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2022年08月17日

スクリーン・アーカイブズ ミュージカル復刻号「マイ・フェア・レディ」

スクリーン・アーカイブズ ミュージカル復刻号「マイ・フェア・レディ」 今回はスクリーン・アーカイブズの“ミュージカル復刻号「ウエスト・サイド物語」「マイ・フェア・レディ」「サウンド・オブ・ミュージック」”です。

 同じく“スクリーン・アーカイブズ”シリーズの、「オードリー・ヘプバーン 第3集」を買う時になって初めてこの本も発売されているのがわかりました。
 でも奥付では令和3年11月30日発行となっているので、「オードリー・ヘプバーン 第3集」以前に発売されていたことになりますね。

 ちなみにこれもオンデマンド印刷(でっかいプリンターみたいなもの。少部数に向いている。)です。

 時期的に見て、スティーヴン・スピルバーグ監督のリメイク版の「ウエストサイド・ストーリー」公開に合わせて出してきたことになりますね。

 表紙のオードリーは、確かに変わった髪型だけど、切り抜きが雑なのと影がなくなっているので、まるで頭を切り取ったかのよう。
 だいたいこのプレミア上映会の画像を「マイ・フェア・レディ」の表紙として持ってくるなんて、どんなセンス?と思います。

 珍しい画像ではあるのですが、この写真を選んだ人も、この3本のミュージカルを茶色に塗って表紙にしたデザイナーも、これにOK出した人もまとめて表紙は0点にしときます。

 さて、この本でメインで取り上げられた3本、「ウエスト・サイド物語」「マイ・フェア・レディ」「サウンド・オブ・ミュージック」は映画史に燦然と輝くエポック・メイキングなミュージカル映画ですよね。今でも輝いていますし、アメリカや日本のみならず、全世界で大ヒットした3作品です。

 この本では公開順に「ウエスト・サイド物語」から始まっていますが、やっぱり社会現象となった作品なので、ページ数も一番多いです。ミュージカル全般について書かれているページを除いても表紙・裏表紙を入れて34pぶんが割かれています。

 やはり当時、あまりにも斬新だった「ウエスト・サイド物語」って凄いですよね!
 そして、この映画からはジョージ・チャキリスというスターが生まれたことがわかるページの割かれ方になっていますね。

 「マイ・フェア・レディ」ですが、こちらは22pを使用。「サウンド・オブ・ミュージック」は意外と少なくて、17pとなっています。
 「マイ・フェア・レディ」ではもちろん当時人気最高のオードリーに焦点が合わされてページの構成がされています。

スクリーン・アーカイブズ ミュージカル復刻号「マイ・フェア・レディ」 野口久光さんと河野基比古さんの対談ページでは、まずオードリーの素晴らしさから語られています。花売り娘のオードリーも思いがけなく魅力があって、汚くて憎らしい中にも可愛さがある、ただきれいなだけじゃなく、オードリーの持ち味が生かされている、はまり役であり他にはいない、と語られます。

 他にも、ミュージカル映画は舞台で出来ないことを映画で見せるため、やたらと原っぱに出て行きたがるが、「マイ・フェア・レディ」は意識的に外へ出さず、舞台を踏襲しながら監督のものを出していて、逆に非常に難しいことをしている、舞台ではあそこまで出来ないということを色々やっている、ロケがないことで全体のトーンが統一されている、と話しています。

 あとレックス・ハリスンや助演の俳優も褒められています。歌も良く、河野基比古さんはオードリーとマーニ・ニクソンの声が似ているとも言っています。

 野口久光さんは、ジャック・ワーナーにも敬意を表していい、何と言ってもこれでハリウッドが失地回復した、おそらく最初はロンドンで撮るべきか、ハリウッドで撮るべきか重要議題になっていただろうが結局ハリウッドで撮ったこともハリウッドの底力だ、「ウエスト・サイド物語」と双璧だ、と述べています。

