2008年08月21日

「暗くなるまで待って」1971年リバイバル 立看ポスター

 またまた御無沙汰してしまいました。(^^;A

 今日は「暗くなるまで待って」1971年リバイバルの立看ポスターを紹介します。黒が多いので、反射が写りこんでしまってますけど。(^^;;

 以前の記事のB2ポスターやプレスシートでも書いたように、左下のワーナーのロゴで1971年のだとすぐにわかりますよね。
 同じ絵柄でも、これがワーナー・ブラザーズ・セブン・アーツのロゴなら1968年の初公開版。

  さて、立看なので、2枚のB2を上下に並べて配置するようになってるんですが、キャッチコピー以外の情報はすべて下半分に書いてあります。
 なので下半分だけを売っているのを見て “「暗くなるまで待って」のB2の別柄や!” なんて早とちりしないでくださいよ~~。

 えっと、僕はこれを新開地の映画館で手に入れました。そうです、あの何度も何度もいろんな友人を連れて通った映画館です!

 昔は淀川長治さんも映画を観に通った、明治・大正時代は神戸一の繁華街・新開地でしたが、すっかり三宮に人を奪われて当時は寂れまくってましたからねー。

 今でこそ町興しに力を入れていますけど、神戸人でもめったに行かない場所に成り果ててましたから、行った時は商店街がわびしくて、逆にとても新鮮でしたよねー。

 ええっと、僕の記憶ではこれは確か250円で劇場で売っていました。
 今から考えたら、貴重な立看をたったの250円で!なんて思いますけど、その時の僕が考えたのは(まだB2ポスターを持ってなかったので)、“B2のポスターを売ってくれたらいいのに…。”でした。

 でも劇場でもB2のポスターは飾ってなかったし、配給会社にももう在庫がなかったんでしょうね。立看は場所を取って使いにくいので、全国の映画館でもあんまり使ってもらえなくて、在庫があったんじゃあないでしょうか。
 ま、一応劇場にも“B2のはないんですか?”って尋ねましたけど。(もちろんなかったです)

 結局当時3つほど買ったかな?1つは家で貼ったりして使用してました。

 「いつも2人で」と並ぶオードリーの演技力の最高傑作!僕もめちゃめちゃ大好きな作品!なんつっても伏線が凄すぎますよねー。たまに無性に見たくなる作品です!

絵柄のお気に入り度:★★★(お馴染みの画像ですよねー)  

2008年04月09日

「暗くなるまで待って」1987年リバイバルチラシ

 これは1987年にリバイバルされた「暗くなるまで待って」のチラシです。

 日本ヘラルドが84年「噂の二人」を皮切りに続々とオードリー映画のリバイバルを始めて、オードリーのブームが起こったので、“オードリーは稼げる!”ってんでワーナー・ブラザーズが便乗リバイバルしたのがこの「暗くなるまで待って」。

 本当はワーナーは「マイ・フェア・レディ」をリバイバルしたかったでしょうが、それは1986年に既に日本ヘラルドによってリバイバルされてましたしね。

 それにこの時期、「マイ・フェア・レディ」はCBS/FOX からビデオが出てましたし、ワーナーは権利を持っていなかったのかもしれません。

 ま、事情はどうあれ、ファンにとってはリバイバルしてくれたことが嬉しいわけで。

 「暗くなるまで待って」は71年リバイバルのあともずっと権利が残っていたようで、このリバイバルが来るまでも各地の名画座でかけることの出来る唯一のオードリー映画だったんですよね。

 でもそのフィルムはあまりに使い回しすぎで、状態はボロボロ。ブチッ!ってシーンは飛ぶし、一番ヒドイ時のはフィルムの巻の順番を間違えて上映されたこと!
 突然晩のシーンになったかと思うと、また夕方のシーンに戻ってるし!なんじゃいこれ!って怒り狂いましたよ、ホンマ。
 そんなんじゃこの映画の良さはわかろうはずもなく…。

 なので、新しいフィルムでリバイバルされて、本当に嬉しかったです!
 以前86年リバイバルの「パリの恋人」チラシで書いたように、「パリの恋人」を見に行った劇場で既に「暗くなるまで待って」の上映予告でポスターが貼ってあったんですよね!

