2017年04月28日

「暗くなるまで待って」池袋の新文芸坐で上映!

 突然ですが!

 東京の方に朗報です!
 池袋の新文芸坐さんにてオードリーの「暗くなるまで待って」が上映されます!

 「魅惑のシネマクラシックスVol. 23 ワーナー・ブラザース シネマフェスティバル」という一連の上映作品の中に「暗くなるまで待って」があります。

 日が無くて申し訳ないのですが、

 ★4/29 12:30/16:45
 ★5/4(オードリーの誕生日) 11:40/15:40

 ああああ…東京の人はいいなあ〜!
 新文芸坐さん、昔からオードリーの作品を色々上映してくれますよね。ありがたいです。
 どちらも同時上映はグレース・ケリー&ヒッチコックの「ダイヤルMを廻せ!」です。
 そして2本とも原作者はフレデリック・ノット。

 正式なリバイバルという形ではないですが、関東の方にとっては午前十時の映画祭と合わせて今年は5本のオードリー作品が見れますね!
 そしてその皮切りが「暗くなるまで待って」とは羨ましいです〜。

  


2016年12月03日

「暗くなるまで待って」原作戯曲本 愛育社

 今回は愛育社という会社が出していたフレデリック・ノットの「暗くなるまで待って」の原作戯曲の紹介。

 これ、出てる事は知ってたんですけど、売れた数が少ない&知られてないというので、なかなか入手出来なかったものです。
 わかりにくいことにフレデリック・ノットよりも、浅田寛厚って翻訳者?の方がデカく扱われてるし。

 まあ以前見た時に出版社が愛育社ってことを覚えていたので、ネットで見つけて今年やっと古本で手に入れる事が出来ました!

 でも入手してみてビックリ!
 これ、翻訳物ではなく、英語そのままの “ビデオ英語シリーズ” というものの一つでした。

 どうりで翻訳者ではなく、編注:浅田寛厚ってなってたわけだ…。

 でも “はしがき” “NOTE” “映画(ビデオ)と戯曲の違い” って部分で日本語で解説してくれているし、読む価値はありました(日本語部分を)。
 英語部分は映画のセリフではなく、原作の戯曲のままです。

 「暗くなるまで待って」ってこれが翻訳本だ!とずっと思ってたので、これが違うとなると、原作はいまだ翻訳出版されてないんですね。

 まあ最近までもずっと日本の舞台での上演はありますんで、その脚本が翻訳物っちゃあ翻訳物なのかもしれませんが、出版されてませんしねー。

 それに、そういう脚本は改変が加えられてることもあるでしょうし、完全な原作戯曲はまだ未翻訳ということで…。

 出版は奥付を見ると1987年2月25日になってます。ということは1月くらいに発売かな?

 当時はビデオというものが普及してきており、家庭でも気軽に映画を見れるようになった頃。
 そのためこんな英語の原作本が出版される運びとなったのでしょう。

 ん?でも1987年というともう前年からオードリーブームが始まってますね。
 しかもしかも1987年には「暗くなるまで待って」が本家ワーナーからリバイバルされてます。

 出版のタイミングとしてはベストな時期なんですけど、それでも売れなかったんでしょうねー。

 はしがきでの興味深い文としては、

 ・1966年2月2日ニューヨークの舞台で初演された。500回には及ばなかったが、大好評だった。

 ・1966年7月22日からロンドンの舞台で上演され683回のロングランを記録した。

 ・ニューヨークでは2幕だが、ロンドンでは3幕仕立てで上演されている。

 ・この本はニューヨーク版を底本として、ロンドン版も取り入れている。

ということが書かれています。

 また、ビデオだけではなく、レーザーディスクの話があるのも時代ですねー。
 このあと、1990年くらいがレーザーディスクの全盛期でした。


 最初に舞台の写真と舞台設計図が載っていますが、この舞台の写真!ほとんど映画と同じだと思いませんか?

