーン”になっていますね。

 順番的には次に読者が選んだベストテンの映画評論家による解説が入るのですが、作品では1位が「サウンド・オブ・ミュージック」、2位が「007/サンダーボール作戦」、3位が「メリー・ポピンズ」、4位が「007/ゴールド・フィンガー」とジュリーと007で4位まで独占してますね。

 男女優のコーナーでは小森のおばちゃまが解説。その中でオードリーが「おしゃれ泥棒」公開の頃に来日が噂される、と書いています。
 「緑の館」の頃の来日予定はオードリーも考えていましたが、「おしゃれ泥棒」の頃はオードリーには話は行ってたんでしょうかね。確かに1966年10月というと「いつも2人で」は既に撮影は終了しており、「暗くなるまで待って」はまだ撮影前なので来日不可能ではないと思われますが。

 その後にはまたグラビアで“本誌読者が選んだ人気スター10年史”というページがあって10位までの変遷が見れるのですが、解説でも“57年、59年、66年を除く7回、女王の座を占めたヘプバーンの偉大さには、ファンならずとも「オードリーの壁は厚かった!」と感嘆させられますね。”と書いてますし、最後のページでも“オードリーの壁は厚かった!”と再度大きく書かれています。

 ここには載っていない1955年も1位でしたし、この後も1位を何度も何度も取っていくことを考えると、本当にオードリーってもう伝説ですよね。
 ここでも1位にずらずらっといっぱい並んでいるオードリーは壮観です。

 この号ではアカデミー賞のノミネートも載っていますが、「サウンド・オブ・ミュージック」と「ドクトル・ジバゴ」が共に10部門でノミネート、次いでヴィヴィアン・リーの出ている「愚か者の船」が8部門で続いていると書かれています。

 さらに次のオードリーは“映画お答えします”のコーナー。ここで読者が“流産したというオードリー・ヘプバーンのことが心配です。どうなっていますか。”という複数からの質問に答えたもの。オードリー、4回目の流産ですね。

 返答では“悲嘆にくれたオードリーが痛々しいほどでしたが、スイスの家で3ヶ月の静養生活を続けた結果、メル・ファーラーの言によると「彼女はすっかり元気を回復し、体重も元にかえっている。5月には南フランスで撮影開始となるアルバート・フィニーとの共演映画に出演することになる」とのことです。ご安心を。”と書いています。

 ほぼ最後のページでは読者投稿欄があるのですが、別に文通希望でも映画グッズのやり取りをするわけでもないのに、住所と名前が載ってるのが今となっては信じられないですね。個人情報丸出しで怖いです。
  


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2021年02月03日

「おしゃれ泥棒」1971年リバイバル時 「スクリーン」紹介グラビア


 この間の1月20日はオードリーの命日でしたね。そのための記事をと、1994年以降の追悼記事を探しましたがなぜか見当たらなくて、断念してしまいました。

 さて、前回「トホホ人物伝」を取り上げたところ、明智常楽さんから「エクスラン・ヴァリーエ」が50周年であることをご指摘いただきました。
 ほんとだ!すっかり忘れてました…。

 改めて今年は何かの記念の年かな?と考えると、まず「ティファニーで朝食を」と「噂の二人」が製作60周年ですね。

 まあ「噂の二人」の方は日本公開は1962年だったので、来年紹介になるかもしれませんが…。
 「ティファニーで朝食を」の方はきちんと日本公開の11月ごろにやりたいと思っています。

 さて、それ以外で言うともちろん1971年の「エクスラン・ヴァリーエ」が50周年ですよね。細かく刻むと1956年の「戦争と平和」が公開65周年でもあります。なんかこう書くと、オードリーの映画もえらく昔のものになったなーって思いますね。

 10代20代の方たちには50年とか60年って想像もできないでしょうし、遥か昔のことなんだろうなーと思いますね。自分もそうでしたからね。
 でも意外と50年とかって来るのが早いんですよー、ホントに。

 さて、それ以外にも「おしゃれ泥棒」と「暗くなるまで待って」が日本で1971年にリバイバルして50年になります。
 というわけで、今回は「おしゃれ泥棒」のリバイバル時の雑誌“スクリーン”の紹介グラビアの紹介。

 これも切り抜きのみで、本体は捨てちゃってるので、何月号かはっきりしません。おそらく1971年5月号(3月発売)か6月号(4月発売)だろうと。

 1971年というと、実は洋画雑誌は“スクリーン”しかなかったんですよね。“映画の友”は68年早々に廃刊になっているし、“ロードショー”は72年に創刊なので、“スクリーン”の独壇場なんですよね。

 まあそのため同じ71年の「エクスラン・ヴァリーエ」の紹介が“スクリーン”しかなくて残念だなーと思うんですけどね。もし“ロードショー”の創刊があと1年早かったら「エクスラン・ヴァリーエ」はもっと記事が残っていただろうと思ってめっちゃ惜しいなーと思うんです。

 さて、1971年の「おしゃれ泥棒」リバイバルは東宝サイトの資料室によると、1971年5月22日。
 パンフレットで71年も66年初公開時と同じ日比谷スカラ座だったのは知ってましたけどね。

 次の作品が6月19日に始まっていますから、上映期間は4週間ですね。まあ平均的な上映期間ですけど、初公開時の12週続映に比べたらちょっとさみしい…。

 でも66年に初公開で1971年にリバイバルって、たった5年しか空いてませんからね。ちょっとリバイバルには早いんじゃないの?と昔っから思ってました。まあ「暗くなるまで待って」なんてたった3年でリバイバルですけどね。

 それを考えると、アメリカン・ニューシネマ全盛の時代に4週は頑張ったと思います。初公開時とは違い、共演のピーター・オトゥールの人気は急速になくなってましたからね。オードリー1人で支えたようなもんです。

 そしてこのころは、明智常楽さんが会長だったオードリー・ヘプバーン・ファンクラブが全盛だったんですよね?
 300坪の敷地にファンがお泊まりも可能な「オードリー・ヘプバーン会館」とでも呼べそうな大規模な豪邸があったとか…。行ってみたかったー!

