2012年04月07日

製作されなかったヒッチコックの「判事に保釈なし」

5月の午前十時の映画祭「シャレード」「麗しのサブリナ」:109シネマズ四日市 三重 、大津アレックスシネマ 滋賀 、ジストシネマ和歌山 です。

 はい、今回はオードリーが契約書にサインまで済ませていたのに、結局製作されなかった「判事に保釈なし」の原作本の紹介です。

 作者はヘンリイ・セシル。イギリスの作家さん。
 翻訳は早川書房のハヤカワ・ポケット・ミステリ、通称ハヤカワ・ポケミスで、訳者は福田陸太郎氏。
 奥付では昭和33年2月28日発行、定価160円になってます。

 現在は絶版なのか品切なのか、少なくともその後重版はしていないようで、手に入るのは古書のみ。
 しかもプレミア付いてて、だいたい3000円前後が相場のようです。

 英国では1952年の出版なのに、日本では1958年発行ということは、映画化がわかってからの翻訳なんでしょうかね?

 「判事に保釈なし」はパラマウント製作、アルフレッド・ヒッチコック監督で、脚本は「麗しのサブリナ」原作者のサミュエル・テイラー、相手役はローレンス・ハーヴェイ、オードリーのお父さん役には「麗しのサブリナ」でもお父さんだったジョン・ウィリアムズというところまで決まっていたようです。

 撮影は1959年6月開始予定。本来「許されざる者」の次に撮るはずでした。
 (ネットで「尼僧物語」の次、なんて書かれてるのありましたけど、時期的にそれは間違い。)
 僕は持ってないんですけど、「5つの銅貨」という作品のパラマウント発行の日本のプレス・ブック(か、特別試写会パンフレット)には、裏表紙に1960年公開予定の作品が載っていて、この「判事に保釈なし」もオードリーの画像と共に予告で掲載されてます。

 でも結局、オードリーは「許されざる者」撮影後に流産してしまい、入院中に脚本を読んだらレイプシーンがあるので、出演を断ってしまったんですよね。
 新たに妊娠したので、何が何でも子供の欲しかったオードリーは大事をとって出演をやめた、という記述があるのもあります。 でもまあどっちにしてもオードリーはレイプシーンをやる気はなかった、ということですね。

 この「判事に保釈なし」はオードリーがオファーを受けて断った作品の中ではかなり有名なもので、オードリーのファンで、どれかの伝記を読んだ人なら誰でも知っているもの。邦訳のある全ての伝記で、この作品に関して言及されています。

 というわけで、ずっと気になってたんですよねー、この「判事に保釈なし」!
 チャールズ・ハイアムの伝記によると、“脚本は素晴らしいできばえだった”と書かれているし、どんな内容か気になるじゃないですか!
 もし製作されていれば、ヒッチコック屈指の傑作になったと書いている人もいますしね。

 で、中古の相場が安くならないかなー、ポケミスで復刊しないかなー、とずっと待ってたんですが、どちらも叶いそうにないので、とうとう買っちゃいました!オードリーはいったいどんな役!?

 読みました!…え?こういう役なんですか?これってオードリーの役は主役ですか?

 ストーリーはおおざっぱにこんな感じです。


 エリザベスの父は判事。判事は裁判所からの帰り道、道路で事故りそうな子供を助ける。その際にちょっと打ちどころが悪かったのか体調がおかしくなり、介抱してもらうためだけに近くにいた売春婦の所に何日か泊まることに。

 5日目、判事がそこへ戻ると彼女はナイフで刺されているのを発見。直後に判事もゴム製の棍棒で殴られて気絶。
 次に気が付いた時には判事はナイフを握らされており、警察も判事を逮捕する。

 聡明で美人なエリザベスは父がやったはずはない!と確信。たまたま家に盗みに来た泥棒の親玉である、青年紳士のロウに頼んで父の無実を証明してもらうよう頼む。


 なんとなく、ここは「おしゃれ泥棒」みたいな感じがしませんか?僕もそういう展開になるのかなーと思いきや、ロウ氏はほとんど単独で動き、エリザベスとの接点ほとんど無し。
 コメディタッチにはならず、ほぼ法廷劇。犯人は早い段階で明かされており、別に推理することはなし。
 話の興味は、どうやって犯人を追い詰めるのか、という点になってきます。

