2021年11月04日
「ティファニーで朝食を」公開60周年記念その2 「映画ストーリー」1961年12月号
さて、今回は1961年11月4日の初公開日から、ちょうど60年経った「ティファニーで朝食を」に関する雑誌の紹介。
前回は撮影開始の記事を紹介しましたが、今回はいよいよ公開作品紹介として載っている「映画ストーリー」1961年12月号(10月発売)の紹介です。
これ、表紙は「カタログ オードリー・ヘプバーン」とか洋書の「Audrey Hepburn: International Cover Girl」とかで載っているので、あんまり表紙のレア感は無いです。でも実際には写真だけでは載っていないので、この写真自体は実は割とレア。
しかもオードリーはピンボケ気味ですが、とても綺麗に写ってます。オードリーはこの作品から「暗くなるまで待って」まではアップのヘアスタイルか、ショートヘアにしてもトップを逆毛にして、ずっとトップにボリュームを持たせる髪型にしています。
そして上記の写真集たちでは表紙がちょっと青っぽく写ってるんですけど、実際は緑色っぽい表紙です。なので “映画ストーリー”というロゴも緑色でデザインされています。
もう僕はこの雑誌を解体してしまってて、オードリーとヴィヴィアン・リー以外のページは捨ててしまっているんですが、これに関しては丁寧に解体してて、糊で製本してある背のところまでしっかり残しています。
次のオードリーは「ティファニーで朝食を」のパラマウントの広告。この当時は広告といえども1流作品はカラーで宣伝ですけど、二流品とかはモノクロで広告を打たれてた時代。もちろん「ティファニーで朝食を」は1流作品のオードリー主演ですから、堂々とカラー。
この広告を見るとキャッチコピーは “くっきり晴れた秋空のように…華麗に待たれる今秋随一の珠玉篇!!”となっています。
でも「今秋」と書いてあるということは、はじめから62年にまたがるお正月映画にするつもりはなかったということでしょうかねー。
「ティファニーで朝食を」を初公開したのは日比谷スカラ座ですけど、成績は良かったものの7週で上映は終了、12月23日からはお正月映画として別の作品が始まっていますが、それがなんとこの号でも紹介されているヴィヴィアン・リーの「哀愁」!
なんとなくイメージでは逆のような気がしますね。オードリーの新作がお正月映画で、リバイバルの「哀愁」がツナギの秋公開だった方が良かったような…。
「ティファニーで朝食を」、実は初公開時は普通のヒットで、決して成績は良くなかったようなんです。
東京の一般館用のパンフレットがあまり出回っていないところを見ると、封切館の日比谷スカラ座ではヒットしたけれども、一般封切ではそんなにヒットしなかったのではないかと思います。
逆に大阪は封切館の松竹座のパンフレットが全然出回ってないのに比べて、一般館用の大阪映実版のパンフレットはよく見つかるので、大阪では一般館の方がヒットしたのだと思います。
多分当時のファンは清純派のオードリーがこんな娼婦まがいのホリーを演じているのに、戸惑いがあったのではないかと思います。
第二期はオードリーが女優としてチャレンジしていた時期ですし、「尼僧物語」「緑の館」「許されざる者」と真面目な作品ばかりでした。
やっと都会的なコメディ作品に帰ってきてくれた!と思ったら当時のオードリーのイメージからは逸脱した高級娼婦、という役どころで出来にかかわらずついていけないファンもいたのでしょうね。
あと、初めて見たときの僕のように、“あれ?”と内容に肩透かしを食らったような気になった人も多かったのだと思います。
2013年の「スクリーン・ビューティーズ」のリバイバルでも、後ろの席の若い女子たちのグループで、「これってオードリーの代表作?」と思いっきり戸惑ってる会話が聞こえてきました。
もちろんオードリーの代表作で、海外ではオードリーの最高傑作だとも認識されていますけど、ちょっとこのホリーの物語は見る人を選ぶような気がします。ついて行けなかった人はついて行けないままラスト、みたいな感じになるんでしょうね。
