2022年10月11日
1992年8月12日 最後に出演したオードリーの舞台
ただいま入院中です。こちらは書き溜めておいたものになります。
今回はオードリーの死後、1993年4月12日にNHKのBS衛星第2で放送された、「ダニー・ケイ メモリアルコンサート'92」の紹介。
オードリーが亡くなった時に放送された、オードリー追悼番組の一環で、NHKアーカイブスの「番組タイムマシーン」ってサイトでは、前日の4月11日の19:30には「オードリー・ヘプバーン 〜その魅力のすべて」という1時間半番組をやっていて追悼特集がスタート、22時からは「緑の館」、そして翌日の12日が20時から岡部まりさんの解説のあと、20:04から「ダニー・ケイ メモリアルコンサート'92」が始まっています。
1時間40分の番組が21:45に終わった後、22時からは「おしゃれ泥棒」、4月13日は「ロビンとマリアン」、14日は「許されざる者」、15日は「いつも2人で」、16日は「昼下りの情事」、17日は「マイ・フェア・レディ」と1週間オードリーの追悼特集をやってくれていました。
僕はこれはもらいものなのですが、20時からの岡部まりさんの解説によると、この「ダニー・ケイ メモリアルコンサート'92」がオードリーが公に姿を現した最後のものだそうです。
オードリーの故郷、オランダのハーグで1992年8月14日に開かれています。
なぜかこの番組のことはIMDbでも書かれておらず、幻となってますね。前年の1991年のことは載っているのですが、ここでのメンバーと違いますし、NHKが間違えた、ということも無さそうです。
これ以降も「オードリー・ヘプバーンの庭園紀行」やユニセフの「Audrey Hepburn: In Her Own Words」がありますが、「庭園紀行」は90年に撮影されたもの、「Audrey Hepburn: In Her Own Words」は過去のインタビューを写してるだけです。
IMDbでは9月29日になにやら出演があったように書いてますけど、それも録画や過去のアーカイブだったらそっちの方が過去になりますしね。
本当に「ダニー・ケイ メモリアルコンサート'92」が(ユニセフのインタビューでテレビに出たとかを除くと)最後の出演なのかもしれません。NHKが間違うわけも無いしね。
ちなみに途中でこの「ダニー・ケイ メモリアル・コンサート」は第5回だと発言されているので、毎年やっているものなんですね。
その後も続いたのかどうかはわかりません。
8月の出演だと、入院まであと2か月ちょいしかないですね。9月にはユニセフでソマリアへ行ってますから、本当に最後の華やかな場でのオードリーだったのでしょうね。
余命はもう5か月ほどしかありません。
ここでのオードリーは同じくユニセフの親善大使をしているロジャー・ムーアと司会をやっていますね。メインの司会はロジャー・ムーアで、紹介されてジバンシィを着たオードリーが登場。
昔のビデオテープでのダビング品をいただいてるので、色は滲んでるし、画質は本当に良くないのですが、それでも最後の舞台のオードリーを観れるのはありがたいことです。
ここでの衣装も日本で現物が見れました。2000年の「私のスタイル」展でもあったし、「timeless audrey」展でもあったかと思います。
ドレスとしては最後に着ていたものだったので、ショーンの手元にも残っていたのでしょうね。
内容はユニセフ主催で、世界の子供達の歌やダンスや演奏などのパフォーマンスを見せて最優秀賞を決めるというもの。日本からも出ていました。
子供達の合間にプロの歌や踊りも挟まれます。有名どころではフリオ・イグレシアスとかも出ていました。
合間にユニセフの活動も挟まれたりして、その時の世界のユニセフ親善大使も紹介されます。
日本はもちろん黒柳徹子さんですね。
まあオードリーはパフォーマーをロジャー・ムーアと交代で紹介するだけで、メインは子供達のパフォーマンスですから、何度も見ようと思うものでもないのですが、最後の華やかな場でのオードリーを見れることが嬉しいですよね。
