2016年11月08日

「オードリー・スペシャル '91」チラシ&前売券

 とうとうこれで、アップされた記事が900になりました!

 前にも書きましたが、今年はいろんなオードリー作品の日本でのメモリアル・イヤーです。

 ・「戦争と平和」公開60周年
 ・「ティファニーで朝食を」公開55周年
 ・「初恋」日本初公開50周年
 ・「おしゃれ泥棒」公開50周年
 ・「エクスラン・ヴァリーエ」撮影&放送45周年
 ・「ロビンとマリアン」公開40周年

 他にも日本公開されませんでしたが、「ニューヨークの恋人たち」は米国での公開35周年ですし、英国時代の初期作品のほとんどが撮影&公開65周年に当たります。

 そして、それらをリアルタイムではほとんど知らない僕らでも、オードリーの80年代後半〜90年代前半の再ブーム時のことははっきり覚えています。

 85年「噂の二人」という渋い作品から始まったオードリー作品のリバイバルは、あっという間にオードリーのブームを引き起こし、「尼僧物語」「許されざる者」を除くオードリー全盛期の14作品が次々とリバイバルされました。

 今回紹介している「オードリー・スペシャル '91」チラシですが、もちろん1991年のもの。
 これも公開から25周年になりますね。

 85年からずっとオードリー作品をリバイバルしていた日本ヘラルド映画(その後角川映画に吸収される)が、最後に権利を手に入れた「おしゃれ泥棒」「いつも2人で」「暗くなるまで待って」を公開したのがこの1991年でした。

 この「オードリー・スペシャル」はその3作品を上映するために組んだプログラムです。

 もっとも、「暗くなるまで待って」は87年に元々の権利元のワーナー・ブラザーズからもオードリーの再ブームに便乗してリバイバルされており、そのためこのチラシでもわかるように大阪では「暗くなるまで待って」の上映は外されています。

 このチラシのバックの画像を見れば、新しい3作品に交ぜて上映するために、既にヘラルドが権利を持っていた「麗しのサブリナ」「パリの恋人」が準備されていることがわかります。

 それらの画像を↓下で大きく載せますので、何の作品か当てていってください。全作品当てられたら、あなたはオードリー通中級です。

 これら5作品から日本全国の各映画館が自由に選んで上映出来たようです。

 なので映画館によって上映作品はまちまちですし、91年ではなく、92年になってから上映された所もありますので、同じチラシでも他の映画館では「オードリー・スペシャル ’92」となっているものもあります。

 チラシの裏は映画評論家の清水俊雄さんによる解説。
 そこではオードリーが91年4月にNYリンカーン・センターのフィルム・ソサエティから過去の実績に対して表彰されたことが載っています。
 アメリカなど全世界でもオードリーの作品が見直されて、人気がどんどん再燃しはじめた頃ですね。



 これで日本ヘラルドはオードリー全盛期の作品14本の権利を入手したので、それらを全国で2000年まで日本各地で上映していました。

 オードリーが1992年に余命あとわずかというニュースが世界で駆け巡った時にも、93年に亡くなった時にも、すぐに応援上映や追悼上映を出来たのは日本へラルドさんが権利を取っていてくれたおかげです。

 もし亡くなってから慌てて権利を取っていたのでは上映も遅かったでしょうし、権利を取るのも「ローマの休日」だけとか、そういう悲しい状態だったと思います。

 それが追悼時に間髪入れずほとんどの作品を見れたというのは、それまでにオードリー作品を選定して各映画会社から権利を取って…と尽力してくれた日本ヘラルドの担当者さんのおかげですよね。

 なお、この大阪版の日付を見ると本当に25年前の今くらいの時期だったとわかります。東京のおそらく銀座文化劇場ではもうちょっと早かったでしょうし、他の地方はもっと遅かったと思います。

 この大阪では

 9/14〜10/4「おしゃれ泥棒」
 10/5〜10/18「いつも2人で」
 10/19〜10/25「麗しのサブリナ」
 10/26〜11/8「パリの恋人」

 になっていますね。はじめての「おしゃれ泥棒」が3週間、同じくはじめての「いつも2人で」が2週間、85年から何度も上映している「麗しのサブリナ」が1週間、「パリの恋人」が2週間という上映スケジュール。

 僕もこれで久々の上映で「おしゃれ泥棒」と「いつも2人で」を見たと思います。
 というか、それまでその2作品を見たのは自主上映とかなので、本格的な映画館で見る、というのはこれが初めて!

 前売券も持っているのですが、全部が載っている9/14以前に買ったもの、そして「いつも2人で」上映中に買ったものの2種類ですね。

 後から買った方は「おしゃれ泥棒」と「いつも2人で」がマジックで消されています。ちょっと乱暴。

 下部に「梅田コマ・シルバー」って載ってる方は回数券なので、4作品とも見に行く気まんまんですね。
 でもさらに前売券を追加で買っているとは、「いつも2人で」や「おしゃれ泥棒」を2回以上見たのかな?

 「いつも2人で」を見に行った時のことはハッキリ覚えていますが、大阪のサウンドトラック・リスナーズ・コミュニケーションズ(SLC)という会社が限定版で売っていた「いつも2人で」のサントラCDが映画館でもパンフレットと共に受付で売られていました。

 この当時はまだ権利元のBMGビクターが「いつも2人で」のサントラCDを発売してない頃で、手に入る「いつも2人で」サントラCDとしては初めてのもの。
 かつて出ていた日本版レコードのジャケットを踏襲しており、他の国では無い稀少盤でした。
 BMGビクターがサントラCDを出したのは、結局オードリー没後の1993年でした。

 なので、僕は観に来ている他の人達に心の中で “買ってあげて〜〜〜!絶対いい曲だからっ!!” って叫んでましたね。

 ちなみにこの当時は映画館は予約制でも指定席でもなく早い者勝ち。
 なので、映画を見に行く時は15分前、オードリー作品だと最低でも30分前に行って並んでおかないと良い席では見れませんでした。なんせオードリーは大ブーム真っ只中!必ず行列が出来てましたし。

 「いつも2人で」はこのリバイバルで初めて左右が切られてない超横長のパナビジョンサイズ(シネマスコープサイズ→2.35:1)で見れました。
 それまでは、テレビ放映やLDや自主上映のテレビサイズ(4:3)でしか見たことがなかったので、左右を約半分に切られてしまっていた部分の情報量の多さに驚き&大感激していました。

 なぜかLDなどはオードリーとアルバート・フィニーが画面の左右に分かれる時にはフィニー側に寄せていたので、オードリーってこのシーンでこんなお茶目な顔してたんや!とか、あっ、カワイイ!とかカットされていた美しい緑の湖のほとりなどに発見があって、本当に嬉しかったものです!