 ほんとに当時は次々オードリーの映画がリバイバルされて、ファンにとっては幸せな時代だったんだなーって。

 さて、表のデザインはいつもながらのもの。海外ではそうではないんですけど、日本で「暗くなるまで待って」と言えばこれ!みたいな。
 同じ1987年リバイバルのポスターが題名が金色で刷られていたのに対して、こちらは紫。

 裏面はこんなの(→)。
 中身を読むと、1968年や1971年の公開の時に書いてあったことをそのまんまベースにしてるだけ。

 リチャード・クレンナなんて、当時だったら「ランボー」シリーズの方がよっぽど馴染みがあるだろうに、いまだに「砲艦サンパブロ」で紹介されてるし。

 しかも過去の公開当時に記述のなかったことを頑張って付け足したら、 “オードリーのファッションはジバンシー” なんて大ウソ書いて裏目に出てる。(^^;A

 本家ワーナー・ブラザーズの公開なんだから、もちっとしっかりして欲しいですよね~って感じなんですが、なんか憎めないというか、好きなチラシです。(^^

絵柄お気に入り度:★★★

  

2008年01月09日

「暗くなるまで待って」1971年リバイバルプレスシート

 今日は「暗くなるまで待って」の1971年リバイバル時のプレスシートを紹介します。サイズはB3。

 70年代前半には主流になる、B3ポスタータイプなんですね。

 絵柄はポスターでお馴染みのものなんですが、横型になったぶん、ちょっと目新しくって嬉しい!(^-^

 僕の持っているのは折れ目もなく綺麗なので、昔っから額に入れて飾ったりしてました。結構お気に入り。

 ところで、これ1968年の初公開時のプレスシートも全く同じ物です。初公開時の初版プレスとリバイバルプレスの見分け方は、ポスターのところでも紹介したとおり、ワーナーのロゴマーク。

 右下の“テクニカラー”と書いてある下に“ワーナー・ブラザーズ映画”ってちっちゃく白い文字で書いてあるのがわかります?
 その右にマークが見えますよね。これがワーナーのロゴです。
 ポスターのから持ってきてまた説明しますね。
 
 左が1968年初公開時の時のロゴ。もし初版のものならワーナー・ブラザーズ・セブン・アーツ映画となっています。右はリバイバル時のロゴ。ワーナー・ブラザーズ映画と表記。

 ワーナーは67年にセブン・アーツと合併して69年までワーナー・ブラザーズ・セブン・アーツと名乗っていました。ちょうどオードリー映画では「暗くなるまで待って」がこの時期になったんですね。
 その後経営難のためキニーカンパニーに売却されたんですね。だから71年リバイバルはただのワーナー・ブラザーズ映画に表記が変更されています。

 初版とリバイバル版のプレス、何が違うってこのロゴだけなので、入手の際は注意してくださいね。
 リバイバル物なのに、初版って表記されてることもありますしね。

 ちなみに裏はこんな感じ。→

オードリーの紹介欄で美しい画像を使ってくれてるのが嬉しいですね!(^-^

  

2007年12月04日

「暗くなるまで待って」1987年リバイバルポスター

 これは1987年にワーナーからリバイバルされた時の「暗くなるまで待って」B2ポスターです。

1968年・71年公開時のポスターと基本絵柄は一緒で、一色にしたもの。それに金色で題名が印刷されています。また、左上のマッチの部分は黄色のインクでそれらしさを演出。

 だから68・71年のポスターよりチャチになりそうなのに、意外とそうはならず印象はいいです。

 わずか4年後の91年の日本ヘラルドのリバイバルでは単独ポスターは作られてないようなので、これが今のところ最新の「暗くなるまで待って」ポスターです。

 でも「暗くなるまで待って」って、68年の初公開のあと、たった3年でリバイバル。今度は1987年のあと、たった4年でリバイバル、とタイミングが早すぎますよねー!

絵柄お気に入り度:★★

  

2007年10月12日

復刻版の見分け方4「暗くなるまで待って」91リバイバルパンフ

 まずは新しいオードリーの本の情報を!