ロジャー・ムーアがオードリーに言う「あなたの隣に立つのにふさわしい男であるよう 努力しているんですよ」は、まさしく名言。
「男」って部分を「人間」と置き換えて、男女問わずオードリーのファンは心しておいて欲しいもの。
じゃあ僕はできているかと言われると “全然”なもんで、アカンな〜と思うのですけどね。
他にもフリオ・イグレシアスもダニー・ケイの娘さんなどもみんなオードリーに感謝してるんで、本当にオードリーって凄いなあ〜と思いますね。
ちなみにこの年の優勝者はラトビアの女の子でした。
オードリーが最初に言ってましたが、世界各国から子供達がオランダのハーグに集まって、そこで予選があり、勝ち残れた組だけがこの本選の舞台に立てるそうです。
でも、ユニセフの番組なのに、優勝者を子供達で競わせるんや〜と思いました。
ただのパフォーマンスを見せるだけだとあかんの?みたいな。
まあ優勝賞金もあったみたいですし、あげるにはやっぱり競わないとあかんのかなーと。
僕なんかは元々人前だとめっちゃ緊張しいなので、もう舞台に立つだけで緊張しまくりですけどね。
あ、そうそう、最初の協力のところにKLMオランダ航空の名前が載ってました。
世界のスターとしては「ローマの休日」の原案ダルトン・トランボに始まり、「オールウェイズ」の元になった原案もダルトン・トランボの「ジョーと呼ばれた男」でしたが、本当のキャリアの最初としては「オランダの7つの教訓」でのKLMの客室乗務員役に始まって、最後の舞台がこのKLM協賛と言うのもまた感慨深いですよね。
もしオードリーが亡くなってなければ、放映されなかったんじゃないかなーと思います。
でもこれで今年は1952年「ジジ」、1962年「噂の二人」日本公開、1972年「パリで一緒に」リバイバル、1982年「銀座リザ」、1992年これ、という◯十周年の節目の年のこと全部と、さらに1957年「パリの恋人」「昼下りの情事」、1967年「いつも2人で」、1987年「おしゃれ泥棒2」という◯5周年の作品とが紹介できました!なんか凄くない??と自画自賛。
今回はオードリーの死後、1993年4月12日にNHKのBS衛星第2で放送された、「ダニー・ケイ メモリアルコンサート'92」の紹介。
オードリーが亡くなった時に放送された、オードリー追悼番組の一環で、NHKアーカイブスの「番組タイムマシーン」ってサイトでは、前日の4月11日の19:30には「オードリー・ヘプバーン 〜その魅力のすべて」という1時間半番組をやっていて追悼特集がスタート、22時からは「緑の館」、そして翌日の12日が20時から岡部まりさんの解説のあと、20:04から「ダニー・ケイ メモリアルコンサート'92」が始まっています。
1時間40分の番組が21:45に終わった後、22時からは「おしゃれ泥棒」、4月13日は「ロビンとマリアン」、14日は「許されざる者」、15日は「いつも2人で」、16日は「昼下りの情事」、17日は「マイ・フェア・レディ」と1週間オードリーの追悼特集をやってくれていました。
僕はこれはもらいものなのですが、20時からの岡部まりさんの解説によると、この「ダニー・ケイ メモリアルコンサート'92」がオードリーが公に姿を現した最後のものだそうです。
オードリーの故郷、オランダのハーグで1992年8月14日に開かれています。
なぜかこの番組のことはIMDbでも書かれておらず、幻となってますね。前年の1991年のことは載っているのですが、ここでのメンバーと違いますし、NHKが間違えた、ということも無さそうです。
これ以降も「オードリー・ヘプバーンの庭園紀行」やユニセフの「Audrey Hepburn: In Her Own Words」がありますが、「庭園紀行」は90年に撮影されたもの、「Audrey Hepburn: In Her Own Words」は過去のインタビューを写してるだけです。
IMDbでは9月29日になにやら出演があったように書いてますけど、それも録画や過去のアーカイブだったらそっちの方が過去になりますしね。
本当に「ダニー・ケイ メモリアルコンサート'92」が(ユニセフのインタビューでテレビに出たとかを除くと)最後の出演なのかもしれません。NHKが間違うわけも無いしね。
