2015年04月28日

ミニチュア版「緑の館」1959年初公開時 立看ポスター

 スターチャンネルでオードリーの誕生日の5月4日にちなんで、4作品を放送するみたいですが、正直字幕が市販のものと同じでは、お金出してまで契約したいとは思わない人なので、特に勧めません。
 市販のBDやDVDで収録されていない「緑の館」「いつも2人で」「パリで一緒に」「マイヤーリング」などでの池田昌子さんの吹替(新録でも旧録でも)、とかだったら迷わず契約しますけどね。

 さて、今日のミニチュア版は「緑の館」1959年初公開時の立看ポスター。

 「緑の館」ものって、僕は特に惹かれるんですけど、このポスターもいつか本物が手に入ればいいなあ〜と思います。
 これはミニチュアだからあんまり色は綺麗じゃないですけど、「オードリー玉手箱」を見ると、本当はもっと綺麗な発色をしてますね。

 さて、これまでは明らかにオードリーだけを大きく売ってきたポスターですけど、「緑の館」のB2ポスターで初めてオードリーと共演者が対等に載ってました。
 でもこの立看ではやっぱりオードリーが大きくあしらわれていますね。

 それまでの共演者は、みんなオードリーよりだいぶ年上のおじさんばっかりで、人気的にもウィリアム・ホールデンを除くと、オードリーに対抗するには…って人が多かったんですよね。
 でもここで初めてオードリーより年下で、かつ人気もオードリーに比肩しうるくらい当時大人気!って共演者のアンソニー・パーキンス(愛称:トニパキ)になりました。

 なのでB2ポスターでは対等に扱われてましたし、この立看でも、オードリーよりは小さいとはいえ、大きな扱いになってるんですよね。

 今では老若男女に好かれるオードリーですけど、当時のイメージはやっと安定したスターの座を築いたばかり。
 雑誌などでも “若者に大人気の” って形容詞が付いていました。
 当時の年配の方のご贔屓は、オードリーではなく戦前の女優さんだろうし、大人の方はイングリッド・バーグマンやジューン・アリスンなんかがお好きだったんじゃないでしょうか。

 なので、当時のオードリーの人気を支えていたのは、主に10〜20代くらいの人ではなかろうかと。
 そして「サイコ」前の若き青春スターのアンソニー・パーキンスの人気を支えていたのも、10〜20代の女性。
 この「緑の館」は若い人にとっては嬉しい組み合わせだったんじゃないでしょうか。

 それと、この「緑の館」を撮影していた1958年はオードリーが珍しく忙しく仕事をしていた時期。
 1958年早々に「尼僧物語」を開始して、オードリー映画で最長の6ヶ月間の撮影期間。それが終わるやいなや「緑の館」の撮影に。それが済むと「許されざる者」の撮影開始、と連続で3本撮っています。

 作品の内容も、「昼下りの情事」までのロマンティック・コメディは影をひそめて、全て真面目な作品ばかり。
 オードリーにとっては第2期で、女優としてチャレンジしていた時期になりますね。

 最初の予定ではさらに「許されざる者」撮了後に日本に来日して「緑の館」の宣伝、その後はヒッチコックと「判事に保釈なし」を撮る予定でしたから、本当に休む間もなく働くつもりだったんでしょうね。
 実際には「許されざる者」で落馬。そのため撮影期間が延びてしまい、しかも撮影終了後流産、と良くないことが連続しちゃいましたんで、来日もヒッチコックも無しになってしまいましたけど…。

 さて、今の僕らにはオードリーといえば「パリの恋人」「昼下りの情事」→(TV「マイヤーリング」)→ほぼ1年開いて→「尼僧物語」「緑の館」「許されざる者」と撮影していったことはわかっていますけど、日本での公開は1957年9月「パリの恋人」の次が1959年5月「緑の館」なんですよね。なんか「パリの恋人」の次が「緑の館」だなんて、僕らからするとかなり唐突な感じがします。(^^;;;

 当時共演のアンソニー・パーキンスは線が細いと良く言われてましたし、横から見ると確かに薄いんですけど、頭はめっちゃ小さいし、それでいて肩幅はかなりあって身長は190cm弱。
 今見ても充分カッコいいです。というか今風。
 ただ、僕はアンソニー・パーキンスの歪んだ口がどーも気になるんですけどね。

 ちなみにオードリーとはとても気が合ったようです。
 撮影中もずっとオードリーを笑わそうとしていたみたいですし、オードリーもメル・ファーラーといる時よりも、アンソニー・パーキンスといる時の方が楽しそうに写ってます。

 1962年にオードリーが「ティファニーで朝食を」で、アンソニー・パーキンスが「さよならをもう一度」でダヴィッド・デ・ドナテーロ賞を受けた時も、一緒に飛行機や船で移動してる最中、オードリーとパーキンスはずっと話してますもんね。

 そして性格も良かったみたいですね。1991年にオードリーを讃える集いで、他の共演者はフィルムの抜粋があったのに、「緑の館」のフィルムは準備されてなかったそうなんですよね。
 でもアンソニー・パーキンスは “構わないよ。” と気を悪くすることもなく、「お熱いのがお好き」のオファーを「緑の館」のために断った、という逸話を披露したそうです。

 作品的には「お熱いのがお好き」の方が遥かに優れていると言われていますので、もし「緑の館」を選ばずに「お熱いのがお好き」に出ていれば、アンソニー・パーキンスの俳優としての人生はまた大きく違ったものになっていたのかもしれません。