次の「噂の二人」もこれまた作品の評価は高かったのですが、同性愛というテーマなのかその内容の暗さなのか、これまたファンが戸惑って、初公開時のオードリー作品では最下位の成績になっています。
なのでこの時期のオードリーは「許されざる者」は西部劇のブームもあって大ヒットですけど、「ティファニーで朝食を」(オードリー映画でのワースト4位、水準ヒット)、「尼僧物語」(ワースト3位、水準ヒット)、「緑の館」(ワースト2位、大コケ)、「噂の二人」(ワースト1位、大コケ)と成績は良くありません。
同じ日比谷スカラ座で、しかも時期も近い11月12日からの公開で12週もの大ヒットをしてそのままお正月映画に突入した「おしゃれ泥棒」と比べると「ティファニーで朝食を」は1/3以下の成績しか残せていません。
「シャレード」も大ヒットで12週続映でしたから、「シャレード」は63年の初公開の後68年にはすぐにリバイバルが決まるんですけど、61年に先に公開された「ティファニーで朝食を」は69年までリバイバルが来ませんでしたからねー。すっかり先を越されてます。
しかも「シャレード」は68年のリバイバルが終わるとすぐにまた次のリバイバルの候補に上がっていたと読んだことがあります。
実際73年にはまた「シャレード」のリバイバルがありますし、日本では「ティファニーで朝食を」のオードリーの個性は認めながらも、一般の人の好みは
「シャレード」>「ティファニーで朝食を」
だったんでしょうね。
おおっと!めっちゃ脱線しましたが、当時の映画会社の公式の広告って雑誌によって全然デザインが違うんですよね。しかもポスターやプレスシートとも違うし、いっぱいいろんなデザインを考えていたんですね。まあなので今見るとそれも新鮮です!
さて次からはいよいよ「ティファニーで朝食を」の特集が始まるんですけれども、この雑誌は「映画ストーリー」ですから、16ページのグラビアを使って延々「ティファニーで朝食を」の物語と場面写真が載っています。
でも、もうこの号が出る時には映画評論家の方達や映画雑誌の関係者は試写を見終わっています。
ここで載っているのももう原作のお話ではなく、徹頭徹尾映画のストーリーになっています。
宣伝写真もさすがに公開前ともなってくると映画会社もどれを使うかが決まってくるのか、ほとんどが見知った写真ばかりになっています。
その次からは本文ページに入ってくるのですが、まずはスタッフ、キャスト、解説、表紙のオードリー・ヘプバーンについてが書かれています。
気になったのは解説では “主演のオードリーは「麗しのサブリナ」以来の喜劇出演”だなんて書かれてるんですど、えっ、「パリの恋人」と「昼下りの情事」は喜劇じゃないの?とか思ってしまいました。
オードリーに関しては小森和子さんが書いているのですが、あまりに的確なので一部を抜粋してみます。
“ティファニーというエレガンスの権化みたいなものと、形は都会風にソフィスティケイトされたものの、心は依然野生的で自由奔放なホリー、この対照が大変面白く思われました。
しかしオドロキはこのホリーを演じるオードリーのうまさと美しさです。32歳というのにこの若々しさはどうでしょう!オードリーの魅力を称してよく「小妖精みたいな」といわれますが、「みたいな」じゃなく、全くそのものといった感をこの一作はますます深めます。
それはまた、形はソフィスティケイトされても心は純真そのもの、天衣無縫のホリーそのものみたいです。
役柄の女性をクッキリ浮き彫りにしながら、しかもあくまでもオードリーが演じているという、彼女自身の個性を鮮やかに感じさせる、彼女こそがティファニーの宝石にもまさる貴重な女優でしょう。”
小森のおばちゃまの温かい文章が嬉しいですよね、まあ撮影時はオードリーは31才でしたけど。
ホリーと全然違う中身のオードリーが演じることでその役柄が永遠のものになるって凄い事ですよね!
