2007年09月23日

涙涙の「AUDREY HEPBURN 母、オードリーのこと」

 いや~、やっとこの伝記にたどり着きました!原書での発売順に紹介すると、どうしてもこれが最後になってしまうもので…。

 これはオードリーの長男、ショーン・ヘップバーン・フェラー(この本での表記)が書いたオードリーの伝記、「AUDREY HEPBURN 母、オードリーのこと(AUDREY HEPBURN, AN ELEGANT SPIRIT)」です。
 日本版は竹書房から2004年5月に発売されました。

 オードリーが生涯で2度だけ出たCM(「エクスラン・ヴァリーエ」「銀座リザ」)の製作をして、個人的にも付き合いのあった加藤タキさんが監修をされているのも嬉しいですね。(^-^

 さて、息子ショーンは当然1960年代後半からのオードリーをもっとも時間的に長く知る人物で、素のオードリーを一番知っていると言えるでしょうね。

 これまでのすべての伝記がオードリーを外堀を埋めるように周りから攻めるしかなかったのに比べ、この伝記は本当のオードリーを中から教えてくれます。

 写真集と言ってもいいほどの貴重な画像も満載ですし、文章量自体はかなり少ないんじゃないかと思います。
 それに、私生活でのオードリーは100%知っていても、女優オードリーに関してはあまり完璧ではないショーンなので、写真についている年度は誤りが多いです。1954年ごろの画像が1949年になっていたり、「いつも2人で」の画像が1965年で「おしゃれ泥棒」の画像が1966年などなど。
 それでもここで知り得ることは、他の伝記を寄せ付けないほど!

 バリー・パリス以外の伝記でエッダというのがオードリーの本名であると語られてきましたが、ここで完全にオードリーこそが本名で、エッダは仮の名だったことが明かされます。
 オードリーの性格上、芸名を名乗るとは考えにくいなーと思ってきたファンのもやもやが、ここで一気に解消されるわけですね!

 またショーンの誕生月は1月ではなく、7月であることもわかります。確かにショーンがここで書いているように、いかに今までの伝記の信憑性が低かったかということですね。
 特にでたらめばかりのダイアナ・メイチックのは論外!

 中には、オードリーがどれだけ人の悪口を言わなかったかがわかる文章もあります。オードリーをいじめていたというハンフリー・ボガードのことでさえも、“フェアじゃない!”と怒っているショーンに、“あの方がそう思う理由があったのよ。”と逆にいさめるほど。

 他にも、今までの伝記ではつらい撮影現場だったように書かれてきた「パリで一緒に」の撮影中は、実はとても楽しかったとショーンに言っていたこと。
 これはそうだろうなーと思ってました!そうでないとあのどの作品よりも美しいオードリーは出せませんよね!

 後半、オードリーが病気になってからはかなり克明に経過が書かれているのですが、正直涙なくして読むことはできません。僕も滂沱と落涙する自分に気づいてびっくり!
 僕らが思っているよりも、もっと素晴らしい本当のオードリーにここで出会うことができます!

 ちなみに、「華麗なるパラマウント映画時代」などのオードリー本を出版した東京書籍さんもこの本を出版したいと思ったそうですが、気付いた時は既に竹書房さんが権利を取っていたそうです。

伝記としての価値:★★★★★(写真集としても★★★★★!オードリーファン必携の書!)

 なお、この本以降、日本ではオードリーの伝記が発売されていませんが、海外ではその後も発売されています。このショーンの本で明らかになった事実をもとに修正された、より真実に近いオードリーの伝記をぜひ読んでみたい!と思ってるんですけどねー。


  

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2007年09月11日

伝記「オードリー・ヘップバーン 妖精の秘密」スタブレ著

 *大丸京都店で「華麗なるハリウッド映画衣装展」開催中!17日まで

 日本では、アレグザンダー・ウォーカーの伝記から間髪を置かずに2003年1月末に発売されてびっくりしました。

 これはベルトラン・メイエ=スタブレという作者の「オードリー・ヘップバーン 妖精の秘密」という伝記です。

 当時、友人のカリンさんなどとも話し合いましたが、似たような伝記ばかりじゃなく、珍しい画像満載の写真集のほうが嬉しいよね!ってことで意見が一致しました。

 似たような…という印象は、この伝記がほとんど新情報はなく、今までのオードリーの伝記からの寄せ集めで作られているから。
 文章中にも、かなり“ハイヤムは”とか“メイチックは”とかってのが目に付きます。