 同じくこちらに来ていただいているEdipo Reさんもこの「おしゃれ泥棒」リバイバルからオードリーのファンになってらっしゃいますし、オードリーは引退中といえども、まだまだオードリー人気に活気があった時代ですよね。うらやまし〜〜い!僕もそんな体験してみたかった!!

 さて、本題の記事ですが、写真は僕にとってはわりと見慣れたものばかり。でも右ページの上のシャルル・ボワイエとヒユー・グリフィスの顔合わせ写真は今みると不思議。こんなシーン無いし!

 去年「おしゃれ泥棒」の記事を紹介したときに書いた「シャルル・ボワイエとの顔合わせシーンから撮影を開始」というのがやっぱりあったんでしょうね。
 なのでボネ邸かどこかで会うシャルル・ボワイエとオードリーとヒユー・グリフィスのシーンが有ったと。

 文章はあらすじがほとんどなんですけど、ジョン・ウィリアムズの紹介で “「哀愁の花びら」「ジェーン・エア」のジョニー・ウィリアムズ”って書いてます。まだ、これ!という代表作が出てないんですね。もう数年すると時代の寵児、その後は巨匠となるんですけどね。

 さて、この時は僕はまだ幼く劇場では見れませんでしたが、その後の自主上映やテレビ放映で見ると、「おしゃれ泥棒」は日本にきたフィルムの色彩が本当に悪くて、映画開始後しばらくは慣れなかったですね。

 今のDVDやBSで放送されているのを見ると、あののっぺりとして汚いプリントはなんだったんだ!と思います。「カタログ オードリー・ヘプバーン」に載っていた初公開時の批評でも、“色彩が悪い”って書かれるほどだったんですよねー。

 さて今回記事のお世話になった“スクリーン”ですけど、本屋に行って今月号を見に行ったらなんか見つからないんですよね。あれあれ?と思って、売上が悪いので本屋で取り扱いがなくなったのかと思ったら、オール マットコート紙に変更になっていて、なんかムック本みたいになってました!

 えー!なんでコート紙やめちゃうかなー!スターの写真はやっぱり発色の綺麗なアート紙やコート紙で欲しいでしょー!って思いましたが、まあ今の編集部の方針ですからね。

 今月号、オードリーも載ってましたけど、載ってる写真はいつでもどこでも見れるものだったし、先月号のオードリー・カレンダーで1954年の「麗しのサブリナ」の宣伝写真を1960年と載せちゃうような編集部のレベルなので、もう買う気も起きません。洋画雑誌なのに日本映画もかなりなページを咲いてるし、末期症状を感じるばかり。“SCREEN”は本当にどうなっちゃうんだろう…。不安しか感じません。初心に戻って!
  


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2020年09月10日

スクリーン1965年(掲載号不明)「おしゃれ泥棒」切り抜き


 今回は「おしゃれ泥棒」の1965年の切り抜きを紹介。
 それと、それに関連する画像をゲッティイメージズ さんの無料画像の中からお借りします。

 本誌を残していなくて、すでに切り抜きだけになっているのですが、これが1965年の「スクリーン」だとわかるのは、オードリーの新作が撮影開始した、という文章と、“オードリー・ヘプバーン”という表記から。
 もし「映画の友」誌なら表記は“オードリイ・ヘップバーン”ですからね。

 でも掲載号が不明です。
 しかも僕の切り抜き方が悪くて、オードリーが触っているフグのところとか画像が切れてます。

 さてここでわかることは、流石に「おしゃれ泥棒」掲載が初めての出来立てホヤホヤだからか、まだ「おしゃれ泥棒」という邦題が載っていません。
 原題が「100万ドルを盗んで幸福に暮らす方法」だと書いてあるだけです。

 撮影中の原題は"How To Steal A Million Dollars And Live Happily Ever After"でしたからね。これはその後の号ではっきり載っています。

 ここでさらに興味深いのは「シャルル・ボワイエとの顔合わせシーンから撮影を開始」と書いてあること。



 映画をご覧になった方ならお分かりだと思いますが、オードリーとシャルル・ボワイエの顔合わせシーンというのは映画にはありません。映画の本編ではオードリーとボワイエが会う事はないです。
 それにここで着ているオードリーの衣装2点はどちらも映画に登場しません。

 フグの写真のものは宣伝写真やプライベートのものかもしれないので映画に出ていなくても不思議はないのですが、ボワイエと一緒にいる写真で着ているものはこれが顔合わせシーンで着たものだったんでしょうかね。

 ゲッティイメージズ さんの画像では後ろも写っていますね。これは…競売のシーンでしょうか?それともボワイエの画廊の設定?
 でもオードリーの衣装がノースリーブなのを見ると、季節は夏、なんでしょうか。

 秋っぽいイメージの「おしゃれ泥棒」ですが、撮影はパリがバカンス中の夏に始まっていますから、夏のシーンがあったのかもしれません。 

 撮影したけど映画では編集でカットされたシーンというのは決して珍しいことではなくて、例えば「噂の二人」では裁判のシーンがごっそりカットされていますし、「ティファニーで朝食を」でもストリップを見た後、酔っ払って帰る途中のシーン(ケンケンパをしている)がカットされています。

 「おしゃれ泥棒」にはもう1つごっそりカットされているシーンがあります。
 みなさんは映画を見てオードリー演じるニコルがいきなりアメリカの富豪デイヴィス・リーランドと会うと言って不安がって自分の鏡台で化粧しているシーンがあるのを不思議に思いませんでしたか?