 これはニューヨーク及びロンドンの舞台装置をデザインしたジョージ・ジェンキンスという人が、映画でも美術監督として参加しているからだそうです。

 違うのは、映画では左手にあった簡易写真室が、舞台では真ん中奥にあるらしき所。

 また、映画では左手奥に寝室やクローゼットもあるのですが、舞台ではそういうのは無しです。

 “映画(ビデオ)と戯曲の違い” では、映画がアパートの1室から外に出る部分はもちろん載っています。

 大きく違うのは、映画ではグロリアがバスターミナルへ出て行った後に電話線が切られている事に気付いてスージーはパニックになり、壊してしまった電球に気付いて1人で電球を壊していきます。

 戯曲ではグロリアと一緒に電気を壊して暗闇になっているか確認してバスターミナルへ送り出すことになっているようです。

 あと、グロリア役の少女はニューヨークの初演でもグロリアを演じていたそうです。

 「暗くなるまで待って」って、舞台で見てももの凄く面白いでしょうねー。

 僕にとってはオードリー映画の中でも「いつも2人で」に次いで、「おしゃれ泥棒」と並んで2番目に好きな作品になっています。  


Posted by みつお at 18:00Comments(0)暗くなるまで待って原作本

2016年11月08日

「オードリー・スペシャル '91」チラシ&前売券

 とうとうこれで、アップされた記事が900になりました!

 前にも書きましたが、今年はいろんなオードリー作品の日本でのメモリアル・イヤーです。

 ・「戦争と平和」公開60周年
 ・「ティファニーで朝食を」公開55周年
 ・「初恋」日本初公開50周年
 ・「おしゃれ泥棒」公開50周年
 ・「エクスラン・ヴァリーエ」撮影&放送45周年
 ・「ロビンとマリアン」公開40周年

 他にも日本公開されませんでしたが、「ニューヨークの恋人たち」は米国での公開35周年ですし、英国時代の初期作品のほとんどが撮影&公開65周年に当たります。

 そして、それらをリアルタイムではほとんど知らない僕らでも、オードリーの80年代後半〜90年代前半の再ブーム時のことははっきり覚えています。

 85年「噂の二人」という渋い作品から始まったオードリー作品のリバイバルは、あっという間にオードリーのブームを引き起こし、「尼僧物語」「許されざる者」を除くオードリー全盛期の14作品が次々とリバイバルされました。

 今回紹介している「オードリー・スペシャル '91」チラシですが、もちろん1991年のもの。
 これも公開から25周年になりますね。

 85年からずっとオードリー作品をリバイバルしていた日本ヘラルド映画(その後角川映画に吸収される)が、最後に権利を手に入れた「おしゃれ泥棒」「いつも2人で」「暗くなるまで待って」を公開したのがこの1991年でした。

 この「オードリー・スペシャル」はその3作品を上映するために組んだプログラムです。

 もっとも、「暗くなるまで待って」は87年に元々の権利元のワーナー・ブラザーズからもオードリーの再ブームに便乗してリバイバルされており、そのためこのチラシでもわかるように大阪では「暗くなるまで待って」の上映は外されています。

 このチラシのバックの画像を見れば、新しい3作品に交ぜて上映するために、既にヘラルドが権利を持っていた「麗しのサブリナ」「パリの恋人」が準備されていることがわかります。

 それらの画像を↓下で大きく載せますので、何の作品か当てていってください。全作品当てられたら、あなたはオードリー通中級です。

 これら5作品から日本全国の各映画館が自由に選んで上映出来たようです。

 なので映画館によって上映作品はまちまちですし、91年ではなく、92年になってから上映された所もありますので、同じチラシでも他の映画館では「オードリー・スペシャル ’92」となっているものもあります。