 そう!原著は2000年発行で、バリー・パリスの伝記なども発売後であるにもかかわらず、まだ“オードリーがこう言った”というでっちあげメイチックの伝記から多くを借りていて、メイチックの伝記そのままの部分もあります。

 その上文章量は少なめで、今までの伝記をまとめて簡略化しました、という出来です。しかもかなり不出来。
 出来の良いバリー・パリスやチャールズ・ハイアム、せめてイアン・ウッドワードの伝記に負う部分が多いとよかったのですが、どちらかというとアレグザンダー・ウォーカーやダイアナ・メイチックという伝記からの借り物の方が多いです。

 ですから他の伝記を読んでいると、“これ、以前も読んだ!”って部分ばかりでがっかりするでしょうね。新しいことは、雑誌「ELLE」に関することくらいかな。それもごく少ないし。

 オードリーはエッダ扱いだし、ショーンは1月生まれ。「ローマの休日」で大使館に消える前のアン王女とジョーはタクシーに乗ってるし、「ヴァリーエ」は1日半の仕事で唯一のオードリー出演CM。
 過去の伝記の悪いところや間違いがすべて凝縮されてるやーん!って。

 また翻訳にもかなり難があり、文章につじつまが合わない部分が相当量あります。
 他の伝記で同じ文章があったので、そちらを思い出して読めば大丈夫だけれども…みたいな。

 到底オススメは出来ないレベルの伝記。ショーン、バリー・パリス、チャールズ・ハイアムの伝記を読んだほうがいいかな、と。(^^;

伝記としての価値:★


  

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2007年08月21日

「オードリー リアル・ストーリー」アレグザンダー・ウォーカー

 これは原著は1994年発行、その後2001年に新たな1章を追加された物を2003年1月に翻訳・発行した伝記です。著者はアレグザンダー・ウォーカー。

 通して読んで思うのは、今までのオードリーの伝記に比べて、ややオードリーを突き放して醒めた目で見ている、ということ。
 たとえ最初に載っている日本の読者へのメッセージで
“オードリーほど、その良心に感銘を受けた女優はいません”
と書かれていたにしても、です。

 これはフレッド・ジンネマン監督の自伝でわかりましたが、著者が映画評論家であること、それと20冊以上も映画スターの伝記を書いてきた人であることが原因じゃないかな?って思ってます。

 きっと何人もの伝記を書いていたら、あんまり誰も彼もに感情移入できない、ちょっと離れて冷静にその人を見ないといけないんだろうなーって思いますし。

 確かにユニセフ以降の文章は敬意をもって書かれているのですが、チャールズ・ハイアムイアン・ウッドワードの伝記に比べ、映画女優時代のオードリーにはちょっと冷たい。
 これは「昼下りの情事」や「マイ・フェア・レディ」の部分を読めば特にわかります。愛情を感じないんですよねー。

 オードリーが絶対に他人に喋りそうもない“モーリス・シュバリエと二度と共演したくなかったのだ”とか書いてあったりするし、それが映画版「ジジ」である「恋の手ほどき」出演辞退の原因にされてる…。

 また、「パリで一緒に」の出演を決める際、クワイン監督の「逢う時はいつも他人」を観てカメラマンのチャールズ・ラング・ジュニアの仕事に感銘を受けた、となってるんですが、チャールズ・ラング・ジュニアとオードリーは既に「麗しのサブリナ」で顔合わせ済み。
 「逢う時はいつも他人」は関係ないと思うんですけど…。

 なお、チャールズ・ラング・ジュニアは「パリで一緒に」で非常に綺麗にオードリーを撮り、フランツ・プラナーの後を継いでオードリーのお気に入りカメラマンになり、その後も「シャレード」「おしゃれ泥棒」「暗くなるまで待って」でオードリーと組んでいます。
 いずれもオードリーが美しく撮れているのはみなさんご存知のとおり。

 また、“本当にオードリーの映画観て書いてる?”って思いたくなるような記述も多々あり。
 たとえば、「ローマの休日」で、楽しい1日が終わって大使館に戻るアン王女は、ジョーとタクシーの後部座席に乗っていたそうです。(^^;

 全体にちょっと淀川長治さん風の勝手な思い込みが入った伝記のよう。

 特徴はオードリーの伝記の中ではオードリーの親戚のお話が幅を取っていること。ヘップバーンの姓の由来や、オードリーの父親の話が(継母の話も含めて)一番多く書き記されています。
 ただし、オードリーとは直接関係ないような気も…。

 オードリーの本名は相変わらず“エッダ”扱いだし、ショーンは1月生まれ。
 エクスラン「ヴァリーエ」の仕事は1日半で済んだそうで(実際は約20日)、最初で最後のCM出演扱い(実際は「銀座リザ」で1982年にもCM出演)。
 息子のショーンに、“推して知るべし”といわれても仕方ない出来、というところでしょうか。

 合間合間に挟まれる画像はたまに珍しいものもあります。
 表紙の晩年のオードリーが嬉しいですね!

