2007年08月04日

「尼僧物語」フランツ・ワックスマン オリジナル・サントラ2

 これは「尼僧物語」の2枚組オリジナル・サウンド・トラックCDです。作曲者はもちろんフランツ・ワックスマン。

 後ろに“FOR PROMOTIONAL USE ONLY -NOT FOR SALE”と書いてますので、プロモーション盤らしく、一般には市販されてないようです。

 なんと収録曲は全61曲!うち、最後の3曲はリハーサル時のボーナス・トラック。
 船がコンゴに向かうときの音楽のリハーサルでは、イマイチ音が深くなくて、まだ演奏者がどう演奏したらいいのか掴みきれていないテイクを聴けておもしろーい!

 でも、これ市販盤での22曲でも相当数の“フィルムではカットされた”って曲が多いんですから、61曲もあったらそりゃあもう多いです、映画で不使用になった曲!
 対比として、オリジナル・バージョンと変更後の曲、2つセットなのがやたらありますもん。

 こんなにいっぱい力作を作ったのに、差し替えられたり不採用の曲ばっかりだなんて、ワックスマンが怒るのも当然っちゃあ当然。

 でも、フレッド・ジンネマン監督が使いたくないのもわかる気がする…。ラストシーン用の、ハッピー・エンディング・バージョンとかあるし。ワックスマンはなんかこの映画の意図を完全に履き違えてると言うか…。

 確かに一般ピーポーの僕たちには、シスター・ルークが尼僧をやめてガブリエルに戻るのは、修道院の戒律を考えた時にハッピーエンドに見えるんだろうなーって思います。
 でもシスター・ルークの立場に立って考えた時には、必ずしもハッピーなんじゃないっていうのがわかるんですよね。

 もしこれをハッピー!と捉えてしまったら、この映画の価値が随分小さくなるような気がします。修道院を踏み台にして自分だけ成長したっていう単なる尼僧“批判”物語?みたいな。

 シスター・ルークのモデルになったマリー・ルイーズ・アベも、“もし「尼僧物語」をもう一度観たら、修道院に戻ってしまう!”って言ったと伝えられているように、決して修道院がイヤだったんじゃなく、不服従の戒律と自分のしたいことが全く相容れなかっただけ。

 だから“もう尼僧がイヤになったんです!”って還俗できてやったー!じゃなくって、もの凄い内面の苦悩があって騙し通せなくなったという、むしろ逃避としての部分も多い還俗じゃないかなーと。
 神と自分は騙せないから還俗の意思は固いけど、ラストシーンのガブリエルは全然嬉しそうでもない…。

 「噂の二人」だと、全体ではあんなに暗いのに、ラストは毅然と顔を上げて前へ向かって歩くカレンです。最後は微笑みすらします。
 でも「尼僧物語」は後ろ向きで歩いていくんですよね。顔は歩き出したらもう見えません。最後は右へ行くか左へ行くのか迷ったりもしている。

 そんなラストのオードリーににっこりさせなかったフレッド・ジンネマン監督の意図を考えた時に、これがはたして“ハッピー・エンディング”って曲付けでいいのか?って考えたら絶対違うと思うんですよね。

 実際、“なんでラストシーンに音楽がないんだ!”ってワーナー映画の総帥ジャック・ワーナーに言われた時も、“もし明るい音楽だったら、ワーナーは尼僧が修道院を出て行くのを祝っていると思われます。暗い音楽だったら観客は気が滅入るでしょう。”って言ったジンネマン監督の言葉を思い出せば、ハッピー・エンドというわけではない(バッド・エンドでもない)っていうのはわかると思うんですよね。

 だからいくら音楽的には優れていたとしても、映画「尼僧物語」には合わないっていう曲がいっぱいいっぱいあることになってしまいました。

 他にもシスター・ルークが列車でコンゴを離れる時の音楽(このCDでは2枚目の7曲目、市販盤での17曲目)も、ワックスマンのオリジナルはとんでもない悪夢のような音楽になってます。
 これを聴いたジンネマン監督がガブリエルのテーマに替えさせたというのも納得です。

 だから、ワックスマンのオリジナルよりも、変更後の曲の方が断然いいです!