前から書いているように、ホリーは原作者カポーティが推していたマリリン・モンローではなく、オードリーで大正解!だと思います。
「風と共に去りぬ」の原作者マーガレット・ミッチェルもレット役にはクラーク・ゲーブルではなくロナルド・コールマンだったかな?がいいと思ってたみたいですし、原作者が必ずしも最高の配役をするわけでもないんですよね。
いつまでも古くならないオードリーがホリーを演じたからこそ、「ティファニーで朝食を」は今でも輝き続けている名作だと僕は思ってるんですよね。マリリン・モンローとかその時代臭の強い他の女優さんだったら、今頃はすっかり古めかしくなっていたと思います。パーティー・シーンのオードリー以外のエキストラの女優さんを見ると、やっぱり時代の洗礼ですっかり古色蒼然となっていますもんね。
次のページは原作者トルーマン・カポーティのことが書かれています。そこでは今では原作ファンには別物だと言われていますが、ここで文章を書いている東宝で働き翻訳者でもあった大門一男さんという人は原作の結末が余韻を残しているとしながらも、
“しかし映画としては当然最後にはっきりした結末をつけなければならないだろう。その意味ではこの映画の結びは原作の意図をよく表現しており、むしろ原作に忠実な脚色と見ることができる。登場する脇役や細かい背景にも、原作の味をよく生かしている。”
と書いてます。
大門一男さんは出版社で働いていた時、カポーティの作品を1つ載せたことがあったそうで、その時に掲載料に関してカポーティと手紙のやり取りがあったそうです。
その横のページは荻昌弘さんによる「ティファニーで朝食を」の映画評。
そこでは、
・オードリーは作品を厳選しぬく女優であり、がっかりさせられたのは「緑の館」以外にはないが、今回は「ペティコート作戦」しか判定できないブレーク・エドワーズ監督だからという危惧があったが、実物は予想をはるかに上回るいい映画が出来上がった。
・オードリーは改めて見直したくなるくらい初々しく、可愛く、清潔でセクシーで、しかも今までにない新鮮複雑なキャラクターを演じていること。
実体はあるのに、誰一人実体を捉えられない女、これが妖精でなくてなんであろう。
・男女とも性のモラルに後ろめたさを持ち、それが友情にも影がさすため単純な恋愛映画ではないこと、しかもその二人が自分を失わずに大都会を歩いているという健康的な爽やかさ。しかもホリーの過去の悲惨さに胸を突かれるが、それがホリーをいっそういじらしく感じさせること。
・アメリカ映画が昔から持っていた夢の楽しさ、これがこの人間臭い妖精の物語に鮮やかに復活している点が何よりも嬉しかった。
といったことが書かれています。
次のページはまた別の人が男女の恋愛(当時は当然LGBTなどという概念は映画雑誌などでは無かった時代)を指南しているようなのですが、そこでの男性の魅力の条件というのが、
1.筋骨隆々であること
2.適度に金持ちであること
3.適当に不潔であること
4.適度に行儀が悪いこと
5.適度に悪党じみていること
などと書かれていて、今とは全然違うよなーって思います。
1は今でも人によっては、と思いますし、2はまああるに越したことはないでしょうけど、3〜5は全く時代に逆行してるでしょうね。
そこでは写真とともに「ティファニーで朝食を」のことも出てくるのですが、ジョージ・ペパードの小説家はなかなかいいが、5項目全部に当てはまらない結構な青年だと書かれています。
女性の魅力の方も5つ書かれているのですが、今となってはここに書くのも憚られるような、あまりにステレオタイプで女性蔑視なのでビックリします。
まあマリリン・モンローの一般的なイメージの女性像を良しとしているということでしょうか。
「ティファニーで朝食を」のオードリーに関しては清潔ならざる日常のようなのに、どう見ても清潔でしかも色っぽいから、不思議であると書かれています。またホリーのオツムを強いと感じるか、弱いと感じるかでその人のオツムの強さ弱さや、魅力の有無までもがわかると書かれています。
なんかどういう基準なのか、僕には良くわかりません。
次はオードリーではなくヴィヴィアン・リーなんですが、僕の場合ヴィヴィアン・リーのことも記録に留めたいので、ここに載せることを許してくださいねー。
まずは茶色のグラビアページでローレンス・オリヴィエと離婚後のヴィヴィアン・リーと、傷心のヴィヴィアンを最後まで支えたジョン・メリベールの海水浴の写真。
