2013年09月18日

スザンヌ・ランダー著「オードリー・スタイル」

 “間違い多いなー…”

 これはスザンヌ・ランダー、レイチェル・ラニッチ著の「オードリー・スタイル」を読んだ感想。

 やっと出ましたねー。発売日が延期になって、5月発売予定が実際には8月になりました。

 で、英語版のスザンヌ・ランダーの写真集は持っていたので、中を見て、“アレッ!?”。
 判型が英語版と違っているのは見たらわかりますけど、中身、全然違いますやん。(英語版の紹介はこちらこちら

 載っている写真のトリミング違う。画像点数も違う(圧倒的に日本版の数が少ない)。カラーページが無い。

 へーっ。
 もうこれは別の写真集と言っていいでしょうね。というか、英語版のダイジェスト版て感じ。
 英語版のはいろんなオードリーがバラバラに載ってましたけど、これはわりと時系列(だと思っている)順に並べ替えられてます。

 判型がおんなじなので“もしかしてポーランド語版の翻訳?”とか思いながら読みましたけど、読んだら、ちょっと顔がこわばっちゃいました。
 えー、こんな間違いするかなー、みたいなのもあったりして。

 スザンヌ・ランダーの本は本邦初訳だと思うんですけど、“そっか、そっちの人か。”って思っちゃいました。

 正直、今までのオードリーに関する文章で、どこかの編集者だったとか編集長だったとかって人が書いたのってロクな物がないんですけど、スザンヌ・ランダーも経歴見たら編集者って書いてました。

 今までの“編集者”って肩書きがあった人のオードリーの文章とか対談って、だいたいろくすっぽ調べないでしゃあしゃあと書いてることが多いんですよね。
 そのくせ、文章をまとめあげる能力はあると思い込んでるから、ものすごい口調は断定的でめっちゃ押し付けがましい。そんで間違いは垂れ流して平然。あー、やだやだ…。

 オードリーに関する文章だと、バリー・パリスチャールズ・ハイアム、日本だと清藤秀人さん、南俊子さん、林冬子さん、小藤田千栄子さん、小森のおばちゃま、双葉十三郎さんとかはファンも納得の文章が多い“こっちの人”だと僕は思ってます。

 で、イアン・ウッドワードとか、アレクサンダー・ウォーカーとかがまあ真ん中あたりの人。
 淀川長治さんとかはちょっとあっちに入ってるかな。

 ダイアナ・メイチックとか、ベルトラン・メイエ=スタブレとか、吉村英夫氏とか、中川右介氏とかはもう完全に“あちらの人”。

 あちらの人って、別にファンが気に食わないことを書いてるからイヤ、ってんじゃなくって、“よく調べもせずに間違ったことを書いている”か、“自分のねじまげた意見をさもそれが絶対かのように押し付ける”かだからイヤなんですよね。
 一番ヒドいのは“金儲けのためにでっち上げを書く”ってのもありましたけど。

 脱線しましたけど、文章と画像が合ってないとか、間違いが平然と書いてある、とかっていうのがこの本の特徴。

 まあ、昔ながらのファンは純粋に画像を楽しめばいいんですけど、問題は新しいオードリーのファンがこれを見て、間違った情報で覚えてしまうこと。
 手に取り易い、手頃なサイズと値段ですもんね。

 で、明らかな間違いなんですけど、文章で「パリで一緒に」のページで、“「シャレード」のあと、2日間の休みをはさんで、すぐに「パリで一緒に」の撮影が開始。”“35歳”って…。(写真6枚目)

 伝記を読んだファンや昔ながらのファンは、発売(公開)は「シャレード」→「パリで一緒に」だけど、実際の撮影は「パリで一緒に」→「シャレード」だってこと、誰でも知ってる。撮影だってどっちも62年だったとかってね。そしたらオードリーは33才だし。

 こんな基本的なことも調べてないのか?この著者はちゃんとオードリーのことを調べて本を上梓しているのか?だいたいこの著者はそもそもオードリーのファンなのか?

