2016年02月16日

ピーター・ボグダノヴィッチ著「私のハリウッド交友録」

 「オードリー・ヘプバーン記録室」のブログで、「映画の友」でのランキングの記事をアップしてあります。興味のある方はそちらもどうぞ。

 今回紹介するのは、ピーター・ボグダノヴィッチ監督 著の「私のハリウッド交友録」です。
 奥付は2008年7月31日になっていますので、実際はもう少し早く店頭に並んでいたことと思います。

 ピーター・ボグダノヴィッチは、オードリーの後期の作品「ニューヨークの恋人たち」の監督です。
 主な代表作は「ラスト・ショー」(1971)「おかしなおかしな大追跡」(1972)「ペーパー・ムーン」(1973)。

 というか、僕はピーター・ボグダノヴィッチ監督に関してよく知らないものですから、イメージはほぼその3本しか作品は無いと言ってもいい監督さん。
 あとは後年作る作品はどれも凡作・駄作のオンパレード的な、日本で公開すらされない、監督としては三流だったようなイメージがあります。

 代表作3本でも、「ラスト・ショー」と「ペーパー・ムーン」は双葉十三郎さんの採点で80点という高得点ですが、「おかしなおかしな大追跡」はアメリカでヒットはしたものの(日本ではヒットしてないと思う)双葉さんの採点は70点と、見ておいていい作品の上くらい。
 テイタム・オニール全盛期なのに「ニッケル・オデオン」がすぐに公開されなかった、というイメージも強いです(6年後にやっと公開。採点は75点)。

 「ニューヨークの恋人たち」は、撮影中は実は全然知らなかったです。僕の興味が他に逸れていた時期というのもありますが、オードリー暗黒期に入ってましたし、「華麗なる相続人」がコケたので、とうとう“スクリーン”や“ロードショー”でもほとんど取り上げなくなっていたのではないでしょうか。

 「ニューヨークの恋人たち」がある事を知ったのは、「いつも2人で」の個人的な自主上映が出来ないかとレンタルフィルムのカタログを取り寄せて見ていたところ、その中に“They All Laughed”というオードリー作品があることを見たからです。

 新作のオードリー。見たい!と思いましたが、それ以前にとうとうオードリー主演作品に未公開作品が出来てしまった!とガッカリしました。
 それまではオードリーの主演作は1本も未公開がない!というのがオードリーの偉大さを表していると個人的に思っていましたし、本当に残念でした。

 で、一生見ることは叶わないかも…と思っていましたが、やがてビデオデッキが家庭に普及するようになり、17800円前後と高額ながらセルビデオも登場。さらにレンタルビデオ店が出来るようになると、「ニューヨークの恋人たち」もそういうレンタルビデオ屋で借りてとうとう見れることに!

 …でも、見てめっちゃガッカリしました。失望度は「華麗なる相続人」以上!
 オードリーがオードリーらしくない行動をする、音楽がカントリー中心で僕と(そしてオードリーと)全く合わない!オードリーが序列はともかく、実際はただの脇役!内容も全然良くない!
 これは日本未公開でも仕方ないかなーと思ったものです。文句なく僕にとってのオードリーのワースト1!

 後に「おしゃれ泥棒2」でもがっかりしたので、ワースト2位になりましたが、「おしゃれ泥棒2」は再度見直して評価が少しだけ上がり、今はまためでたく(?)オードリーワースト1に返り咲いています。大好きなオードリーの出演なのに、見直すのが大変苦痛な作品です。

 と、めっちゃ前置きが長くなりましたが、「ニューヨークの恋人たち」について語る場が全然無いので、ここで一気に吐き出してしまいました。

 この本は824ページもあって、めっちゃ分厚いです。大阪梅田の本屋さんで見つけたのが最初でしたが、高い(4300円+税金)上にオードリーの章はたった20ページ。買うのはすっごいためらわれました。で、ずっと購入を見送ってたのですが、数ヶ月ごとに何度か見に行っても、全然売れていませんでした。

 というか、ピーター・ボグダノヴィッチって決して日本でそんなに人気のある監督でもないのに、よくこれが翻訳出版されたな〜と。絶対売れないと思ったし。
 分厚い背表紙と表紙にもオードリーが装丁であしらわれていて、これはオードリーで売る気やなーと思ってました。
 結局中古でネットで出るまで待ってやっと買いましたが、それでも3000円くらいと内容に比して高かったです。

 買うのにも時間がかかりましたが、こうしてブログにアップするにも時間がかかりました。買ってから5年ぐらい放置状態でしたかね〜。

 内容はボグダノヴィッチ監督と交流のあった人(と一部交流のなかったマリリン・モンローなど)25人のことが書かれています。

 読んでみると、こういう内容になるからオードリーって自伝を書かなかったんだよなーって思いました。どうしても暴露本みたいになるじゃないですか。
 ましてやこれは自伝でもなく、単に他の人のことを書いているというもの。僕がオードリーなら、こんなことが書かれてたらとってもイヤ〜〜〜な気分になると思います。

 ボグダノヴィッチ監督はオードリーのことをめっちゃリスペクトして書いてるんです。
 たとえば「ニューヨークの恋人たち」撮影中にオードリーが脚本のセリフと変えて喋ってしまっても、そちらの方がずっと作品にふさわしかったとか。

 でも、ベン・ギャザラがオードリーとの関係をベラベラ喋ってたとか、まだアンドレア・ドッティと結婚中の「ニューヨークの恋人たち」撮影中に、こっそりロバート・ウォルダーズとデートしていた、みたいなことを友人だと思っていた人に書かれたと知ったら、オードリーは決して良い気がしないと思います。
 というか、オードリーはサーッとカーテンを引いて、ボグダノヴィッチとの友人関係を絶つでしょうね。

 こういう無神経さがボグダノヴィッチにはあるのかなーと思います。
 「ニューヨークの恋人たち」はベン・ギャザラに聞いたオードリーのイメージそのままに映像化したらしいのですが、本当にオードリーの表層だけで、この作品を見ても、そこに真のオードリーがいるようには感じません。

 むしろウィリアム・ワイラー監督の「噂の二人」の方が、オードリーとはかけ離れた状況下でのお話なのに、よっぽどオードリーの本当の姿を捉えているように思います。
 「ニューヨークの恋人たち」でのオードリーは、ただそこにいるだけの富豪夫人、ってだけです。

 だいたい、夫以外の男性と一夜を共にした翌朝に、その男を好きだという他の女性と仲良く会話してるなど、どういう神経やねん!と見ていて思います。オードリーらしさなんて皆無。これが素のオードリーをイメージした役ですか??第一、ベッドシーンも不要だし。

 「ニューヨークの恋人たち」撮影後、何度かボグダノヴィッチはオードリーに一緒に映画や舞台をやらないかと持ちかけていたようです。
 が、どれも実現しなかったのはご存知の通り。むしろ僕は実現しなくて良かった!とさえ思います。どうせボグダノヴィッチでは一般公開さえ危ういような駄作や失敗作がまた作られただけでしょうし。