 チラシの裏は映画評論家の清水俊雄さんによる解説。
 そこではオードリーが91年4月にNYリンカーン・センターのフィルム・ソサエティから過去の実績に対して表彰されたことが載っています。
 アメリカなど全世界でもオードリーの作品が見直されて、人気がどんどん再燃しはじめた頃ですね。



 これで日本ヘラルドはオードリー全盛期の作品14本の権利を入手したので、それらを全国で2000年まで日本各地で上映していました。

 オードリーが1992年に余命あとわずかというニュースが世界で駆け巡った時にも、93年に亡くなった時にも、すぐに応援上映や追悼上映を出来たのは日本へラルドさんが権利を取っていてくれたおかげです。

 もし亡くなってから慌てて権利を取っていたのでは上映も遅かったでしょうし、権利を取るのも「ローマの休日」だけとか、そういう悲しい状態だったと思います。

 それが追悼時に間髪入れずほとんどの作品を見れたというのは、それまでにオードリー作品を選定して各映画会社から権利を取って…と尽力してくれた日本ヘラルドの担当者さんのおかげですよね。

 なお、この大阪版の日付を見ると本当に25年前の今くらいの時期だったとわかります。東京のおそらく銀座文化劇場ではもうちょっと早かったでしょうし、他の地方はもっと遅かったと思います。

 この大阪では

 9/14〜10/4「おしゃれ泥棒」
 10/5〜10/18「いつも2人で」
 10/19〜10/25「麗しのサブリナ」
 10/26〜11/8「パリの恋人」

 になっていますね。はじめての「おしゃれ泥棒」が3週間、同じくはじめての「いつも2人で」が2週間、85年から何度も上映している「麗しのサブリナ」が1週間、「パリの恋人」が2週間という上映スケジュール。

 僕もこれで久々の上映で「おしゃれ泥棒」と「いつも2人で」を見たと思います。
 というか、それまでその2作品を見たのは自主上映とかなので、本格的な映画館で見る、というのはこれが初めて!

 前売券も持っているのですが、全部が載っている9/14以前に買ったもの、そして「いつも2人で」上映中に買ったものの2種類ですね。

 後から買った方は「おしゃれ泥棒」と「いつも2人で」がマジックで消されています。ちょっと乱暴。

 下部に「梅田コマ・シルバー」って載ってる方は回数券なので、4作品とも見に行く気まんまんですね。
 でもさらに前売券を追加で買っているとは、「いつも2人で」や「おしゃれ泥棒」を2回以上見たのかな?

 「いつも2人で」を見に行った時のことはハッキリ覚えていますが、大阪のサウンドトラック・リスナーズ・コミュニケーションズ(SLC)という会社が限定版で売っていた「いつも2人で」のサントラCDが映画館でもパンフレットと共に受付で売られていました。

 この当時はまだ権利元のBMGビクターが「いつも2人で」のサントラCDを発売してない頃で、手に入る「いつも2人で」サントラCDとしては初めてのもの。
 かつて出ていた日本版レコードのジャケットを踏襲しており、他の国では無い稀少盤でした。
 BMGビクターがサントラCDを出したのは、結局オードリー没後の1993年でした。

 なので、僕は観に来ている他の人達に心の中で “買ってあげて〜〜〜!絶対いい曲だからっ!!” って叫んでましたね。

 ちなみにこの当時は映画館は予約制でも指定席でもなく早い者勝ち。
 なので、映画を見に行く時は15分前、オードリー作品だと最低でも30分前に行って並んでおかないと良い席では見れませんでした。なんせオードリーは大ブーム真っ只中!必ず行列が出来てましたし。

 「いつも2人で」はこのリバイバルで初めて左右が切られてない超横長のパナビジョンサイズ(シネマスコープサイズ→2.35:1)で見れました。
 それまでは、テレビ放映やLDや自主上映のテレビサイズ(4:3)でしか見たことがなかったので、左右を約半分に切られてしまっていた部分の情報量の多さに驚き&大感激していました。

 なぜかLDなどはオードリーとアルバート・フィニーが画面の左右に分かれる時にはフィニー側に寄せていたので、オードリーってこのシーンでこんなお茶目な顔してたんや!とか、あっ、カワイイ!とかカットされていた美しい緑の湖のほとりなどに発見があって、本当に嬉しかったものです!