 うーん、もしかして著者は金儲けのためだけに出版しているのかもしれない。でもそれならそれでいいけど、そしたら知ったかの文章はいらない。画像だけで結構。

 ん?でも待てよ。これは日本版。じゃあこれはランダーが書いたものではなく、日本で付け加えられたのかも…。年齢も“age 35”とか“35歳”とかって、おまけみたいな書き方だし。そしたらスザンヌ・ランダーさんにめっちゃ失礼かも…。

 こうなると確かめないと気が済まなくって、出版元の二見書房に電話しました。そしたら回答は、文章は全てスザンヌ・ランダーのものとのこと。年齢も書いてあったので、それを付けたとのこと。

 あっちゃー、やっぱそうでしたか。となると、もうスザンヌ・ランダーは完全にあちらの人。もう二度とこの著者のオードリーに関する文章はいらないです。

 2枚目の写真は21歳のところに登場。でもこれは見ての通り「パリの恋人」(26〜27歳)。
 3枚目は「ジジ」のページに。この画像、たまに「若気のいたり」として出てきますし、英語版でもそこで登場してましたね、でも実際は「初恋」。
 4枚目は「ジジ」プロモーション用って…。これ、衣装からして「ラベンダー・ヒル・モブ」やん。
 5枚目は「麗しのサブリナ」の最初のページにドーンと。これまた「パリの恋人」ですけどね。

 で、日本版ではページ数の大幅削減に伴って、英語版での画像がめっちゃ減らされてるんですけど、残った画像は“日本版に合わせて”若い頃の作品(特に「ローマの休日」「麗しのサブリナ」)が重点的にページを割かれてます。でもこれは日本の編集者の意図ですね。

 それで、もともとのにはそれなりに珍しい画像もあったんですけど、削られた方にその珍しい物が多く、残った方はわりと平凡画像。他の写真集とかとダブっているものが多いです。

 わざわざ日本で1からレイアウトもトリミングもやったらしいんですけど(ポーランド語版ではなく)、カラー写真のわざとのセピア化と、質の低い文章と相まって出来はいまいち。
 発売日が延期されるほど労多かったわりには、たくさんあるオードリーの写真集の中で、残念写真集が追加されただけで終わりました。

オススメ度:★(ランダーの低レベル文章、カラーの単色化、写真の選択ミス、作品によってページ数の差をつけている、それらで大幅減点。印刷はキレイ。)




タグ :★写真集

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この記事へのコメント
みつおさんの研究熱心に頭が下がります。
日本中のオードリー党に、是非見てもらいたいですね。

会社に単身赴任願いを本気で出しています。
福島・鎌倉・京都・神戸・名古屋。
とにかくどこでも精神世界の自由が欲しいですね。

20年かけて集めた資料の殆どが最近20年で焼討にあっています。
価値観の違いは怖いですね。
あーもったいない。
最後の砦は、押入れの最上部の半坪。
最大時の600分の1です。・・・トホホ。
Posted by むらさきいも at 2013年09月19日 10:40
 情報ありがとうございます。

 お値段も手頃でしたし少し迷っていたのですが、買わなくてよかったです・・・

 私はオードリーの知識が浅いので情報が正しいのかどうかはわからないことも多いです・・・

 何気に書籍であっても平気で間違えているモノって多いですよね・・・
 そのことにある程度詳しい人はいいですけれど、詳しい知識がない人はそのまま覚えてしまう危険性があるので怖いですよね・・・
Posted by FUMI at 2013年09月19日 21:14
むらさきいもさん!

研究熱心というか、単に今までの写真集や伝記で覚えただけなんですよ。
研究なんて全然してませんし。(^^;;;

むらさきいもさんのお持ちだった資料は、
今となっては集めるのが困難なものもたくさんあったでしょうし、
本当に焼き討ちは残念ですね。
オードリーファンクラブがあった頃のオードリーの物を
みんな見せて欲しかったです。

あ、ファンクラブといえば、
むらさきいもさんに伺った「ヴァリーエ」上映会の貴重なお話を
ちょっとある文章で使わせていただきました。
またここでも記事が出来次第、その件で書かせていただきますね。
10月以降になりそうですが…。

あー、でもファンクラブは入りたかったです。
何年頃まで活動されていたのでしょうか?
オードリーファンの魔の時代、75年以降も存在していたのでしょうか?
Posted by みつお at 2013年09月19日 21:24
FUMIさん、こんばんは!

