2019年06月14日
「緑の館」公開60周年記念 「スクリーン」1959年1月号
今日から3日間、二子玉川にて“オードリー・ヘプバーン映画祭”が始まっています!
今日は「緑の館」日米の初公開から60周年を記念して、雑誌「スクリーン」の1959年1月号を紹介。発売は1958年11月21日ですね。
この号にはオードリーのインタビューもあります。が…。
表紙はナタリー・ウッドですね。このころはまだ「ウエスト・サイド物語」も撮影されていない頃。
今と違って文字もほとんど無くさっぱりした表紙ですが、右下には“オードリイ・ヘプバァン会見記”と書いていて、オードリーのインタビューがウリになっています。が…。
この号では「緑の館」が撮影終了したようで、“御夫婦協力映画「緑の館」完成”とかって書いてます。
まずはグラビア5ページで画像が紹介されるのですが、うーん、残念ながら今もわりと見る画像ばかり。
昔の雑誌の醍醐味は、今ではほとんど見ることができない画像が載ってるのが嬉しいんですけれども、この号は全体的によく見る画像ばかりで構成されています。
次はこの当時大人気だったアンソニー・パーキンスのグラビアが1ページ。
その次がグラビア1ページと本文3ページを使ってのオードリーのインタビューが始まります。が……。
インタビュアーは目次を見るとエドー・コオナアって人になってます。
このインタビュー、3ページも使ってるのに、全く内容が印象に残らないんですよね。僕も久々に出してみてオードリーのインタビューがあったことに気づきました。
なんでこんなに印象が薄いんかなあ…と思って読みかえしましたが、ここでほとんどオードリーは大したことを喋ってないことに気づきました。
まずは監督のことについて、“監督さんというのは、人によってみんな違いますわ。”と言いながら、今までの全主演作品と監督名を挙げて、“でも人によって違うと言っても実はとても似通った面があるんです。”と言い出す。
メル・ファーラーとフレッド・ジンネマン監督が似てるとか、新しい撮影角度を考え出した時に同じことをするのはオーゾン・ウェルズだけじゃないかしら。と、今まで組んだこともない監督の撮影方法を言い出す。
それに撮影中の「緑の館」のことはそこそこに、前作「尼僧物語」のことへの質問が始まる。
アンソニー・パーキンスについて尋ねられると、マーロン・ブランドを引き合いに出して、長々と語りながらも結局とても才能のある俳優だと思います、みたいなことしか喋ってない。
恋愛経験について尋ねられると、メル・ファーラ-ーしか経験がない、最初に会った時、“私、貴方と結婚するつもりです。”とメル・ファーラーに言ったと、ローレンス・オリヴィエに会った時のヴィヴィアン・リーのようなことを言い出す。
次作品について聞かれると、人に取られたら嫌だから喋らないようにしている、とこの時点では既に出演することは決まっていたであろう「許されざる者」のことは題名も出さないし、何も語らない。
そんな中身の全くないインタビューだから、印象に残らないんですよね。
唯一以前読んだ時から違和感があって印象に残っていたのは、眉のことを“あなたの眉は描いたものですか?それとも自然のままですか?”という質問で、オードリーが“私の眉が描いたように見えるなんて思ってもみませんでしたわ。もちろん私の眉は生まれつきのものです。私は全て自然のままが好きなんです。描いた眉毛なんて私は嫌い。”と言い放っていたところ。
こちらにいらしてくださっている方なら当然お分かりのように、オードリーの眉はアルベルト・デ・ロッシによって作品ごとに変えられて、もちろん描かれています。「緑の館」も例外ではありません。そのアルベルト・デ・ロッシにすごく頼って感謝してるはずのオードリーが“描いてません!描くのは嫌い!”などと言うのかなあ?と思ってました。
実際この号で掲載されている「緑の館」のオードリーも、描いてあるのが良くわかる画像とか載ってますしね。
で、今回読み直してみて、このインタビューは完全にでっち上げ!だと判明した箇所がありました。
「尼僧物語」の撮影に入った頃のことについて尋ねたインタビュアーが、“しかし、その頃は、パリで「昼下りの情事」の撮影が終わったばかりでしょう。かなり疲れていたのでは?”という問いに、
“ええ、くたくたでしたわ。とっても休みたいと思っていたんですけど、でも、すぐに喜んでベルギー領コンゴに向かいましたの。疲れ果てていることも、新しい力を蓄えなくちゃいけないことも、すっかり忘れてしまったんです。”と答えたというくだり。
はい、アウト〜!
ここで完全にでっち上げがバレましたね。
「スクリーン」は悪くないと思います。この外国の自称“オードリーにインタビューした”という記事を買い取って、翻訳しただけでしょうから。
悪いのはこのエドー・コオナアってヤツですよね。当時のオードリーはインタビューが大嫌い。年に4回とか5回とかしかインタビューは受けないと言われていた時代のオードリーが、こんなにたやすく受ける訳がないんですよね。
それを、“日本の雑誌なら、中身まではオードリーやその周辺の目に触れることは無いだろう”と適当に創作して売り込んでますね。
だから中身が何も無い。印象に残らない。
「緑の館」もそこそこに、「尼僧物語」のことを訊いているのは、「尼僧物語」だと既に海外の雑誌とかでオードリーのインタビューが載ってたんでしょう。だからそこから勝手に拝借してさも今喋ったように書いただけ、と。
「許されざる者」のことを一切喋らないというのも、次作を調べてないから、こういう書き方しかできなかったんでしょうね。
だいたい、本当に「緑の館」のセットでオードリーにインタビューしたんなら、インタビュアーとオードリーの2ショット写真とかがあってしかるべき。
本当にオードリーにインタビューした小森のおばちゃまとかはきっちり「緑の館」の時と「暗くなるまで待って」の時のオードリーとの写真がありますしね。
なんか当時の日本ってめっちゃ舐められてますよね。“日本ならオードリーの人気が高いし、高額で買い取るだろう” と、こんな嘘八百を買わせるなんて、「ティファニーで朝食を」のユニオシの比じゃ無いくらいムカつきます。
でもダイアナ・メイチックの伝記もウソだらけでしたけど、こんな昔から嘘を平気でつく金目当ての輩が居たんですね!