 「サウンド・オブ・ミュージック」では、やはり新星ジュリー・アンドリュースについてが多く語られています。
 でも監督はウィリアム・ワイラーが監督になりそうだったことは書かれていますが、主演がオードリーになりそうだったことは書かれていませんね。デボラ・カーやドリス・デイのことは書かれていますけれども。

 さて、荻昌弘さんの書かれた “ミュージカル映画の新時代”というページではこの3作品、および「シェルブールの雨傘」「メリー・ポピンズ」の5本が打ち立てた金字塔のことが書かれています。
 今や(1965年当時)みんなが熱に浮かされたようにミュージカルと言うらしいです。

スクリーン・アーカイブズ ミュージカル復刻号「マイ・フェア・レディ」 でもそれぞれの考えるミュージカルはそれぞれ違って、「マイ・フェア・レディ」のロマンティックな感触、「ウエスト・サイド物語」のバイタリティのほとばしり、日本で上演されたミュージカルのスターやジュリー・アンドリュースの魅力、など、まるで違うことを思い浮かべている、とのこと。

 萩昌弘さんは“ミュージカル映画の新時代1”と言う文章で「巴里のアメリカ人」などの1944-54年を戦後の第一の波頭、「南太平洋」などのミュージカル映画の大型化の50年代後半を第二の波頭、そして「ウエスト・サイド物語」からを第三の波頭と語っています。

 日本では第一と第二の波頭では決してミュージカルの人気が定着したとは言えないし、アメリカもまだ舞台ミュージカルを表に出して映画化してるだけでは舞台に勝てるわけがないと言う事実に気づいていなかった、としています。

 ところが「ウエスト・サイド物語」で革命が来て、その一撃を全く違う方法論で「マイ・フェア・レディ」が受け継ぎ、フランスが独創性を発揮して「シェルブールの雨傘」を作り、「サウンド・オブ・ミュージック」が映画の自分を主張し、「メリー・ポピンズ」が映像独自の路を拓いた、アメリカのこの4本とフランスの1本で映画はブロードウェイからの脱却、対等の独立を宣言してみせた、と。

 “ミュージカル映画の新時代2”ではこの5本は、世界のミュージカル史において革命的な飛躍をし、それぞれ権威ある賞を取ったことは歴史的な重みがある、と書いています。

 日本ではそれまでミュージカルといえば、ストーリーなどほとんど無いようなもので、甘ったるい歌謡曲と賑やかなショーをぶち込んだもの、と言う認識であったところへ、「ウエスト・サイド物語」が動きの激しさ、社会性の鋭さ、ドラマの深さ、リズミックなビートの動きを創造した、と。

 3年後の「マイ・フェア・レディ」は、人工的な舞台を常に屋外に持ち出したくなる映画、その方法でしか映画化の方法は無いと思われていたところに、1箇所も屋外ロケはなく、むしろ人工的な装置を強調しており、それは「マイ・フェア・レディ」が持つ”夢の寓話”やエレガンスは戸外にはあまりにもたおやかでありすぎることをキューカー監督が知ったからだ、この作品で初めて正確な意味で「舞台に忠実な映画化」が成し遂げられたと述べられています。

スクリーン・アーカイブズ ミュージカル復刻号「マイ・フェア・レディ」 ここで荻昌弘氏は映画「ウエスト・サイド物語」を生のニューヨークに放り出したことによって、写実的装置無しという舞台の持っていたリリシズムを失わせたことも否定できない、「サウンド・オブ・ミュージック」にも同じ矛盾がある、と書いてます。

 公開当時、映画評論家の双葉十三郎氏だったかが、「サウンド・オブ・ミュージック」は戸外に出過ぎ的なことを書いていて、評価でも「マイ・フェア・レディ」より5点少なくなっていましたが、僕にはよくわからなかったのですが、そういうことなのかーと思いました。
 個人的にはアルプスとかの風景が良かったと思っていたので。

