2016年11月12日

祝!「おしゃれ泥棒」日本公開50周年!「映画の友」66年11月号


 今日は、「おしゃれ泥棒」が東京の日比谷スカラ座で日本初公開された日から、ちょうど50年に当たります。

 そう!1966年11月12日が「おしゃれ泥棒」の日本初公開日なんですね。そして50年前も今年も今日は土曜日です。
 わー!パチパチパチ!

 きっと50年前の今日は、有楽町にあった旧日比谷スカラ座は押すな押すなの大行列だったことと思います。ましてや土曜日の初日。
 そりゃあ映画館は人でいっぱいだったと思いますよ。

 ちょっとでいいから、その時のスカラ座の行列とか見てみたいですね。きっとその行列を見れただけでワクワクするでしょうね〜。

 なんせ「おしゃれ泥棒」は日本で1967年度の第6位の配給収入を上げる大ヒット!
 公開当時のオードリー映画では、「マイ・フェア・レディ」「ローマの休日」「戦争と平和」「シャレード」に次ぐ第5位の配給収入になりました。

 公開前、「おしゃれ泥棒」が初の自社作品となる日本の20世紀フォックスの宣伝部は、外野からオードリーの時代は去っているのに…などと言われたそうです。

 でも “パリです オードリーです 世界の恋人です 100万ドルをシックに盗みます!” とオードリーで押しまくり、オードリーは変わらず大人気なのを証明しました。

 「おしゃれ泥棒」っていう邦題も、今でもゲーム名になるほど秀抜ですしね。オードリー映画では間違いなく最高の日本の題名!

 本国アメリカでは公開の最初は大人気だったそうですが、その後はパッとしなかったらしいです。
 もったいない!こんなに面白い映画なのに!
 英語でも「100万ドルを盗む方法」なんてありきたりな題名でなく、もっとオシャレだったらよかったのにね。

 なので、アメリカではなぜかちょっとスベった作品、という扱いですが、日本ではむしろ有名な方の代表作の1本となっています。

 初公開時の新聞批評が、超優秀写真集の「カタログ オードリー・ヘプバーン」に載っているのですが、“劇場は若い女性でいっぱい。満員。盛大に笑っている。” と書いてあります。

 そんな今日で日本初公開からピッタリ50年の、「おしゃれ泥棒」の初公開時の作品紹介がある1966年11月号の「映画の友」誌を紹介。
 66年11月号ということは、66年の9月20日に発売だったということですね。
 11月号ですけど、出たのはちょうど50年前…ではありません。

 「映画の友」誌は、この号からB5サイズからワイド版(AB版)に変更になって大きくなっています。
 今回は中身のオードリーを全て紹介。

 この号は当時大人気だったジュリー・アンドリュースが表紙。
 そして表紙にも載っているように、この号の特集は “オードリイ対ジュリー”。

 「サウンド・オブ・ミュージック」「メリー・ポピンズ」と、飛ぶ鳥を落とす勢いのジュリーと、66年5月号でジュリーに負けて2位になったとはいえ、女王の貫禄オードリーを色々比較した特集。

 この時オードリーは「おしゃれ泥棒」が11/12公開、ジュリーは「引き裂かれたカーテン」が10/22公開という同時期で、この号でも新着映画紹介で2作品とも紹介されています。

 さらにオードリーには「いつも2人で」、ジュリーには「ハワイ」「モダン・ミリー」がそれぞれ待機中。
 そんな2人の特集となっています。

 まずオードリーは目次のイラストで登場。直木久蓉さんという方の絵だそうです。

 続いては20世紀フォックスの宣伝。「おしゃれ泥棒」よりも先に公開される「ミクロの決死圏」と「天地創造」の方が大きくあしらわれています。(一番上の画像)

 その次はいよいよオードリーvsジュリー。カラーグラビアで右にオードリー、左にジュリーで並べられています。

 オードリーは「おしゃれ泥棒」でデイヴィス・リーランドとマキシムでディナーを食べるときの美しいグリーンのジバンシィを着ています。
 ジバンシィでグリーンというと、他には「パリで一緒に」冒頭のグリーンのスーツが思い浮かびますね。

