2023年09月23日
1990年 帯広シネマアポロン版 “ヘプバーンの魅力” ポスター
(今回も無料の画像をゲッティイメージズ さんからお借りしました。)
ここのところ、オードリーのポスターを全然紹介してなかったなーと思い、今回は劇場版ポスターの紹介をします。
まあもともと僕はポスターの撮影がヘタクソで綺麗に撮れないので、ちょっと後回しのつもりにしていたら、相当長い間ポスターって紹介してませんでした。
特に劇場版というと、1921年9月11日の記事で紹介した「ロビンとマリアン」のB1ポスター以来2年ぶりですね。
ポスターって、撮るのが面倒くさいんですよ。まずポスターを収納しているところから取り出さないといけないんですよね。
B2サイズはまだポスターファイルから取り出せばいいんですけど(それでも面倒くさい)、B1ポスターだとポスターフレームのネジを外して必要なポスターを抜かないといけなくて、そのポスターフレームが開けると崩れるみたいな物なので、撮影後に戻すのも大変で本当に面倒くさいんです。
B1は大きいので、普段はタンスの後ろに置いてて、フレーム→買った時のビニール→プチプチ、の順に収納されているので、まず出すのも面倒くさいんですよねー。
それに撮影はうまく反射や影が入らないようにしないといけないし、それでも失敗すると2枚の画像を繋ぎ合わせたりとかって、結構大変。
それでついつい後回しになるんですよねー。
今回思い切って、えいやっ!とポスターをいくつかまとめて撮影しましたので、順次紹介出来たら、と思います。
今回はレアものの、帯広版B2劇場ポスター。
“ヘプバーンの魅力”と銘打って、オードリーの3作品が連続上映された時のものです。
80年代後半のオードリーブームの際の、札幌版はいくつか製作されているのは知ってましたが、まさか帯広にも劇場独自版のポスターがあったとは!
(札幌版は「麗しのサブリナ」「ティファニーで朝食を」「パリで一緒に」で見てね)
というのも、印刷って最低1000枚は刷らないと、かなり割高になるんです。今ならオンデマンド印刷という手がありますんで(と言っても品質はめっちゃ落ちる。プリンター並み)、少部数でも対応できるんですが、80年代90年代はまだそんなものありませんからねー。
全国で同じものを使うなら、1000部くらいは簡単に超えるかもしれませんけど、帯広独自のポスターとなると100部も要るかどうかですよねー。
なのでこのポスターはピンクと黒の2色刷りですけど、単価はものすごく高いと思います。
さて、これが帯広とわかったのは、住所から。
シネマアポロンというのは札幌とか旭川とか釧路にもあったみたいなので、チェーン館だったのかなーと思いますが、西4南9(西4条南9丁目)という住所で帯広のものだとわかりました。
そしてそして!メインは「マイ・フェア・レディ」の画像なんですが、このポスターでおおおっ!と思ったのはそこではありません。
なんとなんと、もひとつなんと!「緑の館」が上映されているではありませんかーーっっっ!!
このブログで以前から読んでいただいている方は何度も書いているのでもうご存知だと思いますが、「緑の館」は80年代後半のオードリー作品続々リバイバルの中で、日本ヘラルドが84年にリバイバルの権利は取って映画パンフレットまで準備されていたものの、フィルムの状態が良くなくて、なんと日本で最も集客のできる東京地区と大阪地区ではリバイバルされなかったんです!
88年に名古屋や札幌など地方でリバイバルされましたが、結局東京と大阪は無し。
なので「緑の館」のリバイバルを見れた幸運な人は、ほんの一握りの人達だけになってしまったんですよね。
こちらのブログに来ていただいている方でも、名古屋にいらした明智常楽さん以外は「緑の館」をリバイバルではご覧になってないみたいなんですよねー。
東京では93年にオードリーが亡くなったときに(企画自体はオードリーが元気な時から準備されていた)、JALと日本ヘラルドと銀座文化が組んで半年間オードリー作品だけを連続上映した、「I'll AUDREY THEATER」でも、日本ヘラルドが当時権利を持っていた14作品のうち、「緑の館」と「戦争と平和」だけが外されたんですよねー。ほんともったいない!