 「ウエスト・サイド物語」は様式的な踊りを写実的な背景に投げつけて舞台との違いを際立たせ、「マイ・フェア・レディ」は徹底的な舞台の流れと感触を保ち、それを映画的な写実で写し取ることで映画の自主性を獲得し、「サウンド・オブ・ミュージック」はこのミュージカルを、シリアス・ドラマとして眺め直してしまうという方式で“舞台の様式”から解き放って、自然な映画に活かし直した新鮮さで極限に達した作品、としています。

 そしてこの3本は舞台が持つ様式性に対して映画が根本的に持っている写実性を各々の方法論で調和させ、決定版にしている、と。

 対してセリフは全部歌の「シェルブールの雨傘」とアニメとの合体の「メリー・ポピンズ」はこの3本とは違い、映画の写実性を信じず、様式的な非現実性をそのままフィルムに収めたもの、と語られます。

 その後には永六輔氏の書いた“ミュージカル探検”という文章が続くのですが、こちらは「ウエスト・サイド物語」が封切られる前の61年の文章であるためか、「ウエスト・サイド物語」以前の日本のミュージカル事情も語られています。

 「くたばれ!ヤンキース」という、名前は有名だと思う映画が、当時の人気スターであるタブ・ハンターが主演だったにもかかわらず、東京でもわずか1週間の上映予定、というだけでも少ないと思うのですが、実際に封切られるとさらにたった5日!で上映を切り上げられたほどミュージカルに人気がなかったという事情を知ってびっくりします。

 今から振り返っても、「ウエスト・サイド物語」「マイ・フェア・レディ」「サウンド・オブ・ミュージック」の出た、この時期のミュージカルは凄いな!と思います。確実に1時代を築いていますよね。

 でもこれらの作品の成功でその後も「ドリトル先生不思議な旅」「スター!」「ハロー・ドーリー!」などの超大作ミュージカルが60年代後半には続々作られるのですが、ことごとく興行成績が悪く、内容でもこれらの3本を超えることは出来ず、一瞬でミュージカル時代は廃れてしまいます。

スクリーン・アーカイブズ ミュージカル復刻号「マイ・フェア・レディ」 その後も散発的に傑作ミュージカルは出てくるのでしょうが、やはりこの3本は歴史を作ったということで、ここでも3本だけの特集になっているのでしょうね。

 表3(裏表紙の裏)には「スクリーン」に載った「マイ・フェア・レディ」の広告が載っています。「映画の友」に載った広告とちょっと違うのが嬉しいところ。

 なので今年出た、「スクリーン復刻編集 オードリー・ヘプバーン第3集」にはこの広告は載っていません。

 カラー写真以外は全部白黒にされてしまっていた「オードリー・ヘプバーン第3集」とは違って、こちらでは最初に掲載された通り、青いグラビアで掲載されたものは青く、紫のものは紫でと再現されているのが良いです。
 なんでオードリーのは白黒にするかなー怒。

 あと、「オードリー・ヘプバーン第3集」では紙はマットコート紙だったのに、こちらは全部ツルツルのコート紙!豪華やーん!
 なんでオードリーのはマットコートなん!?

お買い求めはスクリーンのオンラインストアで。

オススメ度:★★★(全体では中身はなかなか好印象)



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この記事へのコメント
こんばんは。
あはは、この表紙はまとめて0点ですは笑ってしまいます(^o^)
え!?没後30年そんなに紹介することが沢山あるんですか!?
わわわ、追悼、その後の事まで!
今から楽しみです!
Instagram見れないのですね、あぁ近くにいたら一緒に見てキャーキャー言いたいです(ToT)
ほんと海外強いですよねほとんど英語投稿なのでポチッと翻訳して詳細確認したりしてます。
珍しくヴァーリエの写真を発見したらちゃんと日本のウィッグ会社と紹介されてました。
あと全然見たことない髪型やプレミアやパーティーでの写真やメルとのプライベートやら子供との写真など。。
みつおさんも見られるようになったら連日寝不足間違いなしですよ。
インスタの回し者ではないですよ(^^;)

どの年代のオードリーも愛していて素敵です!妄想がはかどりますね(*^o^*)
神々しいオードリーを生で見てるじゃないですか!