 それまでデイヴィス・リーランドがチェリーニのビーナスを狙っている車で電話をしているシーンはありましたが(60年代に車に電話があるなどというのはよっぽどの超々お金持ちだけ)、ニコルとの接点はありませんでしたよね。

 実は本当はこの後にNATOで働くOLという設定のニコルの職場にデイヴィス・リーランドがやって来て食事に誘うというシーンが撮影されていました。

 以前紹介したこともありますが、自分の持っている「おしゃれ泥棒」の宣伝写真を再度載せますが、こういう写真があるのをご存知でしょうか?(←の写真)
 これが職場でのニコル。

 何か細長い紙をばら撒いているのがわかりますよね。これは70年代くらいまでのコンピューターを知っている方ならお分かりになるかと思いますが、コンピューターを動かすためのキーパンチされた穴の開いた紙です。
 後ろにはその紙を入れておく引き出しがズラズラっと並んでいるのがわかります。

 コンピューターを動かすためにその指令を入れた紙が必要だなんて、今の若い方には信じられないでしょうね。
 あと、この写真のデスクの上にはキーボードのようなものがついた機械も写っています。


 という事はニコルの職業はおそらくキーパンチャーという職業のOLという設定だったと思われます。

 僕もこの写真を最初に見た時に、全く見かけない写真だったので “え?_一体どういうシーン?”と思ってピックリしたのですが、原作(か、ノヴェライゼーション)を読んで解決。
 ここに働くニコル(本ではリネット)に強引にディナーに誘うデイヴィス・リーランドのシーンが描かれていました。

 「スクリーン特別編集 ハリウッドの妖精 オードリー・ヘプバーン写真集」ではデイヴィス・リーランドのイーライ・ウォラックも一緒に写っているものもありましたし、その奥には当時のコンピューターが写っているものもありました。

 でも僕はこのシーンはカットして正解だったと思います。

 もちろん特典映像などで収録されるならぜひ見てみたいんですが、今そのシーンが残っていたら、あまりの当時のコンピューターの古めかしさに映画全体が古臭くなって若い人にはアピール出来ないものになっていただろうなーと思います。むしろ失笑されてしまうという…。



(↑上のゲッティイメージズ さんの写真は切り替えで2種類の画像が見れるようになっています。コンピューターもしっかり写っていますね。)

 今でも若い人にも “面白かった!”と言ってもらえている「おしゃれ泥棒」ですが、当時の最先端のものを無くした事で普遍的な人気を得たんでしょうね。

 1966年年末に公開の「おしゃれ泥棒」ですが、撮影は1965年。という事はこのコンピューターというのは1960年代前半のものだったでしょうし、日進月歩のコンピューターの世界では数年前のものでもすっかり古臭くなっていたかもしれません。

 それは今の映画やドラマなどでも同じかもしれませんが、今ポケベルやガラケーのシーンがあったらめっちゃ古く感じてしまうのと同じように、今スマホでのシーンがあるものは、十年後にはめっちゃ古くなっているかもしれません。

 どういう理由でワイラー監督や編集の人がカットしたのかはわかりませんが、ここはカットして正解!だと思ってしまう所以です。
  


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2020年07月10日

1978年3月「ティファニーで朝食を」「おしゃれ泥棒」放映

追記:「ゴールデン洋画劇場」の「ティファニーで朝食を」の紹介記事(カラー写真)がもう一つ出てきましたので、最後に追加しました。

 「華麗なる相続人」の作曲家、エンニオ・モリコーネ氏が7月6日に亡くなったそうです。
 他に「荒野の用心棒」「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」「ニュー・シネマ・パラダイス」など。映画音楽の巨匠の一人でした。
 ご冥福をお祈りします。

 今回は前回に引き続きテレビ放送時の新聞やテレビ雑誌の紹介。

 今回は、フジテレビ系列の関西テレビで放送された「ゴールデン洋画劇場」の1978年3月10日「ティファニーで朝食を」、17日「おしゃれ泥棒」のものです。

 ヘプバーンの魅力1・ヘプバーンの魅力2として連続放映されてました。

 まず、同じ「おしゃれ泥棒」でもこないだの「月曜ロードショー」のものに比べて、圧倒的に数が多いことにビックリ。同じゴールデンタイムの放送でも、「ゴールデン洋画劇場」の方がパワーがあったのでしょうかね。

 まあ僕の中でも「ゴールデン洋画劇場」と「日曜洋画劇場」は別格だったような気がします。
 後年わかりましたが、「ゴールデン洋画劇場」はオードリー作品の放送がめっちゃ多かったんですね。

 ただ、「ティファニーで朝食を」にはカラクリもあって、これはここに自分で書き留めていたことでわかったんですが、実は「ティファニーで朝食を」はすんなり放送されたのではなく、1977年10月28日、12月23日と2回予告されながら、放映作品が変更になったもの。

 なので週刊TVガイドのカラーの予告で28日(金)って書いてあるものがありますよね?(→右の写真)
 それが変更前のものです。

 いったいどれくらい前に変更が決定されたのかはわかりませんが、まだ「ティファニーで朝食を」を見たことのなかった僕は、その度にがっかりしていたと思います。「やっと3度目の正直で放送してくれました」って書いてあって、待ち望んでいたことがわかります。

 まだオードリーのファンになってそんなに時間が経ってない頃なので、カラーの「ティファニーで朝食を」や「おしゃれ泥棒」の写真(ソファでペパードと写っているもの以外)は初めて見るもので、書いてあるのを読むと昔の僕がとても喜んでいるのがわかります。

 さて「おしゃれ泥棒」は77年4月の「月曜ロードショー」以来の1年未満での放送ですね。TBS版の吹替があったのかどうかはわかりませんが、今回は僕も印象に残っているし、今でもDVDなどに収録されているオードリー=池田昌子さん・オトゥール=中村正さんのもの。

 これねー、「おしゃれ泥棒」はこの吹替版に慣れていたもので、このあとで神戸のさんちかタウンで「おしゃれ泥棒」の自主上映があった時に初めて字幕版を見た時にものすごく違和感がありました。字幕翻訳の口調が硬いんですよね。どう読んでも口語じゃない。と言っても文語調ってほどでもなかったんですけどね。

 オトゥールの口調なんかは、断然吹替の方が良い!って思ってました。

 それとさんちかで字幕で観た時に吹替で1つ気になってたことがあって、ホテルリッツでオードリーをタクシーに乗せてオトゥールがキスをするシーン、ぼーっとなってるオードリーの足をタクシーに入れるのに、「あんよちゃんも入れて」って吹替で言うんですけど、ここは英語で何と言ってるんだろうと気になってたので字幕と発音を注意して観てたんですが、なんと!そのシーンはセリフがなかったのがビックリでした。