 …とまあそんなことを思い出してしまう25年前のチラシ&前売券なのでした。
  


2016年11月04日

「ティファニー ニューヨーク五番街の秘密」チラシ

 この11月からは、ブログ開設10周年として、頑張って記事を多めに書いてきますね。
 なので、ちょこちょこ見に来てくださって、新しい記事・古い記事関係なくコメントとか頂けると嬉しいです。

 まずは「ティファニーで朝食を」日本初公開日の1961年11月4日からちょうど55周年を記念して、何ともタイミングのいいことに、明日11/5から公開になる「ティファニー ニューヨーク五番街の秘密」チラシの紹介。

 まあ、基本的には宝石店のティファニーのドキュメンタリー映画なので、オードリーはあんまり関係ないでしょう。

 でも、何と言ってもティファニーを全世界的に広めたのは「ティファニーで朝食を」という映画とオードリーのおかげ。
 たとえカポーティ本人やファンが原作のホリーと違う!と言っても、「ティファニーで朝食を」という映画の持つパワーはもう動かしがたい事実。

 というわけで、このチラシやポスターにも裏表共にオードリーがあしらわれています。

 表面には上部に「ティファニーで朝食を」の冒頭シーン、そして下部の左端には小さく有名な「ティファニーで朝食を」の宣伝写真、
 裏面には最下部にハウエル・コナンの撮ったオードリーの宣伝写真が載っています。

 欧米でのオードリーの最大の代表作とされているのは「ティファニーで朝食を」。
 オードリー=「ティファニーで朝食を」のホリー
 という扱いで、オードリー=アン王女 的イメージが最近強い日本とは大きな違い。

 僕はというと、オードリーはオードリーで、アン王女のイメージも持ってないしホリーのイメージも持っていません。
 おそらくコアなオードリーファンはみんなそうかと思います。
 オードリーを知れば知るほど、オードリー本来のイメージはそれらではないので。

 まあそれはいいとして、ティファニーのドキュメンタリーを作るのにオードリーと「ティファニーで朝食を」の映画を外すわけにはいきません。
 現在までティファニーが “おしゃれで高級で。でもカジュアルさも併せ持ってて若い人にも人気” みたいなブランドイメージがあるのは、やっぱりオードリーがそのイメージを体現しているから。

 下世話な話をするとティファニー側からすれば1円も払わずに「ティファニーで朝食を」のおかげでもの凄い宣伝効果がいつまでもあるわけで、本当にオードリーさまさまですよね。
 これがカポーティが希望したマリリン・モンローではそうはいかなかったでしょう。

 オードリー自身は自分の映画をプレミア以降全然見ない人なので、おそらく61年のプレミア以降は見てなかったのでしょうが、後年やっと見返してみて、恋人のロバート・ウォルダーズに “なかなかいいじゃない?” と笑いながら語ったそうなので、お気に入りの1本だったと思います。

 でもオードリーって、このホリーとは全く違って、あらたまったパーティや映画以外では宝石はほとんど付けないので有名。付けても真珠、ってのが多いです。
 なので「ティファニーで朝食を」でティファニーのシンボルみたいな感じですが、実際にはオードリーとティファニーってあんまり縁がないかもしれませんね。

 宝石店なので、当たり前ですがティファニーには食事を摂れるところなどはありませんが、1990年にチャリティーのためにティファニー本店で朝食会が開かれたことがあり、そこで招待されたVIPのオードリーは文字通り “ティファニーで朝食を” 食べたという写真が残っています。2015年9月号の “ハーパース・バザー”日本版の付録にその画像が付いていました。

 あ、そうそう、映画「ティファニーで朝食を」を見て、実際にティファニーってお菓子のおまけの指輪に文字入れだけとか本当にやってくれるのかな?って思いませんか?

 これってやっぱり多くの人が思うようで、ティファニーの日本語版公式サイトにも “よくあるご質問” の中の “文字入れに関するFAQ” の中に “ティファニー商品以外の文字入れはできますか。” というのがあります。
 それを見ると “ティファニー商品以外の文字入れは承っておりません。” という回答が載っています。

 まあ当然と言えば当然ですよね。なので映画みたいにグリコのおまけに名入れはしてもらえない、と。
 でもこれを見たらホリーはガッカリするでしょうね。

 はたして今ティファニーに当時の10ドル相当の品はあるんでしょうか?もう現代じゃ電話のダイヤル回しのピンなんて存在しないでしょうし…。
 今だと100ドル相当くらいでしょうか。ホリーは何を買うのでしょうねー。

 さてさて、映画とは何の関係もない話ばかりでしたが、この映画は札幌・東京・横浜・名古屋・京都・大阪・神戸・広島・福岡の11/5を皮切りに、全国で公開されます。興味のある方は公式サイトでご覧ください。
  


2016年06月04日

「午前十時の映画祭7」グループB チラシ

 全国での “午前十時の映画祭7”上映「マイ・フェア・レディ」があとわずかです!
 見逃されている方はお急ぎください!

 ★「マイ・フェア・レディ」
 2016/05/28(土)~2016/06/10(金):GROUP B

 グループ分けなど詳しくはこちらの記事で。
 また、今回の映画祭ではオードリーに出演依頼がなされながらも諸事情で断った「ロシュフォールの恋人たち」(上映中)・「愛と哀しみの果て」もリバイバルされます。

 現在 “午前十時の映画祭7” ではグループBにて「マイ・フェア・レディ」が上映中ですが、今回はそのチラシを紹介。

 前に紹介したグループAのものとほぼ同じです。
 表紙は右下の青丸で囲まれているグループAだったものが、緑丸のグループBになっています。

 中身の作品紹介はグループAとBで作品が交互に上映されるので、左の作品と右の作品がA・Bで逆になっています。

 まあこれだけなんですが、このチラシが欲しかったので、本当は施設の新しい大阪ステーションシネマのグループAで観たかったのですが、我慢してグループBのTOHOシネマズなんば別館で観てきました。

 なぜなんば別館を敬遠したのかというとTOHOシネマズ梅田もそうなんですが、別館という劇場は元は違う場所にある違う名前の劇場だった物をくっつけて“別館”と言ってるだけで、施設は古いままだから…なんですよね。

 このTOHOシネマズなんば別館ももとは「敷島シネポップ」という劇場だったもの。僕は初入館でした。
 でも思ってたほど酷くはなく、席が少し狭いの以外はわりと快適でした。

 さて「マイ・フェア・レディ」を観るのは昨年の11月特別リバイバル時以来わずか6ヶ月ぶりなので、大丈夫かな?楽しめるかな?と思いましたが、杞憂でした。いろんな所に注目しながら観たのでとても楽しかったです!それに今回の観客の方が楽しいシーンでは笑い声が絶えなくて、とても嬉しかったです!
 やっぱり映画館の醍醐味はみんなと笑いを共有出来ているところですよね。

