2014年10月21日

「マイ・フェア・レディ」コレクターズ・ボックス チラシ

★「いつも2人で」イオンシネマ“シネパス”
 10/24(金)まで
 グループ5(西日本):茨木・りんくう泉南・三田ウッディタウン・加古川・和歌山・広島・綾川・大野城・戸畑・福岡・筑紫野・熊本の各イオンモールにて上映

 (「いつも2人で」を初めてご覧になる方は、僕のもう1つのブログで先に“「いつも2人で」オードリーの髪型による旅の順番の見分け方”を読んでいただくと、時系列が混乱しないかと思います。)

 それと、「マイヤーリング」の公式サイトが閉鎖されました。
 もともとオードリーサイドとは1年の契約だったそうで、開設から1年経ってしまいましたので、残念ながら契約切れ、ということになりました。
 もったいないですが「マイヤーリング」の公式HPがあったのは世界で日本だけ、ということで誇れる事ですね。
 今でも「マイヤーリング」のFacebookとTwitterは生きているようですので、名残は感じられます。

「マイ・フェア・レディ」コレクターズ・ボックス チラシ 今日2014年10月21日は、アメリカでの「マイ・フェア・レディ」初公開からちょうど50年に当たります。
 なので、当然「マイ・フェア・レディ」から何かを…と思って、VHSの30周年記念版であるコレクターズ・ボックスを紹介しようと思ったのですが、先にこれを紹介しとかなアカンやん!ってことに気づいて、先にこちらのチラシを紹介。

 これは公開30周年である1994年に「マイ・フェア・レディ」がアメリカでデジタル・リマスターされたので、日本でも大々的に宣伝されて売り出されたもの。そしてこれがその時の宣伝チラシになります。

 当時のテレビサイズはアスペクト比は4:3のままでしたが、そろそろ大型の29型などが台頭してくるようになり、上下が黒帯の横長でも見れる大きさになってきました。

 なのでビデオ・LDとも左右がノートリミング(で、上下黒帯入り)のワイドスクリーン版というのが続々と発売されるようになり、この「マイ・フェア・レディ」もそれまでは4:3に合わせてぶった切られてきたのですが、ここで初めてワイド版で発売される事になりました。

 裏面には通常のワイド版とTVサイズ版の両方の発売も載っています。この当時はビスタビジョンやシネマスコープの作品は両方のサイズで出る事が多かったです。元の通りのアスペクト比で見たいこだわり派と、上下に黒帯が入って小さくなるのがイヤなテレビサイズいっぱいで見たい派に分かれたんですね。

 本国アメリカではそのデジタル・リマスター版でのリバイバル劇場公開もあったようですが、日本でも新たにポスターも作って、95年にリバイバルされました。
 が、当時日本ヘラルド配給のそのリバイバルは、なんとリマスター前のフィルムでのリバイバル!

 リマスターされた事は結構ニュースなどで報道されて知ってましたから、劇場に見に行くときはめっちゃ期待してたんですが、上映が始まると“このフィルムは制作されてから長い年月が経っており、傷などのお見苦しい箇所がありますが、ご了承ください”のテロップが…。
 ポスターはリマスター版と同じビジュアルなのに、なんじゃそりゃあ!って騙された感じがしました。実際傷の多い古いフィルムでした。

 そういえば誰が書いたか、IMDbには2000年に日本でリバイバルされたことになってますが、そんな年にはリバイバルしてません。
 2000年に劇場で上映されたのは、この1995年時のリバイバルのフィルムのただの使い回しになります。

 2000年前後、そろそろ日本での上映権の切れそうな日本ヘラルド配給のオードリー映画を各地の名画座で上映していましたが、東京地区の名画座単館でのみの上映も雑誌「スクリーン」で “リバイバル” として載せていて、いったいどこで上映するのか、「スクリーン」編集部に直接電話で問い合わせた事がありました。
 そうすると女性が出てきて、東京地区の1館のみの上映で、他の地区では見れないとのことでした(劇場名も教えてもらいましたが。もう忘れました)。

 “そんなのリバイバルじゃねーよ!単なる名画座での上映やんか!なんでリバイバル扱いで載せるねん!”って心の中で悪態ついていましたが、オードリーが小さいながらも載っているので良しとしていたんですが、まさかネットの時代になってその弊害が出るとは…。(^^;;;

 名画座1館の上映なんて、昔の「スクリーン」なら、決してリバイバルなどという扱いでは載らなかったと思います(今も載らないと思います。2000年頃の「スクリーン」編集部ってどうしちゃったんでしょうか…)。
 それに、地方都市での上映は載りませんでしたし、当時 “単なるえこひいき!”って憤慨していました。

「マイ・フェア・レディ」コレクターズ・ボックス チラシ その1995年のリバイバルもですが、1977年や1981年や1986年のリバイバルも載ってなくて、2000年などというリバイバルが載っているなんて、IMDbも “その程度” なのか〜と残念です。
 「ローマの休日」の日本初公開日も根拠のない日付(1954年4月19日)がずっと今も載っていて、以前のデマも含めて、IMDbでの信頼性は絶対ではない、と言っておきます。

 ウィキペディアでも「ローマの休日」日本初公開は1954年4月19日になっていますが公開都市の明記もありません。
 東京のロードショー館 日比谷映画劇場は4月27日、名古屋ミリオン座で4月23日、大阪(梅田)・京都大阪(難波)・神戸はいずれも5月1日からで、日本で最も早いと言われている長崎富士佐世保劇場が4月21日。19日の根拠が全くありません。(日付明記の各都市は、図書館での当時の新聞の映画欄や宣伝、映画館の記録などで確認済み)
 これもウィキペディアによるデマだと言っていいでしょう。

 さて、このセットの内容は本体を紹介する時に任せるとして、このチラシの裏面には“新星堂神戸オーパ店”と今は無き懐かしい店名のスタンプが!