 これって台本に書いてあったのか、それとも池田昌子さんのお話ではアドリブの多い中村正さんですから、アドリブで入れたのかわからないんですけれども、「あんよちゃんも入れて」というのはあった方がしっくりくるなーと思っていました。

 今回紹介した中で「ティファニーで朝食を」に関して解説しているものを一部再録。


『ティファニーで朝食を』コールガールの夢
◆オードリー・ヘプバーンが最高のエレガンスを見せる、大都会ニューヨークでの恋物語。高級宝石店ティファニーの、ショーウインドーをのぞきながら、夜明けのコーヒーを飲むのが好きという女の子の話である。妖精のようなオードリーがやっているので、そうは見えないのだが、実は彼女の職業はコールガール。このちょっと変わったコールガールに、新進作家が恋をしてしまうのである。相手役はジョージ・ペパード。彼の女パトロンにパトリシア・ニール。ミッキー・ルーニーが日本人カメラマンの役で出演。監督はブレーク・エドワーズ。ジュリー・アンドリュースのダンナである。」「◆ヘンリー・マンシーニの『ムーン・リバー』も有名。オードリーがギターを弾きながら歌う。ホリーの飼っているネコがかわいい。“彼女”の演技指導は名犬ベンジーの育ての親フランク・イン。」(TVガイド)

「大都会のアワのような女の子がふと見つけた真実の愛。ヘプバーン映画の中でも、その妖精的な魅力が最高に生かされたロマンティックコメディーの秀作。」(神戸新聞)

「『ムーンリバー』の調べにのせて、シックなジバンシーの衣装に身を包んだヘプバーンの魅力があふれる…。ニューヨークに展開される、ちょっと小粋なロマンティック・コメディ!」(TVガイドに載った関西テレビの広告)

「不思議な女性をオードリー・ヘプバーンが演ずるロマンティック・ミステリー。」(週刊女性)

…え??最後のは「ティファニーで朝食を」のどこがミステリーなんでしょうね。

 同じように「おしゃれ泥棒」に関するものも集めてみました。


「ユーモアとウイットに富んだロマンチックスリラー。」(TVガイド)

「ウイリアム・ワイラー監督とヘプバーンのゴールデンコンビ」(掲載紙不明)

「つぎつぎにジバンシーの華麗なモードを見せるシーンは、ヘプバーンの独壇場!!彼女のエレガンスを鮮やかに謳いあげた、ロマンティックコメディの秀作。」(TVガイドの関西テレビの広告)

…これまた「おしゃれ泥棒」ってスリラーなのかな?という疑問。

 両方一緒に書いたものとして、

「一昨年『ロビンとマリアン』で、実に8年ぶりという映画出演に久々話題をまいたオードリー・ヘプバーン.。もう48歳だが、その若い頃の主演作『ティファニーで朝食を』『おしゃれ泥棒』の二本が今夜と次週金曜日の夜9時、関西テレビで放送される。今夜の『ティファニー…』は都会の妖精ヘプバーンがジバンシーのエレガントなドレスに身を包み、『ムーン・リバー』にのって展開するロマンチック・コメディーである。」(掲載紙不明)

 意外と載ってる割には解説無いですね。まあ褒められるのは嬉しいんですけれども。

 今回は数が多かったので、細かい写真はまとめてみました。新聞の番組欄まで切り抜いています。そして池田昌子さんの名前には下線が引いてあります。なんででしょうねー。きっとよっぽど池田昌子さんの声が好きだったんでしょうね。今もそうですが。

 それとフジテレビの「ティファニーで朝食を」はジョージ・ペパードが金内吉男さん。僕はこのバージョンで慣れ親しんでいたので(昔カセットテープで録音していた)、野沢那智さんのバージョンを聞いてものすごい違和感がありました。ペパードの声や喋り方に近いのも金内吉男さんだと思います。

 なお、今回の記事に合わせて、以前紹介した1975年の「ゴールデン洋画劇場」パンフレットの中身の写真をアップしておきました。今までは表紙のみでしたが、これで中身も見ていただけます。

(追記)別のオードリーのものを漁っていたら、もう1つ「ゴールデン洋画劇場」の「ティファニーで朝食を」に関する切り抜きが出てきました。

 こちらも3月10日放送予定時のものですが、これまで2回も放映が変更されていたので、この記事の最後にも “変更なしで上映を切望。”と書いてます。
 まあテレビで映画を放送するのは上映ではなくて、放映ですけどね。

 以前、どこかの洋服ショップだかブランドだかの女性がブログに書いたもので、「ローマの休日」のスカートのことを “当時、パンパンと呼ばれる人の間で流行った”って書いてたらしく、悪気はないとはいえ、パンパンとはどういう人で、その呼び名がどういうものかを調べずに書いてるのが丸わかりで、それを読んだ人にこっぴどく批判されたらしく、その後その部分を削除したものの、“「ローマの休日」放映当時”と書いてて、そこは放映じゃなくて、上映だと再び突っ込まれてましたが、それを思い出しました。
  


2020年07月03日

1977年4月25日放送「おしゃれ泥棒」切り抜き

 今日は1977年4月25日にTBS系の関西の4チャンネル毎日放送で放送された「月曜ロードショー」の「おしゃれ泥棒」の新聞切り抜きなどを紹介。

 よくまあこんなものまで残してたなーと思いますね。以前「ローマの休日」の77年リバイバルのスカイシネマの新聞広告を紹介しましたが、それと同じようにB5の二つ折りの画用紙に貼って日付とかも書いて残してたんですね。今回はTVガイドのものもあります。

 こういうので面白いのは、意外とどの本にも載ってないようなエピソードが載ってたりすること。

 今みたいにネットでなんでも情報が手に入るという時代でもなく、中古の映画雑誌を買うには子供にはお金もなく行ける範囲の古本屋に置いてないものは買えないし、写真集も日本の3冊しかない時代ですから、こういう細かなものの情報まで僕はスポンジのように吸収していたということですね。