 残念なのは、昨年の上映もそうでしたが上下左右に黒枠が出来てしまう所。
 せっかく劇場で観ているのに、サイズが小さいままで上映されています。

 「マイ・フェア・レディ」はもとは70mm映画なので、かつては最も大きなスクリーンサイズだったほど(シネラマは除く)。
 フィルムサイズも一番大きいので、どこの劇場でも上映出来る物ではなく、70mm映画用の劇場が必要でした。
 
 なのでこの黒枠分をいっぱいに引き延ばして上映すればもっとずっと大きなサイズで観れたはずのなのがとても気になりました。
 そう思ってる方はかなりいらっしゃるらしく、“午前十時の映画祭7”の公式サイトの「マイ・フェア・レディ」の所にもかなりのお怒りの声が…。

 この上下左右に黒枠っていうのは昨年リバイバルがそうだったので、僕は上映前に“午前十時の映画祭7”事務局に問い合わせしており、昨年と同じ上映形式の物だという回答も得られていたのですが、そのことをきちんと公式サイトで告知していなかったのが、てっきり画面いっぱいで上映になると思っていた観客の方の怒りの火に油を注いだようです。

 こういう黒枠でのデジタルデータが来た場合は、ちゃんと画面いっぱいまで拡大して上映したらいいのに…と思いますけどねー。
 ことに「マイ・フェア・レディ」なんて4Kなんですから、ちょっとやそっとの拡大くらいなんでもないはずなんですけども。
 ただ、昨年観たTOHOシネマズ梅田での上映と違って、なんば別館ではちょっと画質が劣っていたような…。
 
 全ての歌の部分はそれまでと音質がガラッと変わるので、別録りだとよくわかりますよね。
 オードリーの声とマーニ・ニクソンのところの切り替えも今はすぐにわかります。昔は特に意識もせず、今程音質も良くなかったのでわからなかったんですよね。

 オードリーの声がまともに採用されている “今にみてろ” の歌の部分ですけど、オードリーの声、かなり上手いですよね。音質もいいです。
 やはりオードリーが練習に練習を積んで録音した完成版だけのことはありますよね。

 ブルーレイなどの特典で付いてくる “素敵じゃない?” とか “証拠を見せて” 、またYouTubeで流出しているピアノ伴奏付きの明らかに練習分の “踊り明かそう” や “あなたなしでも” とは明らかに違う出来栄えです。

 “オードリーの歌の部分は全部吹き替え” などと間違ったことをいまだに書く人たちを、これはマーニ・ニクソンの声だと思わせるくらいオードリーは上手い、ということでOKでしょうか?(笑)
 こうなると本当にオードリー自身がインタビューで答えた “全曲完成版を吹き込んであるのです。” というのが聴いてみたいです。
 ワーナーの倉庫に未だに完成版は眠っているのではないでしょうか。

 それと“週刊20世紀シネマ館”の1964年の号に書いてありましたが、オードリーはなんとこの「マイ・フェア・レディ」撮影前からのボイストレーニングで5音分も音域を広げたことが書かれていました。
 本当にオードリーは努力したんだね…。(T T
 まだイライザが洗練されていない時期だから、もう1曲 “素敵じゃない?” くらいはオードリーの声を採用してあげても良かったのに…って思います。

 あと、映画を観て思っていたのはヒギンズ教授はいったい何人の住み込み従業員を雇っているのか??ということ。
 たった教授1人のために執事らしき人が2人、メイドさんたちが5人以上。
 彼らの年収を全部まかなえるくらいヒギンズ教授はお金持ち、ということになりますよね。

 大使館の舞踏会でのシーンは、今度は男性キャストの背の高さが凄いなーと思っていました。
 オードリーは身長170cmで、舞踏会のシーンでは5cmくらいのヒールの靴を履いていました。ということは175cmくらい。
 それにあの高く高く編み上げた髪型ですから、いったい何cmなのかと。

 それがそのオードリーを女王のところまでエスコートする侍従や王子役の男性はそれよりも背が高いわけですから、おそらく彼らは190cm以上の高身長なのだろうなーと感心して見ていました。
 もちろんオードリーにつり合うように高身長の男優さんがキャスティングされたのだと思います。 

 オードリーの美しさはさすがですね!やっぱりアスコット競馬場では絶品です!他の女優さんを圧倒していますね。
 これじゃあイケメンのフレディも一発でメロメロになるはずです。

 「マイ・フェア・レディ」のオードリーのためにと新しくセシル・ビートンがデザインした衣装の数々も、本当にオードリーだから似合ってる!
 ビートンは本当にオードリーを大好きで、そのおかげで生まれた映画史に残る傑作の衣装なんですよね。
 それに家出の際の衣装のウエストの細いこと!

 アスコットや大使館での舞踏会などの、その他の女性たちの衣装はオードリーが宣伝写真で着たものもたくさんあるので、それを見つけるのも楽しかったです。

 オードリー第3期の最後の作品ですけど、美しさが頂点を極めていたこの時期のオードリーで本当に良かった!と思いました。
  


2016年03月23日

2004年 “timeless audrey”展チラシ 熊本鶴屋百貨店版

 4月に入るとすぐに全国で “午前十時の映画祭7”が始まります。

 ★「ティファニーで朝食を」
 2016/04/02(土)~2016/04/15(金):GROUP A
 2016/04/16(土)~2016/04/29(金):GROUP B

 ★「マイ・フェア・レディ」
 2016/05/14(土)~2016/05/27(金):GROUP A
 2016/05/28(土)~2016/06/10(金):GROUP B

 グループ分けなど詳しくはこちらの記事で。
 また、今回の映画祭ではオードリーに出演依頼がなされながらも諸事情で断った「ロシュフォールの恋人たち」「愛と哀しみの果て」もリバイバルされます。


 今回は、もう12年も経ってしまった “timeless audrey”展の熊本版チラシの紹介。

 といっても、これは正確には本当の展示会用のチラシではなく、KCN(熊本ケーブルネットワーク)に加入している人に毎月送られてくる冊子の別冊のよう。
 A3サイズの紙を2つ折にして、A4サイズになっています。

 でもこれは本式のペラチラシでなかったのが幸いして、かなり詳しく“timeless audrey”展の会場案内や、展示会での写真が掲載されています。
 本式のチラシだと会場の様子までは載ってませんもんね。これが資料的にも貴重で嬉しい!