 …とまあそんなことを思い出してしまう25年前のチラシ&前売券なのでした。
  


2016年02月29日

アメリカ村で買った「暗くなるまで待って」ポートレート

 “オードリー・ヘプバーン記録室”の方に、“「キネマ旬報」記録室” をアップしました。よければそちらもご覧ください。

 また、「おしゃれ泥棒 オードリー・ヘップバーン!」の方で書こうと思っていることがいくつかあって、どれから書くか悩み中です。

 1.オードリー・ヘプバーンの画像を合法で無料で使う方法
 2.オードリーのメイクの変遷
 3.「麗しのサブリナ」のジバンシィの有名なドレスは現存しない?
 4. Mengさんに教えていただいた「ティファニーで朝食を」のブラックドレスの真実
 5.オードリーは基本左側か正面しかポートレートを撮らせないことと裏焼きについて
 6.映画のロゴに関して
 7.オードリー作品は見方次第でいくつもピークがある!ということ
 8.実は「噂の二人」が本当のオードリーに一番近いんじゃないですか?の検証

 です。どれか気になる、読んでみたいのはありますか?

 今日はさらっといきたいと思います。

 これはオードリーの暗黒時代(1975〜1984年)の最後の方か、その後の再ブームの最初期の頃に大阪心斎橋のアメリカ村で買ったもの。
 サイズは202mm×254mm。

 当時はオードリーのものって本当に売ってなかったので、アメリカ村という若者のお店が建ち並ぶところで、こんなオードリーのポートレートが売っているなんて思いもしませんでした!

 これは友人と行ったアメリカ村で、洋服でも見ようとふらりと立ち寄った洋服屋兼雑貨屋で見つけました。パステル色の服を探していたんですよねー。

 そのとき他に服を買ったのか、友達は誰だったのかも忘れてしまいましたが、こんな場所でオードリーを見つけたことだけは鮮明に覚えています。2階への階段の横に飾ってあって、ビックリしたものです。

 値段は覚えてませんが、700円くらいだったかなー。なんかぼったくりだったイメージがあるので、1000円くらいかもしれない。
 別に生写真でもなくただの印刷だし、画質も濃い過ぎて悪いし、よく見る写真だし…なんですけど、それでもオードリーのものが売ってること自体が珍しかったし、大好きな「暗くなるまで待って」用の宣伝写真なのが嬉しかった!

 今では初期作品の同じモノクロ写真ばっかり売られていて、ファンとしては本当につまんないですけどね。全然欲しいと思わないし。
 まだオードリーが再ブーム前には、こういうどの時代のオードリーも売ってたんだよーっていう貴重な証明。

 アメリカ村って入れ替わりが激しいので、きっと買った店はもう残ってないんだろうなーって思います。
 あーでも、最近のアメリカ村もちょっとのぞいて見たい気もします。でもオジさんが行ったら浮くかなー。(^^;A
  


2015年05月23日

「暗くなるまで待って」1971年リバイバルチラシ

 各作品別のカテゴリーを見ていると、なんと「暗くなるまで待って」は2008年8月の記事以降書いてないことがわかりました!

