2018年03月03日

スイス、モルジュでの昨年度のオードリー・ヘプバーン展覧会チラシ

今月号の“スクリーン”誌で、またオードリーが第5位になりました!

それと、今年の「午前十時の映画祭9」でのオードリー枠は1作品「パリの恋人」になりました!
2018/12/21(金)~2019/01/03(木)の年末年始が上映期間になります。

写真展 “オードリー・ヘプバーン 〜今よみがえる、永遠の妖精〜” の予定です。

大丸京都店 <ファッション編120点のみ>(終了)
大丸心斎橋店 <映画編120点のみ>(終了)
松坂屋名古屋店 <240点の中から抜粋>(終了)
日本橋三越本店 <240点が一挙に展示>(終了)
・大丸札幌店 <約150点>
 期間:2018年3月7日(水)~ 3月19日(月)
 場所:7階ホール
・大丸神戸店<約150点>
 期間:2018年3月21日(水)~ 4月3日(火)
 場所:9階大丸ミュージアム
・そごう横浜店<約150点?>
 期間:2018年3月23日(金)~ 4月2日(月)

 公式サイトはこちら

スイス、モルジュでの昨年度のオードリー・ヘプバーン展覧会チラシ これは今度のオードリーツアーの企画をした津屋さんにいただいた、昨年モルジュで開かれていたオードリー展のチラシです。
 
 オードリーの展覧会に関しては、モルジュではボル財団というところが毎年開催しています。

 モルジュはオードリーを観光資源に、これから毎年オードリーの展示会を開くようなのですが、昨年のテーマはジバンシィとオードリー。
 このチラシもジバンシィの衣装を着たオードリーになっています。

 展示会の題名は “Audrey Hepburn Esquisse d'une icône”、翻訳すると“オードリー・ヘプバーン、アイコンの素描” ってな感じでしょうか。

 この展示会の写真集も見せてもらいましたが、後半はオードリーと関係なさそうなジバンシィの衣装とかも載っていて、確かにジバンシィのデザイン画とかも載ってました。

 この写真自体はハウエル・コナンの写真です。
 本来はカラー写真なのですが、それを一旦モノクロ化してオードリーの肌は肌色に塗って、他の部分はターコイズブルーで染めて加工したもの。

 しかもちょっと解像度を粗くしたのか粒子感を強くしたのか、絵のようなタッチになっています。
 まさに素描っぽくしたわけですね。

 本来のオードリーの衣装の色などは“audrey hepburn howell conant horse” とかって検索すると出てきます。

 まあ表面だけの印刷だし、ホントにこれだけの物なんですが、知ってはいるけど意外とレアな画像だし現地でないと手に入らないしっていうのも相まって、持っているだけでもかなり嬉しいチラシです。


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この記事へのコメント
お久しぶりです。
この写真、以前見たことあります。「ウマいイタズラ」として、たしか「ライフ」誌
で紹介されたんじゃなかったかな。洒落た写真ですよね。
話は変わりますが、みつおさんは「ビックコミックオリジナル」という青年向け漫画雑誌に連載されている「赤狩り」という作品をご存知でしょうか?
これは、「ローマの休日」の脚本を手がけたイアン・マクラレン・ハンターことドルトン・トランボが、戦後すぐにおきた、いわゆる「レッドパージ」で迫害される
姿を描いた漫画なのですが、先月発売の「ビッグコミック・・」誌の上旬号と下旬号、そして昨日発売の号掲載の回に、「ローマの休日」撮影時のド新人時代のオードリーが登場したのです。
「ローマ・・」撮影時に、王女と新聞記者の別れのシーンで、どうしても涙を流せないオードリーをワイラー監督がしごく場面などがとても面白く描かれてますので、もしご存知ないのでしたらぜひ読んで頂きたいです。
この漫画をよんで初めて知ったのですが、「ローマ・・」って、最初エリザベス・テーラーのアン王女、ケーリー・グラントの新聞記者というキャスティングで、フランク・キャプラが監督する筈だったんですね。しかも白黒ではなく総天然色(古い!)映画として作られる予定だったんですね。驚きました。
出来れば、このブログで取り上げて頂けると嬉しいです。
Posted by ヴェロニカ・ハメル at 2018年03月06日 23:41
ツアーは素敵な企画ですね!ああ、できることならその旅に出たい!
その前にみつおさんの講演を聴きに行きたいです。

この写真、確かに『LIFE』誌に載っていましたね。
“ウマいイタズラ”という表記も覚えています。
コナント氏の写真集では別ショットだったような・・・

ハメルさんの書いてらっしゃる漫画『赤狩り』は、僕も読んでいます。
この前は、ワイラー監督助手のレスター・コーニッグ(共産党)という人と
オードリィとの友情が描かれていました。
撮影後、アメリカ本国に呼び戻されて非米活動委員会での証言を求められているレスターと、
事情を察しながら知った風なことは語らず、お互いの隠し持った信念を信じ続けようという手紙を差し出すオードリィ
完全な実話なのかどうかは知りませんが、感動的でした。
最新号では、委員会で密告した男が、「ローマの休日」を劇場で観て、
ロマンティックコメディでありながら、信頼をテーマにしたこの映画に打ちのめされていく姿が描かれていました。
本当のオトナが作ったとてつもなくカッコいい映画
そんな作品でメジャーデビューを果たせたオードリィって幸運でしたね。
でも彼女自身も辿ってきた道は大変なものでしたけど、
それをほとんど表に出さない(芸風にしない)ということも、
ある意味凄いことだと、今更ながら思います。
Posted by まる at 2018年03月07日 22:36
ああっ!ヴェロニカ・ハメルさん、お久しぶりです!
長い間いらしてなかったので、心配してましたー!・゚゚(´□`)・゚゚。