伝記としての価値:★


  

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2007年08月06日

集英社「オードリー・ヘップバーン」バリー・パリス著上下巻

 これは原書は1996年に発行、日本では1998年に集英社から発売された、バリー・パリス著の「オードリー・ヘップバーン」上下巻です。

 今のところ、オードリーの伝記で2冊分冊になっているのはこれだけです。相当なボリュームですよね。

 あと、この伝記の大きな特徴は、息子ショーンの伝記の中で“母の伝記を7冊読んだが、バリー・パリス著の一部を除いてあまりいい気がしなかった”と述べられていること。
 すなわち、一部は認めている、ということ。これは他の伝記には与えられなかった名誉ですね。

 というのも、他の伝記は今までオードリーとはあまり親しくない人からの話で構成されていたのですが、ここではオードリーとかなり親しい人たち…最後の伴侶ロバート・ウォルダーズ、メル・ファラー、親友コニー・ウォルド、同じく親友のドリス・ブリンナー、ジヴァンシー、ビリー&オードリー・ワイルダーなど、本当のオードリーをよく知る人たちの話で構成されているのが大きいと思われます。

 伝記にはつきものの画像集も、下巻のが特に貴重。晩年の地のオードリーがたくさん見れます。

 ショーンの誕生日はまだ1月になっていたり、日本のCM「ヴァリーエ」での撮影がたった2日だとか、まだまだ間違いは多いものの、初めてオードリーの伝記でオードリーの本名が“エッダ”ではなく“オードリー”で表記されているのも格段の進歩。

 また、“でっちあげ”のダイアナ・メイチックの伝記他で断定されていた拒食症の問題はここではやんわり否定されています。これもオードリーに近い人からインタビューを取ったおかげでしょう。

 晩年のユニセフでの活動も、1回目の旅エチオピアから、8回目の最後のソマリアまでかなり詳しく述べられています。ここまでユニセフに関して割いた伝記も初めて。

 息子のショーンから一部しか認められてないにしろ、かなり本当のオードリーに近づいたこの伝記は、やはり一度読んでおいたほうがいいと思います。
 ただ翻訳者(永井淳)にはやや難があり、「昼下りの情事」「いつも2人で」が“昼下がりの情事”“いつも二人で”の表記になっています。伝記を書くには、それなりに調べておいてほしいと思いました。

 こうして現在、オードリーの数々の伝記が出てきてわかったことは、伝記だからといって、必ずしもすべてが真実ではない!ということ。ダイアナ・メイチックのは論外として、他の伝記にも間違いはかなり紛れ込んでいるので、きちんと取捨選択する目は必要かと。

 ショーンの伝記、ハイアムの伝記、そしてこのパリスの伝記が今のところ、日本で翻訳されているオードリーの3大伝記だと思ってます。

 女優オードリーはハイアムの伝記で、人間オードリーはこのパリスの伝記で、それをさらに補完するのがショーンの伝記、って具合で。オードリーの人生のことを書くとき、どれか1つでも欠けたらダメ、この3冊は必読書なんじゃないかな~。

 なお、この伝記は後に「オードリー・ヘップバーン物語」として文庫でも発売されました。

伝記としてのオススメ度:★★★★



  

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2007年05月23日

嘘の塊!?…「オードリー・ヘプバーン」ダイアナ・メイチック著

 これは本当に最悪です!嘘で埋め尽くされているそうです!