 特別出演の「オールウェイズ」は2008年2月が今のところ最後ですけど、全盛期の主演作品で一番長い間書いてないのが「暗くなるまで待って」だったので、今回は大慌てで「暗くなるまで待って」から。

 このブログをやり始めて毎日アップしていた時は各作品のバランスも考えて公開してたんですけど、2008年4月の飛び飛びアップに変えてからはあんまりもう意識してなかったんですよね。
 「暗くなるまで待って」はビジュアルが同じになってしまうので、もうちょっと後回し…とか思ってたら、なんと7年ものブランクが!わー!「暗くなるまで待って」にめっちゃ申し訳ないですね。

 で、そんな「暗くなるまで待って」ですけど、僕はこの作品があんまり…なのではなく、むしろ大好き!!オードリー映画では「おしゃれ泥棒」と並んで2番目に好きな作品です!(^-^

 で、今回は1971年リバイバル時のチラシの紹介。
 表は青緑(ターコイズ)一色、裏は茶色一色刷りです。サイズはEPレコードのジャケットサイズ。
 裏面上部の解説は取り立てていうほどのことは書いていません。下部はストーリー。

 「暗くなるまで待って」って、今まで日本では4回公開されています。
 1968年の初公開、1971年、1987年、1991年。

 4回も劇場公開!立派やーん!と思いますけど、公開年度が妙に固まってますよね。
 68年からわずか3年後の71年にリバイバル、16年も空いてやっと来た87年からわずか4年後の91年にリバイバル。
 “映画の観客層は7年で入れ替わる” という法則から考えてもちょっと近過ぎますよね。
 見る側からすると、実質2回しか公開してないような感覚です。

 1971年はそんな近すぎる劇場公開の最初のリバイバル。このチラシは松竹/東急系での劇場では格が一番高いとされる東劇のもの。
 おそらく71年リバイバルでは日本で最初の公開だったと思うのですが、日付を見ると “11月23日よりロードショウ” になってますね。

 ん?ということはこれは「エクスラン・ヴァリーエ」があってからのリバイバルになりますよね。
 もしかしたらですが、「エクスラン・ヴァリーエ」でオードリーがまた世間の話題になってきたから、大急ぎで公開したのかも…。

 ワーナー映画のオードリーって、「尼僧物語」「マイ・フェア・レディ」「暗くなるまで待って」と3本あるんですけど、オードリー作品でも一番の大ヒットの「マイ・フェア・レディ」は1969年年末に1970年お正月映画としてリバイバル済み。地方では1970年に入ってから上映されてましたから、さすがにまたリバイバルは出来ない。

 「尼僧物語」は優秀な作品だけど、初公開当時普通の興行成績しか残せてない上に内容が地味。
 世間では “ナウ” とか “NOWな” とかの言葉が大流行だった時代(1972年に創刊された若者寄りの映画雑誌「ロードショー」ではビックリするくらいナウナウ言ってます)。真面目な1950年代の香りの「尼僧物語」ではまた当たらないだろうと踏まれたんじゃないでしょうか。

 そうすると、1968年5月の初公開からまだ3年半しか経ってないけど、初公開時にも大ヒットした「暗くなるまで待って」なら大丈夫だろう!ってな感じでワーナーさんからリバイバルされたのかも。

 ちなみに公開の間隔は3年半だったので、68年公開時のフィルムの権利がまだ残ってたんじゃないかと思いますが、68年と71年の間には配給会社であるワーナーが、ワーナー・ブラザース=セブンアーツから、キニー・カンパニー傘下に入ってワーナー・ブラザーズに戻ったという出来事があったので、フィルムも再度取り寄せて、新たなフィルムで上映されたのでしょうか?
 ただ68年公開時のポスターも71年公開時のポスターも映倫番号は同じだったので、もしかすると同じフィルムだったのかもしれません。

 不思議なことに「暗くなるまで待って」は70年代〜1980年代半ばまでずっと全国あちこちの名画座で上映されてましたが、僕の見たフィルムでは既に最初のワーナーのロゴが出てくるシーンではワーナーブラザーズ=セブンアーツではなく、ワーナーブラザーズのものに差し替えられていましたから、これってどこかでフィルムが新しくなってるはずなんですけどねー。

 ここのワーナーのロゴが初公開時と今とが違うというのは、とあるオードリーファンの方に教えていただきました。「昼下りの情事」も1957年・65年公開時と、89年・2011年公開時ではタイトルバックが違うらしいですしね。
 「噂の二人」は英版と米版、「ローマの休日」はトランボなしのオリジナルとトランボ有りのリマスター版の両方を見れましたが、「暗くなるまで待って」と「昼下りの情事」の異版も見てみたいですね!あ、あと「モンテカルロへ行こう」の英語版「モンテカルロ・ベイビー」も!  