今ならいろんな情報がネットで見れるので、名古屋で「緑の館」のリバイバルがある!ってわかったら新幹線や近鉄特急使ってでも行きますが、なんせ88年ですからねー。そんな情報は全く知らないので…。
いつか大阪や神戸でも上映するやろと呑気に構えていたら、そんな日は来ませんでした…。
なので、「緑の館」リバイバルはとっても貴重で、名古屋と札幌以外でも熊本や長崎でリバイバルされたらしいのですが、それ以外は全く不明でした。
それが帯広ではわずか6日間だけですけど、こうしてリバイバル公開されていたなんて!
今は亡きシネマアポロンさんですが、上映してくださってありがとうございます!
帯広にも「緑の館」をご覧になった貴重な方がいらっしゃったことになりますね。当時の思い出話とか聞いてみたいですねー。
さて、「緑の館」自体は1984年からリバイバルの権利が日本ヘラルドにありましたが、同時にポスターに載っている「マイ・フェア・レディ」と「戦争と平和」のリバイバルの権利を取れたのが、それぞれ1986年、1989年になるので、載っている日付と照らし合わせて1990年のポスターだとわかりました。
「緑の館」、オードリーの主演では最も出来が悪いと言われているので、さすがに “午前十時の映画祭”でもリバイバルされるのはないと思います。そう考えると本当に88年のリバイバルは貴重だったんですよね〜。
「戦争と平和」はゲッティイメージズ さんから画像をお借りしましたが、オードリーと一緒に写っているヴィットリオ・ガスマンをちょっと調べてみましたら、イタリア映画などでは主演を張ってた人だったんですね!
なぜいつもオードリーと大きく取り上げられるんだろう…などと思っていましたが、それならクレジットもオードリー、ヘンリー・フォンダ、メル・ファーラーに次いで4番目なのもわかります。
役としてはナポレオンやドーロホフの方が大きいですもんね。
オードリーとの身長差から考えて、きっと身長も190cm近くあっただろうと思いますし、欧米人といえども1950年代では非常に高かったことと思います。
きっと実際はカッコ良かったんでしょうね。
今まではチョイ役の顔の濃い人、というくらいのイメージしかありませんでした。
でも逆にそうなるとなぜこんな小さな役に出演したんだろう、とも思います。

まあもともと僕はポスターの撮影がヘタクソで綺麗に撮れないので、ちょっと後回しのつもりにしていたら、相当長い間ポスターって紹介してませんでした。
特に劇場版というと、1921年9月11日の記事で紹介した「ロビンとマリアン」のB1ポスター以来2年ぶりですね。
ポスターって、撮るのが面倒くさいんですよ。まずポスターを収納しているところから取り出さないといけないんですよね。
B2サイズはまだポスターファイルから取り出せばいいんですけど(それでも面倒くさい)、B1ポスターだとポスターフレームのネジを外して必要なポスターを抜かないといけなくて、そのポスターフレームが開けると崩れるみたいな物なので、撮影後に戻すのも大変で本当に面倒くさいんです。
B1は大きいので、普段はタンスの後ろに置いてて、フレーム→買った時のビニール→プチプチ、の順に収納されているので、まず出すのも面倒くさいんですよねー。
それに撮影はうまく反射や影が入らないようにしないといけないし、それでも失敗すると2枚の画像を繋ぎ合わせたりとかって、結構大変。
それでついつい後回しになるんですよねー。
今回思い切って、えいやっ!とポスターをいくつかまとめて撮影しましたので、順次紹介出来たら、と思います。
今回はレアものの、帯広版B2劇場ポスター。
“ヘプバーンの魅力”と銘打って、オードリーの3作品が連続上映された時のものです。
80年代後半のオードリーブームの際の、札幌版はいくつか製作されているのは知ってましたが、まさか帯広にも劇場独自版のポスターがあったとは!