あー、でも買っては欲しいんですよ、本当は(笑)。
売れれば、その次もありますけど、
やはり出版社も商売なので、売れなきゃ次のオードリー本は無い、
というわけです。
でもカラーを無くしたり、とかっていう編集方針はやめて欲しいですけどね。

でもやはり出来れば僕が★5つとか4つで推している方を入手していただけると、
満足度は高くなっていただけるんじゃないかと思います。

僕も昔、雑誌のオードリーの紹介とかで
「緑の館」→「尼僧物語」の順で撮影されていたと思っていたので、
「尼僧物語」→「緑の館」だと知った時はかなりショックでした(笑)。
やはり最初に覚える情報って大事ですよね。
Posted by みつお at 2013年09月19日 21:32
 9月20日の讀賣新聞朝刊に「スクリーン・ビューティーズ vol.1 オードリー・ヘプバーン」関連の記事が出ていました。

 大手新聞社でも取り扱うのは凄い人気だと改めて感じます。

 書籍は難しいところですよね・・・売れなければ次が出ないけれど、売れてしまえば、次からも間違いだらけでも平気という危険性も・・・(ともあれ、次がでなければ仕方がないのですけれど・・・)
 やはり、ここのサイトの情報はすごく参考になります。
Posted by FUMI at 2013年09月20日 20:46
なんか僕にも妹から
“新聞に出てたよー!”ってメール来ました(笑)。
いまだにリバイバルもあって、記事にもしてもらえるって、
本当にオードリーって凄いですよね。

そうなんです、写真集!
このブログを熟知しろ!なんて言いませんけど、
出版したら、どんな風に思われてるかは
出版に関わった人に見て欲しいなぁ…とは思います。

そうすれば、いったいどうファンが思っているのかは
次回の参考にあると思うんですけどねー、自分では(笑)。
Posted by みつお at 2013年09月21日 16:35
あちゃー(´△`)

これそんなに残念な写真集だったんですね(苦笑)
まだ購入してなかったんですが、うーん・・・目新しさもあまりなさそう。
購入は控えようかなー。
Posted by カリン at 2013年09月21日 20:41
まあ、★2つでも良かったんですが、せいぜいそれくらいですかね。
購入はお財布と相談、ってとこでしょうか。
これだけ文章が間違いだらけだと、無理して日本版買わなくても、
英語版でいいじゃん、みたいな感じでしょうか。
ちょっとファン心理を取り違えているような、そんな写真集です。

二見書房は前回出した「AUDREY 100」が好調だったらしく、
その上でのこの写真集だったみたいなんですけど、
これは元にする写真集を間違えた、ってとこでしょうか。
あの「ティファニーで朝食を」の豪華本とか出して欲しかったなー…と。
Posted by みつおみつお at 2013年09月22日 04:04
名古屋から夜行バスで何度も往復して神田に入り浸り。
雑誌のバックナンバーの切り抜き後は、すべて集英社に寄贈。
フィルムの切れ端とかポジとかは大量に私設オードリー館。

ちょうど75年頃、私が甘い汁を吸っているという(事実)批判。
責任を取る形で会長を辞任。
鈴鹿のある人が後任の会長。

就職活動開始で一兵卒。
7年前SNSに参加して、「神聖オードリー帝国」ごっこ。
今度は那須のある人を大統領にして一兵卒。

リニア開業まで生きていれば、中津川の山林に山荘開き。
心筋梗塞から復活。(^0^)
アクセス最高の位置!
Posted by むらさきいも at 2013年09月22日 10:12
みつおさん、こんにちは。

日本版のオードリー・ヘプバーン写真集、みつおさんが監修に携わったら絶対完成度の高い最高の一冊ができるとブログを読みながらいつも思います。

オードリー作品の中で、『尼僧物語』が撮影(1957)から公開(1959)
まで一番時間がかかった作品でしょうか。そういう情報は出版関係者が一番詳しくあって欲しいのに、商売として手頃に売り上げが見込めるからオードリーを利用しているようにしか感じない写真集はファンも買わなくなると思うんですけどね。

オードリーを愛するファンの気持ちを汲み取ってくれる写真集(せめて裏焼きを指摘できるなど)がこれからも出ることを願います。

オードリーの映画公開今週末からですね。大阪は、なんばパークスのみ。ちょっと遠い!
Posted by hiro at 2013年09月23日 11:28
>むらさきいもさん

なんか、当時のいろいろな活動が想像できますね。
結構オードリーファンクラブは活発だったんでしょうねー。
でも、僕がファンになった頃は、もうファンクラブの募集とかはなかったですよ。
むらさきいもさんが会長だった頃の方が活気があったんじゃないですか?