 興味深いのはそうした実現しなかった作品の中で、「陽気な幽霊」のリメイクの話があったようなのですが、オードリーが演じたいと言ったのは主役の幽霊妻ではなく、45年の映画版でマーガレット・ラザフォードが演じたエキセントリックな占い師という脇役だったらしいこと。
 「陽気な幽霊」を見たことがないので、何とも言えないのですが、オードリーが演じたいと言ったものはことごとく成功しているので、いったいどのような役なのか興味があります。

 そして「カーテンコール/ただいま舞台は戦闘状態」という、またまた取るに足りない作品に仕上がる喜劇で、ボグダノヴィッチがオードリーに依頼したのは若手男優と関係を持ち、愛情を独占しようとする女優の役。

 脚本を読んだ後でオードリーが疑わしげに “なぜこの役を私に?” と電話してきたそうですが、本当にボグダノビッチってダメ!
 オードリーは、“自分がこの役を演じている姿などまったく想像もつかない。” と丁重に断ったそうです。

 “思うに私が役を依頼した動機をまだ疑いながら” とその後に書いてあるのですが、オードリーの気持ちはそうじゃないのじゃないかなーと。
 オードリーからしたら、友人だと思っていたボグダノヴィッチ監督からそんな依頼を受けて、“結局あなたも私のことを見てくれていなかったのね…。” って本当にガッカリしたんじゃないかなー。

 ルキノ・ヴィスコンティも「家族の肖像」でオードリーに若いツバメのいる役を依頼して断られてましたが、なぜ同じ間違いまたする??って感じですね。
 オードリーに明らかに不向きな役を依頼しても、出演作を絞っているオードリーが演じるわけないじゃん!みたいな。

 オードリーがいまさら今までのイメージを破壊するような役を演じて、誰が得します?オードリー??そんなことないですよね。
 “あのオードリー・ヘプバーンにそんな役を演じさせた!” って評価されるのは監督のみですよね。逆にオードリーは “結局後年こういう役を演じましたか…”って失望されるだけ。
 そんな依頼を信頼していた人から受けたら、そりゃガッカリして傷つきますよ。

 オードリーは後年は演じることにがむしゃらじゃないですよね。冒険して演技派として名を残したいわけでもない。お金ももう充分にあって、特に必要としていない。
 そんなオードリーを引っ張り出すには、オードリー自身がどうしても演じたいプラスαが無いとダメですよね。

 「ニューヨークの恋人たち」出演もオードリー自身はずっと興味がなさそうで、それが一転出演に到ったのは息子のショーンをボグダノヴィッチのアシスタント兼出演者の1人として採用したから、ということが書いてありました。
 遺作「オールウェイズ」での出演を決めたのも、オードリーと同じく夢を作るスティーブン・スピルバーグという一流監督の作品だからですよね(作品の出来は良くなかったけど)。

 そういうことを考えると、やっぱり当時のオードリーを担ぎ出すためには、愛に溢れた夢のある第1級の脚本が必要だったのではないかなーと思うんですよね。
 
 こういうオードリーの本質を最後まで捉えられなかったボグダノヴィッチの「ニューヨークの恋人たち」でオードリーの才能が浪費されてしまったのは本当にもったいない!
 途中で「パリで一緒に」と「おしゃれ泥棒」のことを “少々失敗気味のロマンティック・コメディ” と書いてるんですけど、「ニューヨークの恋人たち」程度のものしか作れんかったお前が言うな!って読みながら突っ込んでました。遥かにその2作の方が上出来。

 オードリーとオードリーのファンにとって本当に残念だったのは、このどうしようもない作品がオードリーの主演としての最後の映画になってしまったということ。
 結局復帰してからの作品で内容も良かったのは「ロビンとマリアン」だけに終わってしまいましたね。オードリーがオファーを受けながら様々な理由で出演しなかった「愛と喝采の日々」か「愛と哀しみの果て」に出て後期の代表作を残して欲しかった!「ニューヨークの恋人たち」はオードリーの幕引きにはあまりにもあんまりな出来で、悲しくなります。

 この本では、他にオードリーと関連する俳優でベン・ギャザラも1章あります。
 そこではオードリーに夢中になって、オードリーとの関係を喋っているベン・ギャザラの様子や、「華麗なる相続人」の次にギャザラが出演した大作&大コケ作品の「インチョン!」(ラズベリー賞の最低作品賞を受賞)で別の女優さんに乗り換えたことが書かれています。

 もうね、人のデリケートな部分のプライベートを喋るギャザラもイヤだし、それを本にするボグダノヴィッチもイヤ!
 同じく自分で本を書いた名匠フレッドジンネマン監督のと比べても、本の内容も監督としての才能も雲泥の差。こういうところにも人柄って出るんだねーって。

 結局、僕は友人のオードリーをリスペクトして書いてるよーってボグダノヴィッチ本人は思ってるんでしょうが、人に知られたくないようなプライベートなことを相手の死後に書くような人って友人って呼べるの?って思います。

 お仲間のベン・ギャザラも後年自伝を発表しますけど、もちろん日本ではベン・ギャザラなんて誰も知らない俳優の本は翻訳されませんでした。きっとそこでもオードリーの暴露的なことが書いてあるんでしょうねー。

 それと「ニューヨークの恋人たち」って画像があんまりないんですが、この本でもおなじみの画像が1枚載っているだけです。画像の資料としての価値も無し。

 他にもオードリーとゆかりのあるアンソニー・パーキンスやリリアン・ギッシュ、ケイリー・グラント、マレーネ・ディートリッヒ、ハンフリー・ボガード、ヘンリー・フォンダの章もありますが、オードリーのことはほとんど出てきません。

 むしろ、オードリーと共演したことがなかったジェイムズ・スチュアートの章とオードリーの章で、ショーンの最初の結婚式でこの偉大な2人の俳優が踊ったことが2度出てきます。
 ジェイムス・スチュアートは共演はなかったものの、オードリーとは旧友だったそうで(だからショーンの結婚式にも来てるんだろうけど。でもオードリーのお葬式には来てないね…)、その心を打つ踊る2人に、作られることのなかったオードリー映画の象徴を見て章を締めているのが良かったです。

オススメ度:なし(わざわざ買って読むほどのことはない!と思います)


  


Posted by みつお at 09:00Comments(0)批評・評論など

2014年08月20日

買って失敗した!と思ったもの その2


★いよいよ今週末からです!「シャレード」 第二回・新午前十時の映画祭
 GROUP Aにて8/23(土)~9/05(金)

★こちらも来週の月曜から始まります!上映期間が短いので、お見逃し無く!!
 「いつも2人で」 イオンシネマ“シネパス”
 (「いつも2人で」を初めてご覧になる方は、僕のもう1つのブログで先に“「いつも2人で」オードリーの髪型による旅の順番の見分け方”を読んでいただくと、時系列が混乱しないかと思います。)
 グループ3 8/25(月)~8/29(金)
 千葉  イオンシネマユーカリが丘・イオンシネマ市川妙典・イオンシネマ千葉ニュータウン・イオンシネマ幕張新都心
 神奈川 イオンシネマ海老名・イオンシネマみなとみらい・イオンシネマつきみ野・イオンシネマ港北ニュータウン
 愛知  イオンシネマ豊川・イオンシネマ大高・イオンシネマ名古屋茶屋・イオンシネマワンダー・イオンシネマ岡崎

 今日も引き続き、買って失敗した本の紹介。
 それは“AUDREY HEPBURN : A Bio-Bibliography”というもの。
 「オードリー・ヘプバーンの略伝と作品」って感じでしょうか。

 これ、表紙からしてオードリーの写真は全く無さそうな、いかにもハードカバーの本!って感じですよね。
 だいぶ前から知ってはいたものの、全然買う気が起きず、かなり長期間買わずに放置してました。

 しかもなんでだかこれが高いんです!2010年5月に買ってたんですけど、当時の円高の時でも5000円越えしてました!
 今アメリカのアマゾンに見に行ったら、新品はもっと値上がりしてた!今の円安水準だと、送料込みで最安でも8000円くらいする!