 となると読む価値は全くありません!購入を考えている方は、息子ショーンなど、別の作者のオードリーの伝記をオススメします。

 普通、同じ人の伝記を書いた者同士、他の人を貶めるような文章は書かないと思うのですが、あまりにもメイチックの場合ひどすぎたのでしょう。バリー・パリスのオードリーの伝記の中で、この本のことでオードリーの家族が怒り、裁判沙汰になっていることが述べられています。

 帯に書かれてある“オードリー公認の評伝”、これがまるで嘘っぱちだったことが後で法廷で暴かれたそうです。

 作者がオードリーに会った、としている時期やオードリーが作者と電話をしていたという時期…オードリーはユニセフの仕事でその場にいなかったり、病気でとても話が出来る状態ではなかったそう。
 これはオードリーの最後の伴侶だったロバート・ウォルダーズがその当時の記録を調べて、完全に明らかにされています。

 そこで、あたかもオードリー本人が語ったかのようなような嘘を書いたメイチックに対してショーンが告訴。当然ショーンが勝訴し、ここに書かれていることは事実ではない、ということになったそうです。

 ということで、オードリーが話しているという部分はすべてメイチックの作り話。
 確かに読んでいる時からオードリーが喋りそうもないことがいっぱい書いてあるなーと思ってましたが…全部でたらめだったとはね~。

 日本の「小説オードリー・ヘプバーン」「オードリー・ヘップバーン物語」のように、フィクションであるとことわっているなら別ですが、“これが本当にオードリーが言った言葉!”“この本がオードリーの伝記では唯一の公認で最高の伝記!”と読者を騙してハクをつけようという著者に対して、怒りを禁じえません!

 本文にはオードリーが自分でエッダだったという意味の部分もありますし、エッダが本名でないとわかった今、こんなこと自分で話してるわけもない。これもウソ。
 一緒に作ってきたクルーの努力を考えて、決してどの作品のこともけなさないオードリーがいくつかの作品を「最低」だのと言っている…これも当然ウソ。
 「噂の二人」の時期にずっと男に追い回されていた…これも話を面白くするためにオードリーが大学生にオスカーを盗まれた話を大きくしたウソ。
 オードリーが摂食障害、これもおおげさに書いて煽っているウソ。

 嘘・嘘・嘘で塗り固められた勝手なでっちあげと、自分で調べずに他の人の書いたオードリーの伝記本からパクった部分を合わせて書き上げた、お金儲けのためのまさに最低最悪な本!!
 一生懸命翻訳した訳者さんには大変申し訳ないですが…絶版になってるのも致し方ないです。

 訳者さんにも実は少し不満があります。
 「初恋」がビデオだけの日本未公開だとか(実際は66年と93年の2回も公開されている!)、
「昼下りの情事」を「昼下がりの情事」と“が”入りで表記するなど(これはパソコンなどの変換による弊害)、ちょっとオードリーの伝記を翻訳するには下調べが足りないのでは?と思われます。
 でもあとがきで述べてくださっている「パリで一緒に」や「ロビンとマリアン」の評価は、非常に嬉しいので、この程度なら実害はないのですが。

 こういう伝記につきものの画像は、日本版では印刷物から印刷すると起きるモアレ現象が起こってます。中身も画像も質が悪く、取柄は全くありません。

伝記としての価値:なし、どころかマイナス!オススメできないのも当然ですよね?

そういえば、オードリーの伝記って、息子のショーンの本が出て以来、日本で出版されませんね。
海外ではショーンの本以降も活発に出版されているようなのですが…。


  

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2007年05月20日

「オードリー・ヘプバーン 映画に燃えた華麗な人生」ハイアム著

 今日は「スクリーン」の近代映画社が発行したチャールズ・ハイアム著の「オードリー・ヘプバーン 映画に燃えた華麗な人生」です。

 これは日本で最初に翻訳された本格的なオードリーの伝記で、僕も発売すぐに買って読みましたが、それまで日本で発売されて読んでいた「オードリー・ヘップバーン物語」「小説オードリー・ヘプバーン」とはまるで違う濃い内容にびっくりしたものです!僕は何度も何度も読み返しました。

 中身は1983年に執筆84年に出版された本だけに、まだユニセフの活動もなく、ロバート・ウォルダーズとの愛情も始まったばかり。もちろんオードリーはまだまだ元気です。

 でも同年発売だったイアン・ウッドワードの方の伝記ではなく、こちらの方を出版した近代映画社、さすがです!
 薄味のウッドワードの伝記に比べて、かなり突っ込んだ内容に仕上がってて読後の充実感はこちらが上。

 この本の特徴は、他の伝記より出演映画に関してかなり多くのページが割かれていることです。作られていく過程や、その評価などは伝記と切り離しても読む価値はあるんじゃないかと思います。
 中では、「いつも2人で」に関しての記述が秀抜です!