 あ〜でももうひと昔(10年)どころか、ひと回り(12年)も時間が経過してしまったんですね。
 東京に友達と見に行ったのがついこの間のように感じるんですけれども…。
 京都では当時オードリーのHPをやっていたMさんと一緒に見に行ったなーとか、京都でのブース(カプセル)の少なさに憤慨して大阪で再度見たりとか、色々感想があります。

 会場では「カプセル」と呼ばれた11のブースで構成されていたんですけれども、会場の広さの都合上、なかなか11全部の展示が出来るところは少なかったんですよね。

 1.少女オードリー
 2.ダンサーオードリー
 3.妻・母オードリー
 4.オードリーの家と庭
 5.オードリーと動物たち
 6.スター・オードリー
 7.オードリーと友
 8.オードリーのクローゼット
 9.スタイルの象徴
 10.美の女神オードリー
 11.オードリーと世界の子供たち

 という構成だったんですが、11全部展示出来ない会場では「オードリーと動物たち」は必ず外されてました。
 オードリーが「許されざる者」撮影時につけていた “許されざる者日記”を持つ写真の展示や実物などもあったし、オードリーとフェイマス・アッサム・イップなどの動物との写真も豊富で見応えあったし読むところも多いし、東京でも人気あったんですけどねー。

 僕的には外すなら「スタイルの象徴」だろうよ!って思ってましたねー。真ん中に「ローマの休日」で使用したベスパが置かれていて、その周りに一般的には馴染みの無いだろうオードリーの私服が数点枠に飾られているだけ、というものでした。東京でもあんまりひと気はなかったですねー。
 たぶん日本での「ローマの休日」人気で外されなかったのでしょうが、ベスパを触れるわけでもないし、一瞬見たら終わりですよね。


 日本での巡回の記録です。()内は会場の大きさによって変更されたブースの数。

 東京・Bunkamura 2004年5月22日~7月4日(11・Full)
 新潟・伊勢丹 2004年8月19日~8月30日(9)
 京都・美術館「えき」KYOTO 2004年9月3日~10月3日(7)
 名古屋・松坂屋本店 2004年10月6日~10月18日(9)
 熊本・鶴屋百貨店 2004年10月21日~10月28日(11・Full)
 北九州・小倉井筒屋 2004年11月2日~11月29日(11・Full)
 横浜・高島屋 2004年12月22日~2005年1月10日(10)
 大阪・なんば高島屋 2005年1月19日~1月31日(10)
 札幌・大丸札幌店 2005年3月30日~4月11日(8)
 山形・酒田市美術館 2005年06月19日~2005日07月31日(8)
 広島・ふくやま美術館 2005年10月7日~2005年11月27日(10)

 これでわかるように会場の大きさの都合でなかなか全部のブースは展示出来なかったんですが、この熊本の鶴屋百貨店さんは東京と同じ完全版の11のブースを全部見れたんですね!

 しかも入場料は東京では1000円、たった7つしかブースの無かった京都でも900円もしたのに、この熊本は全部揃って600円!安過ぎやしませんか〜??
 鶴屋さん、めっちゃ良心的!

 このチラシは、1面目が表紙(本式のチラシとたぶん同じ)、開いて2面目は下に載せた会場の案内、3面目はその11のブースでの展示の内容、最後の4面目は京都で行なわれた展示会に行ってきた様子が載っています。
 実際に展示してあって、お客さんも入っている様子が残っているのはとても貴重ですよね。基本日本の展示会って撮影禁止ですから。


(画像にうっとおしい文字を入れていますが、ご容赦ください)

 オードリーの衣装を誰のせいなんだか前後逆に展示してあったり、「麗しのサブリナ」のレプリカドレスをレプリカだと表記してなかったりとちょこちょこ不手際はあったんですが、これだけの大規模なオードリーの展示会はその後開かれてないですね。

 そろそろまた日本でもオードリーの大規模展示会を期待したいところです。
 2019年が生誕90周年でチャンスでしょうか(というかオードリーが生まれて90年ってのが信じられないですが…今でもオードリーが新しいからですよね)。

 “timeless audrey”展は世界で最初に日本で開始され、何年もかけてヨーロッパやアメリカを回ったようですね。2009年にはベルリンで展示されたようです。
  


2015年09月09日

「BEAUTY beyond BEAUTY」展ポスター

 8月に韓国釜山での「AUDREY HEPBURN:BEAUTY beyond BEAUTY」展に行ってきました。展示会自体はついこないだの9/6で終了しました。

 昨年の11月から今年の3月まではソウルでやってたのですが、最初は全く行く気はなかったんですよね。
 で、mengさんに送っていただいたソウルでの展示会の様子を見ると、どうやら大規模なオードリー展らしかったので、行きたい!って思っていたら、友人と共に行けることになって、盆休みを利用して駆け足で行ってきました。

 結論から先に言うと、オードリーに関しての収穫はほぼ無しだったと言っていいと思います。

 日本での「timeless audrey」展の時にも思いましたが、首都と地方では展示会の規模が変わることがある、というのを失念していました。

 英国での「Audrey Hepburn: Portraits of an Icon」展の為に持っていかれたのかもしれませんが、ソウルでは展示してあったオードリーの衣装や小物、写真やアカデミー賞の展示が釜山では全く無くなっていました。

 というわけで、展示会自体はオードリーの写真のパネルが壁にずらっと展示されている中を歩くだけ(あとオードリーの映像が3つあった)、というものに成り下がっていました。
 ソウルのはともかく、釜山のはわざわざ行く必要もなかったかなーと。

 撮影禁止だったので、展示会の中はお見せ出来ないのですが、日本でいうと、今年2〜3月に東京の銀座と京橋であった「オードリー・ヘップバーン -KOBAL コレクションより」(展示枚数27点)よりは規模が大きく、2000年代によくやっていた「オードリー・ヘップバーン:ボブ・ウィロビー写真展」と同じくらい、というとわかっていただける方も多いかと。

 また、めっちゃ期待していたこの展示会の写真集(図録)はおもいっきりポンコツでした。

 というわけで、ガッカリ度が高かっただけなかなか記事にできなかったのですが、そのポンコツ写真集はまたの紹介にして、今回は展示会のポスターの紹介。

 サイズはB2より縦に少し長いです。なのでB2用のクリアファイルには入りきりません。

 これ受け取った時の状態は、くるくる巻いてポスターに直にテープで貼られて留められていました。結構雑な扱い。
 しかも貼られていたテープが粗悪品なのか、ゆっくり剥がしても粘着物質は全部ポスター側に残るという悲惨さ。
 日本だったら直に貼らずに、間に細い紙を挟んで巻いてからテープで留めるだろうなーと思いました。

 相変わらずポスターの撮影はヘタクソでスミマセン…。
 韓国語なので僕には全く読めませんが、一番大きな文字はオードリー・ヘプバーンと書いてあるのかな?