このエドー・コオナアってやつは、今ネットとかで1964年公開の「パリで一緒に」のオードリーが35才、って書くような何にも調べてない自称映画ファンor自称オードリーファンとおんなじですね。自分の見える時系列でデタラメを組み立ててる。
1957年に「昼下りの情事」が公開された。そして58年最初に「尼僧物語」が撮影されていたのは雑誌とかで知っている。だから「尼僧物語」の撮影に入った当初は「昼下りの情事」が終わったばかり。という浅はかな考えで文章を作って馬脚を露わしてしまった。
でもオードリーから見た本当の時系列で考えると、「昼下りの情事」の撮影は1956年秋。「尼僧物語」の撮影が始まる1958年1月までには1年以上も開いている。1957年は2月の生放送の「マイヤーリング」以外一切仕事をしていない。その間ずっとメルの良い妻であろうとしてたんですよね。
なので「尼僧物語」の撮影に入る頃には、たっぷり休養をとって、すっかりリフレッシュしたオードリーだった。しかも明らかに「昼下りの情事」よりも幸せ太りしてましたよね。
その上、いきなりベルギー領コンゴに行ったなど、ありもしない事を言ってることにしてるし。
「尼僧物語」は最初はまず実際の修道院で何日か過ごした後、ベルギーのブルージュで戸外の撮影、その後ローマのチネチッタ撮影所、それからコンゴの順で撮影していったから、いきなりコンゴに行ったとかオードリーが嘘言うわけないんですよね。
ということで、このインタビューはオードリーは実際は答えてなかったと結論付けしときます。
中学の頃なら信用してたでしょうけど、こういう胡散臭いデタラメはもう見抜けてしまうので。
次に早川雪洲氏へのインタビューが2ページ続きますが、こちらは日本で登川直樹さんという方がされたようで、こちらの方がよっぽど充実して読み応えがあります。
・最初は原住民の言葉などいらないから、日本語で適当に喋っていてくれ、と言われて役を引き受けたら、撮影が始まったらやっぱり原住民の言葉を覚えてくれ、ってなった
・カメラマンのジョゼフ・ルッテンバーグと音楽担当(だれかは不明)が女の話ばかりしている横で、アンソニー・パーキンスは知らん顔していた。でもアンソニー・パーキンスと2人で話してみると博学だった。
・リーマの衣装が出来てきて、スタンドインが着けてみたらほとんど体が透けて見えてしまっていて、オードリーがどうしても嫌だと言ってもう少し体の線が見えない衣装に作り変えた
・ラストシーンはハッピーエンドと悲劇と2通り撮影していた
とか、やはり本当のインタビューは興味深いです。
後に「カタログ オードリー・ヘプバーン」で再録される、早川雪洲が撮影していたオープンセットでオードリーが着物を着て登場して、“今日は日本ムスメになってホームシックのあなたを慰めにきた”という逸話がここで語られています。
この着物を着たオードリーの写真、最近ネットでよく載っていますが、横に立っている早川雪洲をカットしてオードリーだけになってたりしますけど、本当に失礼。オードリーは早川雪洲のために着てきたのに!と思います。
あとは本文最後のページに「スクリーン」が販売するオードリーの写真(1957年のもの)が載ってるだけなんですが、ファンの投稿ページでのオードリーの載ってる割合が結構多いです。やっぱり人気あったんですね!
その投稿の中にまだ「スクリーン」を見始めて1年だという男の子からこんな文章が…
“次のようなキャストで映画を作ろうと思うんですがネ。ヘプバアンとホールデンの組合わせにシナトラとドリス・デイの歌が入るというようなミュージカル物てのはどうですか?”
……なんですとー!!!
これ、間も無くほぼ叶うじゃないですか!オードリーとホールデンが主演で、フランク・シナトラの歌と、ドリス・デイじゃなくてフレッド・アステアの歌の“THAT FACE”でミュージカルのように踊る、ちゅう作品で!
これ、1958年の発売本ですから、まだ「パリで一緒に」は影も形も無い頃でしょうが、ここからわずか3年くらいで撮影が始まり、5年後には見れるんですよ!この男の子、大感激だったでしょうね!(まあ僕よりも遥かに年上ですが…)
なんか「パリで一緒に」の撮影が始まった時や、公開された時の感想を聞かせてもらいたいなー!と思いました。
ちなみにこの“スクリーン”っていう題字は1959年だけのちょっと変わったデザインですが、なんとこれファンが書いたものを採用したんだそう!編集後記に書いてありました。
不評だったのか、翌年にはすぐに替えられてしまって、僕らの世代がおなじみのシュッとしたデザインになりましたけどね。
あと、裏表紙は「月夜の出来事」というパラマウントのロマンティック・コメディなんですけど、主演はケイリー・グラントとソフィア・ローレン。
この作品、「スクリーン」の“僕の採点表”で、双葉十三郎さんが“この役は本来オードリー・ヘプバーンのために準備されたものではないか?”と書いてらしたんですよね。
この当時オードリーは女優としての挑戦をしていた第2期(「尼僧物語」「緑の館」「許されざる者」)なので、こういう軽いロマンティック・コメディはオファーを受けなかったのかもしれませんね。

この号にはオードリーのインタビューもあります。が…。
表紙はナタリー・ウッドですね。このころはまだ「ウエスト・サイド物語」も撮影されていない頃。
今と違って文字もほとんど無くさっぱりした表紙ですが、右下には“オードリイ・ヘプバァン会見記”と書いていて、オードリーのインタビューがウリになっています。が…。
この号では「緑の館」が撮影終了したようで、“御夫婦協力映画「緑の館」完成”とかって書いてます。
まずはグラビア5ページで画像が紹介されるのですが、うーん、残念ながら今もわりと見る画像ばかり。
昔の雑誌の醍醐味は、今ではほとんど見ることができない画像が載ってるのが嬉しいんですけれども、この号は全体的によく見る画像ばかりで構成されています。

その次がグラビア1ページと本文3ページを使ってのオードリーのインタビューが始まります。が……。
インタビュアーは目次を見るとエドー・コオナアって人になってます。
このインタビュー、3ページも使ってるのに、全く内容が印象に残らないんですよね。僕も久々に出してみてオードリーのインタビューがあったことに気づきました。
なんでこんなに印象が薄いんかなあ…と思って読みかえしましたが、ここでほとんどオードリーは大したことを喋ってないことに気づきました。