やっぱオードリーが自然体でその年代ごとに合った素敵な姿でいてくれてたってのも大きいと思います。
若い彼氏に合わせて無理をしたり不自然にアンチエイジングに走ったり整形しちゃったらあぁ、見たくなかったとなってしまうかも(゚o゚;)
Posted by そんそん at 2022年08月18日 22:04
そんそんさん、こんにちは。

0点でまさか笑いを取っていたとは思いませんでした。
でも僕はいたって真剣なのに、笑いを取ってしまうことが昔からあるんですよ〜汗。

以前、オードリーが亡くなった時の記事を探していたら、思ったより色々あったんですよ。それで、これらを紹介するのは時間がかかるなー、大変そうやなー、そしたら没後30年の時にまとめて…と思っていました。でも今は、どこにあったっけ?とこれまた別の意味で探すのが大変そうです。

最近は「スクリーン」やファッション雑誌ではオードリーのことをよく知らない人が編集や写真の選択をやっているので、同じような画像ばかりで新鮮味もありませんし、もう全然期待もしていないんですが、やっぱりネットだと恐ろしいくらいの見たことない画像が出てきますよね。
海外といえども、一体どこから見つけてきたん??と言いたくなるようなものも多いです。
画像検索で見たことないのが出てきて、行ってみたらインスタで見れなかったー!ということも多いです。

本当に、もしそんそんさんとお知り合いでしたら、おおー!とか言って一緒に見ていたかもしれないですよね。
そういえば、2000年頃にはオードリーのファンで、ファンサイトを作っていた方と一緒にオードリーが「庭園紀行」の撮影で行った苔寺へ行ったことがありました。

それと、プライベート(試写会)ではたまにオードリー、髪型を冒険してますよね。
「マイ・フェア・レディ」のプレミアもそうなんですけど、なんかちょっとこれは…というのもままあるので、僕がメルなら「えー、それはやめときー」とかって言ってたかもです。

生で見てたオードリー。
そうでしたね。でももうそれも40年前になってしまいました。
その時まで生きてた年月よりもその後の方が遥かに長いのに、いまだにその日のことははっきり覚えていることがチラホラ。
でもおかしいですねー。オードリー本人よりも周辺のことをよく覚えているなんて!
やっぱり、オードリーをどうやって撮影しよう、見つかったらどうしよう…などと他のことを考えていたので、そっちが残ってしまったんですかね。
他にもショーが終わってオードリーが出てくるまでに食べたカツ丼のことや、NHKホールの裏門のことが強烈だなんて、自分が残念です。
当時は若かったので、素直に花束を持って楽屋の出口で待っていれば、不審者には見えなかったと思うんですけどね。そしたら会えて、お話もできたのに…と思うと本当に残念の残念です。
まあ自分で描いたヴァレンティノの衣装を着たエクスラン・ヴァリーエのオードリーのイラストをジバンシィに見せて、“あなたのデザインです!”と言ってしまう愚は免れましたけど…。もし会えていたらそれはそれでいまも思い返して冷や汗モノだったかもしれません。

「オードリーのローマ」を見ると、70年代前半はドッティに合わせてちょっと無理をしてたのでは?と思います。ちょっと若作り感があるんですよね。でも髪の毛を「暗くなるまで待って」パターンからやめて「ロビンとマリアン」パターンにしたら、却って潔くて若返っていた感があります。
それと、70年代前半にはオードリーの左目の横にホクロがあって、徐々に目立つようになってきてたんですけど、「ロビンとマリアン」の時には無くなってました。
整形ではないんですけど、その時はホクロを除去したんだろうなーと思います。