 たとえば「尼僧物語」は原作者と会ったときに、プレス向けでは「オードリーは緊張してなにも話せなかった」となってるんですが、実際には尼僧の習慣や所作に関して相当深く話し合ったらしいです。
 簡単にプレスで調べられる「話さなかった」ではなく、ワーナー保管の当時の資料を調べなければわからない「質問していた」と記述されていることからも、この本の姿勢がうかがえると思います。

 日本とは作品の評価が大きく違う物があったりするんですが、それはそれで“へ~っ、海外ではこんな風に観てるのか”って思って読めばそれでいいかと。
 ま、ある程度オードリーの作品を観てから読んだほうが、変な先入観無しに映画を楽しめるとは思います。で、この本で新しい見方を発見して再度観てみる、とかね。

 さて、ショーン執筆の伝記以前は間違っているのが多いオードリーの本名は、ここでは残念ながらエッダ扱い。
 ショーンの誕生日は明記されてないんですが、59年秋に懐妊、3月にはまだおなかにショーンがいることになってるので、合ってるように思えます。
 ただ、「撮影予定は初夏なのでそれまでショーンにかまけていられた」という記述もあるので、7月はもう初夏じゃないよな~って何がなんだか…。(^^;

 この本の出版以降、次のイアン・ウッドワードやダイアナ・メイチックの伝記が1993年に出るまで、オードリーのことを書くならこの本を読んでから書かなければいけない!という状態になり、オードリー評論にはこの本の影がかなり色濃く出ているという、日本で大きな影響を与えた本です。

 息子のショーンとしては気に入らない部分も多々あるかとは思いますが、オードリーの事に関して真摯な態度で執筆されているこの本は、最高点はつけられないものの決して悪くないと思ってます。

伝記としての価値:★★★★(“女優オードリー”の伝記として。)


  

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2007年05月14日

「オードリーの愛と真実」イアン・ウッドワード著

 …ちょっと写真テカッてて見にくいですけど。
 これはイアン・ウッドワード著の「オードリーの愛と真実」です。

 原書はもともと1984年に刊行されてベストセラーになったもので、オードリーの死後1993年に最後の2章が書き加えられて改訂されました。日本語版はこの改訂後のものが訳されて1993年年末に刊行されています。

 チャールズ・ハイヤム著のオードリーの伝記も1984年発行で、どちらが先に世に出たのかはわかりませんが、とりあえず先にこちらから紹介させてもらいます。

 この伝記は息子のショーンが後に否定する2重の間違いがそのまま書いてあります。これが諸悪の根源かもしれません。その間違いとは

 1.オードリーの本名をエッダとしたこと。(本名もオードリー)
 2.ショーンの誕生日を60年1月17日にしたこと。(実際は7月17日)

 これが後のオードリーの伝記でことごとく“正しいもの”として扱われるんですよね。だからこの本では戦時中名前を改名したことまで書いているのに、“その名前は今になるまで明かされていない”などと書いてあって、エッダがそれであるということには気づいてない。

 で、これ以降の伝記が転載ばっかりで、いかに自分で調べてないか、ということもわかるということですね。少なくともショーンの誕生日くらいは簡単にわかると思うのですが…。

 これでは息子のショーンがオードリーの伝記を7冊読んで、バリー・パリスの一部以外は“いい気がしなかった”と書かかれても文句が言えません。
 おそらくはこれら以外にも、誤記は相当数あるものと推察されます。

 ま、ただこの著者はオードリーにもの凄い敬意をはらって書いているのはわかります。 間違いがあっても、悪意ある捏造ではないのは確かです。
 でも同年発売のチャールズ・ハイアムの伝記と比べてどうも突っ込みが浅く、オードリーの表層をなぞっているだけのような気がするのは僕だけでしょうか?