 きっと刷った部数が極端に少ないんでしょうね。
 ま、いいか、と思って結局買ったんですけど、届いたら案の定思ってた通りの文字だらけの本でした。
 写真は全部で7点ほど。うち珍しいのは2点だけでした。

 期待もしてなかったので、ガッカリもしませんでしたが、“買わなきゃ良かった!”とは思いました(笑)。

 伝記の後、オードリーがやり遂げて来た作品欄では“舞台”“映画”“テレビ”“ディスコグラフィー”などと章が分けられているのですが、価値があるのはテレビの欄でしょうか。

 初期のオードリーのテレビ出演って、あんまり知られてないですよね。まあ1957年の「マイヤーリング」でさえ保存はキネコでしたから、それ以前のテレビ黎明期なんて現存すらしてなさそうなので、全容を知るのはほぼ不可能かと…。

 そんな中、数行の短文でもオードリーがどのような事をしていたのかがわかるって言うのはほんのちょっと嬉しいです。
 たとえば、エド・サリヴァンの1時間番組“Toast of the Town”では1回目の出演では「九日間の女王」のジェーン・グレイを演じたそうですし、2回目の出演でレックス・ハリスンと「1000日のアン」でアン・ブーリンを演じたそうです。

 どちらも若くして斬首される役ですね…。(^^;A
 初期のオードリーはまだ“ジジ”での舞台俳優だと見なされていたでしょうから、役柄の方向も決まっていなくて、オードリーらしいロマンティック・コメディではなく、こういうドラマティックな役があてがわれてたりしてたんですね。

 ちなみにレックス・ハリスンはブロードウェイで1948年に「1000日のアン」を既に演じてるんですね!それでキャスティングされたのかと。今回調べていて初めて知りました。

 このレックス・ハリスンは、もちろん「マイ・フェア・レディ」(今年製作50周年!)で後にオードリーともう一度共演する事になります。
 主演俳優で、他に2回オードリーと共演したのは、「麗しのサブリナ」「パリで一緒に」のウィリアム・ホールデンと「華麗なる相続人」「ニューヨークの恋人たち」のベン・ギャザラだけですよね。

 そういえば、もうすぐオードリーとホールデンの恋愛のことを書いたらしき洋書が出版されるみたいです。
 ほんわかした内容だといいんですが、ゴシップ的な、本当かどうかわからないあんまり赤裸々なのだと困りますよね。ま、と言っても「パリで一緒に」の時はもうオードリーはホールデンの事はアウトオブ眼中でしたでしょうけど。

 それと、30分番組「Rainy Day in paradise Junction」ではCarmen Matthews と Paul Langton と並んでのスター扱いだったそう。
 2人を知らなかったので一応調べましたが、Carmen Matthews はおばさま女優、 Paul Langton はバート・ランカスターとフレッド・アステアを混ぜて、フランク・シナトラとウィリアム・ホールデンを振りかけた感じでした。

 この「Rainy Day in paradise Junction」は未だ見れないオードリーの演じた作品ですけど…きっと残ってないのでしょうね。

 オードリーのテレビドラマ出演ってのは、ごく最初期と「マイヤーリング」「おしゃれ泥棒2」に限られているので、後半はアカデミー賞に出席したとか、ユニセフのインタビューを受けた、とかのテレビ番組しか載ってないんですよね。あとユニセフの「愛の世界」とかビリー・ワイルダーを讃える「ビリー・ワイルダーに乾杯!」(これは日本でも放送されました)などの、他の人の何かの記念パーティーの様子とか。

 「エクスラン・ヴァリーエ」に関しても載っているのですが、「銀座リザ」のことは全然無し。
 「銀座リザ」って本当に海外では知られてないですよね。
 
 他にも英国時代にテレビ出演したというBBCの「The Silent Village」のこととかもないので、装丁はしっかりしていますが、必ずしも完璧ではなさそうです。

オススメ度:無し


  

Posted by みつお at 12:00Comments(6)批評・評論など

2013年11月01日

Vogue on Hubert De Givenchy

 「マイヤーリング」の前売りが始まっています。今ならポストカード付きですよっ!ネットで買うと、全国どこでも「マイヤーリング」上映館で見ることが出来るのがあります。

 これは“Vogue on Hubert De Givenchy ”というハードカバーの本です。Vogue on Designers というシリーズの1冊で、他にオードリーと関連するデザイナーとしてはラルフ・ローレンやクリスチャン・ディオールなどがあります。

 本にはオードリーととても親交の厚かったユベール・ド・ジバンシィの歴史や評価みたいなことが書いています(たぶん)。
 決してオードリーの写真集でもなんでもないんですが、ジバンシィの歴史を語るにはオードリーを外すわけには絶対にいかないし、表紙もオードリー。中身にも間違いなくオードリーがあるだろうと踏んで買ってみました。

 中身にはオードリーの写真が11点、プラス「ティファニーで朝食を」イラストポスターが1つ。うち珍しめの画像は3点でした。カラーの発色は悪くて、肌も服の色も汚いです(ファッション誌の名を冠してるのにね)。

 オードリーは“THE IMAGE MAKER”ということで、章1つ当てられています。それだけジバンシィにとってオードリーの存在は大きかったということですよね。
 実際、他の画像を見ても、“これ、オードリーが着たら似合うだろうなー。”ってのが見受けられますし。

 さて、ジバンシィですが、僕は以前は“ジヴァンシー”って書いてたんですけど、現在ジバンシィが傘下に入っているLVMH社での正式表記が“ジバンシィ”なので、それに倣いました。
 でもパルファム・ジバンシイのHPへ行くと“ジバンシイ”で、最後の「イ」がデカいんですよね。同じ会社で表記の統一がとれてないなんて…。

 本人のユベールは身長が高いので有名。170cmのオードリーと並んでも頭一つ高い!190cm以上(2m近く?)あるそうです。
 若い頃のユベールなんて、ホントかっこいい!オートクチュールの顧客の人も、服を作りに行ったら、ユベールの威風堂々っぷりに圧倒されたでしょうね。