 「オードリー・スタイル」のパメラ・クラーク・キオの文章と、ボブ・ウィロビーの画像の本が11月に出るようです!写真集なのかなんなのかはまだ不明ですが、リンクを貼っておきましたので興味のある方は見てみてください。(^-^


 今回は「暗くなるまで待って」の1991年リバイバルの復刻版パンフレットを紹介します。

 「暗くなるまで待って」は84年から始まる日本ヘラルドの怒涛のリバイバルのなかで、“負けるもんかっ!”って感じで1987年に本家ワーナーからリバイバルされました。
 そのわずか4年後に今度は日本ヘラルドが権利を取ってリバイバルしたのがこの1991年版。

 名作のリバイバルが流行っていたこの時期にはこういうことは多々あったようで、オードリーの「戦争と平和」は87年に本家UIP(パラマウントとユニバーサルの配給会社)が、89年に日本ヘラルドがリバイバルしました。
 ヴィヴィアン・リーの「哀愁」にいたっては、CIC(UIPの前身)と日本ヘラルドが全く同じ84年にリバイバル、なんてこともありました。

 さて87年のワーナーによるリバイバルは71年リバイバルパンフ復刻でしたが、91年の日本ヘラルドは68年初公開時のパンフを復刻。

 この復刻版の見分け方は、表紙のオードリーのまわりの水色が濃すぎること。フチの青色と見分けがつかないほどになっています。

 裏表紙には下部に復刻版であることが書いてありますし、ワーナー・ブラザーズ・セブン・アーツの本来群青色のロゴが印刷濃すぎて黒に見えるほどです。

 というわけで、「暗くなるまで待って」は復刻版ばかり作られたので、68年・71年・87年・91年と4回も公開されているのに、パンフの種類は非常に少ない…という残念なことになってしまいました。
 しかもやたらリバイバルの間隔が詰まってますよね。どうせなら68年・77年・87年・97年って感じで10年ごとにリバイバルしてくれると観る側はありがたいんですけどね(笑)。

レア度:なし。


  

2007年09月16日

復刻版の見分け方…「暗くなるまで待って」87リバイバルパンフ

 *大丸京都店で「華麗なるハリウッド映画衣装展」開催中!いよいよ明日まで!

 これは1987年にワーナー・ブラザーズからリバイバルされた時の復刻版パンフレットです。

 新しいパンフレットを作らずに、当時日本ヘラルドがエイジツと組んでやっていて、大はやりだった安易な復刻版をワーナーも作ってしまいました(涙)。

 発行元は懐かしい日本映画出版社。
 この会社、60年代以降見かけませんでしたが、しぶとく生き残ってきたんですね!
 今はネットで検索かけても出てきませんので、もうないのかもしれません。

 元になったのは1971年リバイバルのパンフなんですが、裏表紙の裏には“映画初公開当時のものを完全復刻したものです”と嘘っぱち書いてます。初公開時のパンフは全然別の物やっちゅうねん、ホンマ。(^^;
 売価は500円。「シャレード」の復刻版が300円だったのを考えるとちょっと高めですね。

 一発でわかるのは裏表紙。1971年の松竹版パンフレットは裏表紙に大きくワーナー・ブラザーズのロゴがありましたが、ロゴの形自体は一緒でも、71年のは“キニー・カンパニー”ってのが英字で書いてます。

 ワーナーの歴史は複雑で、ポスターの時にセブン・アーツ時代の話を書きましたが、その後キニー・カンパニーの傘下に入ったあと、ワーナー・コミュニケーションと名を変えました。
 この映画を公開した頃はそのワーナー・コミュニケーションなので、またまた会社名が変わっているため裏表紙のロゴがそのまま使えず、画像を置いて隠しています。

 ところが、この画像を置いたことで新たな価値が出てしまい、復刻版なのに元と違う!ファンにはオードリーの画像が増えた!ということで嬉しい変更だったのでした。
 ちなみにワーナーのロゴは右下に小さく載っています。

レア度:★


  

2007年08月03日

丸の内ピカデリー・丸の内松竹閉館…「グレート・メモリーズ」

 「華麗なるパラマウント映画時代」からの2008年カレンダーが出るようです。左にアマゾンで発売のを追加しているので、見てみてください。でも「Page a Day Box Cale」ってどんなカレンダーなんですかね?日めくり??ご存知の方がいらしたら、教えてくださいです。m(_ _)m

 これは1984年、昔の丸の内ピカデリーと丸の内松竹が閉館するお別れ上映の際に作られたパンフレットです。

 丸の内ピカデリー1は今でも802席もありますが、この当時の丸の内ピカデリーは1000席以上、おそらく1300席~1500席の大きな映画館だったはずです。
 もちろん松竹系のチェーンマスターの映画館。

 その歴史は大正時代にまでさかのぼり、大正13年7月の「邦楽座」というのがルーツであることが述べられています。
 邦楽座→丸の内松竹劇場→国際ニュース劇場→邦楽座と改名したあと、戦後の1946年9月に米軍に接収されてピカデリーと改名。1949年に松竹に返還。