 色使いがちょっと…な感じです。
 元の画像が「尼僧物語」撮影中のオードリーで、黒い部分の分量が多いせいか、ポスターで使うにはイメージが暗いです。

 それに、黒と黄色という色の組み合わせが踏切や蜘蛛のようで、人間に注意を促す「警戒色」。
 確かに視認性は高まるけど、オードリーの展示会になんでこういう配色になるかなーという残念ポスター。

 この後はくるくる巻いて筒に入れてクローゼットの隅にずっと保管かなー。後ろにテープの粘着物質が残ってるので他のポスターには重ねられないし、あんまり見返すこともなさそうなポスターでした。

 お気に入り度:特に無し
  


2014年12月20日

83年 The Givenchy Show チラシ&チケット

★「シャレード」(新・午前十時の映画祭)
 全国Group Cの劇場にて 2014/12/27(土)~2015/01/09(金)

★「いつも2人で」(イオンシネマ “シネパス”)
 グループ2 守谷(茨城)、大井・大宮・熊谷・浦和美園・羽生・越谷レイクタウン・春日部(以上埼玉)、板橋・むさし村山・日の出・多摩センター(以上東京) 2015/1/19(月)~23(金)
 今回は関東圏での上映です。(次回、ラストは3月の石川・岐阜・三重・滋賀・奈良・京都になります)

 ちょっと早いですけど、今月26日でこのブログを始めて丸8年が経ちます!初めは2年くらいで終わるかなーと思っていたので、こうして8年も続ける事が出来たのはみなさまからの嬉しいコメントをいただけるからだと思っています。

 儀礼的な挨拶抜きで、本当にコメントいただけたときは嬉しいんですよー!
 なので、細かい事でも質問などでもいいので、コメントをいただけるともの凄い励みになります。

 「ティファニーで朝食を」69年リバイバル&「許されざる者」のプレスシートなど、重要な物がまだ紹介出来ていなかったりするのですが、どうぞ9年目もよろしくお願い致します。m(_ _)m

 もう間もなく今年も終わりですが、みなさんはどう過ごされていますか?

 年末と言えば、恒例のNHKの紅白歌合戦がNHKホールであるのは有名ですが、今日はそのNHKホールで83年に行なわれた“The Givenchy Show”のチケットとチラシの紹介。

 …などとムリクリ繋げてますけど、実は前回の記事の卓上カレンダーと共に荷物の整理をしていてただ単に見つかったものなんですが…。(^^;A

 この83年のジバンシィのショーは、ジバンシィが1952年にパリに自分のサロンを開いてから30周年の記念のショーで、1982年にはニューヨークで、翌年の1983年に日本でも開かれたものです。

 そしてその時友人ジバンシィのために、と初めてオードリー・ヘプバーンが日本にやってきました!
 この時はやっとオードリーが日本へ!という事で、ものすごい話題になってましたねー。

 何度か日本へ来る予定はあったものの(「許されざる者」撮影後、「おしゃれ泥棒」撮影後など)、どちらも可哀想にオードリーの流産で来日はなくなっちゃいましたから、これが初来日になったわけですよね。

 以前に豪華版の2つ折A4チラシを紹介していますが、こちらはもっと簡易版のB5チラシ。おそらく一般的にはこちらの方が流通していたのではないかと。
 これは黒と茶色の2色刷り。画像もその黒と茶色を混ぜたダブルトーンでの刷り色になっています。ちなみに裏面は白です。

 前回も書いてますが、この時のショーは

 東京はNHKホールで 4/13(水) pm7:00
   4/14(木) pm1:00/pm4:00/pm7:00、

 大阪はフェスティバルホールで 4/16(土) pm5:00
   4/17(日) pm1:00/pm4:00/pm7:00

の計8公演行なわれています。オードリーがショーの時に泊まったのは東京はヒルトンホテル、大阪はロイヤルホテルであることがわかっています。

 値段も載っていますが、東京はS席10000円、A席8000円、B席5000円、C席3000円です。
 大阪はS席10000円、A席7000円、B席5000円、C席3000円。

 ついでにこのチラシに載っている
 “記念講演会「ジバンシィと語る」4月13日水曜日3:30PM NHKホール入場料1000円”
 ってのは行かなかったんですが、行っておけば良かった!!!

 これ実はオードリーも出席してたみたいなんですよね。この時の写真も後にいただきました。あー、失敗したー!!!(T T
 “オードリーも出演します”って書いておいてよ〜〜〜!!!
 たった1000円で生オードリーを見れるなんて凄くないですかあ??

 ちなみに、この時に僕がどのようにしてこの公演を知って、実際見てどうだったかは僕のもうひとつのブログ“おしゃれ泥棒 オードリー・ヘップバーン!”の方で書いていますので、公演の状況とか、オードリーがどんな感じだったかはそちらを見てください。

 62.本物のオードリーを見た!その1
 63.本物のオードリーを見た!その2
 64.本物のオードリーを見た!その3

 僕が行ったのは東京のNHKホールで4/14(木)pm4:00の回だったのですが、チケットが出てきた事で実際に座っていた自分の席が完全に判明しました! 

 1階 C4列 14番

 これ、NHKホールの座席表で入力して確認すると、やっぱりもの凄い前の席だったことがわかりますね!
 前から4列目のど真ん中から4つ左にズレた席です。
 あ、そういえば僕のラッキーナンバー&好きな数字は4、7、1なんですよね。どれも直線だけで構成された数字でスタイリッシュでしょ?
 4144時の回で1階 C414番。素晴らしい!
 オードリーに会えなかった敗因は7が絡んでなかったことか?

 この時オーケストラピットは無くて、その部分にまで舞台がしつらえられていましたから、オードリーがどれだけ側まで来てたかおわかりになるかと思います。

 ただ、これ写真を撮ろうと思っていたので、オードリーが嫌がる右側のオードリーを撮る事になるなーって思ってました。

 そして撮った写真が有るのですが(←)…もう出来上がったときはめちゃめちゃガッカリしました。
 当時はフィルムカメラだったので、出来上がってみるまでどうなっているかわからないんですよね。
 周りの暗い中にスポットライトを浴びるオードリーだったので、露出オーバーでオードリーの部分がすっかり飛んでしまって真っ白になってたんです!

 それに1眼レフはシャッターを切るともの凄い音がしますから、こっそり撮ってるつもりの僕は周りの人の目も気になって、1枚撮るのがいっぱいいっぱいでした。
 席が近いからオードリーにもシャッター音は聞こえるでしょうし迷惑ですもんね。

 絶対カメラ撮影禁止だ!と思い込んでいたので、こっそり撮ったんですが、実は禁止されてなかったみたいで、後に堂々とめっちゃ綺麗に撮った人の写真をいただいて、本当に悲しくなりました。
 自分の撮った物ではないので、そちらは紹介出来ないのですが、もの凄い綺麗に撮れてましたよ。

 露出アンダーで撮れた画像は補正次第で見れるようになったりするのですが、露出オーバーで撮ってしまった物は復活出来ないんですよね。細かい部分の情報が失われてしまうので…。

 一応そのオードリー画像を掲載しておきますが、真っ白でなんだかわからないでしょう?下の方に居るのがオードリーです。

 写真撮影禁止という思い込みで、1眼レフだったのにファインダーさえ覗けず、こんな滅茶苦茶な構図に…。
 それに当時は日付もマニュアルで設定しないといけないのに、し忘れてて4月8日とかになってるし…。
 そういえば、入場の際に持ち物チェックなんてなかったし、カメラは正々堂々と持ち込めたんですよね…。

 なんとかレベル補正で暗くするとオードリーってなんとなくでもわかりますか?(→)
 というか、どれだけオードリーと近かったのかがわかっていただけるとそれでいいのですが。
 ほら、ちょっと手を伸ばせばオードリーに届きそうでしょ?