(札幌版は「麗しのサブリナ」「ティファニーで朝食を」「パリで一緒に」で見てね)
というのも、印刷って最低1000枚は刷らないと、かなり割高になるんです。今ならオンデマンド印刷という手がありますんで(と言っても品質はめっちゃ落ちる。プリンター並み)、少部数でも対応できるんですが、80年代90年代はまだそんなものありませんからねー。
全国で同じものを使うなら、1000部くらいは簡単に超えるかもしれませんけど、帯広独自のポスターとなると100部も要るかどうかですよねー。
なのでこのポスターはピンクと黒の2色刷りですけど、単価はものすごく高いと思います。
さて、これが帯広とわかったのは、住所から。
シネマアポロンというのは札幌とか旭川とか釧路にもあったみたいなので、チェーン館だったのかなーと思いますが、西4南9(西4条南9丁目)という住所で帯広のものだとわかりました。
そしてそして!メインは「マイ・フェア・レディ」の画像なんですが、このポスターでおおおっ!と思ったのはそこではありません。
なんとなんと、もひとつなんと!「緑の館」が上映されているではありませんかーーっっっ!!
このブログで以前から読んでいただいている方は何度も書いているのでもうご存知だと思いますが、「緑の館」は80年代後半のオードリー作品続々リバイバルの中で、日本ヘラルドが84年にリバイバルの権利は取って映画パンフレットまで準備されていたものの、フィルムの状態が良くなくて、なんと日本で最も集客のできる東京地区と大阪地区ではリバイバルされなかったんです!
88年に名古屋や札幌など地方でリバイバルされましたが、結局東京と大阪は無し。
なので「緑の館」のリバイバルを見れた幸運な人は、ほんの一握りの人達だけになってしまったんですよね。
こちらのブログに来ていただいている方でも、名古屋にいらした明智常楽さん以外は「緑の館」をリバイバルではご覧になってないみたいなんですよねー。
東京では93年にオードリーが亡くなったときに(企画自体はオードリーが元気な時から準備されていた)、JALと日本ヘラルドと銀座文化が組んで半年間オードリー作品だけを連続上映した、「I'll AUDREY THEATER」でも、日本ヘラルドが当時権利を持っていた14作品のうち、「緑の館」と「戦争と平和」だけが外されたんですよねー。ほんともったいない!
今ならいろんな情報がネットで見れるので、名古屋で「緑の館」のリバイバルがある!ってわかったら新幹線や近鉄特急使ってでも行きますが、なんせ88年ですからねー。そんな情報は全く知らないので…。
いつか大阪や神戸でも上映するやろと呑気に構えていたら、そんな日は来ませんでした…。
なので、「緑の館」リバイバルはとっても貴重で、名古屋と札幌以外でも熊本や長崎でリバイバルされたらしいのですが、それ以外は全く不明でした。
それが帯広ではわずか6日間だけですけど、こうしてリバイバル公開されていたなんて!
今は亡きシネマアポロンさんですが、上映してくださってありがとうございます!
帯広にも「緑の館」をご覧になった貴重な方がいらっしゃったことになりますね。当時の思い出話とか聞いてみたいですねー。
さて、「緑の館」自体は1984年からリバイバルの権利が日本ヘラルドにありましたが、同時にポスターに載っている「マイ・フェア・レディ」と「戦争と平和」のリバイバルの権利を取れたのが、それぞれ1986年、1989年になるので、載っている日付と照らし合わせて1990年のポスターだとわかりました。
「緑の館」、オードリーの主演では最も出来が悪いと言われているので、さすがに “午前十時の映画祭”でもリバイバルされるのはないと思います。そう考えると本当に88年のリバイバルは貴重だったんですよね〜。
「戦争と平和」はゲッティイメージズ さんから画像をお借りしましたが、オードリーと一緒に写っているヴィットリオ・ガスマンをちょっと調べてみましたら、イタリア映画などでは主演を張ってた人だったんですね!