 そういえば、ジバンシィが83年に来日したとき、ホテルで一番大きなベッドでも小さくて、ベッドを2つ並べたという逸話があるみたいですね。オードリーと同じヒルトンホテルだったのでしょうか。

 今では日本人にも背の高い人が増えてきて、180cm越えなんて人はざらにいますから、おそらく高級ホテルのベッドも2mくらいの人には対応出来るようになってるでしょうけど。

 さて、この本の中の写真で僕が一番“おっ!”って思ったのは、1971年の写真。
 71年というと、オードリーが日本のために「エクスラン・ヴァリーエ」に出演した年でもあります。

 日本が女優オードリーの延長線上でヴァレンティノ・ガラヴァーニの衣装で「ヴァリーエ」を作ったのとは対照的に、ファッション誌のヴォーグは家庭のオードリーっていうコンセプトで写真を撮ってるんですよね。

 昨年2012年7月号の「ヴォーグ ジャパン」の画像もそうでしたけど、こういうオードリーの日常っぽい感じで見せてくれるのもいいなあ〜って感じですよね。(ヤギと一緒のオードリーなんて、実際はオードリーの日常じゃないでしょうけど)

 あー、本当に雑誌ごとのオードリー写真集を出して欲しいなー…。

お気に入り度:★★(画像も少ないし、誰にでもは勧められないけど、珍しい画像は嬉しい!)


  

Posted by みつお at 19:00Comments(8)批評・評論など

2011年12月03日

オードリー・ヘプバーンとティファニーで朝食を

 2011年の今年は「ティファニーで朝食を」の製作から50周年なことは、今年の記事で何度か書いていましたが、10月26日に発売されたのがこれ、「オードリー・ヘプバーンとティファニーで朝食を オードリーが創った、自由に生きる女性像」。
 著者はサム・ワッソン、翻訳は清水晶子氏。発行はマーブルブックスで、発売は中央公論新社です。

 この本は、「ティファニーで朝食を」の製作裏話的なものになっています。

 原書は英語だらけで、正直翻訳されなかったら、読まなかったであろうと思います。
 でも、ここでわかることは非常に興味あることばかりで、この本を翻訳してくれてありがとうございます!ってめっちゃ思いました。

 「ティファニーで朝食を」って僕はリアルで見たわけじゃないので、その時代とひっつけて考えたことはなかったのですが、この本でオードリーのホリーが、60年代初めの女性の価値観を変えていったと知ってビックリしました。

 50年代までの清潔で清純でなければいけない、という女性の置かれた状況が、清純の代表であるオードリーによって変革される端緒になったのかと思うと、面白いですね。

 まあ、オードリーだからこそ女性がすんなり入っていきやすかったのかもとも思いますけどね。これがマリリン・モンローみたいな肉体派の女優が演じていたら、女性は反発したかもしれませんしね。

 あと、色んな裏話が面白かったですね。オードリーが激怒して“ムーン・リヴァー”をカットをさせなかった、という有名なエピソードですが、ここで書かれている事実は、どうやらそれを行ったのはプロデューサーのリチャード・シェパードであったということ。

 確かにオードリーのエピソードとしては浮いてますよね。オードリーと激怒って、あんまり結びつきませんし。
 今までのオードリーの伝記では他の人から聞いた的な書き方なので、その場に居た、ヘンリー・マンシーニの自伝で書かれているような方が正しく、オードリーが激怒の方は伝記を面白くするために脚色されたものなんでしょうね。

 カポーティのお母さんの話が出てきた時、“これってホリーやん!”って即行思いましたけど、どうやらその考えは合っていたみたいで、母ともう一人ベイヴという女性(とカポーティ自身)がホリーなんやなってのがわかります。

 それと、原作者のカポーティも、監督のブレーク・エドワーズも嘘を平気でつけるってのが読んでてとても気になりました。

 カポーティがわざわざオードリーに宛てた手紙では、“大変嬉しく思っている、オードリーもホリーも素晴らしい女性だから、必ず良い作品になる”、
 当時のエドワーズ監督の妻のパトリシア・スネルには“君の旦那に監督してもらって、本当によかった。出来が素晴らしくて映画に満足。”だとか言っておきながら、別の所では“監督は無能、ひどいミスキャスト、吐きそう!” とかって言うって、人間としてどうなんやろ?って思ってしまいます。
 まあ、芸術家さんなので、そういうものなのかもしれないですけどね。

 あと、ジョージ・ペパードがいかに場に合ってなかったかとか。
 確かに映画を見てると、ポールって2E に囲われてる身なのに、ポールは2Eを全然好きそうに見えないんですよね。だから2人が別れる時にポールがめっちゃ決意したんや、って感じが皆無なんですよね。
 なので、ホリーの最後の決意に比べて、ポールの決意の浅さが気になります。

 ミスター・ユニヨシの件は、今でも色々言われてますけど、僕はあんまり何とも思ってないんですよね。
 当時の日本人の捉えられ方ってあんなんだったんかな、っていう程度で。
 今もそのまんまだったら怒るかもしれないですけど、渡辺謙の映画とか見ると、もうそうじゃないでしょ?

 ミスター・ユニヨシは、「ティファニーで朝食を」ではコメディ・リリーフだし、僕は“あっ!日本語喋ってる!”って嬉しかったり、とかね。
 まあ、もう50年も前の映画なんだからいいじゃん、みたいな。

 原作との相違(特に結末)ですけど、“ホリーは南米に行かなきゃ!”って意見をよく聞きますけど、僕はそこもそうは思わないんですよね。

 ホリーって、別に結婚しない女でもないじゃないですか。独身の金持ちリストも頭に入れてるし(ということは愛人はイヤってこと)、ホセと結婚する気満々でしたしね。
 だから、南米に行ってもいいし、映画みたいなのもありじゃないかなーって。

 むしろ、“南米に行かなきゃホリーじゃない!”って決め付ける方がよっぽどホリーと違うんちゃうかなー。それはホリーをあなたの鋳型に入れてるだけでしょ?とか。
 ホリーからしたら、自分のしたいようにするだけで、“南米に行くべきだ!”って言われたら、“そうね、シド。”とかって言って目の前でドア閉められるんちゃうやろか。そしてネズミ野郎の仲間入り、みたいな。

 ま、みんなの思ってるホリーはそれぞれ違うかもよ、みたいな可能性はあるわけで、“こうするべき”っていうのがそもそも違うんじゃないの?って感じるんですけどね。

 それ以外にも、この本で「ティファニーで朝食を」以降として「いつも2人で」だけが取り上げられていたり、ブレーク・エドワーズと脚本のジョージ・アクセルロッドとが不仲になったりとか、なぜ原作から改変されたのか、とかが色々わかって大変興味深い本に仕上がっていました。

オススメ度:★★★★


  