 はっきりオードリーには見えないけど、僕が完全に著作権を持つオードリーの画像本邦初公開です。(^^;;;

 今はジバンシイは引退してしまい、その後デザイナーも何度か変わっているので、いまやジバンシィの名を名乗る意味が有るのか?と思うほどデザインも変貌してますよね。
 果たして今のジバンシィをオードリーは着るかな?という…。
 でもこの当時のジバンシィブランドは本当にジバンシィがデザインしてたし、それを当たり前と思っていたので、今考えると贅沢だなーとか思ったり。

 あ、同時に見つかった、神戸大丸で行なわれたジバンシィ30年回顧展のチケットなんかは、まだ別の機会を見て紹介します。
  

2014年06月28日

“HIGH BUTTON SHOES”プログラム

「マイヤーリング」
 下高井戸シネマ 6/28(土)〜7/4(金) 12:25
 Cinema KOBE 7/12(土)〜7/18(金) 偶数日10:30、14:45、19:00 、奇数日13:10、17:25

「シャレード」 第二回・新午前十時の映画祭
 GROUP Aにて8/23(土)~9/05(金)

「いつも2人で」(イオンシネマ“シネパス”)
 グループ3 8/25(月)~8/29(金)
 千葉  イオンシネマユーカリが丘・イオンシネマ市川妙典・イオンシネマ千葉ニュータウン・イオンシネマ幕張新都心
 神奈川 イオンシネマ海老名・イオンシネマみなとみらい・イオンシネマつきみ野・イオンシネマ港北ニュータウン
 愛知  イオンシネマ豊川・イオンシネマ大高・イオンシネマ名古屋茶屋・イオンシネマワンダー・イオンシネマ岡崎

 本日もうひとつのブログの方に、40.オードリーの時代分け その1という昔の文章の改訂版を載せました。これ、子供の頃から自分ではずっと思ってた事で、なんで誰も書かないのか不思議なくらいだったんです。
 オードリーの分け方にはめっちゃ自信があるので(笑)、よろしければそちらも読んでみてください。

 今回も、mengさんにいただいたものから。

 今日のはオードリーが1948年〜1949年にイギリス時代に出演した舞台、“HIGH BUTTON SHOES(ハイ・ボタン・シューズ)”のプログラム。サイズは12.6cm×18.6cmくらい。小さいです。

 なお、プログラムにはオードリーは名前が2か所しか載ってないです。画像は無し。
 出番はこのプログラムで見ると3回だけだったみたいです。

 ちなみにこの舞台は調べると初演はアメリカだったみたいです(配役は全然違います)。てっきり英国だけの物だと思ってたので、へぇ〜〜!でした。
 それが好評でイギリスでも上演したのでしょうか。

 オードリーにとって、初めての舞台出演になります。役柄は水着を着て踊る“美女たち”の一人。
 でも1948年というと、オードリーのキャリアで最初期の物ですよね。これ以前ではオランダ時代の映画「オランダの7つの教訓」があるだけだし。

 オードリーって、1948年に英国に母エッラと渡ったわけですけど、オードリーはマリー・ランバートの奨学生としてバレエをやっていたはずで、ということは、かなり早い段階でお金のためにショーに出ないといけなかったというわけですよね。


 そういえば、オードリーがその当時の“本業”であるバレエで何かの舞台に出演した、って話は一度も伝記でも読んだ事がないんですけど、奨学生でありながら、結局一度もバレエの舞台には立てなかったんでしょうね。(パリスの伝記でも、舞台に立つには最低でも5年はかかると書いてあったし)

 ということはかなり早い段階で教師のマリー・ランバートから引導を渡されてバレエからは離脱したということでしょうね。

 オードリーのバレエに関して、伝記やドキュメンタリーでは“プリマになる才能はあったけれども、背が高すぎて、オードリーとバランスの取れる男のダンサーがいなかった。”っていうのと、“プロ(プリマ)としてやるには、才能がなかった。”っていうのがあるんですが、僕は後者だと思っています。

 プリマになれるほどだったら、団としては主役ではなくても脇としてや教師として残しておきたいだろうし、それがないってことはやっぱり才能の面なんだろうなー、みたいな。
 それに信頼度の高いパリスとハイアムの伝記でもそうなっています。

 でもバレエではともかく、この単なるその他大勢の“ハイ・ボタン・シューズ”での出演でも既にオードリーは目を惹いていたようで、その後の舞台の“辛いソース”や“タルタルソース”でだんだん役が大きくなっていき、やがて映画に出るんですよね。やっぱり最初から他の人とは違う“何か”を持ってたんでしょうね。


 さて、この舞台に関してはパリスの伝記で、後にレックス・ハリスンの妻になる“水着美人の中にはケイ・ケンドールがいて、親しくなった。”とされていますが、残念ながらこのプログラムには主要な役も含めてケイ・ケンドールの名はありません(上の画像)。

 ケイ・ケンドールについて調べましたが、どこにも“HIGH BUTTON SHOES”の記述が見当たりませんでした。また、彼女のキャリアはもっと早い1944年くらいから始まっており、脇役とはいえ既に映画出演の経験もあるのに、1948年の段階で“その他大勢”であるとは考えにくいです。

 もっとも、舞台の途中で配役が交代になったのであれば出会っている可能性はありますが、これらのプログラムまでパリスが調べたとも考えられず、おそらくパリスの間違いだと思われます。

 また、オードリーのいくつかの本に載っている“ハイ・ボタン・シューズ”の画像で、舞台裏でオーディションを待つオードリーと同僚バブス・ジョンソンという画像があるのですが(→)、これのポーズがめっちゃわざとらしい!
(画像は写真集「ライフ・オブ・オードリー・ヘップバーン」より)

 昔は撮影スナップに見せかけた宣伝写真というものが存在していたようなので(「風と共に去りぬ」にも、仮縫いをしているという設定のめちゃくちゃわざとらしいポーズのオリヴィア・デ・ハヴィランドの画像があります)、これもそうだとずっと思っていたんですが、バブス・ジョンソンの名前はこのプログラムにはありません。
 ということは、めっちゃ胡散臭いけど、本当にオーディション前だった?みたいな。(^^;A

 もっとも、この時と同じ衣装で稽古中の画像も見た事があるし、過去のバレエ仲間(?)であるバブスがもうオーディションに合格して稽古をしているオードリーにちょっと会いに寄った時に、カメラマンがポーズを付けて撮ったのかもしれません。それで“オーディション前”とかっていう興味をそそるキャプションを付けて配布しただけかも。
 ただこれも、当時貧乏だったオードリーは同じ服をしょっちゅう着てたでしょうし、本当なのかもしれませんが…。