 次は緑色で刷られたモノクログラビアページ。
 先にオードリー、次にジュリーという順番で作品を紹介しています。

 「おしゃれ泥棒」の作品紹介が見開きでまずあるのですが、この号での新作公開映画の紹介はこの「おしゃれ泥棒」がトップです。

 めくると「おしゃれ泥棒」の場面集。さっきが宣伝写真だったのに比べて、こっちは本当に映画のシーンが載ってます。

 そして左端には「映画の友 秋の増刊 オードリイ・ヘップバーン全集」が10月中旬に発売だよー!っていう案内。
 この「オードリイ・ヘップバーン全集」はオードリーの特集号の雑誌としては最高傑作のもの!素晴らしい出来に仕上がっています。

 さらにめくると、今度は撮影が終わったばかりであろう「さすらいの二人」(「いつも2人で」の公開前の仮題)の画像集。
 映画のシーンも撮影スナップも、今となっては珍しい画像で構成されているのが嬉しいところ。

 その次のページからはジュリーの作品が紹介されています。

 次にオードリーが出てくるのは本文ページ。
 オードリーの大ファンでもある南俊子さんがオードリーとジュリーのことを書いてくれています。

 ここで面白いなと思ったのは、“ジュリーはおとぎ話の主人公を演じても、まるで現実のように信じこませてしまうし、オードリイにふれると現実さえ、まるで魔法の杖の一振りにあったように、ロマンティック・ムードと化してしまう。” という部分。

 なるほどなーと思いました。
 あと、さらに当時は引っ張りだこのジュリーはギャラが120万ドルになったことも書かれていました。

 以上でオードリーvsジュリーの記事は終わりです。当時は「マイ・フェア・レディ」のこともあって、オードリーとジュリーはよく比較されていたみたいです。

 オードリーがオファーを断った作品で「卑怯者の勲章」とか「ハワイ」とかもジュリーが演じてますしね。
 この号では載っていませんが、「ハワイ」は元々オードリー主演のフレッド・ジンネマン監督で考えられていたようです。「尼僧物語」コンビですね。

 なお、オードリーとジュリーですが、その後の1967年5月号の「映画の友」最後の人気投票の結果はオードリーが1501票で他の男女優を引き離して1位、ジュリーが975票で2位になっています。(男優1位は786票でアラン・ドロン)

 その時の「映画の友」では批評家たちの対談が載っているのですが、オードリーの1位は「おしゃれ泥棒」が良かったということなのですが、ジュリーは “作品が悪いもの。” “イメージを狂わせた。”とバッサリ斬られています。
 確かにジュリーファンは「引き裂かれたカーテン」や「ハワイ」なんかの方向は望んでいないだろなーと。

 アメリカでは「ハワイ」も「モダン・ミリー」も大ヒットしましたが、その次の「スター!」から大コケ。

 日本ではもう「引き裂かれたカーテン」からコケ始めたようで、「ハワイ」や「スター!」などは大コケした模様。

 オードリーのファンってジュリーも好きな人が多いような気がします。僕もそうですし、他にもオードリーのコレクターさんもジュリーがお好きでした。

 オードリーとジュリー、二人ともとても清潔感に溢れてますもんね。直接知らなくても、人柄がにじみ出ているのが共通していました。

 そしてオードリーとジュリー本人同士も、本を贈りあったりクリスマスを一緒に過ごしたりするような仲の良い関係だったようです。

 なのでジュリーは「サウンド・オブ・ミュージック」以降、なかなか作品に恵まれなかったのが可哀想です。
 日本ではDVDにすらあんまりなってませんし、日本未公開作品も多数。ジュリーファンは悲しいでしょうねー。

 ちなみに「公衆の眼」という作品があり、オードリーに最初オファーが行きましたが断られ、次にジュリーに行って撮影予定だったのですが結局流れてしまいました。

 結局その作品は後にミア・ファロー主演で「フォロー・ミー」という作品になっています。 

 他には “お金について 百万ドル女優の意見” という本文記事で再度オードリー登場。
 ここでは当時の出演料が1本で100万ドル(当時の3億6000万円、現在の約36億円)越えという、当時世界で5人しかいなかった女優のお金の使い道を書いた文章で登場します。

 その5人とはオードリー、エリザベス・テイラー、ソフィア・ローレン、ジュリー、そしてドリス・デイです。
 日本だとドリス・デイが意外ですね。

 「映画の友」誌は通販もやっていたのですが、ブロマイドと、キャビネ版ポートレートのところで今月はオードリーが出てきてます。写真はいずれも「おしゃれ泥棒」のもの。

 ブロマイドは3枚1組で100円、ポートレートは2枚で120円となっています。ポートレートは他の号とかのと組み合わせて2枚で買えたようです。10倍すると、大体今ならいくらかわかりますね。