 これ、現:ANAクラウンプラザホテルの旧:新神戸オリエンタルホテルの開業時B2Fに入っていた新星堂の店舗です。神戸人は今でも新神戸オリエンタルホテルって言う人もいるし、みんなに充分通じると思います。ダイエーが経営母体で、ダイエーが権勢を誇っていた頃ですね。

 神戸は特に、ダイエーはもとより、ポートピアホテル、ローソン、神戸の中心地三宮にあったダイエー村とPALEX、エキゾチックタウン、ドムドム、プランタン、オーパ、バンドール、Kou'S など、当時は本当にダイエーのパワーが凄かったです。

 この新星堂は、新幹線で東京などに行く時に、神戸市営地下鉄と新幹線の新神戸駅の乗り継ぎを新神戸オリエンタルホテルのOPA内で行き来する際に途中よく立ち寄った場所です。
 新星堂はハーバーランドのオーガスタプラザ(現プロメナ神戸)にもありましたね。
5階だったかな?

 ですがこのチラシ、日付を良く見てください。95年2月22日発売!になってますよね。
 おそらく1994年にこのチラシは置いてあったのでしょうが、95年1月17日にはご存知の通り阪神淡路大震災がやってきましたので、2月22日にはまだおそらくこの新神戸OPA内の新星堂も営業していなかったのではないかと思いますが…。

 地震のせいなのか、やがてこの神戸オーパ店も閉店になり、ハーバーランドの新星堂も90年代後半頃に唐突に撤退してしまいます(予約してたCDがあったのに、キャンセルになりました。そして店員さんもあまりに撤退が突然すぎて驚いていました)。

 地震後、新神戸OPAはびっくりするくらい寂れてましたね。色んな店が覆われてほぼ何もない状態になってました。2000年代半ばに10年ぶりくらいで復活したんですが、こないだ久々に行くとまたまたテナントがだいぶ歯抜けになってました。全部埋まっているのを知っている者にとっては悲しいな〜…。



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この記事へのコメント
 お久しぶりです。
 「マイヤーリング」の公式サイト閉鎖、仕方のない事とはいえ、一抹の寂しさ
は感じますね。
 「マイ・フェア・レディ」・・・・この作品を観ると、いつも思うのですが、レックス・ハリスンのヒギンズ教授、老けすぎてません?教授とその母が一緒に登場すると、親子ではなく夫婦に見えちゃうんですよね。
 私がパリで観た、ソフィー・マルソー主演の「ピグマリオン」では、当時30代位だったランベール・ウイルソンが演じてましたし、「マイ・フェア・レディ」日本初演時にヒギンズを演じたのは、当時アラサーだった高島忠夫だったわけです。舞台版ですらそれだけ若い俳優がキャスティングされてるわけですから、この映画の製作当時もう相当な年齢だったハリスンが映像でこの役を演じているのに、一抹の違和感を感じてしまうんですよね。
 話は唐突に替わりますが、この映画に登場するコベント・ガーデンはセットですが、現実のコベント・ガーデンは・・・・イライザそっくりの格好をした「花売り娘」ならぬ不気味な「花売り婆さん」が、観光客から金をせびり取る恐ろしい
場所でした(笑)。
Posted by ヴェロニカ・ハメル at 2014年10月24日 21:46
ヴェロニカ・ハメルさん、こんばんは。

そうなんです、「マイヤーリング」のHPが1年契約だというのは伺ってたのですが、なんとなくずっとあるように思い込んでいました。
もう「マイヤーリング」に関しての新しい情報はないですし、劇場公開も一通り終わってしまったので、契約更新してまで続ける意味がないですもんね。
でも確かにやっぱり無くなるのは寂しいですよね。スクリーンショットすら撮ってなかったので、とても後悔しています。何年後かにはきっと貴重なことになっているのでしょうね。

「マイ・フェア・レディ」のヒギンズが老けているのは…今は完全に同意ですね(笑)。
子供の頃は実はそうは思ってなくて、

イライザ=娘
ヒギンズ=おじさん
ヒギンズのお母さん=おばあさん

という見た目で、僕の中では処理できていたんですが、今見るとヒギンズとお母さんはどちらも老人の域に達している気がしますよね。
各俳優さんの年齢差を調べると、お母さんグラディス・クーパーが1888年生まれ、レックス・ハリスンは1908年、オードリーが1929年でそれぞれ20才差なので、破綻はない訳ですよね。レックス・ハリスンが老けすぎているのでしょうか??
もっともレックス・ハリスンの舞台での「マイ・フェア・レディ」初演は1956年だったので、最初はもっと若かったと思います。

…が、そうフォローしましたが、今1955年の映画の「完全なる良人」でのレックス・ハリスンを調べると、既におじ(い)さんでした。(^^;;;
ウィリアム・ホールデンと一緒で、老けるのが早い俳優さんだったんですね。

まあ、レックス・ハリスンの前にケイリー・グラントがオファーを受けていたようですし、どっちにしても高齢の俳優だった事には変わりはないですね。(^^;
むしろ「おしゃれ泥棒」でコミカルな味の出せたピーター・オトゥールなんかが良かったかもしれませんね。オトゥールとジェレミー・ブレット(フレディ)なら、オードリーの取り合いに信憑性が増したかも…と思います。

それと、ヴェロニカ・ハメルさんの最後の1文がめっちゃ爆笑でした。
「マイ・フェア・レディ」はやぱりセットなので、ロケ地巡りに興味が湧かない作品なんですけど、実際はそんなところなんですね(爆)。
Posted by みつおみつお at 2014年10月24日 23:43
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