Posted by みつお at 09:00Comments(0)暗くなるまで待って

2008年08月21日

「暗くなるまで待って」1971年リバイバル 立看ポスター

 またまた御無沙汰してしまいました。(^^;A

 今日は「暗くなるまで待って」1971年リバイバルの立看ポスターを紹介します。黒が多いので、反射が写りこんでしまってますけど。(^^;;

 以前の記事のB2ポスターやプレスシートでも書いたように、左下のワーナーのロゴで1971年のだとすぐにわかりますよね。
 同じ絵柄でも、これがワーナー・ブラザーズ・セブン・アーツのロゴなら1968年の初公開版。

  さて、立看なので、2枚のB2を上下に並べて配置するようになってるんですが、キャッチコピー以外の情報はすべて下半分に書いてあります。
 なので下半分だけを売っているのを見て “「暗くなるまで待って」のB2の別柄や!” なんて早とちりしないでくださいよ~~。

 えっと、僕はこれを新開地の映画館で手に入れました。そうです、あの何度も何度もいろんな友人を連れて通った映画館です!

 昔は淀川長治さんも映画を観に通った、明治・大正時代は神戸一の繁華街・新開地でしたが、すっかり三宮に人を奪われて当時は寂れまくってましたからねー。

 今でこそ町興しに力を入れていますけど、神戸人でもめったに行かない場所に成り果ててましたから、行った時は商店街がわびしくて、逆にとても新鮮でしたよねー。

 ええっと、僕の記憶ではこれは確か250円で劇場で売っていました。
 今から考えたら、貴重な立看をたったの250円で!なんて思いますけど、その時の僕が考えたのは(まだB2ポスターを持ってなかったので)、“B2のポスターを売ってくれたらいいのに…。”でした。

 でも劇場でもB2のポスターは飾ってなかったし、配給会社にももう在庫がなかったんでしょうね。立看は場所を取って使いにくいので、全国の映画館でもあんまり使ってもらえなくて、在庫があったんじゃあないでしょうか。
 ま、一応劇場にも“B2のはないんですか?”って尋ねましたけど。(もちろんなかったです)

 結局当時3つほど買ったかな?1つは家で貼ったりして使用してました。

 「いつも2人で」と並ぶオードリーの演技力の最高傑作!僕もめちゃめちゃ大好きな作品!なんつっても伏線が凄すぎますよねー。たまに無性に見たくなる作品です!

絵柄のお気に入り度:★★★(お馴染みの画像ですよねー)  


Posted by みつお at 16:00Comments(0)暗くなるまで待って

2008年04月09日

「暗くなるまで待って」1987年リバイバルチラシ

 これは1987年にリバイバルされた「暗くなるまで待って」のチラシです。

 日本ヘラルドが85年「噂の二人」を皮切りに続々とオードリー映画のリバイバルを始めて、オードリーの大ブームが起こったので、“オードリーは稼げる!”ってんでワーナー・ブラザーズが便乗リバイバルしたのがこの「暗くなるまで待って」。

 本当はワーナーは「マイ・フェア・レディ」をリバイバルしたかったでしょうが、それは1986年に既に日本ヘラルドによってリバイバルされてましたしね。

 それにこの時期、「マイ・フェア・レディ」はCBS/FOX からビデオが出てましたし、ワーナーは権利を持っていなかったのかもしれません。

 ま、事情はどうあれ、ファンにとってはリバイバルしてくれたことが嬉しいわけで。

 「暗くなるまで待って」は71年リバイバルのあともずっと権利が残っていたようで、このリバイバルが来るまでも各地の名画座でかけることの出来る唯一のオードリー映画だったんですよね。

