2007年05月12日

「小説 オードリー・ヘプバーン」若城希伊子著

 これは秋元文庫から1977年3月に出た、「小説 オードリー・ヘプバーン物語」です。著者は若城希伊子さん。

 これはもう伝記とは全く呼べないんですが…。オードリーの当時わかっている資料から、著者が創作した架空の“オードリー・ヘプバーン”です。
 現実にはいない人物を登場させ、オードリーが現実には言っていない言葉をしゃべり・行動する…そういうあくまでも“伝記風”な内容。
 ページ数も少なく、一晩で読了可能。また、画像は一定の間隔で本文中に出てきます。

 でも、題名にも「小説」とことわっていますし、著者あとがきでも空想のオードリーであることがきっちり書いてあり、読後の印象は別に悪くないです。

 僕が中学当時、草加宏著の「オードリー・ヘップバーン物語」(77年の文庫版)とこれしかオードリーの伝記らしき物はなかったわけで。何にも知識の無い人間がオードリーについてガイドラインを知りたい、と思った時には手頃な内容ではあります。

 後のいろんな伝記でオードリーの実像がある程度わかっていれば、イメージのオードリーということで、別に問題なく読めますしね。

 海外ではまだオードリーに関する何物もなかった時代に、こうして日本だけで伝記(らしきもの)が「ロビンとマリアン」公開に合わせて2冊も発行されていた、ってことが素晴らしいじゃないですか!

伝記としての価値:なし。お話として読んでください。
  

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2007年03月12日

草鹿宏著「オードリー・ヘプバーン物語 白鳥よ!永遠に気高く」

 これも伝記と呼んでいいのかどうかとは思いますが、集英社から1972年に発行された草鹿宏著の「オードリー・ヘプバーン物語 白鳥よ!永遠に気高く」です。左の「パリの恋人」のオペラ座でのオードリーの画像つきの函入り。ハードカヴァー。

 「ロードショー」を持っている集英社が、「ロードショー」での表記の“オードリー・ヘップバーン”ではなく、“オードリー・ヘプバーン”で出したのはとっても不思議。

 オードリーは過去について話すのが当時好きではなく、あんまり資料はなかったはず。海外でもまだオードリーの伝記は発売されてない中で、こういう伝記本が日本で発売されたことは、ある意味画期的!
 前年にエクスラン「ヴァリーエ」のCMがあって、まだまだ日本では圧倒的な人気を誇るオードリーの伝記風物語を集英社の雑誌「non-no」誌で連載した後、加筆してこういう一冊の本にしたもの。

 しかも、“物語”だから、伝記としてよりも、フィクションの要素が多いこともちゃんとことわってる。これは、そういう前提で読む必要があります。

 ただ、これくらいは調べてから書いて欲しかった!と思うのは、映画の撮影順が違う、ということ。撮影と公開は必ずしも一致せず、僕のカテゴリー欄の「ローマの休日」から「オールウェイズ」の順番は完全にオードリーの撮影順に並べてますが、アメリカでの公開順は「尼僧物語」と「緑の館」、「パリで一緒に」と「シャレード」が逆。ついでに書くと、日本での公開順だとさらに「パリの恋人」と「昼下りの情事」が逆。

 でもこの本の中では、あたかも「緑の館」を先に撮って、あとから「尼僧物語」を撮ったようになってる。完全にアメリカでの公開順。これくらいはちょっと資料を調べればわかるはずなんだけど…。

 こういった不完全な資料で、僕も以前は「緑の館」→「尼僧物語」の順で撮影してた、と思い込んでいたものです。後に1958年当時の雑誌を手に入れて、「尼僧物語」→「緑の館」の順で撮影されてたと知った時の驚き!
 まあでも、“エッダ”は仮の名になってるので、ホッ。(^^

 もともとの「non-no」での連載は何ヶ月かのものだったので、読む部分は少ないです。そして、このハードカヴァー本でかなりの分量を占めるのがオードリーの画像ページ。中でもカラーグラビアは今ではかなり珍しい画像を多数採用!これだけでもファンは嬉しいし、価値がある!
 上の画像はその一部。「パリで一緒に」と、「パリで一緒に」撮影寸前の湖のほとり写真です。この湖のほとり写真シリーズは、本当に美しいものばかりなんですよね~。
 白黒ページには「ヴァリーエ」の画像もあって、ファンは随喜の涙。