でも最近の海外の女優さんが “いかにも整形!”って感じでやってるのを見ると、オードリーは自然体で良かったー!と思ってしまいますね。
なんでセレブの皆さん唇を厚く大きくして不自然&いかにもやってます!って感じにしちゃうんでしょうね。なんにもしない方がずっと綺麗なのに!と思ってしまいます。
Posted by みつおみつお at 2022年08月19日 14:19
この表紙には本当にがっかりしました。
センスが悪いというのには同感ですが、それ以上にもったいない感が大きく、これのせいで購入をやめてしまいました。
「マイ・フェア・レディ」の本場プレミア時に纏った薄紫色のドレスは、オードリィの数ある公式場でのお披露目服のなかでも白眉のひとつだと思っています。
ただカラーの綺麗な画像にいまいちまだ出会っていないのが惜しいです。
当時ラヴェンダー色のお色気はキム・ノヴァク、オードリィは紫色を妖艶と捉えてエリザベス・テイラーに似合うと考えていたようなので敬遠していたのかと思います。一方で紫は高貴というイメージもありますよね。フェアレディにふさわしくエレガントに着こなしていてすごく好きだったのです。
こんな変な使われ方するくらいなら表紙ではなく本編頁で見たかったですねえ。なんかとんちんかんなんだよなー
ただ内容はなかなか良さそうですね。
ミュージカル映画は周囲に毛嫌いする人が多いのですが、僕は結構好きで昔から可能な限り色んな作品観てきました。
で、セットのほうが向いている気がしますね。歌いながらの展開って非日常な描き方なので、実景でリアルを感じさせるとなんかしらけるところがあります。
ロバート・ワイズの今回の2本があまりに大成功だったのもあってか、60年代から70年代のミュージカル映画って、実景でリアル映像にドラマ性を加えるものだから、余計違和感が出てきたような気がします。あと妙な大作じみたところも大味になってしまうような、あとアテレコ感バリバリ過ぎるのもね。
そう考えると「サウンド・オブ・ミュージック」って効果的なロケによる実景でミュージカルシーンがいくつもあるのに、後年の作品のような違和感がないのは、まだどこか昔風の撮り方(照明とか画面構成とか)だからなんでしょうかね。まんべんなく光が当てられているような、リアル映像ではなかったですよね?その辺の違いは大きいのかなと振り返って思います。
ミュージカルは舞台のほうが向いているのかなぁ~

今回のこの3本に加えて「シェルブール雨傘」の4本ってすごくないですか?
60年代前半ってロレンスみたいなものもあるとはいえ、ミュージカル映画が大本流だったというのが不思議です。
「オリバー!」というのも作品賞とってるんですが、秀作なんだけどあまり見聞きしなくなりましたね。
「くたばれ!ヤンキース」日本ではたったの5日!
そんなに短かったとは驚きです。ちょっと都合つかなかったら観れずじまいですよね。「パジャマ・ゲーム」も同じような結果だったんでしょうか?
でも同じスタンリーでも「パリの恋人」はオードリィ効果でそこまで短くはなかったんでしょう。とはいえ当時の日本人は「昼下りの情事」に傾倒していたのでしょうけどね。
Posted by まる at 2022年08月19日 18:25
確かに「マイ・フェア・レディ」プレミアの薄紫の衣装は、オードリーにしては珍しい色の選択ですよね。
オードリーがエリザベス・テイラーの色だと考えていたというのも、リズの瞳が紫色というので合うと考えていたのかもしれませんね。そして確かに紫ってゴージャスになりそうなので、若く見えてしまうオードリーが自分にはまだふさわしくない色、と考えてもおかしくないですよね。
そんな中で着た「マイ・フェア・レディ」プレミア。
確かに超大作「マイ・フェア・レディ」の主役の今なら着れるかもしれない!と考えたのかもしれませんよね。

そして当時はまだ60年代前半、海外も日本も印刷技術が追いついてなくて、当時の発色も粒子感もイマイチでしたよね。薄い色って写真に写し取ることがとても難しいのですが、当時のマスコミもプレミアだと4×5とかの大判カメラではなく、機動力が求められるでしょうから35mmかせいぜい2眼レフでしょうし、色は難しいですよね。