 でもだいたい、オーディション前に、まだ合格するかどうかもわからん無名の誰かを、当時の貴重な写真でこんな大きく何枚も撮るとは思えない!しかもオーディションに来ているであろう他の子たちは全然影も形もないし。
 オードリーが本当にオーディション前だったら、めちゃくちゃ緊張してそうだし、こんなに笑えないと思うんですよね。
 ちなみにこの同僚であるというバブス・ジョンソンに関しては何もわかりませんでした。

 でもこの当時19才だったオードリーですけど、この頃ってオードリーの生涯の中で一番太っていた時期なんじゃないでしょうか。他の写真とか見てもオードリーにしてはかなり太いですしね。

 なお、このプログラムには、中がほんのちょっと違う別種があるようです。
 でも、この当時でもイギリスは全てつるつるのコート紙…さすがですね。日本ではまだまだザラ紙でした。
  


2014年01月16日

「プリンセス・クルーズ」B1ポスター とオードリーツアーのお知らせ

 「マイヤーリング」第3陣の映画館、ディノスシネマズ札幌劇場、ユナイテッド・シネマ浦和、ヒューマントラストシネマ有楽町(1週間だけの限定公開)、プレビ劇場ISESAKI(群馬)、富山シアター大都会、アイシティシネマ(長野)、静岡東宝会館、ピカデリー(名古屋)、テアトル梅田(大阪)、シネマパレット(沖縄)で明後日から上映開始です!お近くの劇場がありましたら、早めに見に行ってください!

 入れ替わりにTOHOシネマズ各劇場の「マイヤーリング」の上映は17日の明日まで!
 1週間だけの劇場もあって、もったいなーい!これ絶対、見たかったのに見れなかった人多数ですよね。
 近場で代わりの劇場が公開になる所はいいんですが、広島・福岡の場合は代替の劇場がないので、かわいそうですね。

 逆に関西などは上映週数が伸びているみたいで、良かった〜!って思っています。(^-^
 
 さて、以前「プリンセス・クルーズ」のパンフレットは紹介しましたが、今日は誰でも手に入るパンフレットじゃなくて、普通は旅行代理店しか手に入らないだろう店頭用B1ポスター!

 これ、去年紹介した“オードリーのクリスマス”の旅工房さんのつながりでいただいたもの。
 「ローマの休日」でお馴染みのティアラ・オードリーがでっかく使われています。

 画像的には平凡すぎて、あれこれ語ることは何もないのですが、遠目にも“あっ、オードリー・ヘプバーン!”ってわかる画像ではありますよね。

 さて、実は語りたいのは旅工房さんの方。

 このポスターを受け取った時にお伺いしてたんですけど、オードリーツアーが今年の7月か、9月に催行されるらしいです!
 6泊8日か、5泊7日になるとのこと。
 パリ2泊、スイス2泊(or1泊)、ローマ2泊だそうです。
 
 もちろんオードリー初心者のために、ローマは「ローマの休日」巡り・スイスはオードリーのラ・ペジブル&お墓など基本コースも組み込まれるらしいのですが、それだけではない、ちょっと“おおっ!”ってところも組んでくださるそうです!
 というのは、僕も一緒に行く所を考える(実際には僕は貧乏で行けないですけど…)から(笑)。

 とうわけで通常よりはもっと濃い場所が入ってくるんじゃないかなー。
 今勧めているのは、シャンティイ近郊の「パリの恋人」のあの教会!オードリーがウエディングドレスを来て撮影していた&ラストシーンの場所ですよね。
 そこは「いつも2人で」の遠景でも使われてましたから、1つで2作品のロケ地を回れるわけですよね。

 それとついつい「ローマの休日」巡りだけで終わってしまう残念なローマで、忘れてはいけない重要な場所!
 それはオードリーが実際に2番目の夫アンドレア・ドッティとローマで暮らしていた家!これを勧めています。
 そしてここは今までのどんなオードリーツアーでも入ってなかったはずです。
 なんだか今でも表札は“アンドレア・ドッティ”のままだとか…。これは行く価値あり!ですよね。

 “私も行きたい!”or “行けたらいいな〜!”って方で、オードリーゆかりの地のここが行きたい!って所がございましたら、今なら提案出来ますので、どうぞコメント欄でお書きください。きちんと旅工房さんに伝えさせていただきます。(^^

 このあいだの“オードリーのクリスマス”でスライドを見せていただいたんですが、93年のJALPAKツアー時の面白いエピソードも色々聞かせていただきました。

 みなさんオードリーの熱狂的なファンばかりだったそうで、“スペイン階段は下から13段目の所でオードリーが座っていた!”とか、ツアーコンダクターも知らないことがあってビックリしたとか!
 (今なら写真集「AUDREY A ROMA(AUDREY IN ROME)」で、さらにスペイン階段はオードリー巡りが出来ますよね!)

 それにアン王女とジョーが別れる、夜の大使館前の車を止めた場所、あそこにツアーでワサワサ行って、映画でオードリーがダーッと走って帰って行くように、みなさん夜に一斉にダーッ!と走って行ったので、ツアコンさんは目が点になっていたとかね(爆)。

 ローマでのオードリーの衣装に合わせてフレアースカートを着る方もいらして、本当のオードリーの衣装に合わせて水色ではなく、ベージュでスカートを仕立てられていらしたとか、本当にみなさんオードリーに詳しいですね!
 さらにベスパに夫婦で載る方や、女性1人の方には現地でイタリア男性を雇って2人乗り。

 パリではリヨン駅で「昼下りの情事」のアリアーヌとフラナガンのように列車ですくい上げるシーンを再現するご夫婦もいたそうです。

 そして、移動のバスでは当時発売されていたオードリーの映画音楽のオルゴール演奏のCDを流すと、女性は皆さん声を上げて泣き出されたとか…。ツアコンさんももらい泣きしてたそうです。

 なんだかみなさん本当にオードリーが大好きだったんですね!僕もそのツアーに参加したかったな〜…と言っても天下のJALPAKですから、もちろん格上のツアーなので、お安い訳もなく、当時でも今でも参加は不可能でしょうけど。(^^;;;

 とりあえず、この間の“オードリーのクリスマス”でも貴重な写真を見せていただきました。
 そこでオードリーの常宿だったホテル・ラファエルの話を聞いて、わかったことがあります!ので、それはまた記事にしたいと思います。

 それと、オードリー映画では定番で出てくるリッツ・ホテル(「パリの恋人」マギーの踊るシーン、「昼下りの情事」フラナガンのスイート、「おしゃれ泥棒」サイモンの泊まっているホテル)ですが、パリでも1番の高級ホテルというイメージもあり、ホテル自身もそう思っていたようです。

 が、2011年にフランス政府観光局がフランスのホテルに格付けをしたのですが、5つ星よりも上として創設された最高級の“パレス(パラス)”の格付けを逃し、リッツ・ホテルも大ショック!
 ホテルの意地をかけ、2012年から“パレス”の称号を得る為に大改装を実施中で、2年後の今年やっと改装が終わるそうです。