当時、会報とかはあったんでしょうか?
毎月とか、2ヶ月おきとか、季刊とか。
そういうのもぜひ見てみたいですねー!
一時期、ファンクラブが無いので、自分で作ろうかと考えていたことがあります。
中学生の頃です。生意気ですよね(笑)。
でも、会報に何を載せたらいいのかがわからないし、
会報の作り方もわからない…ってんであきらめました。
諦めててよかったです。もしやってたら、今ごろ大恥かいてますね。
Posted by みつお at 2013年09月25日 14:04
>hiroさん

そうですね(笑)。
僕も1から作らせてくれ!とまでは言いませんけど、
監修とかやってみたい!と思います。
完成度が驚異的に上がるかどうかはわかりませんが、
裏焼きとかの指摘はできると思うので、
間違ったオードリーを届ける…ってことは減るんじゃないかと思います。

「尼僧物語」は58年1月に撮影開始のはずですよ。
でも、一番撮影に時間がかかったらしく、6月まで、約半年撮影してたそうです。
公開は、アメリカで59年6月なので、およそ1年半ですね。

一番公開まで時間がかかったのは、「パリで一緒に」じゃないでしょうか。
撮影が62年7月からで、公開が64年3月なので、1年8ヶ月かかってますし。(^-^

確かに、安易にお手軽写真集を出されるのは、
会社にとってもファンにとっても嬉しくないですよね。
ダメダメ写真集はファンも買わない、
でもなぜ売れなかったのかを考えない会社は
“オードリーが商売にならない”と思って次を出さない。
そしたらファンが困ってしまう…と誰にとってもメリットがないです。

レンタルポジの会社のオードリーの写真を見ても、
結構珍しいのが未だにどこにも収録されずに大量にあります。
そういうのこそ選んで欲しいなーとはいつも思います。

hiroさんはなんばで「スクリーン・ビューティーズ」ですか!
僕はおそらく尼崎に行くことになると思います。
一緒に楽しみましょうです!v(^-^
Posted by みつおみつお at 2013年09月25日 14:26
やっぱり間違い指摘!さすがみつおさん。
もういちど本を読み返してみると、
前年の1957年は 、『尼僧物語』と『緑の館』の準備が重なり
一時は『尼僧物語』を降板するくらいオードリーも
気疲れしてたんですね。

次回作に無事クランクインできるか心配になった例として、
ロミー・シュナイダーが、クロード・ソーテ監督の『夕なぎ』より
先にクランクインする『ルートヴィヒ』の監督ヴィスコンティ宛に
自分の撮影シーンを先に撮り終えるようスケジュール調整を
脅迫まがいの手紙で懇願したり、エリザベス・テーラーが
『バターフィールド8』の撮影中に骨折して撮影が中断。
入院中も次回作の『クレオパトラ』に出演できるか、
おちおち寝れなかったなんてエピソードを読んだことがあります。

最初難波で見る予定でしたが、週末に尼崎の隣の駅に行く用事が
あったので、私も尼崎で鑑賞することにしました。
距離的には尼崎が近いけれど、梅田を経由するルートでしか
交通手段がなくて不便です。
Posted by hiro at 2013年09月28日 00:50
hiroさん、こんばんは!