オードリーとロバート・ウォルダーズの関係に近いですけど、あくまでも気の強いヴィヴィアン・リーが主という関係。
僕はヴィヴィアン・リーを好きなので、悪い意味では思っていないのですが、精神を病む病気で苦しんでいたため、ヴィヴィアン・リーは老けるのが早かったですね。この写真の時もまだ47才でしょうに、見た目は50代後半くらいですよね。
その次もヴィヴィアン・リーで、先にリバイバルされた「風と共に去りぬ」の大ヒットに続いて、「哀愁」のリバイバルはこの映画をまだ見ていない若者の反応を知りたい、となっています。
さらにその次はそのリバイバルされる「哀愁」のストーリーが4ページに渡って載っています。
「今月の映画音楽」というページでは映画評論家の岡俊雄さんによって「ティファニーで朝食を」が取り上げられています。
そこではまず映画の評価として、“パラマウントの伝統の都会調の格調の高さを持った見応えのあるいい作品であった。”と書かれています。そして“この映画の収穫はいろいろあるが…”と書いてからヘンリー・マンシーニの話が書かれています。
最後のページでは当時の映画雑誌では当たり前だったスターの写真の頒布がなされていて、オードリーは「噂の二人」の写真が売られています。
そこでこの雑誌の出版社が “雄鶏社”と書いてあるので、なんか懐かしさをおぼえました。
僕にとっては「カタログ オードリー・ヘプバーン」を出してくれたオードリーに優しい会社、という認識ですね。残念ながら2009年にはなくなったそうです。
でもふと思っていましたが、61年10月だと、もう「噂の二人」も撮影が終了していますよね。自分の作品はほぼ振り返らないオードリーですから、世間では「ティファニーで朝食を」が来る頃ですが、オードリーにとっては「ティファニーで朝食を」も「噂の二人」も既に過去のもの、というわけですね。
このころのオードリーはショーンを育てることが一番楽しかったでしょうし、映画ではこれから始まるであろう「ハワイ」「卑怯者の勲章」そして「パリで一緒に」などの予定作品の方しか見てなかったでしょうね。
そして裏表紙の裏の表3では「哀愁」のカラー広告が載っています。これを見ると、まだまだ60年代前半はデザインも色使いも古めかしいなあ〜と思います。
これが60年代後半になるとデザインが急に垢抜けて傑作連発になるんですから、わずか数年の間に映画のデザイン業界に何が起こったんでしょうねー。
前回は撮影開始の記事を紹介しましたが、今回はいよいよ公開作品紹介として載っている「映画ストーリー」1961年12月号(10月発売)の紹介です。
これ、表紙は「カタログ オードリー・ヘプバーン」とか洋書の「Audrey Hepburn: International Cover Girl」とかで載っているので、あんまり表紙のレア感は無いです。でも実際には写真だけでは載っていないので、この写真自体は実は割とレア。
しかもオードリーはピンボケ気味ですが、とても綺麗に写ってます。オードリーはこの作品から「暗くなるまで待って」まではアップのヘアスタイルか、ショートヘアにしてもトップを逆毛にして、ずっとトップにボリュームを持たせる髪型にしています。
そして上記の写真集たちでは表紙がちょっと青っぽく写ってるんですけど、実際は緑色っぽい表紙です。なので “映画ストーリー”というロゴも緑色でデザインされています。
もう僕はこの雑誌を解体してしまってて、オードリーとヴィヴィアン・リー以外のページは捨ててしまっているんですが、これに関しては丁寧に解体してて、糊で製本してある背のところまでしっかり残しています。
次のオードリーは「ティファニーで朝食を」のパラマウントの広告。この当時は広告といえども1流作品はカラーで宣伝ですけど、二流品とかはモノクロで広告を打たれてた時代。もちろん「ティファニーで朝食を」は1流作品のオードリー主演ですから、堂々とカラー。
この広告を見るとキャッチコピーは “くっきり晴れた秋空のように…華麗に待たれる今秋随一の珠玉篇!!”となっています。
でも「今秋」と書いてあるということは、はじめから62年にまたがるお正月映画にするつもりはなかったということでしょうかねー。
「ティファニーで朝食を」を初公開したのは日比谷スカラ座ですけど、成績は良かったものの7週で上映は終了、12月23日からはお正月映画として別の作品が始まっていますが、それがなんとこの号でも紹介されているヴィヴィアン・リーの「哀愁」!