ちなみに途中でこの「ダニー・ケイ メモリアル・コンサート」は第5回だと発言されているので、毎年やっているものなんですね。
その後も続いたのかどうかはわかりません。
8月の出演だと、入院まであと2か月ちょいしかないですね。9月にはユニセフでソマリアへ行ってますから、本当に最後の華やかな場でのオードリーだったのでしょうね。
余命はもう5か月ほどしかありません。
ここでのオードリーは同じくユニセフの親善大使をしているロジャー・ムーアと司会をやっていますね。メインの司会はロジャー・ムーアで、紹介されてジバンシィを着たオードリーが登場。
昔のビデオテープでのダビング品をいただいてるので、色は滲んでるし、画質は本当に良くないのですが、それでも最後の舞台のオードリーを観れるのはありがたいことです。
ここでの衣装も日本で現物が見れました。2000年の「私のスタイル」展でもあったし、「timeless audrey」展でもあったかと思います。
ドレスとしては最後に着ていたものだったので、ショーンの手元にも残っていたのでしょうね。
内容はユニセフ主催で、世界の子供達の歌やダンスや演奏などのパフォーマンスを見せて最優秀賞を決めるというもの。日本からも出ていました。
子供達の合間にプロの歌や踊りも挟まれます。有名どころではフリオ・イグレシアスとかも出ていました。
合間にユニセフの活動も挟まれたりして、その時の世界のユニセフ親善大使も紹介されます。
日本はもちろん黒柳徹子さんですね。
まあオードリーはパフォーマーをロジャー・ムーアと交代で紹介するだけで、メインは子供達のパフォーマンスですから、何度も見ようと思うものでもないのですが、最後の華やかな場でのオードリーを見れることが嬉しいですよね。
ロジャー・ムーアがオードリーに言う「あなたの隣に立つのにふさわしい男であるよう 努力しているんですよ」は、まさしく名言。
「男」って部分を「人間」と置き換えて、男女問わずオードリーのファンは心しておいて欲しいもの。
じゃあ僕はできているかと言われると “全然”なもんで、アカンな〜と思うのですけどね。
他にもフリオ・イグレシアスもダニー・ケイの娘さんなどもみんなオードリーに感謝してるんで、本当にオードリーって凄いなあ〜と思いますね。
ちなみにこの年の優勝者はラトビアの女の子でした。
オードリーが最初に言ってましたが、世界各国から子供達がオランダのハーグに集まって、そこで予選があり、勝ち残れた組だけがこの本選の舞台に立てるそうです。
でも、ユニセフの番組なのに、優勝者を子供達で競わせるんや〜と思いました。
ただのパフォーマンスを見せるだけだとあかんの?みたいな。
まあ優勝賞金もあったみたいですし、あげるにはやっぱり競わないとあかんのかなーと。
僕なんかは元々人前だとめっちゃ緊張しいなので、もう舞台に立つだけで緊張しまくりですけどね。
あ、そうそう、最初の協力のところにKLMオランダ航空の名前が載ってました。
世界のスターとしては「ローマの休日」の原案ダルトン・トランボに始まり、「オールウェイズ」の元になった原案もダルトン・トランボの「ジョーと呼ばれた男」でしたが、本当のキャリアの最初としては「オランダの7つの教訓」でのKLMの客室乗務員役に始まって、最後の舞台がこのKLM協賛と言うのもまた感慨深いですよね。
もしオードリーが亡くなってなければ、放映されなかったんじゃないかなーと思います。
でもこれで今年は1952年「ジジ」、1962年「噂の二人」日本公開、1972年「パリで一緒に」リバイバル、1982年「銀座リザ」、1992年これ、という◯十周年の節目の年のこと全部と、さらに1957年「パリの恋人」「昼下りの情事」、1967年「いつも2人で」、1987年「おしゃれ泥棒2」という◯5周年の作品とが紹介できました!なんか凄くない??と自画自賛。
Posted by みつお at 12:00│Comments(0)
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