 特にこの月曜ロードショーでの「おしゃれ泥棒」は僕にとっての初めての「おしゃれ泥棒」体験ですから、そりゃワクワクしますよね。
 こういう新聞の番組紹介までも残してしまう気持ちがわかります笑。

 この時代は今のブルーレイやDVDのように自分の好きな時間に映画が見れるということもなく、しかもこの時期はオードリーの暗黒時代で全然リバイバルもこない時代。別に金持ちの子でもない僕は家に最初期のビデオなどもなかったので、本当にテレビ放送を一期一会の気持ちで見るだけでしたからねー。

 今回はTVガイドの“コミコミコーナー”って記事に書いてあるものが妙に納得した部分があるので再録しておきますね。

 女の最大の武器は!? 
 スリムで目玉が大きくて、口も大きい。あんな女のどこがいい?女はだんぜんボンドガールのようなグラマーに限る。ヒップがバーンなんて名前だけじゃないか!というむきも、つきあってみるとたちまちトリコになってしまうのがオードリー・ヘップバーン。なんといっても、男を信じて疑わない“可愛い女”ぶりがうけるようだ。
 今回の「おしゃれ泥棒」でも彼女は「敵方」に組する男・ピーター・オトゥールをウッカリ協力者に選ぶが、ピーターも一所懸命な彼女を放っておけない。あげくの果て、大金持ちから大金を騙し取って、ちゃっかり愛のランデブー。
 だけど何かおかしい。男の方が変に彼女に振り回されているようなのだ。ひょっとして「男を信じて疑わない」というのは「肉体」よりもまさる女の最大の武器なのかも…。


というものですが、「だけど何かおかしい。男の方が変に彼女に振り回されているようなのだ。」という部分がウンウン、そうだよねって思いますよね。
 ラストシーン、明らかに今後はニコルがサイモンを操縦しそうなオチになってますもんね。

 ただ、昔のあらすじでずっと間違われていたように、ここでも“金持ちから大金を騙し取って”ってなってますけど、映画を見てもらえばわかるように、サイモンはデイヴィス・リーランドにビーナスを売りつけたりしていませんからね。

 新聞の番組紹介のものは特に解説は書いてませんし、小さい方は段が違ったから面倒だったのか、文章の最初の方が無いですね。

 それと、オトゥールとの写真のものもTVガイドかららしいのですが、写真のみを手で切り抜いたのか、右側に説明があるようなのに残してませんね。これはダメですね。そういうのが読みたいのに!まあもしかしたら大したことが書いてなかったのかもしれませんが。

 さてそんな「おしゃれ泥棒」ですが、1年たらずで今度はフジテレビ系の「ゴールデン洋画劇場」に登場します。その時の切り抜きもありますので、それはまた今度紹介します。
  


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2019年06月25日

スター・チャンネル オードリー・ヘプバーン映画祭パンフレット



 今日は、行けなかった僕の代わりに行ってくれた友達が送ってくれた“スター・チャンネル”主催の“オードリー・ヘプバーン映画祭”のパンフレットの紹介。
 まあ売っていたのではなく、無料で置いてあったものなのでプログラム、というのが正しいかもしれませんが。

 この映画祭でパンフレットを売る、というのは“オードリー・ヘプバーン映画祭”の公式サイトに書いてあったんですが、それは問い合わせをしたところ新たに作るものではなく、過去の映画パンフレットを売るだけとのこと。
 新しいパンフレットは作らない、ということだったのですが、無料で配布する冊子は作るとのことだったので、めっちゃ気になってました。

 実際届いてみると全20ページで、しっかりオードリーや作品の解説が載っており、中身はもう完全に映画パンフレット!これを無料で配るとは!
 まあこれを映画パンフレットとして売ると、売上を各オードリー作品の映画会社に分配しないといけないので、却って赤字になるからかもしれませんが。

 なので建前上は“無料で配る映画祭の宣伝の為の販促物”なのかもしれませんが、これは新しいオードリー・ヘプバーン映画のパンフレット!と言っていいと思います。それくらいの内容。

 iTSCOM STUDIO & HALL 二子玉川ライズでのパネル展で置いてあったのは最初の↑の画像のような感じだそうです。

 “えっ!4種類も!?”と思いますが、友人が“4種類に見えるけど、2種類やでー”と言ってました。
 表と裏と両方をそれぞれ見せているだけで、実際は2種類しかないとのこと。

 表紙がブルーの「ティファニーで朝食を」版(裏表紙はピンクの「昼下りの情事」)と、グレーの“自称”「麗しのサブリナ」版(裏表紙黄土色の「ローマの休日」)。

 でもこの自称:「麗しのサブリナ」っていう画像、「麗しのサブリナ」じゃないですよね。
 メイクも髪型も全然違うし、これは「ローマの休日」撮影後で「麗しのサブリナ」撮影前の間に撮影されたオードリー本人の宣伝写真。

 むしろ「ローマの休日」寄り。この撮影の時に「ローマの休日」のネグリジェの衣装で宣伝写真を撮っているのがボブ・ウィロビーの写真とかで残ってますよね。

 著作権者はパラマウントになってますけど、まあパラマウントは過去にニコスカードの提携で明らかに「パリの恋人」の画像も「麗しのサブリナ」ということにしてましたし、「パリの恋人」DVDで「麗しのサブリナ」画像を使ってジャケットを製作したりしてましたから、権利者でも実は写真の扱いはちょっといい加減。

 さて最初のページを開いてみると “あれっっ??”…。

 ティファニー版の表2(表紙の裏側にあたるページ)は自称「麗しのサブリナ」版の表4(裏表紙)だった「ローマの休日」。

 もしかして…と思って表3(裏表紙の裏にあたるページ)を見ると、そこには“自称”「麗しのサブリナ」が!
 “自称”「麗しのサブリナ」版の方も確かめると、表2が「昼下りの情事」、表3が「ティファニーで朝食を」!

 ということは結局表紙だけ裏表を替えて2種作っただけで、実際の中身は1種類だけ、ということになりますね。

 さて、本文の1ページめに当たるところはこの映画祭で上映する作品の画像集になってますね。え?なんでこんなに見え難いのか?ですか?