なんとなくイメージでは逆のような気がしますね。オードリーの新作がお正月映画で、リバイバルの「哀愁」がツナギの秋公開だった方が良かったような…。
「ティファニーで朝食を」、実は初公開時は普通のヒットで、決して成績は良くなかったようなんです。
東京の一般館用のパンフレットがあまり出回っていないところを見ると、封切館の日比谷スカラ座ではヒットしたけれども、一般封切ではそんなにヒットしなかったのではないかと思います。
逆に大阪は封切館の松竹座のパンフレットが全然出回ってないのに比べて、一般館用の大阪映実版のパンフレットはよく見つかるので、大阪では一般館の方がヒットしたのだと思います。
多分当時のファンは清純派のオードリーがこんな娼婦まがいのホリーを演じているのに、戸惑いがあったのではないかと思います。
第二期はオードリーが女優としてチャレンジしていた時期ですし、「尼僧物語」「緑の館」「許されざる者」と真面目な作品ばかりでした。
やっと都会的なコメディ作品に帰ってきてくれた!と思ったら当時のオードリーのイメージからは逸脱した高級娼婦、という役どころで出来にかかわらずついていけないファンもいたのでしょうね。
あと、初めて見たときの僕のように、“あれ?”と内容に肩透かしを食らったような気になった人も多かったのだと思います。
2013年の「スクリーン・ビューティーズ」のリバイバルでも、後ろの席の若い女子たちのグループで、「これってオードリーの代表作?」と思いっきり戸惑ってる会話が聞こえてきました。
もちろんオードリーの代表作で、海外ではオードリーの最高傑作だとも認識されていますけど、ちょっとこのホリーの物語は見る人を選ぶような気がします。ついて行けなかった人はついて行けないままラスト、みたいな感じになるんでしょうね。
次の「噂の二人」もこれまた作品の評価は高かったのですが、同性愛というテーマなのかその内容の暗さなのか、これまたファンが戸惑って、初公開時のオードリー作品では最下位の成績になっています。
なのでこの時期のオードリーは「許されざる者」は西部劇のブームもあって大ヒットですけど、「ティファニーで朝食を」(オードリー映画でのワースト4位、水準ヒット)、「尼僧物語」(ワースト3位、水準ヒット)、「緑の館」(ワースト2位、大コケ)、「噂の二人」(ワースト1位、大コケ)と成績は良くありません。
同じ日比谷スカラ座で、しかも時期も近い11月12日からの公開で12週もの大ヒットをしてそのままお正月映画に突入した「おしゃれ泥棒」と比べると「ティファニーで朝食を」は1/3以下の成績しか残せていません。
「シャレード」も大ヒットで12週続映でしたから、「シャレード」は63年の初公開の後68年にはすぐにリバイバルが決まるんですけど、61年に先に公開された「ティファニーで朝食を」は69年までリバイバルが来ませんでしたからねー。すっかり先を越されてます。
しかも「シャレード」は68年のリバイバルが終わるとすぐにまた次のリバイバルの候補に上がっていたと読んだことがあります。
実際73年にはまた「シャレード」のリバイバルがありますし、日本では「ティファニーで朝食を」のオードリーの個性は認めながらも、一般の人の好みは
「シャレード」>「ティファニーで朝食を」
だったんでしょうね。
おおっと!めっちゃ脱線しましたが、当時の映画会社の公式の広告って雑誌によって全然デザインが違うんですよね。しかもポスターやプレスシートとも違うし、いっぱいいろんなデザインを考えていたんですね。まあなので今見るとそれも新鮮です!