Posted by みつお at 09:00Comments(4)批評・評論など

2011年03月03日

中川右介:著「大女優物語 オードリー、マリリン、リズ」

 こういうのがあるのを見つけたので、アマゾンで安くなっている中古を買いました。
 中川右介って人の書いている「大女優物語 オードリー、マリリン、リズ」って本。

 こういうオードリーの評論ってのはあんまり調べもせずに書いた、適当な押し付け評論なんだろなと思って中古しか買わなかったんですが、まあそれで正解。

 オードリーとマリリン・モンローとエリザベス・テイラーを時間軸ごとに並べて書いているので、その時代の流れは掴めてそれなりに面白いんです。
 エリザベス・テイラーがこれこれこういうことをして、既にスターだった時に、マリリンとオードリーは何をしていたのか、とかってのが新しい観点で、新鮮です。

 マリリン・モンローなんて、リアルタイムで活躍してた時の日本では考えられないくらいアメリカでは人気があったじゃないですか、それが最後まで出演料10万ドルって…。

 エリザベス・テイラーが20世紀フォックスで「クレオパトラ」を100万ドルで契約して話題になってた時に、会社に莫大な富をもたらした20世紀フォックスお抱えのマリリン・モンローには10万ドルのギャラ…。これはマリリンじゃなくても凹みますよね。
 オードリーだって当時は既に30万ドルくらいはもらってます。やっぱこれはエージェントの違いなんですかね。
 なんかマリリンだけ常に空回りしてて、同情しちゃうような内容です。

 でもですね、この本でオードリーのことだけに目を向けたときは、ちょっと疑問なことが。
 参考資料にメイチックの伝記や吉村英夫氏の評論が入ってますしね。まあ本文ではそれらのトンデモ本の丸写し的なところはないのでまあいいんですが、問題はこの作者の感性で書いてるところですね。

 「ローマの休日」で、サンタンジェロの大騒ぎのあと、河を渡って逃げるアン王女とジョーですが、その後の空白の時間に二人が「寝た」のではないかと書いてるんです!

 もし誤解を与えたくないのなら、その後の二人のやりとりを描くべきだ!とも、その後自立したアン王女の理由付けとしても使用しています。
 この辺、ちょっと吉村英夫氏のような臭いがプンプンしますね。

 別に「寝」なくても、女性は自立できると思いますけど?ましてや、王女の自覚を持つのは自分の責任感を感じてじゃないですか。それはむしろ何も出来ない二人だからこそ余計に痛切に感じたんじゃないかと思うんですよね。

 作者も書いているようにその時のベッドは乱れてないですし、ジョーのそれまでの描かれ方からも、アン王女に迫ったとは考えにくく、著者の勝手な妄想に陥っていると思いますけどね。

 それに、映画で物事を描くかどうかは、そこにそういうシーンが必要かどうかで決まるもので、もうここのシーンはこれで完成してますよね。そこに「これを着て」「ありがとう」なんて著者が主張する“やりとりを描くべき”だなんて全然思いませんけど。

 最後の解説でも “「オードリーの映画ならなんでも好き」と答える人がいるが、それは名作を貶めることになる。” なんて自分の考えの押し付けが入ってますが、だって全部のオードリーを好きなのは仕方ないじゃないですか?実際そうなんだし。

 何も万人が名作だけを好きなわけじゃないし、人によって好きな作品も違う。僕もウィリアム・ワイラー監督では「ローマの休日」より「おしゃれ泥棒」の方が好きですよ。自分の思い入れのないどんな名作を見るより、僕はどんな評価でも「緑の館」や「華麗なる相続人」を見たいんです!

 ファンってそういうもんでしょ?そこへどこぞの社長さんで編集長さんだかが偏狭な考えを押し付けようったってそうはならないです、残念ですけど。

 あと、オードリー自身が“楽しかった”と述べた「パリで一緒に」の撮影現場を伝記を鵜呑みにして辛い現場にしてることや、「ティファニーで朝食を」を傑作でないとか「マイ・フェア・レディ」を最大の失敗作とか書いて決め付けてるのもどうも感性が僕とはあまりに合わなくて、まあちょっと面白い勝手な創作読み物程度の評価ですかね。

オススメ度:なし。吉村英夫氏ほどヒドくはないけれど、単なる自己満足本で、読む必要もない。


  

Posted by みつお at 17:30Comments(12)批評・評論など

2009年12月29日

北野圭介 著:大人のための「ローマの休日」講義

 毎日記事アップ、第3弾!今日は北野圭介 著“大人のための「ローマの休日」講義 オードリーはなぜべスパに乗るのか”です。
 これ、だいぶ前に出てたんですよね。発行は2007年8月。

 今まで長い間ほったらかしだったのは、なんとなく僕とは合わないんじゃないか、という“予感”がしてたんです。アマゾンで1円になってたので、やっと買って読んでみたら…案の定でした(笑)。

 なんかね、まわりくどいんです。「ローマの休日」のことを語るのに、ぐるぐるぐるぐる外側ばかり攻めている感じで…。
 読んでると “いったいいつになったら「ローマの休日」本質の話になるんや?” って思いました。

 結局全部読んで印象に残ったのは、

■ニュース映画
  ■宮殿(窮屈さ)
    ■ジョーの部屋(出会い)
      ■ローマでの冒険
    ■ジョーの部屋(別れ)
  ■宮殿(覚悟と決意)
■記者会見

 という「ローマの休日」がシンメトリックな構成になっている、という部分だけでした。
 副題のように“オードリーはなぜべスパに乗るのか?”とかってのも全然わかりません(笑)。
 ま、もともとこれは抽象的な言い回しだろうなってことはわかってましたけどね。

 吉村英夫氏の本、“「ローマの休日」ワイラーとヘプバーン”がほとんどワイラー論であるにもかかわらず、かなり「ローマの休日」のこともオードリーのことも(内容はどうかとは思うけど)突いていた本であったんですが、この本は結局外堀を埋めて、本丸は遠くから眺めているだけで終わった、ってそんな感じでした。

オススメ度:なし。この本の存在もすぐに忘れそう…。

  

Posted by みつお at 10:00Comments(0)批評・評論など

2009年12月28日

「オードリーのように…」パメラ・キーオ:著 近代映画社

 毎日記事アップ第2弾!これは今月10日“SCREEN”の近代映画社から出た単行本、「オードリーのように…」です。副題に「エレガントに生きるためのレッスン」というのが付いてます。

 原書はパメラ・キーオ(Pamela Keogh )の“What Would Audrey Do?”。この著者は、過去に「オードリー・スタイル」という本も書いてますね。それが好評だったんでしょうか?オードリーもの第二弾。

 これはね、オードリーのように生きましょう!なんて言ってますけど、ようするに“オードリーにはこんなことがあった”っていうオードリーのエピソードを書いている本なんですよね。実質伝記本。
 ま、今までの伝記では洩れたような細かいことも載っているんですけどね。

 ただ、書いてあることはこの著者が自分で調べたのかどうかはかなり疑問。
 というのも、過去の伝記で間違っていることはそのまんま。たとえば日本のCMに出たこととか。
 ウィッグの「ヴァリエ」(←この表記は訳者の調査不足)のものが唯一だとか、撮影は2日間だけだとか…。
 どれかの伝記本で間違ってるままだし。

 日本の本とかを自分で調べあげたら、こんな間違いは直されるはずですけど。
 それがないってことは、他の人の書いた(欧米の)伝記をそのまま二次使用してるだけってことの証明。