 まあ、それを言うならオードリーも「判事に保釈なし」に出てしまっていたら、同じヒッチコックの「サイコ」に出たアンソニー・パーキンスのように、その後の女優としての方向が変わってしまったかもしれませんし、そうなると「ティファニーで朝食を」も「シャレード」も生まれなかったかもしれないので、やはりそういう運命だったんでしょうけどね。

 とにかく、世間での評価はあんまり芳しくない「緑の館」ですけど、原作のリーマを見事に具現化してくれましたし(原作を読んだ人には結構受けがいい)、オードリーはとても美しいですよね。
 いっつもあんまり取り上げられない、画像が載ることも少ない、と虐げられているのが可哀想なので思わずかばってしまう、というか僕個人ではとても思い入れがあります。新しい画像とか見つけると思わず嬉しくなってしまう作品です。



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この記事へのコメント
こんにちわ
向井真理子さんは、モンローの主演作をすべてアテてらっしゃるわけですが、池田昌子さんは残念ながらオードリーの主演作を「すべて」アテている
わけではないんですよね。「マイヤーリング」「ニューヨークの恋人たち」「新おしゃれ泥棒」そして今回の「緑の館」だけは、アテてらっしゃらないですよね。
昔(大昔!)「緑・・・」のオードリーのアテレコを担当なさったのは、二宮さよ子さん。実は私、今は事情があって退会してますが、二宮さんのファンクラブの会員だった時期があり、近く会員復帰を検討しておりますので、復帰したら二宮さんに、この映画のアテレコを担当なさった時の事を、色々質問してみようと思っております。
この作品、昔は「オードリー映画唯一の駄作」といわれてましたが、オードリーがカムバックしてから撮った「華麗なる相続人」以降の主演作があまりにも
ひどい出来だったため、「唯一」ではなくなってしまいましたね(笑)。
みつおさんは「緑の・・」の原作、お読みになった事ありますか?私は読んでいませんので、あくまでも想像ですが、この小説、映画化するのが難しい題材なのではないですか。原作は純文学なのに、出来上がった映画はターザン映画に毛が生えたようなジャングル活劇になっていた、みたいな(笑)。
最近、この作品がツタヤでDVD化されていると知りましたので、今度観返してみようと思っております。
Posted by ヴェロニカ・ハメル at 2015年05月02日 06:19
訂正!「新おしゃれ泥棒」ではなく、「おしゃれ泥棒2」でした。ひらにご容赦!
Posted by ヴェロニカ・ハメル at 2015年05月02日 06:26
ヴェロニカ・ハメルさん、こんにちは。

そうですね。池田昌子さんじゃないオードリー作品っていうのもいくつかありますよね。「初恋」もそうじゃなかったでしたっけ?
僕が昔テレビで見た「パリの恋人」も池田昌子さんじゃなかったです。
DVDでも「オールウェイズ」が違いますよね。

やっぱりファンには オードリー=池田昌子さん になっているので、
他の人だと違和感がスゴいです。

他にもドキュメンタリーなどでも、オードリーの時は必ず池田昌子さんを使ってもらいたいと思います。

でも二宮さんの「緑の館」のことはぜひ伺いたいですね。
ヴェロニカ・ハメルさん、よろしくお願いします!m(_ _)m

で、「緑の館」の原作はもちろん読んでますよ。(^^

http://audreyhepburn.ko-co.jp/e7187.html

で記事にしています。
昔好きな本だったんです。
確かに映画は幻想的な部分や壮大な部分はかなり小さくなってましたし、登場人物の描写(クラクラ婆さんなど)はすっとばされてましたが、少なくともオードリーのリーマは大正解だと思いました。
やはり当時のCGがほとんど無い技術的な面と、メル・ファーラーの技量のせいで、結果的に残念な出来になったのは、本当にもったいないですね。

あと、もっと幻想的な部分とオードリーが妖精的な説明の部分はもっと尺があった方がよかったと思います。
メルは一般受けするような活劇部分を多くしたのでしょうが、オードリーの出番も少ないし、ちょっと見ていてしんどいですよね。
「緑の館」の説明でオードリーの役が“ジャングルの野生の少女”などと紹介されていると、これはメルの編集が悪いよなーって思ってしまいます。その説明では妖精的な部分が全然伝わらないですよね。(^^;;;

かといってメル・ファーラーとオードリーが最初に狙っていた「オンディーヌ」を映画化…だと、もっと作り物臭くなっただろうと思うので、結局このコンビで“オードリー=妖精”のテーマで作りたいなら「緑の館」で良かったのかなーとも思います。
「緑の館」なら、少なくとも“妖精のような少女”であって、本物の妖精ではないので、ウソ臭さが減りますもんね。
どうせメル・ファーラーが監督なら何を撮っても失敗作だったでしょうし…。

でもカムバック以降の後期の作品群は本当に出来が残念でした。「ロビンとマリアン」が最後の輝きでしたね。
せめてもう1作、オードリーがオファーされていた「愛と喝采の日々」か「愛と哀しみの果て」に出てもらっていたら、オードリーの晩年の女優人生ももっと高く評価されていただろうなーと思います。
何やかや言っても、メル・ファーラーが夫だった間はオードリーの脚本選びに意見していたとすれば、少なくともメルの脚本を見る目は間違っていなかったことになりますよね。
Posted by みつおみつお at 2015年05月02日 09:18
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