オードリーって、年に1本ペースで撮っていたというイメージがありますけど、
実際に撮影期間を調べてみると、どっちかって言うとまとめ撮り的な感じがしますよね。
「パリの恋人」「昼下りの情事」「マイヤーリング」。
「尼僧物語」「緑の館」「許されざる者」。
それ以外も2本続けて、ってのが結構多いです。

ロミー・シュナイダーとかリズの話は知らなかったので、
へーっ!って興味深く読ませていただきました。
リズは「バターフィールド8」でもトラブル、
「クレオパトラ」でもトラブル、だったんですね。
骨折で休んでいる間に貫禄が付きすぎてしまったんでしょうか。(^^;;;

僕は日曜に鑑賞するんですけど、
間違って土曜日のチケットも3席取ってしまい、
母と友人に行ってもらうことにしました。( ̄▽ ̄;)
JR尼崎は東海道線か、東西線ですね。
Posted by みつおみつお at 2013年09月28日 01:19
本当にびっくりしました。もう何度も見ているはずなのに、
字幕を見ると、フレッドが弟から兄に変わってる!
最近録画したBSのバージョンは弟。ストーリーでも
ピーナッツバターが好きなフレッドは姉のホリーを追い越して
すごく背が高くなった描写のような気がしたんですが、
この辺りから、フレッドに対するホリーの愛情表現は
どう見ても弟じゃないかという疑念が鑑賞中渦巻いて
見終わった後もキツネにつままれた感じです(笑)
フレッドのセリフの「〜ですな」という昔の爺さんが
話すような口調も違和感が。
字幕のフォントも初期のDVDの固いゴシック系で
手書き風書体などもうひと工夫あれば良かったのにと
個人的に思いました。
Posted by hiro at 2013年09月29日 01:21
hiroさん、こんばんは。

僕も今日見てきました。
僕もやっぱり今まで弟のイメージだったので、
ちょっと字幕に兄と出る度に違和感ありました。(^^;;;

でもフレッドが兄か弟かというのは、原作でははっきりしていて、
やはり兄というのが正しいらしいです。
でも映画のホリーの愛情は弟へのそれのような感じですよね。
僕らが慣れるしかないのでしょうが…。

字幕のポールのセリフは、確かに僕も所々違和感ありました。
“なんで呼んだのだ”とか。そんなしゃべり方しないって、みたいな。
そこは“なんで呼んだんだ”やろ、とか。
この喋り方が何カ所かあって、その度にそこで気が逸らされてました。

映画館の入りは半分くらいでした。
見終わった後、僕の連れや後ろの若い女性が
“よくわからへん。これって年をとったらわかるんかな?”
と言っていて、うーん「ティファニーで朝食を」はやっぱり
オードリーを最初に見るにはちょっとツラいかなーと思ってました。
むしろ「パリの恋人」からスタートの方が良かったのでは?とか。
僕も「ティファニーで朝食を」の良さがわかるには
かなり時間がかかりましたからね。(^^;

でも今回、フレッドの死の部分とかは昔よりも
ホリーの気持ちに沿って見れました。
昔は“ふーん”て感じだったのですがl。
だんだんオードリーの守護霊的見方が進んできた感じです(笑)。

次週の「パリの恋人」も楽しみですね!(^-^
Posted by みつお at 2013年09月30日 00:12
みつおさん

今回のリバイバルがなければ、きっとホリーの弟フレッドとして
これからも映画を見てたかもしれません。
初めて原作の翻訳本を読んだのが中学生の頃だったので、
アメリカ文学に詳しい人や洋書で読んだことがある人は
長年もどかしい思いをしてたんでしょうか。

アメリカでは兄・弟どちらも区別せずbrotherと呼ぶことが
多いから前後の文脈を把握できないと翻訳は難しいですね。

しかし映画の中の台詞(バスターミナルのシーン)で、
A couple of weeks ago I got a letter from young Fred.
とyoungが出てくるから、エドワーズ監督は映画でフレッドを
弟として描いてるんでしょうか。
Posted by hiro at 2013年09月30日 22:55
そうなんです!
確かに原作ではお兄さんなんでしょうが、
果たしてこの映画が原作どおりにお兄さんの設定だったのかは
当時の製作のことがわかる人でないとわかりませんよね。
原作どおりではない映画版「ティファニーで朝食を」だから、
ここでもお兄さんだった、というのは必ずしも言い切れない面があると思います。
オードリーの演じ方も、お兄さんへのそれなのかどうかという。

今回見ていて思ったのは、
14歳でルラメーがドクの所に来て、
まだ6年くらいしか経ってないの?ってとこです。
なんか字幕で判断するに、そんなみたいな話だったような…。
じゃあここでのホリーはまだ20才くらい?みたいな。
またもう一度ちゃんと見ないといけないですね。(^^;
Posted by みつお at 2013年09月30日 23:56
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