まずは監督のことについて、“監督さんというのは、人によってみんな違いますわ。”と言いながら、今までの全主演作品と監督名を挙げて、“でも人によって違うと言っても実はとても似通った面があるんです。”と言い出す。

それに撮影中の「緑の館」のことはそこそこに、前作「尼僧物語」のことへの質問が始まる。
アンソニー・パーキンスについて尋ねられると、マーロン・ブランドを引き合いに出して、長々と語りながらも結局とても才能のある俳優だと思います、みたいなことしか喋ってない。
恋愛経験について尋ねられると、メル・ファーラ-ーしか経験がない、最初に会った時、“私、貴方と結婚するつもりです。”とメル・ファーラーに言ったと、ローレンス・オリヴィエに会った時のヴィヴィアン・リーのようなことを言い出す。
次作品について聞かれると、人に取られたら嫌だから喋らないようにしている、とこの時点では既に出演することは決まっていたであろう「許されざる者」のことは題名も出さないし、何も語らない。

唯一以前読んだ時から違和感があって印象に残っていたのは、眉のことを“あなたの眉は描いたものですか?それとも自然のままですか?”という質問で、オードリーが“私の眉が描いたように見えるなんて思ってもみませんでしたわ。もちろん私の眉は生まれつきのものです。私は全て自然のままが好きなんです。描いた眉毛なんて私は嫌い。”と言い放っていたところ。
こちらにいらしてくださっている方なら当然お分かりのように、オードリーの眉はアルベルト・デ・ロッシによって作品ごとに変えられて、もちろん描かれています。「緑の館」も例外ではありません。そのアルベルト・デ・ロッシにすごく頼って感謝してるはずのオードリーが“描いてません!描くのは嫌い!”などと言うのかなあ?と思ってました。

で、今回読み直してみて、このインタビューは完全にでっち上げ!だと判明した箇所がありました。
「尼僧物語」の撮影に入った頃のことについて尋ねたインタビュアーが、“しかし、その頃は、パリで「昼下りの情事」の撮影が終わったばかりでしょう。かなり疲れていたのでは?”という問いに、
“ええ、くたくたでしたわ。とっても休みたいと思っていたんですけど、でも、すぐに喜んでベルギー領コンゴに向かいましたの。疲れ果てていることも、新しい力を蓄えなくちゃいけないことも、すっかり忘れてしまったんです。”と答えたというくだり。
はい、アウト〜!
ここで完全にでっち上げがバレましたね。
「スクリーン」は悪くないと思います。この外国の自称“オードリーにインタビューした”という記事を買い取って、翻訳しただけでしょうから。

それを、“日本の雑誌なら、中身まではオードリーやその周辺の目に触れることは無いだろう”と適当に創作して売り込んでますね。
だから中身が何も無い。印象に残らない。
「緑の館」もそこそこに、「尼僧物語」のことを訊いているのは、「尼僧物語」だと既に海外の雑誌とかでオードリーのインタビューが載ってたんでしょう。だからそこから勝手に拝借してさも今喋ったように書いただけ、と。
「許されざる者」のことを一切喋らないというのも、次作を調べてないから、こういう書き方しかできなかったんでしょうね。
だいたい、本当に「緑の館」のセットでオードリーにインタビューしたんなら、インタビュアーとオードリーの2ショット写真とかがあってしかるべき。
本当にオードリーにインタビューした小森のおばちゃまとかはきっちり「緑の館」の時と「暗くなるまで待って」の時のオードリーとの写真がありますしね。

でもダイアナ・メイチックの伝記もウソだらけでしたけど、こんな昔から嘘を平気でつく金目当ての輩が居たんですね!
このエドー・コオナアってやつは、今ネットとかで1964年公開の「パリで一緒に」のオードリーが35才、って書くような何にも調べてない自称映画ファンor自称オードリーファンとおんなじですね。自分の見える時系列でデタラメを組み立ててる。
1957年に「昼下りの情事」が公開された。そして58年最初に「尼僧物語」が撮影されていたのは雑誌とかで知っている。だから「尼僧物語」の撮影に入った当初は「昼下りの情事」が終わったばかり。という浅はかな考えで文章を作って馬脚を露わしてしまった。
でもオードリーから見た本当の時系列で考えると、「昼下りの情事」の撮影は1956年秋。「尼僧物語」の撮影が始まる1958年1月までには1年以上も開いている。1957年は2月の生放送の「マイヤーリング」以外一切仕事をしていない。その間ずっとメルの良い妻であろうとしてたんですよね。

その上、いきなりベルギー領コンゴに行ったなど、ありもしない事を言ってることにしてるし。
「尼僧物語」は最初はまず実際の修道院で何日か過ごした後、ベルギーのブルージュで戸外の撮影、その後ローマのチネチッタ撮影所、それからコンゴの順で撮影していったから、いきなりコンゴに行ったとかオードリーが嘘言うわけないんですよね。
ということで、このインタビューはオードリーは実際は答えてなかったと結論付けしときます。
中学の頃なら信用してたでしょうけど、こういう胡散臭いデタラメはもう見抜けてしまうので。
次に早川雪洲氏へのインタビューが2ページ続きますが、こちらは日本で登川直樹さんという方がされたようで、こちらの方がよっぽど充実して読み応えがあります。

・カメラマンのジョゼフ・ルッテンバーグと音楽担当(だれかは不明)が女の話ばかりしている横で、アンソニー・パーキンスは知らん顔していた。でもアンソニー・パーキンスと2人で話してみると博学だった。
・リーマの衣装が出来てきて、スタンドインが着けてみたらほとんど体が透けて見えてしまっていて、オードリーがどうしても嫌だと言ってもう少し体の線が見えない衣装に作り変えた
・ラストシーンはハッピーエンドと悲劇と2通り撮影していた
とか、やはり本当のインタビューは興味深いです。
後に「カタログ オードリー・ヘプバーン」で再録される、早川雪洲が撮影していたオープンセットでオードリーが着物を着て登場して、“今日は日本ムスメになってホームシックのあなたを慰めにきた”という逸話がここで語られています。

あとは本文最後のページに「スクリーン」が販売するオードリーの写真(1957年のもの)が載ってるだけなんですが、ファンの投稿ページでのオードリーの載ってる割合が結構多いです。やっぱり人気あったんですね!
その投稿の中にまだ「スクリーン」を見始めて1年だという男の子からこんな文章が…
“次のようなキャストで映画を作ろうと思うんですがネ。ヘプバアンとホールデンの組合わせにシナトラとドリス・デイの歌が入るというようなミュージカル物てのはどうですか?”