なぜいつもオードリーと大きく取り上げられるんだろう…などと思っていましたが、それならクレジットもオードリー、ヘンリー・フォンダ、メル・ファーラーに次いで4番目なのもわかります。
役としてはナポレオンやドーロホフの方が大きいですもんね。
オードリーとの身長差から考えて、きっと身長も190cm近くあっただろうと思いますし、欧米人といえども1950年代では非常に高かったことと思います。
きっと実際はカッコ良かったんでしょうね。
今まではチョイ役の顔の濃い人、というくらいのイメージしかありませんでした。
でも逆にそうなるとなぜこんな小さな役に出演したんだろう、とも思います。
この記事へのコメント
緑の館
退屈な映画でしたが、オードリーの美しさは最高潮。
監督がヒロインに溺れすぎ。
トニパキもやりにくかったかも。
私も新妻が横に居るのを忘れました。
15歳で原作を読んで
オンディーヌ
リーマ
二人に恋焦がれて居ました。
新居マンションと三越が至近距離。
なんという幸運。
退屈な映画でしたが、オードリーの美しさは最高潮。
監督がヒロインに溺れすぎ。
トニパキもやりにくかったかも。
私も新妻が横に居るのを忘れました。
15歳で原作を読んで
オンディーヌ
リーマ
二人に恋焦がれて居ました。
新居マンションと三越が至近距離。
なんという幸運。
Posted by 明智常楽 at 2023年09月25日 20:36
明智常楽さん、こんばんは!
「緑の館」、本当に綺麗でしたよねー。
せっかくのリバイバルだったのに、なんで東京・大阪でやらないんだよー!って思います。
当時、大阪・神戸の映画館に、リクエストを何回も送れば良かった…。
80年代後半のオードリーの威力なら、リクエストがあればやってくれたかもしれないのに、一生の不覚です。
本当に明智常楽さんの幸運が羨ましいです。
70年代にオードリー・ファンクラブの会長さんだったご褒美でしょうね。
そう言えば、当時のファンクラブの方も「緑の館」をご覧になったんでしょうかね?
「カタログ オードリー・ヘプバーン」も、77年ではなく、80年代後半に出した方がよく売れたでしょうね。出来が良いのにもったいなかったです。
「緑の館」、本当に綺麗でしたよねー。
せっかくのリバイバルだったのに、なんで東京・大阪でやらないんだよー!って思います。
当時、大阪・神戸の映画館に、リクエストを何回も送れば良かった…。
80年代後半のオードリーの威力なら、リクエストがあればやってくれたかもしれないのに、一生の不覚です。
本当に明智常楽さんの幸運が羨ましいです。
70年代にオードリー・ファンクラブの会長さんだったご褒美でしょうね。
そう言えば、当時のファンクラブの方も「緑の館」をご覧になったんでしょうかね?
「カタログ オードリー・ヘプバーン」も、77年ではなく、80年代後半に出した方がよく売れたでしょうね。出来が良いのにもったいなかったです。
Posted by みつお
at 2023年09月25日 22:20

三鷹から泊りがけのファンもいました。
新婚でなければ接待しました。
三越と同じ千種区内のファン宅に泊まりました。女性なので歓談は控えました。
新婚でなければ接待しました。
三越と同じ千種区内のファン宅に泊まりました。女性なので歓談は控えました。
Posted by 明智常楽 at 2023年09月28日 07:11
その頃に明智常楽さんとお知り合いだったら、僕も「名古屋で『緑の館』やってるよー」って教えてもらえたでしょうに、残念です。
わざわざ三鷹からいらした方も!
その方は「緑の館」が東京に来ないっていう情報を押さえてた方なんでしょうかね。
他にもオードリーファンの方が見に行かれたようで、名古屋はさすがオードリーファンクラブがあっただけのことがありますよね!
わざわざ三鷹からいらした方も!
その方は「緑の館」が東京に来ないっていう情報を押さえてた方なんでしょうかね。
他にもオードリーファンの方が見に行かれたようで、名古屋はさすがオードリーファンクラブがあっただけのことがありますよね!
Posted by みつお
at 2023年09月28日 17:54