 それにこの本が原因らしいとは思っていたのですが、ジョン・F・ケネディ(後の大統領)とオードリーが付き合っていたというのはどうなんでしょう…。週刊誌で書かれたような、ケネディの愛人だった、とかってことは書いてないんですけど、「麗しのサブリナ」の時期にウィリアム・ホールデンとメル・ファラーとジョン・F・ケネディと付き合ってたってのはどうかと…。

 おそらくオードリーの中ではケネディはずっと良いお友達だったのではないかと思いますけどね。だからこそ1963年に大統領の誕生日にハッピバースデーの歌を歌えたんじゃないかと。
 さらにさらに、愛人などというのはオードリーの性格上、絶対に有り得ないですよね。

 ま、ただこの本でおっ!と思ったのは、海外ではなぜかオードリーと同列に論じられるジャクリーン・ケネディ・オナシスを、オードリーより一段下に置いているところでしょうか。僕もあんまりジャクリーンが素晴らしい!とかって思わない方なので。

 というわけで全体的に見て、オードリーのことを調べる時にこの本は必需品か?と問われると、僕は必要無いんじゃない?と思いますけどね。
 ま、読みやすいエピソード集ってことで。事実でないことも混じってますけど。

 表紙は海外のものよりもいいですよね!淡いピンクがオードリーに合っています。
 ちなみに本文にオードリーの画像はありません。イラストだけ。

 オススメ度:★

  

Posted by みつお at 10:00Comments(4)批評・評論など

2008年07月04日

SCREEN新書「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」清藤秀人著

 双葉十三郎さん風に言うと、“清藤秀人氏は「オードリー・ヘプバーン 98の真実」でミソをつけたが、この本で名誉を回復した。”というところでしょうか。
 あまりの内容の充実ぶりに、途中で読むのを止めれなくなって、一晩で読んでしまいました。(^^;;;

 これは清藤秀人さん著の「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」という本です。近代映画社から、「SCREEN新書」創刊4冊の中の1冊として今年6月30日に刊行された、最も新しいオードリーに関する本。文章中心です。

 清藤さんが前回「オードリー・ヘプバーン 98の真実」で大量に引用して大失敗した、嘘で汚れたダイアナ・メイチックの本は、今回は当然ですが外されています。
 巻末に載っている、今回の参考図書は、チャールズ・ハイアムバリー・パリスアレグザンダー・ウォーカーの3種の伝記と、2000年のオードリー展で売られていた図録「オードリー・ヘプバーン:私のスタイル」。

 中身は“さすが清藤さん!”というものに仕上がっているんですが、先に気になった部分を書いておくと、

・「いつも2人で」の6回の旅を4回と表記している。
 清藤さんの文章を見ると、友人夫婦との旅と、マーク一人旅が勘定に入ってない。この本で「ティファニーで朝食を」に次いで二番目に好き!となっているのに?清藤さん、マジですか??

・メイクの話で、「おしゃれ泥棒」は年齢相応(37才となってる。実際は36才)のマダムに踏みとどまらせた、という部分。
 今でこそ、「シャレード」や「おしゃれ泥棒」の頃は“マダム風”かもしれませんが、これは時代を考慮してないのでは?

 確かに「マイ・フェア・レディ」よりは老けた「おしゃれ泥棒」のオードリーですが、それでも当時の日本の20代の街行く女性に比べたら、まだまだ若々しく美しいオードリー!「おしゃれ泥棒」のニコルは20代の役だし、当時の女性誌などでも、“なぜオードリーはいつまでも若いのか!”みたいな特集が普通に組まれていたことでも、それはわかります。

 「おしゃれ泥棒」のポートレートではシワの見えるオードリーも、映画では撮影のチャールズ・ラングが上手で全然見せません。
 しかも、今のDVDでこそ綺麗なマスターから起こしなおしているものの、「おしゃれ泥棒」は以前はとても発色の悪い、のっぺりした油絵のようなプリントだったので、そんなアラは見えるはずもなく…。

・オードリーが71年に出演した日本のCM、エクスラン社のウィッグは「バリエ」ではなく、「ヴァリーエ」が正しいですよぉ~。
 これは固有の商品名だから、書き方がどうでもいいわけではないです。

 他にも、“?”なところがないことはないんですが…。(^^;;

 あと、これは僕は混乱しまくっているのですが、「麗しのサブリナ」の両肩にリボンの付いた黒のドレス(日比谷映画劇場版のパンフの表紙の服)はジヴァンシーなんですか?ここでは後に世界のジヴァンシー・ショップのウィンドウを飾るとなってて、ジヴァンシーのっぽいんですけど、イディス・ヘッドが7個のアカデミー賞と一緒に並べていたデザイン画にこのドレスのものがあったので、もうどっちのやら…。

 それにパリ帰りのサブリナが駅で立っているときのスーツがジヴァンシーという記述もよく見ますが、ここでの扱いはイディス・ヘッドということになるし…。
 誰かこの2着の正しいデザイナーを教えてください!(^^;;;

 肝心の中身の方ですが、今までオードリー本は数々あれど、70年代のヴァレンティノ・ガラヴァーニの洋服や、晩年によく着ていたラルフ・ローレンに関して書いてある本は初めて!この2人とオードリーの関わりではまだまだ知りたいことはありますが、今までほとんど空白に近かったこの2人との関係の初の本として大きな価値があります。

 他にも“「おしゃれ泥棒」以降のメイクに、よりエレガンスを感じる。”などと僕と全く同じ意見も書いてくれてるので、“ウンウン!そうだよね!”って嬉し涙ぐみ~。

 「ティファニーで朝食を」「パリの恋人」「シャレード」「マイ・フェア・レディ」「いつも2人で」「暗くなるまで待って」に関しては1作品で一章が割かれています。

 その「いつも2人で」のページでは、スタンリー・ドーネン監督がオードリーにとっていかに重要であったかが的確に述べられています。最大の功労者であったとも!さすが清藤さん!!
 そして、順位は変わるものの、清藤さんのベスト3は、1位「ティファニーで朝食を」、2位僅差で「いつも2人で」、3位「パリの恋人」だそうです!う~ん、オードリーを見てる人の選び方だなーと感心することしきり。

 そしてこの本は、パンドラの箱を開けています。今までなんとなく感じてても、僕は心に封印してた、“実はジヴァンシーよりもイディス・ヘッドの方がオードリーに重要な役目を果たしていた。”ということを暴いてるんです!
 “まわりにサンローランのファンはいても、ジバンシーのファンはいない。”とも。
 きゃー!言ってはいけないことを~~!!
 それでもやっぱり僕はオードリーにはジヴァンシーの方が重要だった、と信じたいです。(^^;;;

 画像は平凡なものが多いですが、中に珍しい画像も混じっています(右上のものなど)。また、2000年のオードリー展の「オードリー・ヘプバーン:私のスタイル」が手元にないと、ちょっとわかりにくいであろう洋服の説明があります。

 とにかく、オードリーファンなら内容的には非常に満足できる出来になっています!