これ、間も無くほぼ叶うじゃないですか!オードリーとホールデンが主演で、フランク・シナトラの歌と、ドリス・デイじゃなくてフレッド・アステアの歌の“THAT FACE”でミュージカルのように踊る、ちゅう作品で!
これ、1958年の発売本ですから、まだ「パリで一緒に」は影も形も無い頃でしょうが、ここからわずか3年くらいで撮影が始まり、5年後には見れるんですよ!この男の子、大感激だったでしょうね!(まあ僕よりも遥かに年上ですが…)
なんか「パリで一緒に」の撮影が始まった時や、公開された時の感想を聞かせてもらいたいなー!と思いました。
ちなみにこの“スクリーン”っていう題字は1959年だけのちょっと変わったデザインですが、なんとこれファンが書いたものを採用したんだそう!編集後記に書いてありました。
不評だったのか、翌年にはすぐに替えられてしまって、僕らの世代がおなじみのシュッとしたデザインになりましたけどね。

この作品、「スクリーン」の“僕の採点表”で、双葉十三郎さんが“この役は本来オードリー・ヘプバーンのために準備されたものではないか?”と書いてらしたんですよね。
この当時オードリーは女優としての挑戦をしていた第2期(「尼僧物語」「緑の館」「許されざる者」)なので、こういう軽いロマンティック・コメディはオファーを受けなかったのかもしれませんね。
この記事へのコメント
おお~非常に興味深い内容ですね。
僕もこのインタヴュー、うろ覚えだけど読んだ覚えがあります。
で、眉毛の件とマーロン・ブランド批判の箇所で違和感があったのですが、
当時、この記事がガセネタだなんて思いもよりませんでした。
本に書いてあることだもん・・・疑いもせず。怖いですねぇ。
さすがにヤニ氏や秦さんのインタヴューは本物でしょうが、
そもそもこの頃のオードリィ・インタヴューってあんまり面白くなかったです。
オードリィはガードが堅いのか、木で竹をくくったような・・・
正直いってあんまし面白いこと喋んないし・・・
ある意味その慎重さがいいんでしょうけどね。
しかし10年後くらいに、断然読み応えのあるのが・・・
「暗くなるまで待って」の頃のインタヴュー “スクリーン”
確か海外の記者が質問者で、
愛・生きがい・人生などについて
最初はいつものように曖昧な反応だったのが、
段々熱を帯びてきて、彼女の思いが伝わってくるんです。
オードリィにとっての映画の仕事
『私にとって映画とは少女が舞踏会に行くようなもの、
確かにその最中は綺麗で楽しいわ。
でも舞踏会はやがて終わるし、少女は次の会まで忘れています。』
ああ、こんな風にどこかクールだったんだなぁと。
夫婦について、私を悲しくさせる世の中の出来事について
最も印象に残る共演者の話もここで出てきました。
(クーパーとグラント、映画のお殿様って訳になっていた)
率直に語れるようになったのは
メルとの関係で何かふっきれるものがあったのでしょうか。
あと印象に残っているのは・・・
『役になりきるという意味では、
男優より女優のほうが有利だと思いますね。
女は自由で変幻自在、男は正直なのでしょう』
・・・う~む
みつおさん、このときの記事ご存じですかね?
メルとの共同作業である今回の「緑の館」
久々にじっくり鑑賞しました。
うう~ん、ちょっとこれは・・・
ローマから暗くなるまでの奇跡の聖域の中で、
唯一の・・・・(この先は言えない)
人によっては“沸騰しているパリ”もダメダメと言うでしょうけど、
僕はあれに関してはファンです。
でもこのジャングルガール映画は嫌いじゃないけど・・・
フォローしづらいかなぁ
彼女も撮影中、きっとダメだこりゃって気づいたんでしょうね。
でもどうしてメルはよりにもよって
アマゾンの自然児というイメージを重ねたんでしょう?
ただメルはオードリィ全盛期における立役者ともいえます。
メルもきっと辛かったんでしょう。
同業者で妻が遥かに高く評価され必要とされてるなんて現実
一緒に生きていてずっと平静でいられるはずもない。
二人ともすっごく努力して、でも生き地獄でもあったんでしょうね。
今回のスタチャン
オードリィの誕生日に10作品(くらいかな)連続放送して、
各作品にショーンの解説とコメントつきという企画があったのですが、
本作品は選ばれず・・・
もしあればショーンはどんなコメントしたのかちょっと興味あります。
僕もこのインタヴュー、うろ覚えだけど読んだ覚えがあります。
で、眉毛の件とマーロン・ブランド批判の箇所で違和感があったのですが、
当時、この記事がガセネタだなんて思いもよりませんでした。
本に書いてあることだもん・・・疑いもせず。怖いですねぇ。
さすがにヤニ氏や秦さんのインタヴューは本物でしょうが、
そもそもこの頃のオードリィ・インタヴューってあんまり面白くなかったです。
オードリィはガードが堅いのか、木で竹をくくったような・・・
正直いってあんまし面白いこと喋んないし・・・
ある意味その慎重さがいいんでしょうけどね。
しかし10年後くらいに、断然読み応えのあるのが・・・
「暗くなるまで待って」の頃のインタヴュー “スクリーン”
確か海外の記者が質問者で、
愛・生きがい・人生などについて
最初はいつものように曖昧な反応だったのが、
段々熱を帯びてきて、彼女の思いが伝わってくるんです。
オードリィにとっての映画の仕事
『私にとって映画とは少女が舞踏会に行くようなもの、
確かにその最中は綺麗で楽しいわ。
でも舞踏会はやがて終わるし、少女は次の会まで忘れています。』
ああ、こんな風にどこかクールだったんだなぁと。
夫婦について、私を悲しくさせる世の中の出来事について
最も印象に残る共演者の話もここで出てきました。
(クーパーとグラント、映画のお殿様って訳になっていた)
率直に語れるようになったのは
メルとの関係で何かふっきれるものがあったのでしょうか。
あと印象に残っているのは・・・
『役になりきるという意味では、
男優より女優のほうが有利だと思いますね。
女は自由で変幻自在、男は正直なのでしょう』
・・・う~む
みつおさん、このときの記事ご存じですかね?