それに、プレミアの写真は僕も本文で使って欲しかったと思います。そうすればこんな変な切り抜きにはならなかったのでは?と思いますしね。
この切り抜き、横まで切ってるのがおかしいんですよね。本当は横にも髪があるのに、影と間違えて切ったんでしょうね。ちょっと調べればわかることなのに…。最近の「SCREEN」のレベルが見えます。

ミュージカル映画、僕も大学時代に「マイ・フェア・レディ」を高校時代の先輩を誘って行ったら、やっぱりミュージカルが苦手だったようで、あまりいい感想を聞けませんでした。
のちに「ティファニーで朝食を」も一緒に行ったんですが、その時の感想でも「こないだの踊るやつよりはだいぶマシやった」と言われました。
僕も「パリの恋人」の最初の感想はヒドイもんでしたし、慣れてない人にはミュージカルはハードルが高かったのでしょうね。
そういえば、僕はもうミュージカルは大丈夫!だと思っていたのに、「ラ・ラ・ランド」を見た時に、また違和感を感じてしまいました。
やっぱり街中で、練習もしていないはずなのに、突然他人と一緒に踊って歌うという非現実感がダメなのかもしれません。
「マイ・フェア・レディ」も「サウンド・オブ・ミュージック」もその点は嬉しい時に歌う、歌うべきシチュエーションで歌う、でしたもんね。

「シェルブール雨傘」は残念ながら未見なんですー。
内容が暗そうなので、どうしても食指が動かなくて…。見れるチャンスはあったにも関わらず、明るい「ロシュフォールの恋人たち」の方を選んでしまいました。
他の作品では「モダン・ミリー」は楽しかったです。でも最後の解決が運任せだったのが大幅減点。「メリー・ポピンズ」も楽しかったのに、最後の方の屋根の上の歌でジュリー・アンドリュースがもったいない使われ方をしていて、それが残念でした。

「オリバー!」は舞台は傑作だと言われていましたけど、映画は双葉さんの採点では70点。作品賞を獲っていても、出来はイマイチなんでしょうか。
「屋根の上のバイオリン弾き」というのは双葉さんも80点だったし、ヒットもしたみたいですけど、いま残っているかというと…。
やはり時代を作った3本(+2本)ってすごいんだなーと思います。

「くたばれ!ヤンキース」、東宝のサイトを見に行くと10日間上映されたことになっているみたいなんですけど、「風と共に去りぬ」でも有楽座のアンコール上映が載ってなくて「セールスマンの死」のままだったりするので、100%信用できないので、実際はどうだったのか、また調べときますね。
まあと言っても結局長くて10日なんですから、本当に日曜だけ休みだと、1回しか見るチャンスがないですよね。
「パジャマ・ゲーム」も10日しか上映されてませんでした。

「パリの恋人」はその点さすがですよね。東宝資料室で見ると6週間上映しています。
当時はまだ1週間、2週間が当たり前の時代ですから、6週間続映だと上々です。「昼下りの情事」が7週か8週上映ですから、「パリの恋人」もかなり頑張っていますよね。
“映画の友”の記事でも公開のはじめの方は「昼下りの情事」に負けず劣らず人が入っていたそうです。でも次の号だったかでは後半の落ち方が大きかったとか。その辺がまだミュージカルの定着していない日本なんでしょうね。
Posted by みつおみつお at 2022年08月20日 00:49
みつおさんでもその髪型はやめときーって思ったりするんですね(笑)

あれホクロだったんですね、赤ちゃんのルカを抱っこしてる白黒写真の左目の横のやつですね、印刷ミスだと思ってました!
鎖骨のホクロしか把握してませんでしたさすがみつおさん!!
ホクロやシミ除去、セラミック獅子舞じゃない歯列矯正なんかは全然いいんですよ、ただあの頬と唇パンパンセレブは本当に謎ですよね(T_T)