 その後1956年6月から改築され、1957年7月に地上が大作封切館の丸の内ピカデリー、地下にリバイバルや小品用の丸の内松竹として再オープン。
 丸の内ピカデリーのこけらおとしは38週続映の「80日間世界一周」だったそうです。

 オードリー作品は丸の内ピカデリーで1963年の「シャレード」を皮切りに、67年「いつも2人で」、68年「暗くなるまで待って」、69年「マイ・フェア・レディ」、73年「戦争と平和」、80年「華麗なる相続人」を公開。
 丸の内松竹では1971年にクリスマス興行で「ティファニーで朝食を」と「シャレード」を2本立上映、72年に「パリで一緒に」をリバイバル公開。

 この閉館にあたって、過去の大ヒット作品から9本を選んで上映。「サウンド・オブ・ミュージック」「ある愛の詩」「クレイマー・クレイマー」「エデンの東」「俺たちに明日はない」「ジョーズ」「タワーリング・インフェルノ」「お熱いのがお好き」そしてオードリーの「暗くなるまで待って」です。

 このパンフでは丸の内ピカデリーと丸の内松竹の1957年の改装後の上映全作品紹介、劇場の歴史、各作品見開き2ページずつの解説、深澤哲也さんという映画評論家の解説、そして上映作品のポスターやプレスシートの写真、最後に有楽町マリオンに場所を変えて10/6に開館する新しい丸の内ピカデリー1・2の紹介になっています。

 「暗くなるまで待って」も1968年の配給収入第6位の大ヒットですが、丸の内ピカデリーでのオードリーとしては1963年7位、64年5位と2年にまたがってランクインした「シャレード」の方がよりヒットしたと思います。

 ですが、1984年当時、「シャレード」はフィルムの権利が切れており、上映できるのが「暗くなるまで待って」だったのでしょう。

 ここでの「暗くなるまで待って」の紹介は初版のパンフレットと同じ解説・同じ画像で、読む価値などは低いのですが、最後の上映にあたって、「暗くなるまで待って」を選んでくれたこと、そしてこういうパンフを作ってくれたことが嬉しい!のでした。

 5月に閉館した神戸の阪急会館でもOSグループさんにこういうパンフを作って欲しかったです。昔と違って小部数でも刷れますし、余裕で1000部は売れたと思うのですが…。

レア度:★★★



  

2007年06月20日

「暗くなるまで待って」68初公開本命版ピカデリー館名/松竹版

 今日は1967年1~4月(オードリー37才)に撮影された「暗くなるまで待って」です。

 はい、これは「暗くなるまで待って」1968年初公開時の松竹版パンフレットです。この本命版は松竹丸の内ピカデリーの館名入りのもの(画像左)。

 この表紙の画像のバックは本来黄色だったようで、オードリーの髪の毛のところに切り抜けなかった黄色が残ってたり、髪の毛の切抜きがちょっと雑だったりします。(^^;

 でもまあ、裏焼きなどということはしてませんが、切り抜きされてない同じ画像が「スクリーン」発行の「スクリーン・デラックス オードリー・ヘプバーン」という写真集で思いっきり裏焼きで載ってました。

 うーんとですねー、近代映画社のスクリーンさん、オードリーの写真集を次から次へと出してくださるのは嬉しいんですけど、もう少し本当にオードリーに詳しい方に編集してもらいたいです。(^^;;;

 あ、「暗くなるまで待って」パンフから話がそれてしまいましたね(汗)。
 裏表紙はこんな感じです。ポスターの所でも述べたように、初公開時の証、Wと7を組み合わせたセブンアーツのロゴですよねー。
 色は群青色。

 このパンフは71年リバイバルパンフ松竹版に比べて、ページ数も多く、どちらかを買うとすればコチラの方がいいです。でも両方買うおつもりなら、こっちを先に買ってしまうと、71年版を手にしたときには嬉しさが減りますよ~。

 71年のはここからページ数を減らして、記事を詰めれる物は詰めて、画像だけのページは削って、って感じです。あえて71年の特徴を言うなら、表紙を開いたページで71年版は初版とは違う画像を1点だけ使ってる、ってとこだけだし。

 でもさすがにこのパンフ、68年だけのことはありますね!A4サイズだし、紙はしっかりしてるし、白黒ページよりカラーページの方が多いし、ページ数も多い。
 64年の「パリで一緒に」パンフからはえらく進歩して、今見ても十分な内容を持ってます。

レア度:なし


  