 これはきっとオードリーが存命中にもかかわらず、オードリー本人に対するインタビューはなく、周りの人からの話だけで構成されているからなのでしょう。
 というのも、当時はまだオードリーがユニセフに関わる前の段階で、自分のことはいっさい語らない、というのを実行してたから無理だったのかもしれません。

 オードリー映画に関しては、最初に刊行されたのが1984年だったため、その段階の最後の作品である「ニューヨークの恋人たち」をけなすわけにもいかなかったのか、「ロビンとマリアン」に比べて、「ニューヨークの恋人たち」への評価がかなり甘いのが気になります。

 とまあ、いろいろ問題はあるにせよ、まだ海外ではオードリーの再評価がなされてない1984年当時に、これだけのものを書き上げた、ってことに対するポイントは高く、後味は悪くありません。

伝記としての価値:★★(最初の本格的な伝記の1つです)


  

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2007年05月12日

「小説 オードリー・ヘプバーン」若城希伊子著

 これは秋元文庫から1977年3月に出た、「小説 オードリー・ヘプバーン物語」です。著者は若城希伊子さん。

 これはもう伝記とは全く呼べないんですが…。オードリーの当時わかっている資料から、著者が創作した架空の“オードリー・ヘプバーン”です。
 現実にはいない人物を登場させ、オードリーが現実には言っていない言葉をしゃべり・行動する…そういうあくまでも“伝記風”な内容。
 ページ数も少なく、一晩で読了可能。また、画像は一定の間隔で本文中に出てきます。

 でも、題名にも「小説」とことわっていますし、著者あとがきでも空想のオードリーであることがきっちり書いてあり、読後の印象は別に悪くないです。

 僕が中学当時、草加宏著の「オードリー・ヘップバーン物語」(77年の文庫版)とこれしかオードリーの伝記らしき物はなかったわけで。何にも知識の無い人間がオードリーについてガイドラインを知りたい、と思った時には手頃な内容ではあります。

 後のいろんな伝記でオードリーの実像がある程度わかっていれば、イメージのオードリーということで、別に問題なく読めますしね。

 海外ではまだオードリーに関する何物もなかった時代に、こうして日本だけで伝記(らしきもの)が「ロビンとマリアン」公開に合わせて2冊も発行されていた、ってことが素晴らしいじゃないですか!

伝記としての価値:なし。お話として読んでください。
  

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2007年03月12日

草鹿宏著「オードリー・ヘプバーン物語 白鳥よ!永遠に気高く」

 これも伝記と呼んでいいのかどうかとは思いますが、集英社から1972年に発行された草鹿宏著の「オードリー・ヘプバーン物語 白鳥よ!永遠に気高く」です。左の「パリの恋人」のオペラ座でのオードリーの画像つきの函入り。ハードカヴァー。

 「ロードショー」を持っている集英社が、「ロードショー」での表記の“オードリー・ヘップバーン”ではなく、“オードリー・ヘプバーン”で出したのはとっても不思議。

 オードリーは過去について話すのが当時好きではなく、あんまり資料はなかったはず。海外でもまだオードリーの伝記は発売されてない中で、こういう伝記本が日本で発売されたことは、ある意味画期的!
 前年にエクスラン「ヴァリーエ」のCMがあって、まだまだ日本では圧倒的な人気を誇るオードリーの伝記風物語を集英社の雑誌「non-no」誌で連載した後、加筆してこういう一冊の本にしたもの。

 しかも、“物語”だから、伝記としてよりも、フィクションの要素が多いこともちゃんとことわってる。これは、そういう前提で読む必要があります。

 ただ、これくらいは調べてから書いて欲しかった!と思うのは、映画の撮影順が違う、ということ。撮影と公開は必ずしも一致せず、僕のカテゴリー欄の「ローマの休日」から「オールウェイズ」の順番は完全にオードリーの撮影順に並べてますが、アメリカでの公開順は「尼僧物語」と「緑の館」、「パリで一緒に」と「シャレード」が逆。ついでに書くと、日本での公開順だとさらに「パリの恋人」と「昼下りの情事」が逆。

 でもこの本の中では、あたかも「緑の館」を先に撮って、あとから「尼僧物語」を撮ったようになってる。完全にアメリカでの公開順。これくらいはちょっと資料を調べればわかるはずなんだけど…。

 こういった不完全な資料で、僕も以前は「緑の館」→「尼僧物語」の順で撮影してた、と思い込んでいたものです。後に1958年当時の雑誌を手に入れて、「尼僧物語」→「緑の館」の順で撮影されてたと知った時の驚き!
 まあでも、“エッダ”は仮の名になってるので、ホッ。(^^

 もともとの「non-no」での連載は何ヶ月かのものだったので、読む部分は少ないです。そして、このハードカヴァー本でかなりの分量を占めるのがオードリーの画像ページ。中でもカラーグラビアは今ではかなり珍しい画像を多数採用!これだけでもファンは嬉しいし、価値がある!
 上の画像はその一部。「パリで一緒に」と、「パリで一緒に」撮影寸前の湖のほとり写真です。この湖のほとり写真シリーズは、本当に美しいものばかりなんですよね~。
 白黒ページには「ヴァリーエ」の画像もあって、ファンは随喜の涙。