オススメ度:★★★★


  

Posted by みつお at 16:00Comments(4)批評・評論など

2008年04月30日

「ぼくの採点表」…双葉十三郎氏の素晴らしいシネマガイド!

 これは僕が全幅の信頼を置く、双葉十三郎氏の映画評の載った「僕の採点表」です。

 膨大な映画作品が日本公開年代別に収録されており、今回紹介するのは、オードリーに関係のある第1巻 1940・1950年代、第2巻 1960年代、第3巻 1970年代、第4巻1980年代、第5巻 1990年代の5冊。他には別巻の戦前編もあります。

 1巻から4巻まではトパーズ・プレス社というところの発行ですが、5巻は発行元が変わって、キネマ旬報社。

 「ぼくの採点表」は雑誌「スクリーン」に、2001年くらいまで続いていた連載です。内容は短い映画評で、各作品に双葉さんの採点なさった点数が付けられていました。

 双葉さんの批評は、自分の趣味や好き嫌いに左右されることのない、非常に公平かつ正しいもので、僕なんかは誰よりも双葉さんを信頼していますよねー。

 70~80年代、「ロードショー」はたくさんの人が自分の好みで評価していて、誰を信用していいのかわからない!という状況になっていました。それとは非常に対照的で、「スクリーン」の双葉さんの評価を見れば大丈夫!というものでした。

 これらはそれを全部まとめた本なのですが、めっちゃ分厚いです。平均700ページ!第1巻なんかは975ページまでノンブル(ページ数の表記)があります。まるで昔の電話帳か、百科事典といったボリューム!

 双葉さんにオードリー映画は何点付けられているのか…僕も小さい頃からとっても気になっていました。「スクリーン」にはリバイバルであっても、公開後何ヶ月かあとに、最後の方のページで点数が紹介されていましたので、ドキドキしながら古本の巻末でチェック入れてましたよ~。

 これらの解説を読むと、双葉さんが近代映画社の「スクリーン」に「ぼくの採点表」をスタートしたのは1952年1月号、あるいは2月号だそうです。でも点数方式の原型は1951年2月号にすでに出てくるそう。

 40年代の作品や、「ぼくの採点表」で取り上げられてない50~60年代初期のA級作品は別の雑誌に載った双葉さんの映画評から持ってきたものだそうです。

 ☆1つは20点、★1つが5点の目安、ということで映画の採点をしてらっしゃいます。

 ☆☆☆☆以上…ダンゼン優秀
 ☆☆☆★★★…上出来の部類
 ☆☆☆★★、 
 ☆☆☆★…見ておいていい作品
 ☆☆☆…まァ水準程度
 ☆☆★★★…水準以下だが多少の興味あり
 ☆☆★★以下…篤志家だけどうぞ

 ということです。ちなみに、双葉さんは完全無欠というのは有り得ないと思ってらっしゃるので、☆5つという100点はありません。最高点でも☆☆☆☆★★の90点。最低は★★の10点です。

 さて、気になるオードリー作品ですが、載っている双葉さんの採点を発表しましょう!

 「ローマの休日」…☆☆☆☆★
 「麗しのサブリナ」…☆☆☆☆
 「戦争と平和」…☆☆☆★★
 「パリの恋人」…☆☆☆☆
 「昼下りの情事」…☆☆☆☆
 「尼僧物語」…☆☆☆★★★
 「緑の館」…☆☆
(以上 第1巻 40・50年代)
 「許されざる者」…☆☆☆★★
 「ティファニーで朝食を」…☆☆☆★★★
 「噂の二人」…☆☆☆★★★
 「パリで一緒に」…☆☆☆★
 「シャレード」…☆☆☆☆
 「マイ・フェア・レディ」…☆☆☆☆
 「おしゃれ泥棒」…☆☆☆★★★
 「いつも2人で」…☆☆☆☆
 「暗くなるまで待って」…☆☆☆☆
(以上 第2巻 60年代)
 「ロビンとマリアン」…☆☆☆★★★
(以上 第3巻 70年代)
 「華麗なる相続人」…☆☆☆★
(以上 第4巻 80年代)
 「オールウェイズ」…☆☆☆
(以上 第5巻 90年代)

 本に載ってはいないので、双葉さんではなくスクリーン編集部の採点なのかもしれませんが、他に66年の初公開時に「スクリーン」本誌で、
 「初恋」…☆☆☆
 となっていました。

 あと、「戦争と平和」の点数なんですが、1973年リバイバル時の「スクリーン」本誌では☆☆☆★★★ということになっていました。
 「スクリーン」誌上で載った作品の採点は変えてない、ということなのですが、「世紀の女王」という作品で、本文と解説の点数が違ってたりもするので、「戦争と平和」は☆☆☆★★なのか☆☆☆★★★なのか、どっちなんでしょうねー。

 さて、こうしてみると、オードリー作品がどれだけ名作・傑作の含有率が高いかよくわかりますよね!
 「ローマの休日」の85点を筆頭に、80点7本、75点5本などです。

 散々な言い方をされることの多い「パリで一緒に」や「華麗なる相続人」ですら☆☆☆★なので、オードリー作品では上位ではなくても、実はそんなにヒドくないのがわかりますよねっ。
 「パリで一緒に」の批評では、“オードリーはいいムードで魅力があるが、クワインの演出がパッとせず”って、どこに原因があるのかも書いてくださってます(やっぱり監督のクワインかよっ!)。

 むしろ作品的には「オールウェイズ」の方が双葉さんの批評では下位に置かれていますねー。オードリーの遺作なので、あんまりヒドイことは書かれることのない「オールウェイズ」ですけど、本当は…(モゴモゴ)、みたいな。(^^;;

 「緑の館」はあまりの点の低さに目を疑いました!でも、第4巻の双葉さん本人の前書きで、80年代になって映画の質が全体に落ちてきたので、昔だったら低い点だったはずの物でも今はもっと高い点が付いている…とのことだったので、「緑の館」も今ならもう少し点が良くなるかも…なんて思ってます。(^^;A

 また、点数的には“見ておいていい作品の上”の「許されざる者」ですが、双葉さんは個人的にはお好きだったようで、1960年度のベスト10の第10位に入れてくださってます。

 残念だったのは、日本では劇場未公開で、ビデオだけの発売の作品も数多く評価されている1980年代で「ニューヨークの恋人たち」が入ってなかったこと!双葉さんならどう評価してくださったか…とても興味があったのでぜひぜひ読みたかったですねー。

 オードリーの伝記本に載っている作品の評価なんかより、はるかに適確で、これさえ押さえれば大丈夫!って自信をもってオススメできる双葉十三郎さんの批評。
 現在の映画雑誌では、ここまで信頼できる評論家の文章が皆無なのが残念!最近の「スクリーン」を読んでも、“双葉さんの採点があったらなー”って思うこともしばしば。

 読み物としても面白く、映画ガイドブックとしても完璧な「ぼくの採点表」。
 数は少ないものの、2000年代の「ぼくの採点表」もまとめられることを願っています。

オススメ度:★★★★★(←ちなみにこれは僕の満点。25点とちゃいますよーっ!映画好きの方に。)

 さあ!もうすぐオードリーの誕生日ですね!その日用の記事の腹案はあるのですが…あまりに大変なので、実を結ぶかどうかまだ不明、といったトコロです。(^^;;;




  

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2008年04月17日

「虹のヲルゴオル」橋本治 著のユニークで素晴らしい女優論!