 これ、実際にこんな薄い感じなんです。モノクロ写真を特色グレー(あるいはシルバー)と色の掛け合わせで載せてるので、元々がグレーなので薄いんですよね。

 紙は表紙も本文も同じです。上質系の紙で、お安いけど写真には向いてない。表紙も元々モノクロ画像の「ローマの休日」・自称「麗しのサブリナ」・「昼下りの情事」とかは大丈夫だけど、スター・チャンネルが手に入れたのがカラーかモノクロかは知りませんが、本来カラーだったはずの「ティファニーで朝食を」は肌に陰影があるぶん紙目が見えて汚くなってますもん。

 2ページ目はオードリー生誕90年の序文と映画上映のスケジュール。
 以前のチラシの紹介でスケジュールは載せたので、ここでは割愛。

 3ページ目からは上映作品のストーリーと解説が始まります。上映順でもなく、制作順でもないこの並び方はどういう基準?
 まさかとは思いますけど、「初恋」「若妻物語」「ラベンダー・ヒル・モブ」の順に並んでるこれを制作順だと思ったんじゃないでしょうね?
 「パリの恋人」と「昼下りの情事」も順番が逆ですけど…。

 「初恋」の解説はバレエのことに焦点を当てて書いてますね。「若妻物語」は劇場初上映とのこと。まあ日本初上映ですよね。
 
 次のページの「ラベンダー・ヒル・モブ」も劇場初上映ってなってますけど、日本初上映ではないですよね。東京のフィルムセンターで既に上映済み。
 それと「麗しのサブリナ」の紹介。

 次は「昼下りの情事」「パリの恋人」、その次は「ティファニーで朝食を」と「噂の二人」、さらにその次は「おしゃれ泥棒」と「いつも2人で」です。
 うーんと「いつも2人で」の解説ですけど、“バーバリーのトレンチコートなどを披露”って書いてますけど、映画の中で披露してましたっけ?撮影スナップでは確かに着てましたけど、1回目の旅の衣装の上から羽織ってたんですが、1回目の旅だとバーバリーなんて絶対買えませんよね?

 その次は「女優として、そして一人の女性としてのオードリーをさらに知るためのトピックスをご紹介します」とのことですが、ここも割と知ってる事のみで構成されているので割愛。

 ちなみにオードリーが楽屋のナンバー55を所望、というのは一体どこから出てきた話なんですか?なんか最近当たり前のように話されるんですが、出典を見つけることが出来ません。

 だいたいトレーラーを使うことの多いスターが、楽屋って使うのかな…。しかも55ってどこにでもあるものなのかな?あったとしても、主演女優の使う物としてどこでも十分な広さがあるものなのかな?
 などとかなり眉唾モノじゃないかと疑ってるんですが…。もしwikiやそれを元にした話以外の出典をご存知でしたら、教えてください。m(_ _)m

 次のページからは今回の映画祭で上映されない残りの作品に触れています。が、「オランダの7つの教訓」「若気のいたり」「ニューヨークの恋人たち」は載っていません(英語版「モンテカルロ・ベイビー」も)。これはスター・チャンネルで放送されないものは全て省かれた、ということですね。

 p14には「オールウェイズ」と共に、ショーンが語るオードリーの思い出とユニセフのことが載っています。

 p15はオードリー映画祭の案内。パネル展やトークショー、ミニコンサートなどの案内。

 p16は二子玉川エクセルホテル東急でのコラボメニューと清藤秀人さんの紹介。書いてないのでわかりませんが、このパンフレットの文章は清藤さんが書いたのかな?

 内容的には可も無く不可も無くなんですが、こうして新しいパンフレットが作られたことが嬉しい!

オススメ度:★★★

 なお、映画祭では他にも色々とチラシがあったみたいなので、それらを次々と紹介して行きますね。
  


2018年07月23日

音楽トラック付き「おしゃれ泥棒」TWILIGHT TIME版ブルーレイ

 ずっと今年日本公開50周年の「暗くなるまで待って」の物を何か…と思ってましたが、何を紹介するか全然決まらなくて、そのうちにこのBlu-rayが届きましたので、こちらを紹介します。

 これはTWILIGHT TIMEというアメリカの会社が出している「おしゃれ泥棒」のブルーレイです。限定3000枚だけの発売。

 権利元の20世紀フォックスが販売しているわけではないのですが、きちんと権利も取っているようで、裏面には20世紀FOXのロゴもあります。

 アメリカと日本はブルーレイは同じリージョンAのNTSC方式なので、日本のブルーレイ再生機器の全てで再生が可能です。
 ただし、日本語の字幕と吹替はありません。

 昨年同じところが出している「いつも2人で」のブルーレイも紹介しましたが、その時と同じ理由で買いました。

 この会社の凄いところは、権利元でもないのに豪華な特典を入れてくること。

 「いつも2人で」でもスタンリー・ドーネン監督のオーディオ・コメンタリーとかがありましたが、これも「おしゃれ泥棒」でデイヴィス・リーランドを演じたイーライ・ウォラックとワイラー監督の娘のキャサリン・ワイラーによるオーディオ・コメンタリーが付いています。

 さらに「オードリー・ヘプバーン:The Fairest lady」というドキュメンタリー番組と予告編まで収録。

 で、僕が買おうと思っていたのは「いつも2人で」と同じで、やっぱりミュージック・トラックが付いていたこと!

 アメリカから発送となると送料も馬鹿にならないので、「いつも2人で」より後に出たため同時に買えなかったのですが、今回セールでだいぶ安くなってた(1700円くらい)ので、思い切って取り寄せました。

 「おしゃれ泥棒」のサントラというと、2008年に INTRADA社が2枚組みのCDを出してました。
 でもあれは1枚目はかつてレコードでサントラとして出ていたジョン・ウィリアムズ自身が録音し直したもののリマスター、2枚目に本当のサントラが入っていましたが、14曲27分と明らかに映画のボリュームに比して少なすぎでした。

 で、この「おしゃれ泥棒」にも絶対CDには入ってなかった曲が大量にあるはず!と思ってましたが…やっぱりありました!CD未収録の曲が!しかもいっぱい!