 しかも各伝記で述べられていたような、エリザベスは法廷弁護士でもないし、だから父を弁護する、ということもなく。

 オードリーが出演を断る決め手になったレイプシーンですが…
 そんなのどこにも存在してないやん!!
 わざわざそんなシーンを追加するなんて、伝記でも書いてましたが、ヒッチコックってクールな美人女優を映画で陵辱するのが本当に好きだったんですねー。

 とにかく、オードリーが演じるはずだったエリザベスはあんまり出てこない上に、ほとんど動きがありません!
 ロウ氏にお願いして、お金の件や進捗状況を確かめる時や、公判を延期する際に出てくるくらい。

 結局オードリーに断られたヒッチコックは、この作品を製作しなかったので、本当のところどうだったのかはわからないのですが…。
 脚本で大きく変更されているとはいえ、本当に傑作だったんでしょうか?

 それに原作を読む限りでは、オードリーが演じる必然性が全く無いと思うんですけどっ!

 お飾りのようなエリザベスの役に動きを出すための法廷弁護士(でもこの役も、原作ではほとんど動きなし)であり、レイプシーンなのだとしたら、オードリーはやっぱり出なくて正解!だと思いました。

 もちろん当時のヒッチコック作品は傑作の嵐ですから、名作になった可能性も高いのですけどね。

 でもどんな内容なのかずっと知りたかったので、とりあえず読めてよかった!
 そして、“演じていたらどんなんだったんだろう…”と揺れていた僕の気持ちも、読んだことで、この作品は演じなくてOK!に固まって落ち着きました。
 原作はオードリーらしいけど出番ないし、脚本は全然オードリーらしくないみたいだしね。(^^;

 あと、この作品に関してのオードリーの晩年の反応ですが…

 かなり信頼できる、バリー・パリスの伝記…ロバート・ウォルダーズがオードリーに一度質問したところ、ヒッチコックと一緒に映画を作る話があったことさえ覚えていなかった。

 嘘で埋め尽くされ、訴えられたダイアナ・メイチックの伝記(というかでっちあげ)…“ヒッチコックが送ってくれた脚本はすばらしいものでした。ストーリーはぜったいに忘れられないわ。”とオードリーが言ったと。

 これだけ本当の話と、金目的の嘘つきとの間で差が出るんですね。
 ホンとメイチックってやつは…!

 ところで、1983年まで来日しなかったオードリーですけど、実は1959年5月くらいに「緑の館」宣伝のために来日する予定がありました。
 実際には落馬事故での「許されざる者」の撮影の遅れ、流産、再度の妊娠で来日はかないませんでした。

 でももし落馬もせず妊娠もしてなかったとして、最初の予定通り来日→「判事に保釈なし」撮影だったとしたら、オードリーってこの時期58年1月撮影開始の「尼僧物語」から2年近くほとんど休みなしになりますね。
 いっつも撮影後はへとへとになって、体重も3kgほど落ちるオードリーなので、そんなに体力がもったんだろうか?って思いますけどね。
 なんかオードリーにしてはこの時期、ハードな予定だったんですね。(^^;;;

オススメ度:特になし(古書なのに高価ですし、本当に興味のある方だけどうぞ!)


同じカテゴリー(原作本)の記事
 「暗くなるまで待って」原作戯曲本 愛育社 (2016-12-03 18:00)
 「ティファニーで朝食を」カポーティ 村上春樹:訳 (2011-09-28 09:00)
 「マイヤーリング」原作「うたかたの恋」 クロード・アネ:著 (2010-06-04 10:30)
 「尼僧物語」原作 キャスリン・ヒュウム:著 和田矩衛:訳 (2009-03-05 13:00)
 「オンディーヌ」ジャン・ジロドゥ 二木麻里 訳の現代語版 (2008-07-07 16:00)
 コレット著作集11「ジジ」 ガブリエル・コレット (2008-06-27 16:00)

この記事へのコメント
初めまして。
今回のブログについてではないので申し訳ないのですが、
2011年11月28日に
「AUDREY A ROME」について書かれていましたよね。
主催がどこだったのか教えていただけるとありがたいです。
Posted by カミーノ at 2012年04月09日 20:20
カミーノさん、初めまして。

「AUDREY A ROME」の記事のところに書いていただいてもわかりますよ。(^-^

カミーノさんはイベント会社の方ですか?
もしそうでしたら、来年オードリーの没後20年なので、ぜひ実現させてください!
アラ・パチス博物館のHP、消えてますね!