 ワックスマンの思う「尼僧物語」の全容がわかるのはいいんですが、重く暗い曲が増えて、ますます通して聴きづらくなったサントラ。

 そうですねー、「戦争と平和」が今以上良くもならず、悪くもならずで、上映時間がさらに倍になったと思っていただいたら…。ね?通しで観るには勇気がいるでしょ?

 これを聴き終わった後には、気分転換に「パリで一緒に」「おしゃれ泥棒」といった軽めのサントラをオススメします。間違っても次に「緑の館」とか選ばないでくださいねー(笑)。

オススメ度:★★(しんどい分、市販盤より★1つ減らしました。)





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この記事へのコメント
入間洋です。現代の映画音楽作曲家は、音楽自体が突出しないように職人的な配慮をしているように見受けられますが、昔は結構目立ちたがり屋がいました。アルフレッド・ニューマンあたりは、映画の中で指揮者として登場したりしていましたし。殊にクラシック系の映画音楽作曲家は、時にやりすぎではないかと思われるほど内容と不似合いな荘厳な音楽をつけることが稀ではなく、ミクロス・ロージャあたりは時に思わず笑ってしまうことがあります。フランツ・ワックスマンもクラシック系のはずですが、マックス・スタイナー(かのマーラーの弟子の一人であったそうです)と共に、あまり行き過ぎない方の人であるように思っていましたし、それにも関わらず彼らの名前が出るだけでもその映画は見なければと思ってしまう程印象的な作品が多いのですね。

ただちょっと「尼僧物語」の音楽は、その前作の「青春物語」(1957)があまりにも印象的だったのでほとんど記憶がなく(というより「尼僧物語」の音楽はワックスマンであったかと今改めて気が付いたほどです)、ちょっと冒頭だけ今聞いてみましたが、重い音楽の中にも憧憬的なパッセージも含まれていてベストではなくとも彼らしいところがあるように思われました。

因みに、この作品のラストはまあどうみてもハッピーエンドという言い方は相応しくなく、むしろオードリー演ずる主人公は最後に宿命的にあのようになるしかなかったでしょうね。「尼僧物語」は、今風に言えば自分捜しのストーリーであり、最後に彼女は自分であることを真剣に引き受けたということになるわけです。そのようなわけで、ホームページのレビューには、彼女の真の物語は作品のストーリーが終わったところから開始されると書きました。

勿論だからと言って、この作品は修道院の存在をネガティブに捉えているわけではなく、むしろその逆に確たる信念と安定性を与えてくれる修道院を飛び出すことによって、或る意味で悲劇的とさえいえそうな困難な道を彼女は選んだということを示しているようにも思えます。まあハッピーであるどころか、むしろ悲愴であると言えるかもしれませんね。そのようなわけで、ラストシシーンの彼女が嬉しそうでないとするならば、まあそれは至極当然であるように思われます。

では何故そのような結果になってしまったかというと、これもホームページに書いたことの繰り返しになりますが、ある1つの声に従順に従わなければならない修道院の生活は、様々な異なる声すなわち自分の可能性に対してフリーで開かれた状態で常にあろうとする彼女の持って生まれた本性には合わなかったからだろうと考えています。その意味から言えば少なくとも当方の目には必ずしも尼僧姿が似合っているようには見えないオードリー・ヘップバーンの起用は、これはこれで全くもって正解というか必須であったということになります。
Posted by 入間洋 at 2007年08月06日 00:51
入間洋さん、こんにちは!
「風と共に去りぬ」のマックス・スタイナー、マーラーの弟子だったんですか!
これはびっくり情報でした。
ミクロス・ローザは、僕は「美女ありき」しかよくわからないのですが、
この曲もよかったですよー。でもちょっと失笑物もあるんですか?

「尼僧物語」は、ワックスマンは力作だとは思います。
最初の「ガブリエルのテーマ」なんかはとてもいい曲ですよね!
ただ、尼僧になってからの音楽がとんでもなく重いです。
ジンネマン監督の自伝では、ワックスマンはカトリックが嫌いだったそうです。
それでこんな出来になったのかな?みたいな。
サントラで、そういう“なぜここにこんな重い曲?”って部分は
映画では「ガブリエルのテーマ」に差し替えられている部分が多いです。