 さて、この「おしゃれ泥棒」の作曲者はジョン・ウィリアムズについて先にちょっと書いておきますね。
 ジョン・ウィリアムズはおそらく今一般的に知られている映画音楽を作っている作曲家としてはトップなのではないでしょうか。

 この映画は最初に当時最も売れっ子だったヘンリー・マンシーニに依頼されましたが、あちこちから依頼が殺到していて多忙すぎたため、当時売り出し中の弟子だったジョン・ウィリアムズを代わりに紹介したそうです。

 ジョン・ウィリアムズという名前は俳優さんにも居ました(「麗しのサブリナ」でオードリーのお父さん役)ので、ここではジョニー・ウィリアムズとしてクレジットされています。

 65年にテレビドラマの「宇宙家族ロビンソン」で作曲家デビュー。
 その後この66年「おしゃれ泥棒」を経て、69年の「チップス先生さようなら」「華麗なる週末」くらいからプチブレイクが始まります。

 71年「屋根の上のバイオリン弾き」、72年「ポセイドン・アドベンチャー」、74年「タワーリング・インフェルノ」、75年「大地震」と大作&パニック映画の第一人者となっていきます。

 その流れで依頼されたのでしょうが、75年「ジョーズ」で大ブレイク!ここから1984年の超有名なロサンゼルスオリンピックのテーマ曲あたりまで約10年がジョン・ウィリアムズの傑作の森でしょうか。

 77年ジョージ・ルーカスの「スター・ウォーズ」とスティーブン・スピルバーグの「未知との遭遇」と最大の話題になった2大SF映画を両方とも作曲。

 78年「スーパーマン」、80年「スター・ウォーズ/帝国の逆襲」、81年「レイダース/失われたアーク」、82年「E.T.」、83年「スター・ウォーズ/ジェダイの復讐」、84年「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」と、この辺りは一般の人でも知っている名曲がずらりと並びます。

 その後も93年の「ジュラシック・パーク」、同年「シンドラーのリスト」、2001年「ハリー・ポッターと賢者の石」などの傑作を次々と世に放っています。89年にオードリーの映画の遺作「オールウェイズ」も作曲しています。
 最近では2012年の「リンカーン」、昨年2017年の「スター・ウォーズ/最後のジェダイ」などがあります。

 さて、このブルーレイでは37曲、約1時間8分の音楽が聞けます。2枚組CDの2枚目(フィルム・バージョン)の倍以上の音楽が有ることになりますね。

 CDでは落ちていたのにここで聴ける音楽トラックでは、

 ・ニコルがアウトビアンキを運転 (Nicole Drives The Autobianchi)
 ・ニコルがジャガーEを運転 (Nicole Drives The Jaguar E)
 ・少しだけよ/サイモンが調べる(Not Much/Simon Examine Van Gogh)
 ・He Suspects Something/At Maxims (Film Version)
 ・サイン (The Sign)
 ・ニコルの考え/リッツでのニコル (Nicole's idea/Nicole At The Ritz Bar : Film Version)
 ・下見する (Preliminary)
 ・公園で (At The Park)
 ・試し投げ (The Test throw)
 ・泣き落としはダメだ (Don't You Dare Cry)
 ・婚約指輪 (The Engagement ring)
 ・夜の博物館 (Night At The Museum)
 ・見回り (The Patrol)
 ・決行前 (Before the decision)
 ・ブーメラン (The Boomerang)
 ・それが答え? (That's Why?)
 ・葬送曲 (Funerary Music)
 ・リッツにて (At The Ritz Bar)
 ・サイモンの職業 (Simon's Profession)
 ・くっつき (Togetherness : origtinal version)
 ・婚約指輪を返す (Return The Engagement ring)

があります。なお日本題名、および英題はブルーレイには無いので、こちらで便宜上付けています。

 英語が変!とか、もっとピッタリな曲名が思い浮かぶ方はぜひ教えてくださいねー!
 どんどん変更したいと思います。

 ちなみに“ブーメラン”は本当は“警報”にしたかったんですが、音楽には警報が入ってないので…。
 “少しだけ”はパパに、泥棒に何かされたのか?と言う問いに、少しだけよ、と言うニコルのセリフから。
 ここも本当は“青い目の背の高いスリムな泥棒”にしたかったんですが、英語が長すぎるので…。

 さらにINTRADAのCDでは “He Suspects Something/Nicole at the Ritz Bar”となっていて、オードリーがデイヴィス・リーランドに食事に誘われて準備中の不安なニコルの心情の音楽 “He Suspects Something” から、場面も映画とは全然違う(音楽も映画では不採用の聞いたことがない曲) “Nicole at the Ritz Bar”になっていましたが、このブルーレイでは “He Suspects Something/At Maxims (Film Version)” と映画の進行通りとなっています。

 また、“At Maxims”のフィルム・バージョン今回初収録。
 “Nicole at the Ritz Bar”の方はきっちりパパがサインをした後で入っています。さらにその前には連続でニコルが泥棒の依頼を決意する音楽がくっついています。これまたフィルム・バージョンは初収録。
 逆に映画では使用されなかったオリジナルの“Nicole at the Ritz Bar” は今回収録無しです。

 CDでの “The Cellini Venus and Museum Fanfare” は音楽が連続していますが、実際にはヴィーナスが家から運び出された後と、ヴィーナスを博物館に運び込む際に無音部分があって曲としては別れています。
 CDではフィルム・バージョンも繋いでしまっていますが、このブルーレイでは “The Cellini Venus” “March To The Museum” “Museum Fanfare” と3曲に分離されています。
 “March To The Museum”などは演奏前にジョン・ウィリアムのテンポ取りの声が入りますから、明らかに別曲扱いですよね。

 他には “Normal Human Reactions” ではカウントダウン時の前半と本当に落ちたコインで人間の反応を利用する後半の間にもセリフや無音が長時間入るので、これも“カウントダウン(The Countdown)”と “Normal Human Reactions” として2曲扱いになります。