メルとの共同作業である今回の「緑の館」
久々にじっくり鑑賞しました。
うう~ん、ちょっとこれは・・・
ローマから暗くなるまでの奇跡の聖域の中で、
唯一の・・・・(この先は言えない)
人によっては“沸騰しているパリ”もダメダメと言うでしょうけど、
僕はあれに関してはファンです。
でもこのジャングルガール映画は嫌いじゃないけど・・・
フォローしづらいかなぁ
彼女も撮影中、きっとダメだこりゃって気づいたんでしょうね。
でもどうしてメルはよりにもよって
アマゾンの自然児というイメージを重ねたんでしょう?
ただメルはオードリィ全盛期における立役者ともいえます。
メルもきっと辛かったんでしょう。
同業者で妻が遥かに高く評価され必要とされてるなんて現実
一緒に生きていてずっと平静でいられるはずもない。
二人ともすっごく努力して、でも生き地獄でもあったんでしょうね。
今回のスタチャン
オードリィの誕生日に10作品(くらいかな)連続放送して、
各作品にショーンの解説とコメントつきという企画があったのですが、
本作品は選ばれず・・・
もしあればショーンはどんなコメントしたのかちょっと興味あります。
Posted by まる at 2019年06月18日 22:08
あ〜、まるさんに救っていただいた感じ…。
この記事をアップした後で、でもこれは本当にオードリーのインタビューだったらどうする?とか、インタビュアーをこきおろしたけど、実は「スクリーン」自体のでっち上げだったらどうする?とか色々考えてちょっと自分で自分の文章に暗くなって、あまり覗きにきてませんでした。
でもまるさんに興味深いと言ってもらえて、ちょっとホッとした感じです。
マーロン・ブランドのところも違和感有りましたよね。翻訳が悪いのかもしれませんが、マーロン・ブランド はメイクとかでごまかしてるけど、アンソニー・パーキンスはそのままで才能ある、みたいに捉えることもできる内容が、オードリーらしく無いなーと思いました。
ヤニ・ベガキス氏のインタビューは、だいたい「スクリーン」を持ったオードリーの画像が添えられてましたから、実際に会ってるなーと思いますし、秦さんのインタビューもしっかりしてましたけど、オードリーのことがわかるにつれて、怪しいインタビューっていうのがわかるようになってきましたね。
昔の映画音楽全集みたいなレコードに付いていたオードリーのインタビューも(「いつも2人で」でアカデミー賞にノミネートされたかったっていうヤツ)、外国人が現地でインタビューしてたみたいになってましたが、やっぱりオードリーの画像とかは添えられていないので、かなり怪しいと思っていました。そういうお金だけもらってデマ、みたいなのがあるんじゃないかと疑うようになってからのこの記事だったので、なんかとりあえずあちこちの綻びを見つけることができました。
確かにオードリーのインタビューって、大して面白く無いのが多いのですが、それでも「ロビンとマリアン」の時の物とか、エピソードとかをしっかり話してますもんね。「暗くなるまで待って」の時の小森のオバチャマインタビューや、「緑の館」の時にもフレッド・ジンネマンに会うオバチャマに伝言を託したり、と何かしら“本物らしさ”が有るんですけど、この記事のインタビューにはなかったです。
それと、まるさんの「暗くなるまで待って」インタビューは読んだことないです!そんなにオードリーが白熱してましたか!読んでみたいですねー。
でもそのインタビューの中のどこか女優に対して醒めてる感じはオードリーっぽいですね!
シネアルバムでクーパーとグラントを挙げてるのはどこが出典なんだろうと思ってましたが、そのインタビューだったんですね!
「暗くなるまで待って」まで撮り終えてたら、それはほぼ集大成というか、決算みたいな言葉でも有りますよね。
「緑の館」、再見されましたか!そして…笑。
僕も思い入れはありますけど、確かに映画として見ようと思うと、なかなかしんどいものがありますよね。
里中満智子さんもおっしゃってたように、この映画のオードリーは写真で見ているとものすごく幻想的でオードリーにピッタリですけど、動き出すとどうもね…って感じなんでしょうね。
僕の場合は原作を読んでいるので、映画で言い足りてない所も頭の中で補完されちゃうんですよね。まあそれで実物以上によく見れているならそれで良いのですが。
メルがオードリーにこの役、っていうのはやっぱり「オンディーヌ」の印象から来ているんでしょうね。どうしてもオードリーに妖精をやらせたかった、でも「オンディーヌ」はあまりにもお伽話過ぎて当時の映画では技術もなく陳腐になってしまうので映画会社が二の足を踏んだんでしょうね。それで一応現実に根付いている「緑の館」に変更した、と。
今ならむしろ「オンディーヌ」の方がCGをバリバリ使って“魅せられる”映画作りが出来るでしょうにねー。
それと、メルはオードリーの映画出演に関してアドバイスしていたから、確かに立役者ですよね。
ギャラに関しては1流のカート・フリングスも、後年脚本選びには大失敗してますから、メルがいたことで傑作の森が続いたんですよね。自分も関わることに関しては客観視はできてなかったようですけど。
今の時代だったら、僕だったら、オードリーの成功が世界的なのに比して自分が…とかは考えないんですけど(むしろ喜んでオードリーの影になりそう)、やはりメルも主演を張ってそれなりに成功してたわけなので、自分自身にもそれが許せなかったんでしょうね。
オードリーも当時は年上のメルに頼ろうと思っていたと思われるので、どんどん滑り落ちていくメルを立てるのにも疲れたでしょうしね。
だからその次は対等に付き合えると思ったドッティ、最後はオードリーの影になっても気にしないウォルダーズと相手の男性も変わって行ってますよね。
それと、5月のスター・チャンネル、各作品にショーンのコメント付きでしたか!それは見てみたかった!