 でもそのフィルムはあまりに使い回しすぎで、状態はボロボロ。ブチッ!ってシーンは飛ぶし、一番ヒドイ時のはフィルムの巻の順番を間違えて上映されたこと!
 突然晩のシーンになったかと思うと、また夕方のシーンに戻ってるし!なんじゃいこれ!って怒り狂いましたよ、ホンマ。
 そんなんじゃこの映画の良さはわかろうはずもなく…。

 なので、新しいフィルムでリバイバルされて、本当に嬉しかったです!
 以前86年リバイバルの「パリの恋人」チラシで書いたように、「パリの恋人」を見に行った劇場で既に「暗くなるまで待って」の上映予告でポスターが貼ってあったんですよね!

 ほんとに当時は次々オードリーの映画がリバイバルされて、ファンにとっては幸せな時代だったんだなーって。

 さて、表のデザインはいつもながらのもの。海外ではそうではないんですけど、日本で「暗くなるまで待って」と言えばこれ!みたいな。
 同じ1987年リバイバルのポスターが題名が金色で刷られていたのに対して、こちらは紫。

 裏面はこんなの(→)。
 中身を読むと、1968年や1971年の公開の時に書いてあったことをそのまんまベースにしてるだけ。

 リチャード・クレンナなんて、当時だったら「ランボー」シリーズの方がよっぽど馴染みがあるだろうに、いまだに「砲艦サンパブロ」で紹介されてるし。

 しかも過去の公開当時に記述のなかったことを頑張って付け足したら、 “オードリーのファッションはジバンシー” なんて大ウソ書いて裏目に出てる。(^^;A

 本家ワーナー・ブラザーズの公開なんだから、もちっとしっかりして欲しいですよね~って感じなんですが、なんか憎めないというか、好きなチラシです。(^^

絵柄お気に入り度:★★★

  


Posted by みつお at 16:00Comments(0)暗くなるまで待って

2008年01月09日

「暗くなるまで待って」1971年リバイバルプレスシート

 今日は「暗くなるまで待って」の1971年リバイバル時のプレスシートを紹介します。サイズはB3。

 70年代前半には主流になる、B3ポスタータイプなんですね。

 絵柄はポスターでお馴染みのものなんですが、横型になったぶん、ちょっと目新しくって嬉しい!(^-^

 僕の持っているのは折れ目もなく綺麗なので、昔っから額に入れて飾ったりしてました。結構お気に入り。

 ところで、これ1968年の初公開時のプレスシートも全く同じ物です。初公開時の初版プレスとリバイバルプレスの見分け方は、ポスターのところでも紹介したとおり、ワーナーのロゴマーク。

 右下の“テクニカラー”と書いてある下に“ワーナー・ブラザーズ映画”ってちっちゃく白い文字で書いてあるのがわかります?
 その右にマークが見えますよね。これがワーナーのロゴです。
 ポスターのから持ってきてまた説明しますね。
 
 左が1968年初公開時の時のロゴ。もし初版のものならワーナー・ブラザーズ・セブン・アーツ映画となっています。右はリバイバル時のロゴ。ワーナー・ブラザーズ映画と表記。

 ワーナーは67年にセブン・アーツと合併して69年までワーナー・ブラザーズ・セブン・アーツと名乗っていました。ちょうどオードリー映画では「暗くなるまで待って」がこの時期になったんですね。
 その後経営難のためキニーカンパニーに売却されたんですね。だから71年リバイバルはただのワーナー・ブラザーズ映画に表記が変更されています。

 初版とリバイバル版のプレス、何が違うってこのロゴだけなので、入手の際は注意してくださいね。
 リバイバル物なのに、初版って表記されてることもありますしね。

 ちなみに裏はこんな感じ。→

オードリーの紹介欄で美しい画像を使ってくれてるのが嬉しいですね!(^-^

  


Posted by みつお at 15:00Comments(0)暗くなるまで待って

2007年12月11日

「暗くなるまで待って」ヘンリー・マンシーニ 本当のサントラ!