それでアカデミー賞にノミネート…ってこれまた皮肉ですよねー。
もし受賞していたら、ワックスマンはうれしかったでしょうか?
考えると面白いです。

でも、入間洋さんの文章で書いてくださってる、
「宿命的」「真剣に引き受けた」「悲愴」。
僕が書きたくて言葉にできなかったことをズバッと書いてくださってて、
すごいなー!って思いました。
僕、文章はヘタクソなんですよー。(^^;;;

“尼僧姿が似合ってない”…(笑)。
昔はそういう意見も多かったのに、晩年の活動があったので、
最近ではすっかり逆のことが書かれることが多くて、
なかなか似合ってないと書けないんですが、
思ったとおり書いていただいてありがとうございます!
僕も実は“完璧!”というよりは“?”派なので。

でも、今となっては当たり前のこの作品ですけど、
時間の流れで言うと、少女ばっかり演じてきたオードリーが
初めてここで“大人”に挑戦したという意味で、
これはやっぱり記念碑的作品だったんだなーと思います。
Posted by みつお at 2007年08月06日 18:43
マーラーの「弟子」は少しオーバーに書きすぎたかもしれません。マーラーに教わったのはほんの子供の頃のことのようですが、ただしスタイナーは神童的な人だったようなので16歳の時には既に指揮者としてデビューしていたということだそうです。それからワックスマンは、ルターのお膝元のドイツ出身なのでカトリックが嫌いなのでしょうか。プロテスタントは、カトリック的な過剰を嫌う傾向があるようなので・・・。

それから、そうですね、オードリーの晩年の活動は完全に頭からすっ飛んでいました。でもまあいずれにせよ、晩年の彼女は明らかに若い頃の彼女とは違うはずであり、若い頃の彼女はあまり尼僧に似合っているような気はしませんでしたし、前のコメントにも書いたようにこの作品の場合は似合っていない方が作品の内容から言っても正解であると個人的には考えています。それにご指摘のように、彼女自身の卒業記念作品のようなものでありました。

ところで、文章はヘタクソなんですよと謙遜されていますが、見るたびに思わずうならされるのはオードリーに関する情報を毎日のように書かれていることであり、これはちょっと並みの努力ではできないでしょうね。というよりも努力しているように感じているとこれ程の情報を出し続けるのは困難だと思われるので、やはり彼女に関する記事を書くことが面白くて書かれているということがよくわかります。
Posted by at 2007年08月06日 22:44
でもワックスマンとマーラーがそんな接点があったとは初耳でした!
貴重な情報をありがとうございます!

ワックスマンがカトリック嫌いなのは、入間洋さんのお察しのとおり、
プロテスタントだったから、ということが
ジンネマン監督の自伝(8/15記事アップ予定)で書いてありました。

晩年のオードリーは、CM撮影の時に自分で
“若い頃の私は傲慢でした。でも私は内面を磨いてきました。”と述べています。
オードリーって常に自分を戒めていたようですから、
オードリーの言う“傲慢”って、僕らからしたら全然傲慢じゃなくって、
僕なんかの方がよっぽど傲慢なんでしょうけど、
それでも晩年のオードリーの方が、より心の美しい人だったと思います。
そういう意味でも「尼僧物語」の時期のオードリーは
内面的にもまだ過渡期だったでしょうねー。
(作品的にも過渡期な感じがします。)

それと、お褒めいただきありがとうございます。
なんだかとっても恐縮です。m(_ _;)m
でもこれまたお察しのように、全然努力はしてないんですよ~。
そのグッズに対して思ったことを書いてるだけで…。(^^;A

昔、僕がオードリー作品で文章を作ったものを
「スクリーン」にハガキで送ったんですが、
掲載された時のコメントが “すごい!時間がかかったでしょうねー!”
になってて、実は5分くらいで出来た僕は
“えー、全然時間かかってへんねんけどなー”って思いました。

入間洋さんのお書きになっているように、
オードリーが好きだからできることなんだろうなーって思います。
ただ、ほんっと駄文だなーと。(^^;

以前、オードリーのHPをしてらした方と、
一緒に京都オードリーゆかりの地めぐりをしたんですが、
苔寺での感想文、僕は表層で“わ~うれしい!”的な文章だったんです。
でもその方のはものすごい奥深く捉えられていて、
僕のあまりの内面と実力のなさに愕然としたんですよー(笑)。
Posted by みつお at 2007年08月07日 17:56
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