 そういえば、その“パレス・ホテル”の称号を最初に得ているホテルのうちの1つ、Hôtel Le Bristol Paris(ホテル ル ブリストル パリ)の手帳をこの間の“オードリーのクリスマス”でいただいたので、ついでに載せておきます。
 黒を基調に、ホテルのテーマカラーのイエロー・グリーンが差し色として入っています。この黄緑がめっちゃ僕好みです(笑)。

 さて、18日の「マイヤーリング」HPでの発表のことですが、僕もその内容を本日教えていただいたので、記事を制作することにします。18日に公開予定ですので、またよろしければお寄りください。(^-^
  
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2011年12月26日

自主制作「オードリー・ヘプバーン パンフレットリスト」その6

 13版でだいたいやりたいことはやってしまったので、しばらく新しいのを作らなかったんですが、これは1年以上間をあけて作った2006年3月の14版。

 これが現在までの最後のパンフレットリストになってます。

 ここでやりたかったのは、「マイ・フェア・レディ」千日前スバル座版をとうとう手に入れたので、それを載せたかったのと、今までの集大成を作りたかったこと。

 「マイ・フェア・レディ」の千日前スバル座のはかなり気合入ってますね。全ページ載せてますし(笑)。

 ま、1年以上も間が空くと、当然入手したパンフとかは多くなってて、意外と13版との違いも多いんですけどね。

 表紙はガラッと変えて、「おしゃれ泥棒」からの画像を自分で処理したもの。
 裏表紙も「エクスラン・ヴァリーエ」に変更しました。

 前回がほぼ決定版的な表紙だったので、今回は自分で遊んでみようかと。質的には落ちるかもですけど、前回と同様にお気に入りの表紙。
 みなさんは今までの6種類の表紙で、どれがいいと思いますか?

 話、めっちゃかわりますけど、実は今までで2回ほど、僕の作ったこのパンフレットリストのシリーズがヤフー・オークションで流出しかけたことがあります。

 このパンフレット・リストの最初に書いておいたように、このパンフレットリストの目的は自分が収集するために、ここに載っているもの以外や、ここで未入手になっているものをお願いします、ということで古書店や映画のお店に渡していたもの。

 最初はいつもお世話になっている信頼しているお店だけに渡していたんですが、古本祭りなどで欲しかったパンフが見つかると、嬉しくてそのお店にも“お願いしまーす!”って渡したりしてたんですよね。

 そして渡すお店が増えてしまって、必ずしも信頼しているわけではないお店にまで渡すことになってしまったんですが、そしたらヤフオクに出てしまいました。

 でもこれ、このパンフレットリストの“教えてもらう”という性格上、僕の住所やメアドや電話番号まで載っているんですよね。これが流出したら大変じゃないですか!

 最初に流出した時は、表紙をはずされたものだったんですが、そのちょっと前に偶然その人と取引をしていたので連絡先が残っていて、大慌てで連絡してなぜあなたが持っているのか?とか、どこからもらいましたか?とかって訊いて、出品をとりやめてもらいました。

 相手は結局どこからもらったのか明かしませんでしたけどね。人の物でお金儲けなんかやめて欲しい!と憤慨しました。

 2回目は全く僕が知らない古書店から出品されました。この時は“みつおさんのパンフリストがでてましたよ。”って知り合いに教えてもらったんですけどね。
 かなり古い版でしたが、住所や電話番号が載っているのは同じ。

 この時は既に落札もされたあとで、めっちゃ慌てました。大急ぎでその古書店と連絡を取って、配送会社に連絡してもらって配送を取りやめてもらいました。

 これは詳しく聞くと、品川の古書店同士の売買の際に出てたらしいんですけどね。
 それを聞いてガッカリ。僕は信頼して渡してたつもりなんですけど、そんな盲目的な信頼はアカンねやーって。

 で、この14版では、表紙の裏に“個人情報の流出になるので、譲渡や売買をしないようにお願いします”ってキツく書き込ませてもらいました。
 総ページ数は44pに増加。

 でも、この版は西宮のシネマガイドさんなど、本当に信頼しているごく1部のお店を除いて渡さずに終わりました。
 やっぱヤフオクに流れたことがショックだったんですかね。(^^;
 なので、大量に自分でまだ持ってます(笑)。

 僕が今持っているパンフで、この版製作当時に持ってなかったのは「緑の館」のOSチェーン版シネマ新宿No.2東急名画フェアマリ・クレール・クラシックス・フェア2、くらいです。
 「緑の館」OSチェーン版の表紙は自分で作ったものが載ってますけどね。

 ってことで、5周年記念はめっちゃ手前味噌な記事だったんですが、読んでくださる皆さんのおかげで、今日まで2006年12月26日以来、丸5年もこのブログをやってこれました。
 そういえば、この最後のパンフレット・リストを作った後でこのブログが始まったんですね。
 (最初の2006年12月の6つの記事はこちら

 いつまで続くのか、自分でもわかりませんし、最近は更新が滞ることもしばしばありますが、これからもよろしくお願いいたします。m(_ _)m
  


2011年12月24日

自主制作「オードリー・ヘプバーン パンフレットリスト」その5

 さて、今回は第12版からの紹介。

 12版でまたまた表紙変えました。(^^;;
 「いつも2人で」のお気に入り画像は変わらないんですが、左に付いていた帯を下にしました。

 これはかなり気に入っている表紙。自分で加工した“AUDREY HEPBURN”の書体が気に入ってます。自分的には決定版だと感じた表紙です。

 12版は取り立てて中身に11版との違いはないんですよね。掲載パンフがほんのちょっと増えただけ。わざわざ作るほどの違いも見当たりません。なんで新しい版にしたんでしょうねー。ページ数も同じ32pだし。
 この表紙で作りたかっただけかも…。

 裏表紙はこんなの(→)
表に比べて、裏はあんまり良いとも思えませんね。(^^;

 ここで裏表紙にも「いつも2人で」を使って、「パリで一緒に」は内側だけで使うことになりました。

 半年置いて、13版を製作。
 こちらの裏表紙はこんなの。(←)

 マゼンタの帯の部分を伸ばしただけ。
 やっぱりあんまり気に入ってません。
 でも2つの版を並べたら、まるで「いつも2人で」のタイトルバックのように、道が伸びてるように見えたりとか…。
 見えないって。(^^;

 でも、13版の中身には大きな変化があります。

 →こんな感じ。

 ページの上部に作品別に色の帯を付けて、作品を探しやすくしたのと、“Pick Up”として独自パンフを作った劇場や特徴のあるパンフの解説を書きました。






 







 具体的には、横浜国際劇場、本所映画館、SY京映、横浜ピカデリー、OSチェーン、千日前スバル座、外映版、大阪映実版、復刻版、青白縦割り版について解説を付けました。

 これらによって、ページ数が大幅に増加。とうとう全40pになりました。(^^;

 さて、次がやっと最終版です。