 後にこの本は集英社コバルト文庫から再発売されました(左の画像)。僕が先に持っていたのは、こっちの文庫版。
 こちらではカラーページはなくなり、画像もありきたりのが最初にちょろちょろとあるだけ。買うならハードカヴァーをオススメ。
 それと文庫版ではロードショー表記の「オードリー・ヘップバーン物語」に名前を変更。

伝記としての価値:やっぱりほぼ無し。ハードカヴァーの画像は珍しい物が多く、こちらの価値は非常に高いです。


  

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2007年01月19日

泉三樹夫編「オードリー・ヘップバーン物語」

 これは1954年11月20日に東京タイムズ社から発行された泉三樹夫編「オードリー・ヘップバーン物語」です。これを“伝記”扱いにしていいのか疑問は残る…(笑)。
(実際にはこのハードカバーの上に油紙が巻いてあります。)

 定価は250円になってます。安い?いえいえ、パンフが20円、名画座50円、日比谷映画劇場で自由席200円の時代だから、実は非常に高額なんじゃないかなー?サイズはB6。

 さて、1954年11月というと、「ローマの休日」の公開はそろそろ3番館での公開、「麗しのサブリナ」は2番館くらいでの上映中というところでしょうか。まだたった2作しか作られていません。でも世はオードリーブーム真っ只中の時代だろうし。街中ではヘップバーン・カットが大はやり。ヘップ履きにサブリナ・パンツ、サブリナ・シューズ!
 オードリー自身も9月20日にメル・ファラーと結婚したばかり。

 内容は最初の1/7くらいがオードリーのモノクログラビアのポートレート。あとは2/7ずつ伝記風小説、「ローマの休日」のモノクログラビア&ストーリー、「麗しのサブリナ」モノクログラビア&ストーリーになってます。伝記部分は、その当時知りうるわずかなオードリーの資料を基に、読みやすいようフィクションを加えたものらしいです。各章のあとには清水俊二さんの解説つき。

 ただ、ここではきちんとエッダという名前は敵国ドイツに英国風のオードリーという名前を知られないため、という記述があるんだけど、後の伝記でよく調べもしないでエッダが本名である、という記述が出回ったため、いまだにエッダを本名とするサイトや記述を見かけるんですよねー。
 息子ショーンによって、出生記録でオードリーが本名であること、エッダという仮の名前はオードリーの母のエラ(ELLA)のLに少し手を加えてDにしてエッダ(EDDA)としてドイツ軍をごまかしたこと、などが述べられて、結論出てます。
 だいたいキャサリン・ヘプバーンと混同するので“ヘプバーンを変えてくれ”という映画会社の要求を断るオードリーの性格上、芸名を名乗るなんて考えられなかったことなので、ショーンがエッダ本名説を完全に否定してサッパリ。(^-^
 この当時から、エッダは仮の名であったことが資料としてわかっていたのに、どこで本名だという誤った認識にすり替わっていったんでしょうねー。ま、どの伝記もオードリー自身にインタビューしてないそうなので、一人が書いたらあとは右にならえ状態?

 さて当時の印刷技術なので、あんまりグラビアも綺麗ではないです。昔の白黒グラビアって、ぼやっとしてしまうからか、鼻とかに輪郭線を描いてるのが変!だんごっ鼻になってたりとかね。
 ただ、後の写真集などで再録されたことのない貴重な画像があったので、1枚だけ載せておきます。

 なんとテレビ出演のオードリー!オードリーは1953年ごろに2・3度テレビ出演していることはわかってるんですが、ほとんどその画像は見たことないです。わずかにシンコー・ミュージックの「スクリーンの妖精 オードリー・ヘップバーン」にレックス・ハリスンと「1000日のアン」を演じている画像が載っているくらい。この画像もおそらくそのときのものなのでしょう。エリザベス1世時代のような、襟の大きな衣装を着て台本らしきものを渡されているオードリーです。

 なお、オードリーの第3回出演作品は54年8月に「霧の家」に決定した!という資料として面白い記述があります。(どういう理由で流れたんでしょうね~)

伝記としての価値:ほぼなし。貴重なグラビアや解説に価値あり。


  

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