 後にこの本は集英社コバルト文庫から再発売されました(左の画像)。僕が先に持っていたのは、こっちの文庫版。
 こちらではカラーページはなくなり、画像もありきたりのが最初にちょろちょろとあるだけ。買うならハードカヴァーをオススメ。
 それと文庫版ではロードショー表記の「オードリー・ヘップバーン物語」に名前を変更。

伝記としての価値:やっぱりほぼ無し。ハードカヴァーの画像は珍しい物が多く、こちらの価値は非常に高いです。


  

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2007年01月19日

泉三樹夫編「オードリー・ヘップバーン物語」

 これは1954年11月20日に東京タイムズ社から発行された泉三樹夫編「オードリー・ヘップバーン物語」です。これを“伝記”扱いにしていいのか疑問は残る…(笑)。
(実際にはこのハードカバーの上に油紙が巻いてあります。)

 定価は250円になってます。安い?いえいえ、パンフが20円、名画座50円、日比谷映画劇場で自由席200円の時代だから、実は非常に高額なんじゃないかなー?サイズはB6。

 さて、1954年11月というと、「ローマの休日」の公開はそろそろ3番館での公開、「麗しのサブリナ」は2番館くらいでの上映中というところでしょうか。まだたった2作しか作られていません。でも世はオードリーブーム真っ只中の時代だろうし。街中ではヘップバーン・カットが大はやり。ヘップ履きにサブリナ・パンツ、サブリナ・シューズ!
 オードリー自身も9月20日にメル・ファラーと結婚したばかり。

 内容は最初の1/7くらいがオードリーのモノクログラビアのポートレート。あとは2/7ずつ伝記風小説、「ローマの休日」のモノクログラビア&ストーリー、「麗しのサブリナ」モノクログラビア&ストーリーになってます。伝記部分は、その当時知りうるわずかなオードリーの資料を基に、読みやすいようフィクションを加えたものらしいです。各章のあとには清水俊二さんの解説つき。

 ただ、ここではきちんとエッダという名前は敵国ドイツに英国風のオードリーという名前を知られないため、という記述があるんだけど、後の伝記でよく調べもしないでエッダが本名である、という記述が出回ったため、いまだにエッダを本名とするサイトや記述を見かけるんですよねー。
 息子ショーンによって、出生記録でオードリーが本名であること、エッダという仮の名前はオードリーの母のエラ(ELLA)のLに少し手を加えてDにしてエッダ(EDDA)としてドイツ軍をごまかしたこと、などが述べられて、結論出てます。
 だいたいキャサリン・ヘプバーンと混同するので“ヘプバーンを変えてくれ”という映画会社の要求を断るオードリーの性格上、芸名を名乗るなんて考えられなかったことなので、ショーンがエッダ本名説を完全に否定してサッパリ。(^-^
 この当時から、エッダは仮の名であったことが資料としてわかっていたのに、どこで本名だという誤った認識にすり替わっていったんでしょうねー。ま、どの伝記もオードリー自身にインタビューしてないそうなので、一人が書いたらあとは右にならえ状態?

 さて当時の印刷技術なので、あんまりグラビアも綺麗ではないです。昔の白黒グラビアって、ぼやっとしてしまうからか、鼻とかに輪郭線を描いてるのが変!だんごっ鼻になってたりとかね。
 ただ、後の写真集などで再録されたことのない貴重な画像があったので、1枚だけ載せておきます。

 なんとテレビ出演のオードリー!オードリーは1953年ごろに2・3度テレビ出演していることはわかってるんですが、ほとんどその画像は見たことないです。わずかにシンコー・ミュージックの「スクリーンの妖精 オードリー・ヘップバーン」にレックス・ハリスンと「1000日のアン」を演じている画像が載っているくらい。この画像もおそらくそのときのものなのでしょう。エリザベス1世時代のような、襟の大きな衣装を着て台本らしきものを渡されているオードリーです。

 なお、オードリーの第3回出演作品は54年8月に「霧の家」に決定した!という資料として面白い記述があります。(どういう理由で流れたんでしょうね~)

伝記としての価値:ほぼなし。貴重なグラビアや解説に価値あり。


  

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