 物置の鍵を閉められてしまった後に、磁石でカギを引き寄せるシーンの “Locked In” は映画では不使用でしたが(紐でカギを鍵穴に通す “The Key” は映画でも使用)、ニコルがアウトビアンキを運転する音楽と、見回りの音楽にも映画で使用されていない最初の部分がそれぞれあります。
 ここではそんなのが聴けて、おお!っとめっちゃ嬉しくなります。

 最後の方でサイモンとデイヴィス・リーランドが自家用機にヴィーナスを運ぶシーンの音楽の “くっつき (Togetherness)” ですが、これは映画では使用されなかった曲が準備されていたことがわかります。
 映画では “March To The Museum” の一部が再利用されていましたもんね。

 全く新しい曲が聴けるのは嬉しいですが、これは完成版の方がいいです。
 同じチェリーニのヴィーナスの輸送シーンですもんね。

 意外だったのは婚約指輪のキラーン☆って音と、ブーメランの音もジョン・ウィリアムズのものだったこと。

 今なら効果音の担当者がササっと作るのでしょうが、この当時はまだMIDIもシンセサイザーもPCもなかったので、アナログの音楽が付けられていたのでしょうね。
 でも最後の方のリッツでオードリーが指輪が無い時にビックリする時の音が今回入ってないんですよね〜。なんでだろ。

 他にも警報の音とパトカーの音が入ってないので、この警報音の大好きな僕はちょっと寂しい…。
 これはジョン・ウィリアムズでは無いのか…。

 「いつも2人で」では耳障りだった音楽の上に被せられていた効果音ですが、ここではほとんど入っていません。
 運良く1次音源が有ったのでしょうか?効果音があるのは “At Maxims” でのワインを注ぐ音くらいでした。

 あとは20世紀フォックスのファンファーレが無いのが残念!
 これは後で自分で追加しようと思います。

 映画本編の画質は最近のリマスターで大流行りの(そしてありがたく無い)濃いめ・明度は暗め・彩度は渋めの色付け。
 絶対これオリジナルの色じゃないでしょ!
 だいたいピーター・オトゥールの瞳のアップ、ブルーじゃなくてほぼグレーになってしまってるよ!濃いすぎ、暗すぎ!

 僕がリマスターの責任者だったら、こんなのやり直させるよ、まったく!
 とにかく濃いめのリマスターなので、ソフトフォーカスにわざとしてるオードリーのアップなどは紗が沈んでしまって、ただのピンボケに見えるし…。

 全般に昔の映画に施されるこの暗いリマスターってなんとかならないんでしょうかね。明るいシーンがどの作品も不足気味。
 リマスター担当者がパソコンで見てるのと、映画館で観客が見るのとでは全然違うんだよー!絶対!
 昔のテクニカラー(この作品はデラックスカラーだけど)の明度と彩度が高いという良さが死んでしまってます。

 音声は2.0 DTS-HDでリマスターされています。

 このブルーレイ自体の仕様は、ジャケットは1枚目の写真みたいな感じ。
 これも悪くはないけど、「おしゃれ泥棒」のイメージは鉄兜オードリーには敵わないよねー。
 バックは加工された光になってます。

 これって元はモノクロ写真。そして後ろにタクシーがいたはず…。
 着色技術が上がってきてるのか、オードリーの髪の色とかはだいぶ自然な感じになってきてますね。オトゥールは不自然だけど。
 この調子で行くと、僕もやがて着色カラーと本物が見分けられなくなりそう…。

 でも欧米の人の考える白人の理想の肌色ってこんななのかなー…。封入のライナーノートでもそうなんだけど、なんか妙に肌の色が黄色〜茶色っぽい。
 絶対フォトショでデジタル加工してるはずなんですけど、オードリーの肌とか、黄色人種の人が日焼けしたみたいな肌になってるし。
 だいたい欧米で発売された白人ってこんな風な肌の色にされてしまってる。実際はもっと白いはずでしょうにねー。

 それにオードリーが着てるこのジバンシィのコート、本当はオードリーが良く着てたショッキングピンクに近いローズ色なんですけど、この画像はどう見ても紫ですよね。唇の色も生気が無い。
 着色はちゃんと映画を見て、もっと本物に忠実に!と思います。

 封入のライナーノートは8P。中身は珍しい画像で構成されてていい感じ!そして映画に因んで縁部分は油絵のキャンバス風の加工がされています。

 ケースを開けた時に見える部分には靴を脱いだ二人の宣伝写真とディスクはジャケットの2人を離した加工のもの。
 ディスクの後ろの部分は英語のロゴです。ジャケットと同じ、女性の手が n の文字をつまんでるやつ。

 その宣伝写真の後ろのちょっと緑みのある黄色が「おしゃれ泥棒」らしいカラーですね。
 「おしゃれ泥棒」のイメージカラーは絶対に赤みに寄らない、緑み寄りの黄色だと思っています。

 裏ジャケットはイラストなので、ここでは割愛。
 イラストじゃなくて、着色カラーかもしれないけど、ヘタクソすぎるのでどう転んでも割愛。日本の50年代の着色以下。

 ちなみに、映画の中でサイモンが “ジバンシィが休める” と言っているニコルの掃除婦のコスチュームですが、実はこれもジバンシィデザインなんだそう!
 ジバンシィ、全然休むヒマありませんね。
 素材がめっちゃいいものらしいです。…となると、やはり「パリで一緒に」の飛行服もジバンシィデザインですね。贅沢〜。

 ついでに言うと“脱・ジバンシィ” と言われた次作「いつも2人で」にもジバンシィのものが何点か登場しているそうです。
 3回目の旅のMGを押すシーンで着ているトレンチコートの下のタートルネックのセーター、6回目の旅の黄色のビニールスーツで海岸に行く際の同じく白のタートルネックのセーター、3回目の旅のプールサイドで水着を着ている時の黄色のスイミングキャップ(特注品!)、3回目の旅のパーティー後のシーンでのピンクドレスの際に手に持っているクラッチバッグがジバンシィのものだそうです。

 とにかく、今まで聴けなかった曲が聴けて、大満足のブルーレイでした!

オススメ度;★★★★(これに日本語字幕と池田昌子さんの日本語吹替が入って、色がもっと良かったら完璧!)