さて次からはいよいよ「ティファニーで朝食を」の特集が始まるんですけれども、この雑誌は「映画ストーリー」ですから、16ページのグラビアを使って延々「ティファニーで朝食を」の物語と場面写真が載っています。
でも、もうこの号が出る時には映画評論家の方達や映画雑誌の関係者は試写を見終わっています。
ここで載っているのももう原作のお話ではなく、徹頭徹尾映画のストーリーになっています。
宣伝写真もさすがに公開前ともなってくると映画会社もどれを使うかが決まってくるのか、ほとんどが見知った写真ばかりになっています。
その次からは本文ページに入ってくるのですが、まずはスタッフ、キャスト、解説、表紙のオードリー・ヘプバーンについてが書かれています。
気になったのは解説では “主演のオードリーは「麗しのサブリナ」以来の喜劇出演”だなんて書かれてるんですど、えっ、「パリの恋人」と「昼下りの情事」は喜劇じゃないの?とか思ってしまいました。
オードリーに関しては小森和子さんが書いているのですが、あまりに的確なので一部を抜粋してみます。
“ティファニーというエレガンスの権化みたいなものと、形は都会風にソフィスティケイトされたものの、心は依然野生的で自由奔放なホリー、この対照が大変面白く思われました。
しかしオドロキはこのホリーを演じるオードリーのうまさと美しさです。32歳というのにこの若々しさはどうでしょう!オードリーの魅力を称してよく「小妖精みたいな」といわれますが、「みたいな」じゃなく、全くそのものといった感をこの一作はますます深めます。
それはまた、形はソフィスティケイトされても心は純真そのもの、天衣無縫のホリーそのものみたいです。
役柄の女性をクッキリ浮き彫りにしながら、しかもあくまでもオードリーが演じているという、彼女自身の個性を鮮やかに感じさせる、彼女こそがティファニーの宝石にもまさる貴重な女優でしょう。”
小森のおばちゃまの温かい文章が嬉しいですよね、まあ撮影時はオードリーは31才でしたけど。
ホリーと全然違う中身のオードリーが演じることでその役柄が永遠のものになるって凄い事ですよね!
前から書いているように、ホリーは原作者カポーティが推していたマリリン・モンローではなく、オードリーで大正解!だと思います。
「風と共に去りぬ」の原作者マーガレット・ミッチェルもレット役にはクラーク・ゲーブルではなくロナルド・コールマンだったかな?がいいと思ってたみたいですし、原作者が必ずしも最高の配役をするわけでもないんですよね。
いつまでも古くならないオードリーがホリーを演じたからこそ、「ティファニーで朝食を」は今でも輝き続けている名作だと僕は思ってるんですよね。マリリン・モンローとかその時代臭の強い他の女優さんだったら、今頃はすっかり古めかしくなっていたと思います。パーティー・シーンのオードリー以外のエキストラの女優さんを見ると、やっぱり時代の洗礼ですっかり古色蒼然となっていますもんね。
次のページは原作者トルーマン・カポーティのことが書かれています。そこでは今では原作ファンには別物だと言われていますが、ここで文章を書いている東宝で働き翻訳者でもあった大門一男さんという人は原作の結末が余韻を残しているとしながらも、
“しかし映画としては当然最後にはっきりした結末をつけなければならないだろう。その意味ではこの映画の結びは原作の意図をよく表現しており、むしろ原作に忠実な脚色と見ることができる。登場する脇役や細かい背景にも、原作の味をよく生かしている。”
と書いてます。
大門一男さんは出版社で働いていた時、カポーティの作品を1つ載せたことがあったそうで、その時に掲載料に関してカポーティと手紙のやり取りがあったそうです。
その横のページは荻昌弘さんによる「ティファニーで朝食を」の映画評。
そこでは、
・オードリーは作品を厳選しぬく女優であり、がっかりさせられたのは「緑の館」以外にはないが、今回は「ペティコート作戦」しか判定できないブレーク・エドワーズ監督だからという危惧があったが、実物は予想をはるかに上回るいい映画が出来上がった。