生オードリーは素晴らしい思い出ですよね、周囲の事を覚えているから記事から臨場感が伝わってきます。
トロシュナの時もオードリーがちょうど庭の手入れでもしていたら良かったのに!!って思います。
Posted by そんそん at 2022年08月21日 12:43
オードリー、自分の顔が横広に見えないように、前髪を上げてしまう髪型も好きだったようですが、僕は圧倒的に前髪を作ってるオードリーの方が好きなんです。
「マイ・フェア・レディ」の大使館のドレスも、宣伝写真では前髪のあるのがあったのに、実際には映画のような前髪無しで頭盛り盛りになってしまいましたけど、僕は大使館も「シネアルバム」の表紙になったような前髪ありの髪型で演じて欲しかったと思ってるんです。
なので、僕が晩年のオードリーと仲が良かったら(知り合い程度では髪型にダメ出しとかできませんもんね)、前髪を下ろしてもらってたと思います。
そういえば、晩年のオードリーってショートのざん切り頭みたいだったので、ロバート・ウォルダーズとショーンが「せめて後ろでくくれるくらい伸ばしてほしい」と言ったそうですね。だからソマリアとかは少し伸びてますよね。
オードリーは短い方が楽だったんでしょうが、さすがに短すぎたんでしょうね。

それと、ドッティと結婚してから、オードリーにはホクロが出てきてましたよね。73年だか74年だかの海外の雑誌の表紙にも大きくなってきてるホクロが写ってます。載ってる写真集がちょっと見つけられなかったんですけども。
海外のオードリー・ファンであるMengさんともこのホクロの話はしてたんですよ。
でもオードリーの写真写りがいい左側から撮ると、そのホクロがめっちゃ目立つので、「ロビンとマリアン」を機に取ったんでしょうね。

でも僕もシミやホクロ除去は全然構いません。リフトアップも糸ならギリギリ。
でも、やりましたねー!みたいに顔が変わってしまうのはどこかしら不自然で、1度やってしまうと他が気になったり、やったとこだけ若くて他が崩れてくるので依存症みたいになるのがどうにもいただけません。
年を取れば取るほどおかしくなっていきますよね。しかも周りはその不自然さに気づいているのに、本人だけがわからないという…。
そういう意味ではオードリーはそういうのが何にもやってないのが良かったです。
もし不自然なほどやってたら、そのあとのオードリーも同じように好き!と言えたかどうか…。どうしても歯切れの悪い言い方になってしまいそうです。
加齢によるシワとかはもうなんとも思わないんですけどね。
でもオードリーはバレエの鍛錬の賜物で、最後まで姿勢は美しかったですよね。

唇がタラコになってるセレブは、本当にわからないです。
みーんな同じになってますよね。別に唇に縦ジワがあろうが、全然構わないと思うんですけどねー。

トロシュナ、本当にオードリーが寝てなければ良かったのにー!と思います。
まあ本当は起きてたけど、訳のわからない日本人を入れない口実だったのかとも思ってますが。
でも、オードリーは色々と予定もあったでしょうし、そろそろユニセフの活動も開始していたので、本当に疲れていて寝ていたのかもしれませんが。

でもでも、もし83年の来日時にお話出来ていたら、“日本に来ていただいた時にお会いした者です”って警戒を解いてもらえたかもしれなかったかも…なんて思うんですよね。
あー!かえすがえすもショーの時に会えなかったのが悔やまれますー!
僕的にはジバンシィにヴァレンティノの絵を見せるという愚行で、一生恥ずかしい思い出だったでしょうが、オードリーやジバンシィはそれでずっと覚えてくれたでしょうしね。
今は悔しい!という気持ちしかありませんが、もし話が出来ていたら、恥ずかしい!でも嬉しい!だったでしょうねー。
Posted by みつおみつお at 2022年08月21日 18:55
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