 この本は橋本 治:著の「虹のヲルゴオル」という本です。残念ながら現在は絶版。絶版じゃないかもしれないけど、重版していないです。

 僕のは91年に発行された講談社文庫のものですが、88年に単行本が発売されています。で、その元はファッション雑誌「ef」(今はデジタル雑誌に変身)に掲載された物だそうです。

 これは橋本治さんの女優論で、雑誌の時は12人だったそうですが、単行本の時にブリジット・バルドーが追加され、文庫本の時にシャーリー・マクレーンが追加されたそうです。なので、読むにはこの文庫版が一番おトクかも?

 さて、橋本治さん、ご存知ですかね?最近は文庫本はどれも絶版状態で、手に入りにくくなったんですけど、「桃尻娘」などの独特の空気感をもった作品で、80年代~90年代に人気があったんですけどね。

 僕も「桃尻娘」のシリーズは大好きです!そのちょっとHな題名から連想される内容とは全然違って、高校~大学生の青春ストーリーなんですけどね。

 これ、シリーズの第六巻であり、最終巻でもある「雨の温州蜜柑姫」なんて、同じ主人公の短編集なんですが、時系列が逆に配置されてるんですよ!
 そう、結婚して子供もいる主人公から、どんどん若くなっていって、最後は第五巻につながるような終わり方…。

 シリーズ物って、最後が悲しくてヤじゃないですか。せっかく慣れ親しんだ登場人物たちとこれでもうお別れだなんて!
 ところが橋本治さんは、これを逆に配置することによって、この最後のお別れの痛みを軽減してくださってるんですよね。
 この技法、なんか、あるオードリーの作品に似てません?

 とにかく、既に「桃尻娘」シリーズでファンだった僕は、本屋で見かけたオードリーの表紙と「橋本治」の名前に惹かれて買ったんですけどね。買ってよかった!と思わせる1冊でした。

 さて、本文では橋本治さんが、鋭くも楽しく自由な女優論を展開されており、中で解説を書いてらっしゃる小藤田千栄子さんもおっしゃってるように、“目からウロコ”的な事柄がいっぱいあります!
 僕も楽しく、そしてビックリさせてもらいながら、かなりこの本には影響受けたクチです。

 トップはオードリーなんですけど、ここで取り上げているのは表紙の「パリの恋人」でも、「ローマの休日」でもなく、なんと「いつも2人で」!そう、時系列をバラバラにすることによって、どんどん暗くなる、っていう作品にはしなかった「いつも2人で」!
 あっ!ですよね。「雨の温州蜜柑姫」も時系列の逆転が起こってましたけど、さすが橋本治さん!目の付け所が違います!

 橋本治さんは「いつも2人で」を5回の旅(実際は6回)だとか、2回目と3回目の旅の順番を間違ったりしてますけど、それは些細な瑕疵。一見オードリー作品では異質な「いつも2人で」を取り上げながら、スターオードリーの全てを語りつくしてしまってます。

 オードリーは“初めての舞踏会が似合う少女”なんだそうです。言われてみれば…ですよね。「いつも2人で」以前の作品にはそこまでのお話しかなかったのに、「いつも2人で」でとうとうその後のお話を演じた、ということが書かれています。

 オードリー以外の女優さんのお話にもオードリーは度々登場します。

 たとえば、マリリン・モンローの中では、“女って別に肉体だけじゃない”ってことを男に分からせる為に、“肉体だけじゃない、だから肉体のない”オードリー・ヘプバーンと“肉体だけじゃない、そして十分に肉体のある”マリリン・モンローの両方が必要だってことがかいてあるんですよね。なるほどー!みたいな。

 他にもヨーロッパのジャンヌ・モローの「エヴァの匂い」が、アメリカでやったらオードリーの「ティファニーで朝食を」になる、とかね。

 オードリーと関係なくても、エリザベス・テイラーは「我を崇めよ」って顔だとか、カトリーヌ・ドヌーブがドスドス歩く「終電車」とか笑ってしまうのも多かったです。

 それにヴィヴィアン・リーの部分では、なんでヴィヴィアン・リーが精神を病んでしまわなければならなかったかのかなり鋭い指摘がなされてて、なるほど!って思っちゃいました。

 繊細な演技のヴィヴィアンは、舞台ではなく映画に合っていたってとこ。でも愛するローレンス・オリビエは自分は舞台俳優だ!って思ってて、ヴィヴィアンもそれについていく。負けるもんか!って思っても、舞台俳優としてはオリビエよりも格が落ちてしまう。

 そうですよねー。全体で見られるオーバー気味の演技をする舞台と、クローズアップの多用のある自然な演技が求められる映画では、明らかにヴィヴィアン・リーは映画向きですよね。

 でも私は私の道を行くわ!って言ったらオリビエと離れなければならない。オリビエを死ぬほど愛しているヴィヴィアンにはそんなことは出来ない。でも舞台でも負けるもんか!だったら、精神を病むしかないですよね。

 もうもう、僕なんかはこれを読んで以降、絶対ヴィヴィアンはそうだったんだ!って確信してますよね。伝記なんかでもなぜヴィヴィアンが躁鬱病になったのかは考察されてないんですけどね。

 それと、最後に解説を書いてくださった小藤田千栄子さんに関しても書いてらっしゃるんですけど、小藤田さんが“年をとらない”ってのは、僕も感じてるんですよね。さすがに20代とは思わないですけど、いつまでも40代くらいなのかなーって。

 とにかく、オードリーファンに限らず、映画ファンならぜひぜひ一読をオススメします!スゴイ本ですよ、これは!

オススメ度:★★★★★


 さて、2006年12月26日から毎日欠かさず記事をアップしてきた「オードリー・ヘプバーンといつも2人で」ですが、僕自身の環境も変わり、毎日アップすることが困難になってきました。

 ここで今日を境に、今後は不定期アップにスタイルを変えようと思っています。

 なので、今日は僕の大好きな橋本治さんの「虹のヲルゴオル」の記事にさせていただきました。

 まだ紹介してないパンフも多々ありますし、チラシやポスターも…。やめるつもりはないので、記事を書くのが苦痛でないよう、ゆっくり、のんびりやっていきたいと。

 毎日来てくださっている方には本当に申し訳ないです。m(_ _;)m

 記事はここまでで485ありますので、どうかまだ読んでない記事、あるいは忘れてしまった最初の方の記事などをしばらく読んでいただけると嬉しいです。
 とか言いつつ、明日アップするかもしれないですけど。(^^;

 せめて週に1回は記事を書くつもりですので、今後も「オードリー・ヘプバーンといつも2人で」をよろしくお願いいたします。

  

Posted by みつお at 16:00Comments(10)批評・評論など