2007年04月24日

「暗くなるまで待って」68初版タイアップ試写会用パンフレット

 これは譲っていただいた方に伺いましたが、公開前に行われたタイアップ試写会で配られたパンフレットです。

 表紙のオードリーはとっても綺麗なんですけど、なんとなく“生首”風なのがちょっと…。

 プレスシートと明らかに違うのは、たくさんの広告(しかも個人向けの時計なんかも!)があることと、中の文章がはっきり個人向けに書かれていること!当時世間に大ショックを与えていたらしいオードリーの離婚のことなんて、映画館や報道機関向けになんて書かないです。

 全体に文章がパンフに載っているような長文系。ただし、パンフと同じ物はまるでないので、読むのも非常に楽しい!「おしゃれ泥棒」や「いつも2人で」にも同じようなタイアップ上映会のパンフがあるのですが、それらと同じ性格で、市販のパンフレットよりもぐっと視点を観客寄りにしてて、使っている言葉も口語調。
 編集が渡辺祥子さんで、「おしゃれ泥棒」や「いつも2人で」と同じ。過去2作のタイアップパンフが好評だったんでしょうか。 

 オードリーの画像は当然「暗くなるまで待って」のスージーばかりと思いきや、「オードリーの好きなもの」というページで使っている画像のうち、3点ほどジョアンナ混じってます(笑)。

 普通のパンフにも使ってない画像も多く、とてもトクした気分になれるパンフ。
 ただ、全国何か所の上映会で配られたのかはわかりませんが、当然一般公開でのパンフよりも出回る数が少なく、「暗くなるまで待って」では一番入手が難しいパンフ。

レア度:★★★★(すぐには見つかりません。)


  

2007年02月27日

「暗くなるまで待って」68初版&71Rポスター ワーナーロゴ

 昨日のアカデミー賞、菊地凛子さんが話題になってましたが、助演男優賞受賞者に見知った名前が!なんとアラン・アーキンが受賞してたんですね!最近の彼は知らないので、僕にとっては「暗くなるまで待って」の悪漢ロート役のイメージです。
 で、今日はおめでとうございます!の意味を込めて「暗くなるまで待って」に急遽変更です。


 いやー、画像汚いなー。2つ並ぶと、汚さ倍増やんか。…ってこれは「暗くなるまで待って」の68年初版(左)と、71年リバイバル(右)の時のポスターです。どこが違うかわかりますか?

 っても画像がこんなに汚いんじゃわかんないですよね。(^^;A
 見分け方は教えていただいたのですが、キャッチコピーまで全く一緒のこのポスター、配給元のワーナーのロゴが違うんです。下にロゴのアップ画像を載せます。

 左はワーナー・ブラザーズ=セブンアーツと名乗っていた頃のロゴで、右はワーナー・ブラザーズに戻ってからのもの。初公開版のロゴはWと7を組み合わせたロゴなのがわかりますか?実はワーナー・ブラザーズ=セブンアーツ時代は実に短くて、1967年~69年までです。たまたまオードリー映画ではこの「暗くなるまで待って」だけがこのロゴになってしまったんですね。
 ところがリバイバルした1971年にはもうセブンアーツではないから、これを使えない、ということで右のようなロゴになってしまったという。

 ですから、初版ものか、リバイバルものかはロゴを見れば一目瞭然というわけです。左のロゴならば初公開時ものの証。右のロゴで初版というのは有り得ないということです。ロゴの問題に関して、知らない人の方が圧倒的に多いので、ポスターに限らず、プレスなどの入手の際はご注意を。

 ところでこのロゴが違うという問題、販促物だけの問題ではないんです!これも教えていただいたんですが、現在DVDなどで見れる「暗くなるまで待って」は出だしの人形のおなかを切り裂く場面、リバイバル時のロゴがかぶります。
 でもですね、これ初公開時にはセブンアーツのロゴがかぶってたそうなんです!!
 ま、ちょっと考えれば当然のことなんですけど、現在のワーナーロゴしか見てない僕なんかにはとてもびっくりな話題。現在のロゴはバックが見えませんけど、セブンアーツのロゴだったら、もっと人形が見えてたんでしょうねー。だからますます人間を切っているようで、もっと導入部のスリルが増したのかもしれません。
 こんなこと初公開時に観た、それもかなり注意深く何度も観た人でないと覚えてませんよね!?かなり貴重な情報だと思います。

絵柄お気に入り度:★(「暗くなるまで待って」関係はほとんどこれなので、見飽きてしまった…。)