こちらの記事はどうでしょう?

http://audreyinrome.tumblr.com/

ルカ・ドッティなど、主催の個人名が書いてありますけど…。
オードリー子供基金にお尋ねになってもわかるんではないでしょうか。

http://www.audreyhepburn.com/

こちらもオードリーのオフィシャル・サイトなので、答えてくれると思います。

すみません、直接はわからなくて。(^^;;;
Posted by みつおみつお at 2012年04月09日 23:14
僕もこの作品にはずっと興味を持っていました。
もし実現していたらどんな作品になっていただろうかと。
原作を取り寄せて読んで確認するなんて、さすがです。
おおまかな内容は知っていたので、こんな地味な話ならもし実現していても果たしてヒッチコック屈指の傑作になったのかは疑問でした。
通好みの渋い作品にはなっただろうけど。
で、レ〇プシーンがどうのこうのというのが最大の疑問でして、
この時期(50年代後期)にそんなもん撮りますかね?
映倫がうるさい時代なので、マァあってもどうってことないようなシーンだったのは間違いないでしょう。
僕は未遂に終わる、そんなことを匂わせる程度のもんだったと思います。
脚本にどんな風に書かれていたのでしょう。
そこが最も興味深いところであります。
ただ流産直後の精神が不安定な時期だったので、どんなに軽い描写でも耐えられなかったのでしょうね。
自分のイメージに対して保守的で、チャレンジングに演技の幅を広げることに犠牲を厭わないという、いわゆる女優魂を持ち合わせていないオードリィ・・・
それを人によっては弱点とも言われるけれど、
何を選ばないかというブレなさも一つの信念なんですよね。
この作品、実現しなくてよかったんじゃないかなァ。
ただもっと別の形でヒッチとのコラボは見たかったです。
なにでオードリィって本当にサスペンスものがよく似合うひと。
スレンダーな美女に合いますよね。

当のオードリィ本人が全く覚えていなっかたというのスゴイですね。
その程度のもんだったということですね。
我々ファンが大騒ぎする内容と本人の実人生で体験した重要なことって
実に乖離してることが多いんですよね。(特に人物)

そういえば、オードリィってマーニー・ニクソンの名前を忘れてたってパリスの伝記に載っていましたっけ。
(もちろん吹き替え騒動については忘れてはいなかったけど、それさえ忘れていたらさすがに健忘症ですわ)
僕はなんかオードリィのそういうとこ好きです。
Posted by まる at 2012年04月14日 22:35
まるさん、こんばんはです!

ですよね!やっぱり本当に傑作になる作品だったのか、
ファンなら気になりますよね!

原作は、判事が犯人ではないのはわかってますし、
犯人当ての作品でもないので、ちょっと緊張感は薄かったです。
確かに通好みになってたかもしれないですね。(^^;

レ○プシーンに関しては、
まるさんもおっしゃるように、そのものズバリは難しいですよね。
「サイコ」の殺害シーンのように、オードリーのアップだけ、
とかって手法で処理したのかもしれません。

オードリーの女優としての姿勢ですけど、
演技の幅を広げるべきだった、と書いている人がいますけど、
僕はそう思わないんですよね。
もし「尼僧物語」→「判事に保釈なし」と続いていくと、
おそらく違うオードリーになって、映画も違ったんでしょうね。

それはイヤですし、
なんといっても今もオードリーが全世界で絶大な人気を誇るのは、
まるさんのおっしゃるように、
ブレない姿勢で選んで守り抜いた自身の女優のイメージあってこそ!
だと思ってます。
もしイメージを変えていたら…
今オードリーは一般的には忘れられていたのかも…なんて思います。

オードリーが忘れていた…ってのは、なんかわかりますねー。
過去の作った作品も振り返らないオードリーなので、
ましてや製作しなかった作品なんて…ですね。
オードリーにとって映画って、
やっぱり愛する家族、友人、世界の子供たちよりも下に置かれてるんでしょうね。

でも、そんな中、「マイ・フェア・レディ」の吹き替え騒動が残ってるってことは、
やっぱり相当バッシングがトラウマになってたんでしょうね。
僕らは「マイ・フェア・レディ」が大好きだけど、
オードリーにとっての想い出はよくないんじゃないかなーと思いますね。
Posted by みつお at 2012年04月16日 00:23
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。