“ウマいイタズラ”って名前があったとは知りませんでした!
ってか僕だけなのかな、知らないの…(゚ω゚;)

でも英語だと“ウマい”って所が通らないような気もするのですが、そこはどうなっているんでしょうねー。

「赤狩り」は見たことないです。
素人時代のオードリー…オードリーの顔を描くって難しいと思うんですけど、似てるのかなぁ〜。
また機会があれば読んで見たいです!(^-^

「ローマの休日」の最初のキャスティングは知ってますよ(^-^)
どうしてもリズは「クレオパトラ」のイメージが強くて、貫禄ありすぎに思えてしまうのですけれど、撮影時の52年当時のリズならまだまだ若くて可愛かった頃ですよね。

その時にケイリー・グラントとだったらそれなりにいい作品になって、リズの若い頃のイメージの代表作になっていたのかも…。
ただ、こうして僕たちが愛してる「ローマの休日」にはなれなかったかだろうな〜と思います。

どうしてもリズは持っているものが古いですよね。絶世の美女なんだけど、現代まで通用するものではないかと。そこがオードリーとの大きな違いですよね。

フランク・キャプラ監督は、僕も「或る夜の出来事」しか知らないのですが、タッチがロマンティックですよね。
ただこないだ紹介した「キネマ旬報ベストオブベスト」でキャプラとワイラーでは風格が違う、ということが書かれていたので、「ローマの休日」も今ほど格調高い物になっていなかった可能性がありますよね。

カラーの問題も、ワイラー監督はカラーで撮りたかったけれども、ローマロケになった段階で費用がバカ高くなるので断念した、って読んだことがあります。
あるいはロケをするせいでパラマウントに嫌がらせでモノクロ撮影にされたとも…。

でも当時のテクニカラーは3本のフィルムで撮影するという方式で、機材も大きかったでしょうし、ローマの市街地でロケをしながら撮影というのは難しかったんじゃないかなーと思います。
キャプラ版だとセットになっていたかもですしね。

ってここで書いてしまいましたね (^_^;)
ブログで書くとなると、こちらは何かグッズに絡めてでしょうし、“おしゃれ泥棒、オードリー・ヘップバーン”のほう向きかな〜。

またたびたびいらしてくださいねー\(^o^)/
Posted by みつおみつお at 2018年03月08日 01:27
まるさんもお久しぶりです!
お身体心配してましたー(;_;)

ツアー、僕も行きたいですけどお金が…(^_^;)
てかまるさんとだったら僕はチャップリンは要らないので、オードリーだけのツアーにしたいですね!(^-^
シャンティイとかパリとか、スイスも別荘のあったブルゲンシュトックとか、「シャレード」ロケ地のメジェーブとかに行きたいですよね!

講演はまあ開催は決まりましたけど、あんまりきっと集まってないでしょうから、まるさんがその時に東京にいれば全然大丈夫だと思いますけれども。
ただ、まるさんはこちらで大体のことはご存知でしょうから、目新しいことは何もないかもですが…(^-^;)

今の所、

自分がスイスにオードリーの生前に行ったエピソード
スイスとオードリーの関わり
スイスに行った時に写真をチェック!オードリーは左からしか写させない
ポスターの説明
「いつも2人で」は時代が全部66年
「パリの恋人」の謎とDVDジャケットの「麗しのサブリナ」による乗っ取り

の順で時間のある限り話そうと思ってます。
それでも余れば、各作品のエピソードを語ろうかと。

ポスターもどれを持っていくのかはもう決めて、ポスターに関して話す順番に並んでいます。
「暗くなるまで待って」の絵柄は、まるさんが“勝った!”と思ったという話もするつもりですよ〜。

「赤狩り」ですが、オードリーって政治的な会話って生前に一切していないですよね。
レスター・コーニッグとのエピソードも語られたことは聞いたことがないですし、創作なのでしょうか。
オードリーがどういう政治的思想を持っていたのかは知りませんが、手紙の件が全くの作り話だとしたら、政治的思想に利用されるのはむしろ憤りを感じます。

オードリーってその当時はまだ駆け出しですし、赤狩りの脅威は知っていたかと思いますし、そういう“隠し持った信念を信じ続けよう”などという完全に政治思想の考えを書いた手紙を残してせっかく掴みかけたスターの座を棒に振るということはしないほどには賢明だったと思うのですが…。
ちょっと眉唾なんじゃ…と思ってしまいました。
まあ漫画で面白く…とその辺を理解できる人ならいいのですが、オードリーがそう思ってた、となると淀川長治氏・ダイアナ・メイチック・吉村英夫氏以来のデマの拡散にならないか心配です。
Posted by みつおみつお at 2018年03月08日 02:01
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