・オードリーは改めて見直したくなるくらい初々しく、可愛く、清潔でセクシーで、しかも今までにない新鮮複雑なキャラクターを演じていること。
実体はあるのに、誰一人実体を捉えられない女、これが妖精でなくてなんであろう。
・男女とも性のモラルに後ろめたさを持ち、それが友情にも影がさすため単純な恋愛映画ではないこと、しかもその二人が自分を失わずに大都会を歩いているという健康的な爽やかさ。しかもホリーの過去の悲惨さに胸を突かれるが、それがホリーをいっそういじらしく感じさせること。
・アメリカ映画が昔から持っていた夢の楽しさ、これがこの人間臭い妖精の物語に鮮やかに復活している点が何よりも嬉しかった。
といったことが書かれています。
次のページはまた別の人が男女の恋愛(当時は当然LGBTなどという概念は映画雑誌などでは無かった時代)を指南しているようなのですが、そこでの男性の魅力の条件というのが、
1.筋骨隆々であること
2.適度に金持ちであること
3.適当に不潔であること
4.適度に行儀が悪いこと
5.適度に悪党じみていること
などと書かれていて、今とは全然違うよなーって思います。
1は今でも人によっては、と思いますし、2はまああるに越したことはないでしょうけど、3〜5は全く時代に逆行してるでしょうね。
そこでは写真とともに「ティファニーで朝食を」のことも出てくるのですが、ジョージ・ペパードの小説家はなかなかいいが、5項目全部に当てはまらない結構な青年だと書かれています。
女性の魅力の方も5つ書かれているのですが、今となってはここに書くのも憚られるような、あまりにステレオタイプで女性蔑視なのでビックリします。
まあマリリン・モンローの一般的なイメージの女性像を良しとしているということでしょうか。
「ティファニーで朝食を」のオードリーに関しては清潔ならざる日常のようなのに、どう見ても清潔でしかも色っぽいから、不思議であると書かれています。またホリーのオツムを強いと感じるか、弱いと感じるかでその人のオツムの強さ弱さや、魅力の有無までもがわかると書かれています。
なんかどういう基準なのか、僕には良くわかりません。
次はオードリーではなくヴィヴィアン・リーなんですが、僕の場合ヴィヴィアン・リーのことも記録に留めたいので、ここに載せることを許してくださいねー。
まずは茶色のグラビアページでローレンス・オリヴィエと離婚後のヴィヴィアン・リーと、傷心のヴィヴィアンを最後まで支えたジョン・メリベールの海水浴の写真。
オードリーとロバート・ウォルダーズの関係に近いですけど、あくまでも気の強いヴィヴィアン・リーが主という関係。
僕はヴィヴィアン・リーを好きなので、悪い意味では思っていないのですが、精神を病む病気で苦しんでいたため、ヴィヴィアン・リーは老けるのが早かったですね。この写真の時もまだ47才でしょうに、見た目は50代後半くらいですよね。
その次もヴィヴィアン・リーで、先にリバイバルされた「風と共に去りぬ」の大ヒットに続いて、「哀愁」のリバイバルはこの映画をまだ見ていない若者の反応を知りたい、となっています。
さらにその次はそのリバイバルされる「哀愁」のストーリーが4ページに渡って載っています。
「今月の映画音楽」というページでは映画評論家の岡俊雄さんによって「ティファニーで朝食を」が取り上げられています。
そこではまず映画の評価として、“パラマウントの伝統の都会調の格調の高さを持った見応えのあるいい作品であった。”と書かれています。そして“この映画の収穫はいろいろあるが…”と書いてからヘンリー・マンシーニの話が書かれています。
最後のページでは当時の映画雑誌では当たり前だったスターの写真の頒布がなされていて、オードリーは「噂の二人」の写真が売られています。
そこでこの雑誌の出版社が “雄鶏社”と書いてあるので、なんか懐かしさをおぼえました。
僕にとっては「カタログ オードリー・ヘプバーン」を出してくれたオードリーに優しい会社、という認識ですね。残念ながら2009年にはなくなったそうです。