それでも「緑の館」とかは落ちてましたか。とりあえず全作品のコメントを求めていたらよかったのに!って思いますよね。
この記事をアップした後で、でもこれは本当にオードリーのインタビューだったらどうする?とか、インタビュアーをこきおろしたけど、実は「スクリーン」自体のでっち上げだったらどうする?とか色々考えてちょっと自分で自分の文章に暗くなって、あまり覗きにきてませんでした。
でもまるさんに興味深いと言ってもらえて、ちょっとホッとした感じです。
マーロン・ブランドのところも違和感有りましたよね。翻訳が悪いのかもしれませんが、マーロン・ブランド はメイクとかでごまかしてるけど、アンソニー・パーキンスはそのままで才能ある、みたいに捉えることもできる内容が、オードリーらしく無いなーと思いました。
ヤニ・ベガキス氏のインタビューは、だいたい「スクリーン」を持ったオードリーの画像が添えられてましたから、実際に会ってるなーと思いますし、秦さんのインタビューもしっかりしてましたけど、オードリーのことがわかるにつれて、怪しいインタビューっていうのがわかるようになってきましたね。
昔の映画音楽全集みたいなレコードに付いていたオードリーのインタビューも(「いつも2人で」でアカデミー賞にノミネートされたかったっていうヤツ)、外国人が現地でインタビューしてたみたいになってましたが、やっぱりオードリーの画像とかは添えられていないので、かなり怪しいと思っていました。そういうお金だけもらってデマ、みたいなのがあるんじゃないかと疑うようになってからのこの記事だったので、なんかとりあえずあちこちの綻びを見つけることができました。
確かにオードリーのインタビューって、大して面白く無いのが多いのですが、それでも「ロビンとマリアン」の時の物とか、エピソードとかをしっかり話してますもんね。「暗くなるまで待って」の時の小森のオバチャマインタビューや、「緑の館」の時にもフレッド・ジンネマンに会うオバチャマに伝言を託したり、と何かしら“本物らしさ”が有るんですけど、この記事のインタビューにはなかったです。
それと、まるさんの「暗くなるまで待って」インタビューは読んだことないです!そんなにオードリーが白熱してましたか!読んでみたいですねー。
でもそのインタビューの中のどこか女優に対して醒めてる感じはオードリーっぽいですね!
シネアルバムでクーパーとグラントを挙げてるのはどこが出典なんだろうと思ってましたが、そのインタビューだったんですね!
「暗くなるまで待って」まで撮り終えてたら、それはほぼ集大成というか、決算みたいな言葉でも有りますよね。
「緑の館」、再見されましたか!そして…笑。
僕も思い入れはありますけど、確かに映画として見ようと思うと、なかなかしんどいものがありますよね。
里中満智子さんもおっしゃってたように、この映画のオードリーは写真で見ているとものすごく幻想的でオードリーにピッタリですけど、動き出すとどうもね…って感じなんでしょうね。
僕の場合は原作を読んでいるので、映画で言い足りてない所も頭の中で補完されちゃうんですよね。まあそれで実物以上によく見れているならそれで良いのですが。
メルがオードリーにこの役、っていうのはやっぱり「オンディーヌ」の印象から来ているんでしょうね。どうしてもオードリーに妖精をやらせたかった、でも「オンディーヌ」はあまりにもお伽話過ぎて当時の映画では技術もなく陳腐になってしまうので映画会社が二の足を踏んだんでしょうね。それで一応現実に根付いている「緑の館」に変更した、と。
今ならむしろ「オンディーヌ」の方がCGをバリバリ使って“魅せられる”映画作りが出来るでしょうにねー。
それと、メルはオードリーの映画出演に関してアドバイスしていたから、確かに立役者ですよね。
ギャラに関しては1流のカート・フリングスも、後年脚本選びには大失敗してますから、メルがいたことで傑作の森が続いたんですよね。自分も関わることに関しては客観視はできてなかったようですけど。
今の時代だったら、僕だったら、オードリーの成功が世界的なのに比して自分が…とかは考えないんですけど(むしろ喜んでオードリーの影になりそう)、やはりメルも主演を張ってそれなりに成功してたわけなので、自分自身にもそれが許せなかったんでしょうね。
オードリーも当時は年上のメルに頼ろうと思っていたと思われるので、どんどん滑り落ちていくメルを立てるのにも疲れたでしょうしね。
だからその次は対等に付き合えると思ったドッティ、最後はオードリーの影になっても気にしないウォルダーズと相手の男性も変わって行ってますよね。
それと、5月のスター・チャンネル、各作品にショーンのコメント付きでしたか!それは見てみたかった!
それでも「緑の館」とかは落ちてましたか。とりあえず全作品のコメントを求めていたらよかったのに!って思いますよね。
Posted by みつお
at 2019年06月20日 00:37

なんかうろ覚えですみません。
手元に資料があれば、もっと克明に書けるんですが・・・
確かタイトルは
“オードリィが語る、愛・男・人生・・・”のような感じ?
“私にとって映画とは・・・
少女が舞踏会へ出かけ素敵なナイトに出会うという感じです”
“(中略)・・・でも少女はいずれ家へ帰ります。
で、次の舞踏会まで忘れてしまうわ”
他に男性論もありました。
近頃の男性に失望している、では男性へ望むこととは?
結構ぐさりとくること語っていた印象があります。
あと人生で大切なことは信念をもつことなどなど
僕個人的には“女性は自由で男は正直”というのが面白くて、
ある意味そうだなと(精神的な範囲ですよね)
今度押し入れの中探して、また読みたくなりました。
あーそうでした!小森のオバチャマのインタヴュー
あれも「暗くなるまで待って」のときでしたね。
オードリィへのインタヴュー史上屈指の名作
”幸福というのは感じ方次第で変わるもの
日々の出来事をできるだけ良いほうに感じ捉えていくの。
美しいって言ってくださるのがお世辞でないとしたら、
普段から私がそうやって心掛けていることが
効果として表れているのかもしれません。”
「緑の館」
リーマのオードリィ
写真だと超素敵、でも動いて喋りだすと・・・
うん、分かります。僕も正直そう思ったのです。
あれれ、なんか冴えないぞと
以前観たときはひたすら見とれていただけだったのか?
オーケストラにとっての指揮者のように、
映画は監督で違うんでしょうね。
でもそれが最愛の夫だったというのが皮肉
距離があるほうがいいのかもしれませんが、どうなんだろ?
ショーンのコメントは、全部確認したわけではないけど、
何本かは観ました。
意外だったのは「戦争と平和」
パパとママの共演作ということを語るかと思いきや、
内容はヘンリー・フォンダが中心
母(オードリィ)はH・フォンダを大変高く評価していた。
特別な俳優だったとよく語っていた。
何よりあの眼が違う、表現力が豊かなあの眼!