 作品別のキャビネ写真も3枚1組120円で売ってたみたいですが、「マイ・フェア・レディ」や「ローマの休日」そして「サウンド・オブ・ミュージック」がA・B集と2種類しか無いのに、「シャレード」はA・B・Cと3種類もあります。当時いかに「シャレード」の人気が高かったのか、というのがわかります。

 この作品別で「シャレード」を上回る4種類あるのは、ここに載っているのでは「荒野の七人」と「ウエスト・サイド物語」だけみたいです。
 「ティファニーで朝食を」や「パリで一緒に」などは1種類だけのようです。

 この号のオードリー以外では、大人気だったアラン・ドロン、めきめき人気を上げてきたスティーブ・マックィーン、ポール・ニューマンら、70年代にも引き続き大活躍するスターが載っています。

 オードリーの共演者だったアンソニー・パーキンスやジョージ・ペパードといったオードリーと共演した人気男優たちもカラーグラビアでいますが、同じくカラーに載ってる女優のミレーヌ・ドモンジョやクラウディア・カルディナーレ、アン・マーグレットなどと共に、70年代には若い人には縁遠い人たちになってしまってますね。

 撮影中のものとしては、神戸や姫路城でロケされたショーン・コネリーの「007は二度死ぬ」や、「ロシュフォールのお嬢さん」(後に「ロシュフォールの恋人たち」に改題)が掲載。

 「ロシュフォールの恋人たち」でオードリーに最初オファーされた役を演じるフランソワーズ・ドルレアックもまだ存命ですし、カトリーヌ・ドヌーヴは60年代よりも70年代前半でむしろ人気でしたね。

 昔の雑誌を開くと、人気のある俳優さんの栄枯盛衰を見ることが出来ます。
 そう考えると、いまだに映画雑誌に載り続けるオードリーってやっぱり凄いですよねー。


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この記事へのコメント
お久しぶりです。
今から50年前の、「おしゃれ泥棒」の初日には、たしかにみつおさんが仰るとおり、押すな押すなの大行列がスカラ座の前に出来たんでしょうね。
が、今から約40年前の「ロビンとマリアン」公開時には・・・・一応、初日の第1回目には、同じスカラ座の前に行列が出来てました(私もその時並んでた一人でした)が、お世辞にも「押すな押すなの大行列」などと呼べた代物ではない小行列で、開場と同時に並んでいた人々は全員劇場内に収容され、それ以後行列が出来る事など上映最終日まで一度もありませんでした。寂しかったです。
話は変わりますが、ジュリー・アンドリューズには何のうらみもありませんが、
某有名イラストレーターに代表されるアンチ・オードリーな人々が「やはり、『マイ・フェア・レディ』のイライザ役は、映画でもジュリーが演るべきだった」と発言しているのを聞くと、ジュリー本人まで嫌いになってしまいそうになります。
それにしても、昔の洋画雑誌って、おっとりと上品な雰囲気で、見ていて癒されますね。特にブロマイドの広告!懐かしい春美栄光堂(ご存知ですか?よ
く「スクリーン」誌に広告を出していた、老舗のブロマイド専門店です)を思い出してしまいました。
Posted by ヴェロニカ・ハメル at 2016年11月15日 20:55
ヴェロニカ・ハメル さん、こんばんは!

初公開時の「ロビンとマリアン」スカラ座の様子を教えてくださって、ありがとうございます!「ロビンとマリアン」の初日でもやっぱり集客は必ずしも良くなかったんですね。
「華麗なる相続人」の時は神戸でもあんまりな状況だったので、「ロビンとマリアン」はさすがにそんなことはなかったのかな?と思っていましたので。

そう考えると、最終的にはもう一つだったかもしれませんが、大阪での「マイヤーリング」はそれなりにヒットと呼べる状況だったのかもしれません。初日(2回上映)は売り切れたみたいですし、その後ちょっと大きな劇場に移って3回上映に増やされてましたし。

きっと「おしゃれ泥棒」の時は配給収入の近い「シャレード」並に平日昼間も大行列だったんじゃないかと思います。「シャレード」なら残ってるんですけどねー。

それと、一部のジュリーファンに関しては、僕もカッとなることがあります。
なぜオードリーを堕してジュリーを上げる必要があるの?って思います。
ジュリーはジュリー、オードリーはオードリーでいいんじゃないの?って。
午前十時の映画祭の「マイ・フェア・レディ」に書き込んでいるジュリーファンの言い草も聞く耳持たない相当な物で、他の人も呆れているのか、それ以降その人への返信は付いてないようですが…。