でもふと思っていましたが、61年10月だと、もう「噂の二人」も撮影が終了していますよね。自分の作品はほぼ振り返らないオードリーですから、世間では「ティファニーで朝食を」が来る頃ですが、オードリーにとっては「ティファニーで朝食を」も「噂の二人」も既に過去のもの、というわけですね。
このころのオードリーはショーンを育てることが一番楽しかったでしょうし、映画ではこれから始まるであろう「ハワイ」「卑怯者の勲章」そして「パリで一緒に」などの予定作品の方しか見てなかったでしょうね。
そして裏表紙の裏の表3では「哀愁」のカラー広告が載っています。これを見ると、まだまだ60年代前半はデザインも色使いも古めかしいなあ〜と思います。
これが60年代後半になるとデザインが急に垢抜けて傑作連発になるんですから、わずか数年の間に映画のデザイン業界に何が起こったんでしょうねー。
この記事へのコメント
また失礼いたします。この2月の入院中某日、NHK-BSで「哀愁」を観ていました。何度目かでしたがかなり落涙してしまいました。公開は戦後の‘49年でしたから、やはり主役二人に感情移入する観客が多かったことが繰り返しのリヴァイヴァルとなったのでしょうか。戦争のもたらす悲劇は万国共通でしょうし。
その「哀愁」をこよなく愛した亡母が銀座で二十年ほど商いをしていたのですが。店の真向かいに東宝東和の本社と試写室があり、映画関係の方々を良くお見かけしました。小森のおばちゃまも良く隣の甘味処に立寄られていました。六本木辺りでマルチーズとお散歩されている姿もしばしば。
他愛もない想い出、失礼しました…。
その「哀愁」をこよなく愛した亡母が銀座で二十年ほど商いをしていたのですが。店の真向かいに東宝東和の本社と試写室があり、映画関係の方々を良くお見かけしました。小森のおばちゃまも良く隣の甘味処に立寄られていました。六本木辺りでマルチーズとお散歩されている姿もしばしば。
他愛もない想い出、失礼しました…。
Posted by Edipo Re at 2021年11月06日 14:01
Edipo Re さん、こんにちは!
「哀愁」、僕も映画館だと涙を堪えるのが必死です。
特に、駅で再会してカフェで話し合うマイラとロイのシーン、マイラの心情を考えると本当に辛くなります。
「哀愁」も繰り返しリバイバルされましたよね。49年、61年、69年。
そして僕が劇場で見た84年に2回リバイバルは驚きました!
当時はこんな短期間で2種類パンフレットが発行されとう…くらいに思ってましたが、のちに詳しくわかるようになると、実は配給会社が違っていて、同じ年に2回正式リバイバルされてた!と知ってヒョエーって思いました。
銀座の思い出もありがとうございます!
古き良き時代の銀座ですよね。今ほど高い建物が乱立することもなく、空も広かったと思われます。
そこを歩く小森のオバちゃま!いいですね〜。
最後はだいぶ弱っていた小森のオバちゃまですが、僕の中では元気なままでイメージしています。
「哀愁」、僕も映画館だと涙を堪えるのが必死です。
特に、駅で再会してカフェで話し合うマイラとロイのシーン、マイラの心情を考えると本当に辛くなります。
「哀愁」も繰り返しリバイバルされましたよね。49年、61年、69年。
そして僕が劇場で見た84年に2回リバイバルは驚きました!
当時はこんな短期間で2種類パンフレットが発行されとう…くらいに思ってましたが、のちに詳しくわかるようになると、実は配給会社が違っていて、同じ年に2回正式リバイバルされてた!と知ってヒョエーって思いました。
銀座の思い出もありがとうございます!
古き良き時代の銀座ですよね。今ほど高い建物が乱立することもなく、空も広かったと思われます。
そこを歩く小森のオバちゃま!いいですね〜。
最後はだいぶ弱っていた小森のオバちゃまですが、僕の中では元気なままでイメージしています。
Posted by みつお at 2021年11月06日 15:21