やはり身内が語ることは違いますね。
オードリィのどんな伝記を読んでも、
ヘンリー・フォンダってあまり話が出てこないですよね。
息子には特別だって熱心に語っていたとは・・・
・ケイリー・グラントも別格だったそうです。
・でボギーはやはりキツかったようで・・・
ただ彼が悪いのではなく私にも理由があったのだと
・でショーンの「サブリナ」観は
その不協和音がかえって現場にいい緊張を生み出し、
良い結果を迎えた類まれなる作品
・母の文句なしの2大傑作は・・・
「ティファニーで朝食を」「マイ・フェア・レディ」
オードリィが他に映画に関して息子にどんなことを語ったのか
もっと知りたいですね~。
フォンダの他に、P・フィンチ、ランカスターなど
あまり語られない共演者がいますが、
きっとエピソードが色々あるんですよね。
実際、P・フィンチへ“共演できて光栄でした”って
伝言を小森オバチャマへ依頼した件もあるので、
僕らが今知っている以外の事実がいっぱいあって
本当はそちらがメインストリームだったりして・・・
ハウスボート(月夜の出来事)
双葉先生のオードリーであるべき論、覚えてますよ~
ぼくの採点表を読んだ当時興味津々で、
実際どんなんか観たいと思いながら今日まで未見です。
手元に資料があれば、もっと克明に書けるんですが・・・
確かタイトルは
“オードリィが語る、愛・男・人生・・・”のような感じ?
“私にとって映画とは・・・
少女が舞踏会へ出かけ素敵なナイトに出会うという感じです”
“(中略)・・・でも少女はいずれ家へ帰ります。
で、次の舞踏会まで忘れてしまうわ”
他に男性論もありました。
近頃の男性に失望している、では男性へ望むこととは?
結構ぐさりとくること語っていた印象があります。
あと人生で大切なことは信念をもつことなどなど
僕個人的には“女性は自由で男は正直”というのが面白くて、
ある意味そうだなと(精神的な範囲ですよね)
今度押し入れの中探して、また読みたくなりました。
あーそうでした!小森のオバチャマのインタヴュー
あれも「暗くなるまで待って」のときでしたね。
オードリィへのインタヴュー史上屈指の名作
”幸福というのは感じ方次第で変わるもの
日々の出来事をできるだけ良いほうに感じ捉えていくの。
美しいって言ってくださるのがお世辞でないとしたら、
普段から私がそうやって心掛けていることが
効果として表れているのかもしれません。”
「緑の館」
リーマのオードリィ
写真だと超素敵、でも動いて喋りだすと・・・
うん、分かります。僕も正直そう思ったのです。
あれれ、なんか冴えないぞと
以前観たときはひたすら見とれていただけだったのか?
オーケストラにとっての指揮者のように、
映画は監督で違うんでしょうね。
でもそれが最愛の夫だったというのが皮肉
距離があるほうがいいのかもしれませんが、どうなんだろ?
ショーンのコメントは、全部確認したわけではないけど、
何本かは観ました。
意外だったのは「戦争と平和」
パパとママの共演作ということを語るかと思いきや、
内容はヘンリー・フォンダが中心
母(オードリィ)はH・フォンダを大変高く評価していた。
特別な俳優だったとよく語っていた。
何よりあの眼が違う、表現力が豊かなあの眼!
やはり身内が語ることは違いますね。
オードリィのどんな伝記を読んでも、
ヘンリー・フォンダってあまり話が出てこないですよね。
息子には特別だって熱心に語っていたとは・・・
・ケイリー・グラントも別格だったそうです。
・でボギーはやはりキツかったようで・・・
ただ彼が悪いのではなく私にも理由があったのだと
・でショーンの「サブリナ」観は
その不協和音がかえって現場にいい緊張を生み出し、
良い結果を迎えた類まれなる作品
・母の文句なしの2大傑作は・・・
「ティファニーで朝食を」「マイ・フェア・レディ」
オードリィが他に映画に関して息子にどんなことを語ったのか
もっと知りたいですね~。
フォンダの他に、P・フィンチ、ランカスターなど
あまり語られない共演者がいますが、
きっとエピソードが色々あるんですよね。
実際、P・フィンチへ“共演できて光栄でした”って
伝言を小森オバチャマへ依頼した件もあるので、
僕らが今知っている以外の事実がいっぱいあって
本当はそちらがメインストリームだったりして・・・
ハウスボート(月夜の出来事)
双葉先生のオードリーであるべき論、覚えてますよ~
ぼくの採点表を読んだ当時興味津々で、
実際どんなんか観たいと思いながら今日まで未見です。
Posted by まる at 2019年06月20日 22:23
その「暗くなるまで待って」時期のインタビュー、小森のオバチャマへのものと同じで、やはり信念のことを語っていたんですね。
そして男性に失望…。
もう明らかにメル・ファーラーへのことを語っていますよね。
「暗くなるまで待って」の撮影が終わると、すぐに別居でしたもんね。
メル・ファーラーという男性に失望して、信念を持って見切りをつけたんでしょうね。
「緑の館」は、大きな木にもたれている1人の時の画像がすっごく好きなんです。木も本当に大きく写っていて、「緑の館」の世界観を表していました。その写真だとセット臭く見えないんですよね。
でも映画ではせっかくの幻想的な森の中がめっちゃセット丸出し的な感じでしたよね。なんか奥行きがないんですよね。すぐ後ろがセットの端っこでしょ?ってわかってしまう。
で、せっかくの滝とかのシーンはクロマキー合成丸出しだったし…。
でもまるさんが再見してがっかりしたのはきっとそういう部分じゃないんですよね。
そういうセット臭さとか合成丸出しとかは「十戒」とかの方が今となっては粗が目立ちますもんね。そういうのは昔の映画だし、なんとか我慢できますもんね。
やっぱり本質のドラマとして弱いんだと思います。
これって、他のオードリー作品の別の監督がメガフォンを取ってたら、もっと違った出来になったんでしょうか。
まるさんは誰が良いと思いますか?
スタンリー・ドーネンはオシャレすぎるし、ブレーク・エドワーズとかテレンス・ヤングは娯楽作品の方が得意そうだし、リチャード・クワインはヘタクソだし…。
フレッド・ジンネマンやウィリアム・ワイラーならもっと重厚に出来たでしょうね。キング・ヴィダーならとにかく引っ張って行っただろうし。
ビリー・ワイルダーはちょっと皮肉が入るので合わないのかな?ジョン・ヒューストンは気に入らない脚本だとやる気が出ない人ですし、出来不出来の波が大きいですよね。ジョージ・キューカーは恋愛の部分は得意でも、原住民の部分とかが合わなさそう…。
ショーンの言葉、興味深いですね!