某イラストレーターというのが誰なのか知りませんが、まあきっとその人は別に「マイ・フェア・レディ」をジュリーで撮っていれば、「メリー・ポピンズ」も「サウンド・オブ・ミュージック」も無くても良かったのでしょう。
「マイ・フェア・レディ」をジュリーで撮っていれば契約上「メリー・ポピンズ」はジュリーは降板予定でしたし、「マイ・フェア・レディ」に出ないことでオードリーは撮影年の1963年が空いてしまうので、オードリーが先にオファーを受けていた「サウンド・オブ・ミュージック」に出ていたかもしれませんし。
現実に「マイ・フェア・レディ」にジュリーが出ていたら、ジュリーの代表作2本がどうなっていたのか、冷静に考えられないのでしょうかね。

「マイ・フェア・レディ」に出なかったからこそ「メリー・ポピンズ」と「サウンド・オブ・ミュージック」というジュリーの2大代表作があるのに、3本ともジュリーで撮れたはず!とでも思っているのでしょうか?
それと、他のジュリーの舞台作、「キャメロット」の方はあんまり言わないんですね。あれも映画はジュリーではありませんでしたけど?

ジュリー本人も「メリー・ポピンズ」と「サウンド・オブ・ミュージック」が出来たわけですし、きっとこれで良かったと思っていると思うんです。
でも外野がいつまでもそういう言い方をするのは、ジュリー自身もありがたいでしょうけど、むしろもう迷惑なんじゃないかなーと思います。
ましてやジュリーのプライベートで大事な友人でもあるオードリーを貶めるような言い方は絶対に望んでないでしょうね。
一部の心ないジュリーファンは、自分の思い通りになればそれでよくて、ジュリー自身がどう思うかとかどうなっていたかっていう観点が欠けているような気がします。

話変わって、春美栄光堂、知ってます知ってます!
スクリーンの後ろの方のページの左下に毎号載ってましたよね。
いつか全種類買おう!と思っていたのですが、オードリーは最多の100種類だったので(後に120種類になってたかな?)、買い方もよくわからない僕は、少しずつだと、どれを買ったか春美栄光堂の人がわからないので同じのを送ってしまい、絶対かぶる!と思っていて、100種類買えるまでは待つ!と思ってました。
でも中学生には100種類も同時に買えるようなお金はなく、買えるようになった社会人になってからは春美栄光堂自体が無くなってました。
いったいどんな100種類だったんでしょうねー。その後ずっと気になってるんですよー。
Posted by みつおみつお at 2016年11月16日 01:45
この号、すごく懐かしい!
僕も古本屋で購入しました。
さすらいの二人(「いつも2人で」)のベッドシーン写真が、当時衝撃的でした。
今見るとそうでもないけど・・・
だけどオードリィにしてみたら、背中からとはいえトップレスだし、
今から見てもかなり大胆ですよね。

家族写真で結構ビキニとか超ショートパンツのものもあって、
プライベートではラフな格好も好んでいたオードリィ
バレリーナ時代のレオタード姿も普通にあるし、
今ならもっと自由なイメージがありますね。
Posted by まる at 2016年11月16日 22:31
まるさん、こんばんは!

まるさんもこの号をお持ちでしたか!
「いつも2人で」でのベッドシーン、結局オードリーは宣伝写真でも映画でも胸を完全に隠してますし(きっとスタッフにも見えないように気を配ってたと思います)、あんまりトップレスの意味はないですよね。別に肌色のヌーブラみたいなのでも問題ないんじゃないかと。
その中でも、この写真はわりと肩甲骨の下まで背中が見えていて、残されたベッドシーンの写真の中でもちょっとドキッとします。

それと、確かにプライベートでのオードリーって意外と大胆ですよねw。
庭での超ショートパンツは赤ちゃんのおむつみたいで、あれれ?と思います。
水着はいろんなタイプを持ってますよね。「ロードショー」に載っていた脇から背中までが大きく開いたものとか、ビキニも色々。

オードリーは普段は「いつも2人で」の赤い水着みたいなスクール水着タイプなんじゃないかと勝手に思ってましたが、そんなのは無くて、セパレートが多いですよね。
まあずっとお腹がペッタンコだったので、セパレートでも恥ずかしくないのでしょうね。
Posted by みつおみつお at 2016年11月16日 23:36
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