 これは今年の6月に出たばかりの「暗くなるまで待って」オリジナル・サウンド・トラックです。作曲者はもちろんヘンリー・マンシーニ。

 日本語の帯がこの画像ではありますが、これは渋谷のすみやさん独自で付けているもので、中身は輸入盤。全世界で3000枚だけの限定プレス。

 今までの「暗くなるまで待って」サントラEPとして出ていたマンシーニによる別録音の物とは違って、本当に映画で使用された本物のサントラです!

 いや~、「暗くなるまで待って」ってこんなに音楽素材ってあったんですね!びっくりしました!
 今まで効果音だと思っていた物も、マンシーニの音楽の一部だったり。新たな発見でしたよ。

 今までの“自称サントラ”で収録されていたものは、別テイクの部分も含めここには入っていません。なのでどうしても今までのものが聴きたい場合は、A面の「暗くなるまで待って」はマンシーニのベスト盤などで、B面の「三人のテーマ」は「オードリー・ヘプバーン スクリーン・テーマ・ベスト」で聴くことになります。

 でも、このサントラがあれば、今までのはわざわざ聴く必要はないと思いますよ~。ここには映画のラストで聴ける歌入りバージョンもしっかり入ってますし!

 ストーリーがストーリーなだけに、決して聴いて楽しい!って音楽ではないんですが、マンシーニの作曲なので「尼僧物語」や「緑の館」のようにしんどくはなりません。とても聴き易いです。
 逆に映画ですっかりお馴染みのこの不安感を煽る音楽が心地よかったりします。(^^

 全世界で3000枚…と言えば、「緑の館」と同じ発売元なんですが、「緑の館」のブックレットが「緑の館」写真集のようになってて分厚かったのに比べると、画像の点数も少なく、ちょっと物足りないです。

 CD自体もオードリーが写っていた「緑の館」と違って「暗くなるまで待って」の本当の画像でピクチャー・ディスク仕様になっているわけではなく、なんだか安易に持ってきたようなマッチの燃えている画像…。

 でもこれだけで見たら、別に不満なわけでもないんですが、どうしても同じ発売元の「緑の館」と比べてしまうと…。(^^;

 →ちなみに裏ジャケはこんな感じ。オードリーじゃなくてアラン・アーキンです。

 これでマンシーニ作品としては「ティファニーで朝食を」「暗くなるまで待って」が本物のサントラが世に出たことになります。
 で、やっぱり思うのが“録りなおしのものより、本当のサントラの方が絶対いい!”ってこと。
 あとは「シャレード」と「いつも2人で」の本物のサントラを期待したいところですね!

曲のオススメ度:★★★★

  


2007年12月04日

「暗くなるまで待って」1987年リバイバルポスター

 これは1987年にワーナーからリバイバルされた時の「暗くなるまで待って」B2ポスターです。

1968年・71年公開時のポスターと基本絵柄は一緒で、一色にしたもの。それに金色で題名が印刷されています。また、左上のマッチの部分は黄色のインクでそれらしさを演出。

 だから68・71年のポスターよりチャチになりそうなのに、意外とそうはならず印象はいいです。

 わずか4年後の91年の日本ヘラルドのリバイバルでは単独ポスターは作られてないようなので、これが今のところ最新の「暗くなるまで待って」ポスターです。

 でも「暗くなるまで待って」って、68年の初公開のあと、たった3年でリバイバル。今度は1987年のあと、たった4年でリバイバル、とタイミングが早すぎますよねー!

絵柄お気に入り度:★★

  


Posted by みつお at 15:00Comments(0)暗くなるまで待って