「戦争と平和」はヘンリー・フォンダの話ばかり、というのはオードリーがメルのことを離婚後は徹底的に避けていたからでしょうか。物心ついたショーンにも、もうメルのことはあんまり話したくなかったでしょうし。
でもヘンリー・フォンダは自分のパーティーか何かで出演作の編集では「戦争と平和」を絶対に使うな!と言ってたくらい嫌いだったそうで、オードリーがショックを受けてたと何かに書いてましたよね。
ハンフリー・ボガートとの相性は、オードリーの伝記ではかなり最悪みたいに書かれてましたけど、それでイメージが悪くなるのを恐れたのか、ボガートの伝記では相当美化されてたみたいですよね。今でも「麗しのサブリナ」のウィキとかは偉く美化されたボガートになってます。
でもやっぱりオードリー的にはキツかったですか…。
ショーンが「マイ・フェア・レディ」を挙げてくれているのが嬉しいですね!「ティファニーで朝食を」がまず挙がるのは海外の評価としてそうなのかなあ〜と思うのですが、「マイ・フェア・レディ」を持ってきてくれるのがやっぱり嬉しいです。
あれだけバッシングされた「マイ・フェア・レディ」をこうして息子が挙げてくれるなら、オードリーも演じて良かった!と思ってくれるでしょうね。
僕も「マイ・フェア・レディ」はやっぱりオードリーの頂点だと思っています。
そういえば、バート・ランカスターとかほとんど語られたことがないですよね。こういうのは当時の雑誌を紐解くしかもうないんでしょうか。
オードリー的にも、追われてウザくなってきたウィリアム・ホールデンよりも、他の共演者の方が良く見えてたっていう部分もあるでしょうしね。ホールデンには本当に気の毒ですが…。
ショーンはもう今となっては本当のオードリーを知る数少ない証人になってますから、変に祀り挙げたり加工したりせず、本当のオードリー
をたくさん語っておいて欲しいですよね。
その点では幼かったルカではあまり映画界の話などはしなかったでしょうし。
「月夜の出来事」、今は日本版のDVDも出てますよね。でも僕も未だに見るチャンスがないです。本当にどんな作品なんでしょうね。
そして男性に失望…。
もう明らかにメル・ファーラーへのことを語っていますよね。
「暗くなるまで待って」の撮影が終わると、すぐに別居でしたもんね。
メル・ファーラーという男性に失望して、信念を持って見切りをつけたんでしょうね。
「緑の館」は、大きな木にもたれている1人の時の画像がすっごく好きなんです。木も本当に大きく写っていて、「緑の館」の世界観を表していました。その写真だとセット臭く見えないんですよね。
でも映画ではせっかくの幻想的な森の中がめっちゃセット丸出し的な感じでしたよね。なんか奥行きがないんですよね。すぐ後ろがセットの端っこでしょ?ってわかってしまう。
で、せっかくの滝とかのシーンはクロマキー合成丸出しだったし…。
でもまるさんが再見してがっかりしたのはきっとそういう部分じゃないんですよね。
そういうセット臭さとか合成丸出しとかは「十戒」とかの方が今となっては粗が目立ちますもんね。そういうのは昔の映画だし、なんとか我慢できますもんね。
やっぱり本質のドラマとして弱いんだと思います。
これって、他のオードリー作品の別の監督がメガフォンを取ってたら、もっと違った出来になったんでしょうか。
まるさんは誰が良いと思いますか?
スタンリー・ドーネンはオシャレすぎるし、ブレーク・エドワーズとかテレンス・ヤングは娯楽作品の方が得意そうだし、リチャード・クワインはヘタクソだし…。
フレッド・ジンネマンやウィリアム・ワイラーならもっと重厚に出来たでしょうね。キング・ヴィダーならとにかく引っ張って行っただろうし。
ビリー・ワイルダーはちょっと皮肉が入るので合わないのかな?ジョン・ヒューストンは気に入らない脚本だとやる気が出ない人ですし、出来不出来の波が大きいですよね。ジョージ・キューカーは恋愛の部分は得意でも、原住民の部分とかが合わなさそう…。
ショーンの言葉、興味深いですね!
「戦争と平和」はヘンリー・フォンダの話ばかり、というのはオードリーがメルのことを離婚後は徹底的に避けていたからでしょうか。物心ついたショーンにも、もうメルのことはあんまり話したくなかったでしょうし。
でもヘンリー・フォンダは自分のパーティーか何かで出演作の編集では「戦争と平和」を絶対に使うな!と言ってたくらい嫌いだったそうで、オードリーがショックを受けてたと何かに書いてましたよね。
ハンフリー・ボガートとの相性は、オードリーの伝記ではかなり最悪みたいに書かれてましたけど、それでイメージが悪くなるのを恐れたのか、ボガートの伝記では相当美化されてたみたいですよね。今でも「麗しのサブリナ」のウィキとかは偉く美化されたボガートになってます。
でもやっぱりオードリー的にはキツかったですか…。
ショーンが「マイ・フェア・レディ」を挙げてくれているのが嬉しいですね!「ティファニーで朝食を」がまず挙がるのは海外の評価としてそうなのかなあ〜と思うのですが、「マイ・フェア・レディ」を持ってきてくれるのがやっぱり嬉しいです。
あれだけバッシングされた「マイ・フェア・レディ」をこうして息子が挙げてくれるなら、オードリーも演じて良かった!と思ってくれるでしょうね。
僕も「マイ・フェア・レディ」はやっぱりオードリーの頂点だと思っています。
そういえば、バート・ランカスターとかほとんど語られたことがないですよね。こういうのは当時の雑誌を紐解くしかもうないんでしょうか。
オードリー的にも、追われてウザくなってきたウィリアム・ホールデンよりも、他の共演者の方が良く見えてたっていう部分もあるでしょうしね。ホールデンには本当に気の毒ですが…。
ショーンはもう今となっては本当のオードリーを知る数少ない証人になってますから、変に祀り挙げたり加工したりせず、本当のオードリー
をたくさん語っておいて欲しいですよね。
その点では幼かったルカではあまり映画界の話などはしなかったでしょうし。
「月夜の出来事」、今は日本版のDVDも出てますよね。でも僕も未だに見るチャンスがないです。本当にどんな作品なんでしょうね。
Posted by みつお
at 2019年06月21日 00:59
